ACT.4

 その日から俺は緑川麻美を尾行し始めた。

 彼女は現在、視覚障碍者専門の心理カウンセラー兼セラピストとして働く傍ら、NPO法人『アイ・パートナークラブ』の幹事として活躍している。

 アイ・パートナー。

 つまりは盲導犬のことだ。

 ご承知だろう。

 盲導犬というのは、数がお世辞にも多くない。

 育てるのが難しいのだ。

 ある調査によれば、盲導犬として活躍できるのは。2万頭いるうちの一頭か、

多くても三頭ほどしかいないという。

 これでは視覚障碍者全てに盲導犬が行き渡るのは難しい。

 当然ながら盲導犬の育成には費用も掛かる。

 そうなれば視覚障碍者で必要としている全てに行き渡らせることも出来ない。

 そこで彼女も日頃から率先して街頭で募金活動を行っているのだ。


 彼女の熱心さには本当に頭が下がる。

 どんなに天候が悪かろうと、街頭に立つ姿は、単なる体裁だけの慈善なんかを乗り越えてしまっている。

 しかし、一向に”奴”は現れない。

 必ずどこかで見ている筈だが、流石に用心深いものだ。

 とうとう例の蔵相会議を数日後に控えた今日になってしまった。

 

 ラジオの天気予報では、都内では初雪が降ると報じていた。

 確かに朝から灰色の雲が垂れ込めていて、こんな日は幾らなんでも街頭には出まいと俺も踏んでいたのだが、その予想は見事に裏切られた。

 彼女は天候などものともせずに、二頭の盲導犬と数名の仲間と共に街頭に立った。

 道行く人は足早に通り抜け、殆ど見向きもしないが、それでもめげずに彼女は必死に募金を呼び掛けている。

 盲導犬も主人の言いつけに従い、大人しく座っている。

健気なものだ。

 それにしてもブラック・ハウンドのおっさん、未だに影も形も見せない。

 俺はあちこち調べ回ったが、マリーの言う通り、奴が偽のパスポートを使って入国していること、そして都内のどこかに潜伏しているらしいことまでは突き止めた。

 しかし、分かったのはそこまでで、流石の俺でもそれ以上は分からなかった。

 だから今のところはこうして緑川麻美を張っているしかないという訳である。


 雪は激しくもないが、止む気配も見せない。

 俺は三杯目のコーヒーをオーダーし、テラス席で粘り続けた。


 あまりこういう飾った例えはしたくないが、

”情熱が雪をも解かす”

といっても、けっして気障には聞こえない。

 そんな感じだった。


 と、その時である。

 中学校一年生くらいだろうか。

 三人ほどの少年ガキが通りかかり、盲導犬にちょっかいを出した。

 盲導犬は主人の命令がなければ、吠えることも、勝手に動くこともしない。

 それをいいことに、彼らは募金箱などそっちのけで、犬の身体を棒でつついたり、何かからかうような声を上げたりして騒いでいる。


 彼女たちもやんわりとした口調でたしなめようとするが、それでも止めようとはしない。


 他の通行人たちも、時々立ち止まって見て居たりはするものの、大抵は見て見ぬふりといった体である。

 俺はテーブルにコーヒー3杯分の金を置くと立ち上がった。

 

 幾ら仕事だと割り切っていても、こういう光景を見ていると放ってはおけない性格タチなんだ。


 俺は生垣を乗り越え、道路を横切ろうとした。

 その時である。


 俺より先に別の人影がガキ共の後ろにたった。

 黒いコート、ぼさぼさの長髪、サングラスにいかつい顔。

 紛れもない、

”奴”だ。



 

 

 




 

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