第8話 魔法修行はじめました①
日差しはまだ強いものの、風は既に秋を感じさせて心地良い。まだ、多少残っている蝉の鳴き声と鳥のさえずり、風に揺れる木々のざわめきの音だけが聞こえてくる。
俺はベルトに差した鞘から太刀を抜き、刀身に魔力を通して右上段に構える。目の前には成人男性ひと抱え分の太さがある、鉄筋入りコンクリート製の土管が立たせてある。
俺は精神を集中させ、土管に対して右上段から刀を気合いと共に一気に斬り下ろした。
そこに硬い物を斬った様な手応えは無く、刀身を改めても刃毀れ一つ無い。そして、土管は音も無く左下へ斜めにずれ、ドゴッ、という音を立てて地面に落ちた。
「「「オオーッ‼︎」」」
斉藤、エーリカ、ユーリカのさほど力のこもっていない感嘆の声と、パチパチパチという拍手の音が聞こえた。
これは魔法で身体能力を強化し、更に魔力を刀身に通して強度と鋭利さを増した結果だ。そして、この通り鉄筋コンクリート製のぶっとい土管も真っ二つに斬る事が出来た。
おわかりだろうか。今、俺と斉藤はエーリカとユーリカから魔法を習っているのだ。
秩父に来て2日目の朝、俺達4人はニュースで埼玉県、山梨県、長野県の3県が、突然どこからか現れた魔物に襲われている事実を知った。
このキャンプ場は設備も充実していて良いのだが、谷間の川沿いという見通し悪い立地なので、いざ魔物の襲撃となった場合は逃げ場がないのだ。
このような地形では一乗谷の朝倉氏のように充分な戦力が無ければならず、結論として、安全な場所に避難する必要がある、となった訳だ。
俺と斉藤はエーリカユーリカ姉妹とこれからの行動を共にする事に決めていたから、問題はどこに避難するのか。
昨日来た道を戻るなんて論外で、市街地は魔物だらけだ。近隣の町村も同様だろう。インターネットの情報によると、不思議な事に東京の奥多摩町や青梅市には魔物が現れてないそうだ。だか、そこへ行くのに、いつ魔物と遭遇するかわからない間道を通るというのも、危険なので却下。
では、道を戻らず、更に進んで山梨方面はどうかといえば、山梨県も甲府盆地を中心に魔物が暴れまくっている状態である。
つまり、俺達はこのキャンプ場からどこかへ避難しなければならないが、さりとてどこにも行く所が無いという状態なのだ。
であるならば、いずれ国防軍なり、警察なりの救助が来るまで、どこか見晴らしが良く、防御しやすい場所に引きこもってしまおう、という事になった。
俺達はキャンプ場からの脱出準備に取り掛かった。もう、おそらく管理人が来る事は無いだろうから、大変申し訳なかったが、売店の食糧や日用品を失敬し、斧や山刀なども拝借した。流石に猟銃などは無かったが。
斉藤のパジェロに荷物を全て積み込み、斉藤の運転でキャンプ場を後にした。幸い、カーナビは使用出来たし、基地局が無事なのか、携帯端末の使用も問題が無かった。
目的地は、斉藤がインターネットで見つけた、山の尾根に建てられた別荘地で、どうせ所有者などもう来る事も無いだろうから、この際借りてしまおう、という訳だ。
国道に出ると、旧大滝村の方から秩父市街地の方へ走行して来る車両は少なかった。それは携帯端末に政府からの緊急メールが入り、最寄りの避難施設(学校などの公共施設だね)に避難するか、自宅から出ないで救助を待つよう指示が出ていたせいかもしれなかった。しかし、軍も警察もいない状態で、核シェルターのような構造でもないただの建物に避難しても、そこに魔物が群れなして襲って来たらどうするのだろうか。
そうして俺達4人は目的地である別荘地に着いた。そこは、細い葛折りの舗装道路を登った尾根に有り、見晴らしが良く、左右が斜面となっているため、守るに易く、攻めるに難い。電線が何処かで切断されたのか停電状態だったが、その別荘には太陽光発電パネルが屋根に設置されており、室内の照明や携帯端末の充電には問題無かった。更に、水道は断水していたが、エーリカとユーリカが魔法で水を出せるので、食糧がある限りは長時間の籠城が可能と思われた。まあ、それも俺達の実力次第だろうけど。
そして、それは別荘に着いた日の夕食後の事だった。4人で雑談している最中に、ユーリカの「何で、タケシもリュータも魔法使わないの?」という一言が切っ掛けだった
「この世界では魔法は空想上の存在だから、誰も使えないんだよ。」
「嘘、だって魔素だってあるし、タケシとリュータからも魔力を感じるよ。それに昨日、魔法使ってゴブリン倒したじゃない!」
斉藤がユーリカに諭すようにそう言うと、ユーリカが食ってかかった。
そこにエーリカも加わり、議論は白熱した。
「私もそこは不思議に思っていたのだけど、そもそも空気中に魔素があるから、私達は魔法を使えるの。私とユーリカがこの世界でも魔法を使えているって事は、この世界にも魔素があるって事でしょう?」
「まあ、そうだね。」
「だから、魔素があるのにこの世界には魔法が無い、もしくは魔法を使える人がいない、というのが私達には不思議なのよ。」
そうなると、この世界にも魔素があるというエーリカの話によれば、俺も魔法が使えるという事なのではないだろうか?
「じゃあさ、俺にも魔法が使えるって事?」
「ええ、リュータも使えるようになるわよ。って言うか、ユーリカが言ったように二人とも既に魔法を使ってるのだけど。」
「「?」」
それがどういう意味なのか、よくわからない。俺と斉藤がエーリカの発言を理解していない様を見て、エーリカは更に説明を続けた。
「あなた達がスコップ?に魔力を通してゴブリンを倒したでしょ?」
「魔力というより、気を通したのだけど。」
すると、これまでの会話を黙って聞いていた斉藤が、自分の考察を述べる。
「つまり、魔力と気は同じもの、という事になるのか。」
斉藤が言うように、魔力と気が同じものならば、錬気術も魔法と同じもの、という事にならないだろうか。
「じゃあさ、じゃあさ、エーリカ、俺に魔法を教えてくれないか?」
俺かエーリカにそのように頼むと、エーリカは「いいわよ。」と、まるで放課後に宿題でわからない問題を教えてと頼まれて、軽く「いいよ。」と応じるように引き受けてくれた。
「私もタケシに魔法教えてあげるね。」
「ありがとう、ユーリカ。」
ここ秩父地方は神気溢れる聖地(斉藤の言う意味ではなくて)と言われる場所だ。魔法の修行にはもってこいの場所と言える。修験道の修行場もあるしね。うーん、何か凄い事になって来たな。ワクワクしてきた!
「じゃあ、今夜はもう遅いから、明日から魔法の修行をはじめましょうか。魔物と戦わなくちゃいけないから、早く覚えてもらうわよ。」
エーリカが明日からの魔法修行宣言をすると、ユーリカも張り切って続く。
「二人とも、ビシビシいくからね!」
「「お手柔らかにお願いします。」」
エーリカはともかく、ユーリカの方が実は厳しかったり?
こうして、俺と斉藤は、昨日までは想像もしていなかった魔法修行者となったのであった。
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