ACT.6

 俺が最寄りの救急病院で治療を受け、廊下に出てくると、マリーが待っていた。

『病院ってやなところね。だって煙草が喫えないんですもの』

 そう言ってわざと不満げに額に皺を寄せてみせた。

 俺は表情を変えず、そのまま廊下のソファに腰を下ろし、ポケットを探るとシガレットケースからシナモンスティックを取り出し、自分で一本咥え、ケースを彼女に差し出す。

 断るかと思ったが、

『ありがと』

 とだけ言い、マニュキアを光らせて摘み上げ、口に咥えて端を噛んだ。

『たまにはこういうのもいいものね。そうそう、忘れてたわ』

 ハンドバッグを開けると、一枚の小切手を取り出して俺に渡す。

『リクエストの通り、ギャラは通常の三倍増し、プラス成功報酬も付けたわ。これで文句はないでしょ?』

『無い』

 俺は答え、小切手を受け取り、スティックを齧り尽くすと、ソファから立ち上がった。

 少し足を引きずって歩き出そうとすると、

『何も無理することはないじゃない。一晩位入院させて貰ったら?』

『医者にもそう言われたがね。まっぴらごめんだ。ベツレヘムで主の御子がお生まれになる前日イブだぜ。祝杯でも挙げにゃ罰が当たる。』

『貴方らしいわ。送りましょうか?』

 それには及ばない。俺は手を振って断り、足を引きずりながらエレベーターに向かった。

 幸い奴の7.62mm弾は上手い具合に貫通しており、骨も逸れてくれたし、傷も大したことはなかった。

 不信心者の癖に、俺は余程神様って奴に好かれているらしい。


”ブラック・ハウンドの方はどうなったか”だって?

 後で真理が教えてくれたところによれば、

 奴の方の傷もそう大したことはない。

 警察病院で治療を受け、全治1か月の入院だとさ。

 彼は病床で公安やら刑事やらの取り調べを受けたが、カキのように口を閉じ、完全黙秘を貫いているという。

 流石は筋金入りのテロリストだ。

 まだ犯行は行われちゃいないから、せいぜい武器の不法所持と、俺への殺人未遂くらいがいいところだろう。

 俺は太股を包帯で巻き、ネグラのベッドにひっくり返り、悪友からの”クリスマスパーティー”の誘いも断って、一人で寝酒を楽しんでいる。

 テレビのニュースは蔵相会議が成功裏に終わったという政府発表を流してはいたが、俺達の銃撃戦のことなんざ、欠片も報じてはいなかった。


 三日後、治療のため病院に行く途中、再びあの公園を通りかかると、緑川麻美と“アイ・パートナー・クラブ”の面々が、また募金活動を行っていた。

 俺はさり気なく財布から、万札を二枚、募金箱に入れ、彼女の”有難うございました”という声に手を振って立ち去った。

 盲導犬二頭も、心なしか嬉しそうな顔をしている。

 頭でも撫でてやろうかと思ったが、止しておいた。

 彼らだって仕事中なんだ。 

 邪魔をしちゃ悪い。 

                                  終わり

*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては、作者の想像の産物であります。

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聖夜(イブ)と弾丸 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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