第6話 お姉さんと呼ばないで

エーリカからは、見張りは交替でという提案だったが、結局のところ俺と斉藤の2人で行う、という事になった。


何故かといえば、エーリカとユーリカにしてみれば、ここはどことも知れない異世界で、右も左もわからず、何があるのかもわからない。そんな所で魔物が出るかもしれない夜中に1人で見張りさせるとか、いくら彼女達が魔法でゴブリンウォーリアも一撃で倒せるといっても、そんな環境に女の子を曝すなんて事は、俺と斉藤にはとても出来ない相談だからだ。


エーリカとユーリカは、そんな訳にはいかないと反対したが、実際問題として、彼女達は疲労困憊しており、見張りの最中に集中力を欠いたり、居眠りをしてしまう可能性が高い事から、その事による全体のリスクを説明して納得してもらった。もっとも、説明して説得したのは斉藤だけど。


そして、エーリカとユーリカにはバンガローで休んでもらい、只今は俺と斉藤で焚き火を囲んでの不寝番の真っ最中、という訳だ。


焚き火に薪をくべると火勢が強まり、かけた薬罐は中のお湯が沸騰してシュンシュンと音を立て始める。雑談も次第にネタが尽きて、何もせず、何も喋らないとなると、途端に眠気に襲われる。


すると、バンガローの方から気配がして、一気に目が覚めた。俺がそちらに視線を送ると、エーリカが1人でバンガローから出て、こちらに歩みを進めていた。


「私も一緒に見張りをするわ。」


来てしまった以上は是非もない。俺は座っている尻をずらしてレジャー用折り畳み長椅子にエーリカが座るスペースを空けた。


「ありがとう。」


エーリカはそう言って俺の横に腰を下ろした。


焚き火の中でパチパチと薪が爆ぜる音が響く。夜空を見上げると、満天の星空、という程ではないものの、地元では見られない綺麗な夜空だ。横に座るエーリカからとても良い香りがして、色々と彼女から異世界や魔物について教えてもらういい機会なのだが、何を話して良いのか、何から聞けば良いのか、何が何だかもうわからなくなってしまった。


しかし、これが良い機会であるのは確実なのだ。無駄にしてはいけない。俺は自分がダメダメな事を自覚しているので、頭脳担当の斉藤に任せるため、奴にアイコンタクトを送った。


斉藤は、俺のアイコンタクトを受けて軽く頷くと、マグカップに薬罐から白湯を注ぐとエーリカに手渡す。エーリカは斉藤に礼を言ってマグカップを受け取った。そうやって話しのきっかけを作るわけだな。


「ところで、お姉さん、」

「ぶふっ」


いきなり斉藤がエーリカの事をお姉さんと呼んだため、俺は飲みかけの白湯を噴き出してしまった。


「何でお姉さんなんだよ?」

「いや、彼女はユーリカさんのお姉さんだろ?お姉さんと呼んで何か問題があるのか?」


斉藤は俺のツッコミに淡々と答えた。こいつはもうユーリカちゃんを嫁にする気満々、というか

、それはもう奴の中では既定路線なのだろう。恐ろしい奴だ。


「では、エーリカさん。ここは地球という惑星の日本という島国だが、ご存知ですか?」


斉藤は"お姉さん"は諦めたようだが、淡々と質問を始めた。


「知らない。聞いた事も無いわ。」


エーリカは無感情な声でそう答え、逆に俺達に質問する。


「私達はアースラ大陸のエルム大深林地帯に住んでいるのだけど、」

「ごめん、この地球にはそういう大陸は無いんだ。」

「そう、やっぱり。」


エーリカの声にはどうしようも無いくらいの落胆が込められていた。もう、気の毒で聞いていられない程の。


「じゃあ、君達は別の世界からこの世界に来た、という事になるのか。」

「そういう事になるわね。」

「・・・」


そういう雰囲気になってしまっているが、斉藤はエーリカに淡々とと質問を続けた。そして、彼女が話してくれた事はというと。


エーリカと妹のユーリカは、彼女達の世界において、アースラ大陸の北西に位置するエルム大森林という地域に住んでいたという。


エルム大森林はどの国にも属さない、エルフなどの妖精種、獣人族、魔族、ヒト族などが居住する一種の中立地帯で、沿海部に多種族が混生する幾つかの自治都市を築き、内陸部には各種族毎に小都市や村落、集落を形成しているという。


エルフであるエーリカ達は、エルフ族のサバール支族が中心になっている大きな村落(その名もズバリ、サバール村)に祖父母、両親、弟と住んでいて、実は村長の孫なのだそうだ。


サバール村はエルム大森林でも比較的深奥部に近い立地であり、彼女達は大森林深奥部で狩猟や採集に従事し、獲物を村で加工して売却し、収益を得ていたという。因みにサバール村産の物品で一番の売筋はポーションなどの薬品なのだそうだ(なんかエルフの薬とか効きそう)。


そして、今朝は姉妹で新調した弓の試射も兼ね、日帰りで狩りに出かけた。陽が傾く前に村に帰ろうとしたところ、魔力を含んだ濃い霧に包まれて霧が晴れたら全く知らない山中にいた、と。


彼女達は訳もわからず、すぐに夜になってしまったため、取り敢えず道を見つけて歩き、住民と接触しようとした。しかし、その付近に複数の魔物の気配を感じた。未知の土地で、しかも夜に複数の魔物と戦う事は危険と判断し、様子を窺う事にしたという。


そうしているうちに、ゴブリンの群れが小屋にいたヒト族の男達(俺達の事ね)を襲撃して戦いが始まり、たちまちゴブリンキングまで倒してしまったけど、最後のゴブリンウォーリア2体は流石に危なそうだったので助けに入った、という事だった。


「でも、その後は焦ったわ。あなた達がどんな人なのかわからなかったし、言語魔法で一応言葉の問題は解決したけど、誤解からどんなトラブルが起こるか分かったものじゃなかったしね。」


エーリカは話し終えると、両手の掌を暖める様に持っていたマグカップを口元に運び、一口白湯を啜った。


俺はエーリカが白湯を飲み終わってから質問を再開した。


「あの俺達を襲ってきた奴等の事なんだけど、あれはそっちの世界の魔物なのか?」

「うん、小さい方がゴブリン。そのゴブリンが、進化してゴブリンウォーリア、更に進化したのがゴブリンキングね。」


エーリカによると、向こうの世界には多種多様な魔物とカテゴライズされる生物群が生息しているという。ゴブリンの他にもある意味お馴染みなオーク、オーガ、トロールなどの亜人タイプや動物タイプ、蟲タイプなどバリエーションに富んでいて、厄介な事に魔物は条件が揃うと進化してより強力になるそうだ。


しかし、その条件もよくわかっていない事が多く、しかもその条件も揃う事は滅多に無いので、 進化した個体なども滅多に出ないそうだ。そうするとあの群れに進化系と最終進化系がいるという事実は、極めて稀、というか、有り得ない事なのではないだろうか?


「うん、明らかにおかしいわね。例えば、ゴブリンの群れの長としてゴブリンウォーリアがいる事があるけど、あの群れにはウォーリアどころかキングがいたもの。本来なら有り得ない事よ。」


どうも向こうの世界もキナ臭くなっているようだな。しかし、俺達もそんなヤバイの相手に良くやったものだよ。


「それでお姉さ、いや、エーリカさん。肝心なところなんだが、エーリカさん達やゴブリンの群れが元居た世界からこっちの世界に来てしまった理由について思い当たる事は?」


エーリカは斉藤にそう尋ねられてかぶりをかぶった。


「全く無いわ。私が教えて欲しいくらい。」


エーリカの声は次第に小さくなり、持っていたマグカップを置き、両手で顔を覆った。その様子は、エルフとか人間とか関係無く、怖さと不安と心細さで泣きそうな1人の女の子だ。ちょっとキツそうに思えた彼女の性格も、こんな異常な事態に巻き込まれて、妹のためにも自分を奮い立たせて勝気な自分を装っていたのかもしれない。


そう思っていると、エーリカがジト目で俺を見ていた。


「あんた、また失礼な事考えてたでしょ?」

「そんな事ないって。」


やっぱり気が強いかも。



その後、エーリカはやはり疲れていたのか、俺の横でこっくりと舟を漕ぎ始めたかと思うと、俺の肩にもたれかかって眠ってしまった。


俺は斉藤にバンガローのドアを開けてもらい、エーリカの体を抱き上げ(所謂お姫様抱っこだね)、バンガローの中でベッドに横たえた。ブーツを脱がすかは迷ったところだが、折角眠っているものを起こさないよう、そのままにして、そっと毛布を掛けてバンガローを出た。


「リュウ、お姉さんはお前が担当な。」


斉藤は焚き火に薪をくべながら、俺の方を見る事も無く、そう言った。


俺はエーリカを抱き上げた時の彼女の軽さ、彼女の香り、温もり、そして美しくもどこか儚げだった寝顔を思い出しながら、


「ああ、任せろ。」


と、俺も斉藤を見ること無く答え、そして夜空を見上げて、自分自身の心にそう誓った。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る