第19話 新たなる戦いとかの序曲

空挺部隊による包囲はジリジリと狭められ、指揮官と思しき若い男性将校が一歩前に出た。


「動くな!お前達全員を拘束する。抵抗するならば安全を保障しない。」


その口調には、有無を言わせぬ強引さと、武器を持つ者に有りがちな傲慢さ、未知な存在に対する恐怖感と嫌悪感、そして何かに対しての憎しみが込められていた。


魔物と戦った直後だ。そういう気分を引きずるのは理解する。魔物自体がこの世ならざる存在。そのような魔物と戦い、守るべき国民が無残にも殺され、戦友が傷つき倒れ、自らも死に直面したのだ。戦闘が終わったからといって、いくら軍人といえど、すぐに気持ちを切り替える事など出来ないはず。


しかし、それは彼等の側の理屈である。俺達の中には彼等が守るべき日本国民がおり、更に言えば、俺達は彼等の窮地を救っているのだ。あのような理不尽な要求に唯々諾々と従う訳にはいかない。


「国民に銃を向けるのか?」


俺がそのように抗議すると、その指揮官はイラッときたのか、一気にまくし立てた。煽った訳では決して無いが。


「黙れ!お前らのようなのが日本国民である訳があるか!どこの世界にそんな超能力みたいな力が使える人間がいるんだ。それに、後ろの女や子供も明らかに人間じゃない。お前らがあの化け物どもの同類じゃないと、どうして言える!しのごの抜かさず両手を上げろ。」


その言いように怒りを覚える。俺や斉藤の事はともかく、エーリカ達を魔物扱いされたので当然だ。


俺は威力を抑えた電気魔法で、あの失礼指揮官をいつでも無力化出来るように構えたが、斉藤がそれを片手を挙げて制する。まあ、この場は任せるとしよう。


「私は若松大学4年の斉藤 岳といいます。そちらの言い分もわからないでは有りません。しかし、彼女達を含めた我々が避難民やあなた方の危ないところを救っていると思いますが?」


斉藤の冷静な事実の指摘に、空挺部隊の指揮官はムッと黙り、斉藤は更に続ける。


「確かに、私とこの全裸の男以外はこの世界の人間ではありません。しかし、彼女達は魔物などでは決して無く、見てわかる通り我々人間と多少の違いがあるだけの同じ知的生命体です。こうして共に行動し、心を通わせ、理解し合えるのです。更に言えば、原因もわからずこの世界に来る事になってしまった遭難者でもあります。そういった事も合わせて、まずは話し合いませんか?」


斉藤の口調こそ丁寧であったが、その視線は相手を捉えて離さず、淡々と事実で追い詰めていた。


俺達に銃を突きつけている相手を、斉藤は話し合いの席に着かせようとしているのだ。隣にいる俺にもピリピリとした緊張感が伝わってくる。これもエーリカ達を守るための、命懸けの戦いだ。


空挺部隊の指揮官(階級章から大尉とわかった)は、鬼気迫るような斉藤の言葉を黙って聞いていたが、その後はやはり問答無用とばかりに再度の無条件での拘束を要求し、互いの主張は平行線を辿った。


斉藤は必死な説得を続けたが通じず、状況は膠着状態に陥った。空挺部隊の隊員達も殺気を立ち、誰かが何らかの切掛で引金を引きかねない、一触即発の状況。


包囲された状態で銃撃を受けたならば、流石に俺達でも無傷では居られない、というか全滅するだろう。ならば、先手を打ってエレクトリックファイアーで皆殺しにしてしまおうか?


互いの殺気に張り詰めた空気。うなじの辺りにチリチリとした痛みが走る。


「双方、やめんか!」


突然、そんな状況を破る一喝が轟いた。


声の主を探すと、俺達を包囲しる空挺部隊の後ろに、紫色の神主の衣装を纏った白髪の壮年男性が立っていた。その眼光は鋭く、強い気を放っている。


その迫力に押され、兵士達は包囲を一部解いて男性に道を開けた。その人物は、睨み合う双方の間に分け入り、そして名乗った。


「当社の宮司を努めます斎藤光利と申します。この度は避難民並びに当社をお守り下さり、軍の皆様も、そちらの皆様も、誠に有難う御座いました。」


斎藤宮司が俺達に、そして空挺部隊に対して深々と頭を下げると、殺気で張り詰めていた空気がやや弛緩した。


「しかし、ここで共に魔物と戦う者同士で争ってどうなさる?どうか、ここはこの宮司に免じて矛を収めて頂けませんかな?」


俺は黙って名も知らない大尉を見る。いや、俺だけじゃない、ここにいる全員が見ている。彼にボールが有るのだ。


しばしの静寂が過ぎ、名も知らない大尉は、渋々という感じで部下の兵達に銃を降ろさせ、包囲を解かせた。


「陸軍特殊作戦群の今西大尉です。わかりました、ここは一旦引きましょう。しかし、彼等への疑いが晴れた訳ではありません。」


今西大尉がそのように言うと、斎藤宮司は軽く頷き、そして、俺達をチラッと見た。


「こちらも了解しました。その疑いを晴らすため、後日改めて話し合いが必要と思うのですが、」


「その場は私に提供させて欲しい。どうだろうか、今西大尉?」


斎藤宮司が斉藤の言葉を継いで、今西大尉に決意を促す。ここらへんの斎藤宮司と斉藤の連携は実に見事で、とても初対面とは思えない。やはり、斉(斎)藤繋がりだからだろうか?


結局、今西大尉は斎藤宮司の提案を受け入れ、後日に斎藤宮司の立会いの元、双方は話し合いの席を持つ事となった。


それでも今西大尉は、俺達が信用出来ないのか、監視役を付けると言い出し、一人の女性士官を寄越してきた。


「朝倉真琴少尉です。年齢は24歳。うちの隊長が大変失礼しました。それと、オークを倒してくれて有難う御座いました。あなた方がオークキングを倒さなかったら、私達全滅してました。」


朝倉真琴少尉は、そう言って挙手の敬礼をして、軽く挨拶を、兼ねた自己紹介をした。


朝倉真琴少尉は、黒髪ショートボブが似合うクールな感じの色白美人さんだ。今西大尉がどのような基準で、彼女を俺達の監視役に選んだのか、今ひとつ分からないが、朝倉少尉は俺達に悪意を持ってはいないのはわかる。


いや、それどころか、


「あれって超能力?えっ、魔法なの?本当にあるんですね、感動です。それにこちらはエルフ?ケモ耳も尻尾も本物?あーっモフりたい!」


なん、…だと?


朝倉少尉、ファンタジー系が好きなのか、理解が早くて助かる。だがその反面、なんかちょっと面倒臭そうな女性士官だった。



なんと言うか、色々あって大変な一日だった。その後、俺は服を着て、斎藤宮司の依頼で犠牲となった避難民の遺体を守備隊と協力して回収し、あっちこっちに散らばるオークの死骸を処理した。


守備隊がオークの死骸からサンプルとして細胞片を採取した後、俺は念力でオークの死骸を一箇所に集め、更に、火魔法で一気に焼却した。炎龍の息吹を浴びたからか、魔法の威力が強くなり、オークの死骸の山は、強威力の炎でたちまち燃え上がって灰になり、斉藤の風魔法で綺麗さっぱり飛び散って無くなった。その一部始終を守備隊の軍人方は唖然として見ていたが。


因みに、避難民の犠牲者は8名。襲いかかったオークの数に比べて、こんな事を言ってはいけないのだが、思っていたよりも少なかった。


そうした作業を終えた俺達は、斎藤宮司の厚意で満峰神社の宿坊・至雲閣に宿泊出来る事となった。当然、男子組と女子組の2部屋に分かれて、だ。女子組の部屋には、朝倉少尉も居て、どうやら彼女、四六時中一緒にいるつもりらしい。


宿坊の食堂で、炊き出しの夕食をいただき、入浴する。大浴場の湯は天然温泉で、俺は広々とした風呂に興奮したラミッド達に浴場でのマナーと、設備の使い方を教えながら、久々の温泉を楽しんだ。


風呂から上がり、服を着て脱衣所から通路に出ると、浴衣に着替えたエーリカ達と出会った。湯上りで少し紅く上気した頬に、長い金髪から伸びる長い両耳。朝倉少尉が着付けたのか、宿坊のシンプルなデザインの浴衣でも、美しく、とても似合っていた。


「どう、タケシ。似合う?」

「とても美しい。似合っているよ、ユーリカ。」

「本当?嬉しい。」


どこの馬鹿ップルの会話だ。聞いているこっちが恥ずかしくなる。


エーリカと目が合う。そして、それは褒め言葉を期待している目だ。


「あの、エーリカ。」

「何?」

「それ、浴衣、とても似合ってるよ。かわいくて、とてもきれいだ。」

「…ありがとう。」


照れて下を向くエーリカ。かわいい。


「あのリュータさん、私達もどうですか?」


遠慮がちにサキとミアがそう尋ねる。2人とも、それぞれ違ったタイプの美少女だが、獣耳と発展途上のスレンダーな身体に浴衣。とても倒錯的な可愛らしさと言える。


「2人とも、とても可愛いし、似合ってるよ。」

「「やったー!」」


互いに手を取り合って喜ぶ2人。とても和む。


「エーリカ、あの、」

「ん?」

「さっきは、本当にごめん。約束破って、無茶やって。」

「うん、もういいよ。それでみんな助かった訳だし。きっとリュータは特別なのね。」


いや、俺は君だけの特別になりたいのだ。口には出せないけど。


「じゃあ、これで仲直りって事でいいかな?」

「しょうがないから、許してあげる。」


あぁ、良かった。生きてるって、すばらしい。



その晩遅く、明日のためにそろそろ寝ようかという頃、俺達は斎藤宮司の訪問を受けた。




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