ACT.5

”奴”は、何も言わずに緑川麻美らと少年ガキの間に割って入ると、コートのポケットから一万円札を数枚(いや、十数枚というべきか)を取り出し、それを募金箱にねじ込んだ。


”奴”は少年達ガキどもをねめつける。

 向こうも何か言い返そうとしたが、その迫力に気圧されたのか、それ以上何も言わずに尻尾を巻いた。


 と、ふいに二頭の犬たちがうなり声を上げて身構える。

 珍しいことだ。

 盲導犬というのは人に危害を加えないように訓練されてあり、滅多に吠えたりうなったりという、威嚇行動はとらないものだ。

『マックス、アリア、ストップ!』

 麻美が声をかける。

 二頭は大人しく命令に従い、また元の通りに身を伏せる

『どうも申し訳ございません。この子たちは私たちを守ろうと・・・・』

 彼女たちはすまなそうな声で”奴”に詫びを入れる。

『いや・・・・分かっています』

 低い声でそう言って、

『では』と頭を下げ、歩き出した。


 数メートル距離を置き、俺は奴が十分に離れてから、

『久しぶりの父娘対面はどうだった?ブラック・ハウンド?』

 俺は後ろから声をかけたが、”奴”は、素知らぬふりをして、そのまま歩を進めた。

『悪いがちょっと付き合って貰いたい。俺の名前は乾宗十郎いぬい・そうじゅうろう、職業はコレだ』

 そう言って探偵免許ライセンスと、バッジを提示する。

『探偵風情が何の用だ?』

 低音ボイスにもっと鋭い殺気を込めて答えた。

『仕事だよ。お前さんを捕まえてくれってさ』

『私立探偵ってのは、いつから警察オマワリどもの下請けになったんだね?』

『貧乏人のさがでね。人参げんきんを下げられると弱いものさ』

 奴は黙って公園の中へ中へと入ってゆく。

 都会の真ん中、しかもまだ日が高いというのに、公園には殆ど人気はなかった。

 

”奴”は植え込みに囲まれたベンチのある場所に着くと、いきなり振り返り、懐からトカレフを抜き、引き金を引く。

 一瞬早く、俺は横っ飛びに飛ぶと、M1917を抜いた。

 左太腿に焼け火箸でも突っ込まれるような熱い痛みを感じた、構わずにこちらも3連射する。

 一発は逸れ、一発は右肩、二発目は奴の右わき腹をかすった。

 勝負はそれで終わった。

 三発目が鳴りやむと、物陰に隠れていた私服、制服合わせて1ダースほどが飛び出してきて、俺達に向かって.38口径の銃口を向ける。

『銃を棄てろ。動くな。撃つぞ!撃つぞ!撃つぞ!』

 先頭の一人がわざとらしく教科書通りの声を出した。

 俺は言われた通り銃を土の上に落とし、太腿を庇いながら、両手を高々と上げた。

 折角大物ひっ捕らえるのをけてやったってのに、拳銃を向けられちゃ割に合わないが、連中にしちゃ素早い方だ。

 

 制服が二人がかりで”奴”からトカレフをもぎ取り、手錠ワッパを掛けて両腕を抱え込むようにして、運ばれてきた担架に乗せ、そのまま公園の外へと連れ出した。

 別の制服が俺にも打とうとしたが、俺はシナモンスティックを咥え、

『善良なる市民が、凶悪犯逮捕に協力したんだぜ。感謝状の一枚も貰いたいくらいだ。どうしても連れてくなら、便所を優先させてくれないか』と言ってやった。 

 一番先に叫んだリーダー格らしい私服(初めて見る顔だ)が、苦い顔をしながら制服を押し止め、

『・・・・兎に角、都会の公園で銃撃戦をやらかしたんだ。後で警察署に顔を出せよ』そうぬかして背を向けて去っていった。

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