第7話 この(異)世界の片隅で

翌朝、俺と斉藤が眠気覚ましのコーヒーを飲んでいると、ユーリカがバンガローのドアを開けて起きてきた。


「おはようございます、みなさん。見張りして頂いて有難うございました。」


「おはよう、ユーリカ。よく眠れたか?」


ユーリカがペコリと頭を下げて挨拶すると、斉藤がさりげなく、それでいて俺が彼女に話しかける暇を与えない程、すかさず声をかけた。まあ、別にいいのだけど。


「ユーリカはそこに座ってくれ。おい、リュウ、いつまで飲んでるんだよ。朝メシの支度をするぞ。」

「はい、はい。」


斉藤の奴、張り切りやがって。


俺は用心に鉈を持ち、駐車場の斉藤の車まで食糧と調理器を取りに行き、朝食の準備に取りかかった。


「どころで、ユーリカ。肉は食べられないとか、これは食べられませんって物ある?」


よく小説やアニメの設定として、エルフは植物しか食べられないというのがあるので、聞いてみた。動物性蛋白質がダメとなると、トーストしたパンにジャム、缶詰のトマトスープくらいになってしまうが。


「何もないよ。お肉だって大好きだし。」



ユーリカの肉好き宣言を受けて、斉藤は張り切ってレトルトのクリームシチュー、茹でウィンナー、バゲット、ミルクティーというメニューの朝食を整えた。


折り畳みのテーブルに食器とカトラリーを並べ、料理を盛っていると、エーリカがまだ眠そうに目を擦りながら起きてきた。


「おはよう、エーリカ。」

「おはよう、…リュータ。」


エーリカは少し恥ずかしそうに俺の名前を呼んだ。


「ごめんね。私、寝ちゃったんだね。それと、運んでくれて、あっ、ありがとう。」


「いや、まあ、いろいろあって疲れただろうから無理ないよ。」


女の子としては、寝ちゃったところをベッドまで運ばれて、寝顔を見られてと、恥ずかしいだろうから、そこは触れなかった。だが、エーリカが俺の事を名前で呼んでくれて何気に嬉しい。昨夜は何といっても"あんた"だったからね。


こうして4人全員が揃ったので、皆で朝食を食べることになった。


「「いただきます。」」

「「今日も我等に恵みを授けたる森の神ウッダと精霊樹に感謝を。」」


「美味しい!これ何?」

「これは鶏肉と野菜をクリームで煮込んだシチューだよ。」

「これは腸詰?おいしーい!」

「ユーリカ、おかわりもあるからな。」

「ありがとう、タケシ。」


斉藤とユーリカは会話が弾んでいる。それに対し、エーリカほ下を向いて黙々と食べていて、何となく話しかけづらい。

俺は朝食は腹一杯食べないたちなので早々に食べ終えた。


食後のコーヒーを飲みつつエーリカの様子をチラチラと窺うと、エーリカが俺の視線に気づく。


「何?」


上目遣いのジト目で責めるように言われ、ちょっとドギマギする俺。


「いや、何でもない。ごめん。」

「別に、いいけど。」


うーむ、残念ながらこっちはお世辞にも会話が弾んでいるとは言えない。



朝食を食べ終え、食器を片付け、やっと少し暇が出来た。もう9時を過ぎているというのに、管理人の来る気配もなければ、他の利用客が来る気配も無い。

このキャンプ場は、国道から林道のような車両がギリギリすれ違える道を5分程進んだ川沿いにあるので、国道を走行する車の音などは全く聞こえない。ある意味、世間から隔絶されている場所なのだ。


何となく、様子がおかしい。近くに魔物の気配はしないが、何とも落ち着かない。昨夜の事といい、何か大変な事が世の中で起きているのかもしれない。


斉藤も俺と同じように思っていたようで、携帯端末でニュースをチェックすると、やはり世の中は驚くべき状況になっていた。


何と、日本国内の各地、埼玉県秩父地方、山梨県、長野県などで謎の生物群が人々を襲っているというのだ。それらは、昨夜遅くに突然出現し、誰も何もわからない状況での出来事であったため、行政も警察、消防もまともに対応出来ず、現地は大混乱になっているという事だった。


この謎の生物群というのは魔物で間違いないだろう。エーリカとユーリカの話だと、魔物はゴブリンだけではなく様々タイプがいるという事だった。一体どんな魔物が現れたのか知らないが、いずれにせよ、夜中の就寝中に、真っ暗な中で魔物に襲われたらたまったものではない。俺達は事前に魔物の襲撃を錬気術で察知出来たから、どうにか対処可能だったが。


「それって、どういう事?」


エーリカとユーリカが斉藤の携帯端末の画面を覗き込みながら尋ねた。


「どうやらここだけじゃなくて、魔物が同時にいろいろな場所に現れて住民を襲っているようだな。」


俺達は管理人室の鍵を壊して中に入り、テレビをつけてニュース番組を見た。既に多くの死傷者が

出ているようで、事態は警察だけでは対応出来ず、政府は対策本部を立ち上げ、国防軍に災害出動命令が下されたようだった。


ニュースの映像では、陸軍の偵察機や報道各社のヘリ等により撮影された上空からの映像が流されている。住民の自動車による脱出により大渋滞となった幹線道路、黒煙を上げて延焼中の民家、そして魔物に襲われる人々。それは正に阿鼻叫喚の地獄絵図といってよく、俺達は絶句した。(後にテレビの仕組みについてエルフ姉妹から説明を求められたが、斉藤が丁寧に答えていた。)


映像の中の魔物は、ゴブリンやゴブリンウォーリアだけでなく、エルフ姉妹によると、オーガ、オーク、トロールなどの亜人、恐竜のような地竜、人よりも大きいカマキリなどが見えたそうだ。


俺は、管理棟に併設されている売店の冷蔵庫から人数分のコーヒー牛乳を失敬してみんなに配った。俺達もこのまま呆然としてばかりしている訳にはいかず、早急に対策を講じなくてはならない。今、この瞬間にも秩父、甲府、松本などで魔物が暴れて多くの人々が犠牲となっている状況なのだ。


俺は失敬してきたコーヒー牛乳をグビリと一口飲み、今後の取るべき行動について思うところを話してみた。


「ここも安全とは言えない。これからどこかに避難するなりしなくてはならない訳だけど、エーリカもユーリカも、良かったり俺達と一緒に来ないか?」


実は、これについては昨夜の不寝番の時に斉藤と話し合ってた事だ。


「えっ?タケシ、本当にいいの?」

「もちろんだよ、ユーリカ。」


「リュータ、いいの?迷惑じゃない?」

「迷惑なものか。俺だってエーリカに助けてもらったわけだし、困った時はお互い様だ。一緒に頑張って乗り越えて行こう。」


俺がそう言うと、エーリカは一瞬黙って顔を伏せ、そして、徐に顔を上げた。その瞳は涙で潤み、今にも泣き出しそうだ。


「リュータ、そうさせてもらっていい?」


俺に否があるわけ無い。


「あぁ、一緒に行こう。」

「うん、ありがとう。」


そう言うと、エーリカはとうとう泣き出してしまった。


「私、本当は恐ろしくて、心細くてしょうがなかった。妹を守らなくちゃいけないし、でも、自分達が何処にいるのかもわからないし、どうしていいのかわからなくて、魔物までいるし、ううぅ…」

「お姉ちゃん!」


ユーリカはエーリカに駆け寄って抱きしめ、2人抱き合って泣き出した。俺も斉藤も、抱き合う2人が泣き止むまで、黙って見守った。


「ごめんね。何かみっともないところ見せちゃって。でも、あなた達に出会えて、私達、本当に良かったわ。」


そう言って微笑むエーリカにドキドキする俺。何かカッコイイ事も、気の利いた事も言えなかったけど。


こうして、俺達4人は、魔物が現れたこの世界で、共に行動する事となったのであった。








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