第9話 二人きりの補習
その日の結城先生の授業で行われた抜き打ちテストの結果が悪かった生徒は補習。
そう言われて臨んだ結果、点数が合格点に満たなかった生徒は俺を含めて数名いた。岡崎がギリギリ免れていたのには驚きと同時に苛立ちもあったが仕方ない。
と、いうわけで宣言通り放課後に先生の補習が行われているわけなのだが……。
「なんで俺一人なの?」
放課後、先生が用意した教室に集まったのは俺だけだった。
俺が言うと、先生はしゅんとしながら小さな声で答えてくれる。
「みんな部活とかで忙しいんだって」
「いや、それだと俺だけ暇みたいじゃん」
「間宮くんも忙しいの?」
「そりゃもう」
なんて言うが特に用事はない。
これといった趣味はないし、部活にも入っていない。友達はいるがあいつら基本的に部活に行っているから暇じゃない。
こんなことになるたびに、部活に入ることを検討することになる。そうでなくとも、せっかく青春をやり直せるのだから、なにか部活に入るのは十分アリな選択肢なのだろうけれど、なにぶん何にも興味が持てないのだ。
「ううう。それじゃあ先生の補習を受けてくれる人はいないのね」
先生はよよよと涙を流す素振りを見せながらこちらを見てくる。嘘泣きなのは明らかだし、こちらの同情を誘っているのが分かる。
まあ。
そもそも言っているだけで別に受ける気がないわけではないのだ。
「いや、ちゃんと受けますよ。先生の補習より大事な用事はないですから」
事実ないのが本当に残念である。
そんな俺の気など知りもしない先生は俺の手を両手で握る。がっちりホールドされたその手はまるで俺を逃がさないとでも言っているようだ。
「ありがとう間宮くん! この恩は一生忘れないよ!」
補習受けてもらって恩を感じちゃってるよこの人。
なんか高額の壺とは騙されて買ってしまいそうな危なっかしさがある。
「いや、忘れちゃってくださいよ」
そして補習が始まった。
補習と言っても難しいことはなく、基本的には授業のおさらいだ。難しかったところや理解しきれなかったところを俺が質問して、それを先生が解説するという流れを繰り返す。
もともと分かりやすい授業をする先生なのでこうしてマンツーマンで教えてもらえるとすごく理解できる。普段の授業で理解できないのはただ俺が授業をそこまでしっかり聞いていないからなんだ、と改めて思わされる。
そもそも。
先生と放課後に二人きりで居残り授業とかただのご褒美なんだよ。
これでもしも大人な授業というエロ漫画さながらの展開になればもう言うことない。
『英語はだいぶ理解できてきたみたいね。他に分からないことはある? 例えば、女の子のこととか』
そんな調子で艶めかしい声とともに俺との距離を詰めて、
『間宮くんは女の子の体のこと、どれだけ知っているのかな?』
そして上着を脱ぎ、カッターシャツのボタンに手をかける。
上から徐々にボタンを外していくと、黒の下着が見える。少し透けている大人な下着だ。
『だめだよ? 女の子の体のこと、ちゃんと知っておかないと』
カッターシャツのボタンをすべて開け、下着と胸を露わにした先生は、俺との距離をさらに詰めてきて、
『知らないなら、満足いくまで教えてあげる』
耳元で囁いたあと、俺の手を取って自分の胸元へと持っていき、俺は手のひらに柔らかい感触を楽しむのだ。
悪くない。
「間宮くん? おーい、まーみーやーくーん?」
「はっ」
先生が俺の目の前で手をひらひらと動かす。
我に返った俺は、覗き込むようにこちらを見ていた先生と目が合った。
すると先生はハッとして、少しだけ赤くなった顔を離す。
「せ、先生の話聞いてた?」
「あ、いや……ぼーっとしてました」
何を考えているんだ俺は。
そんなことを考えていると、俺はいつの日かの夜の出来事を思い出してしまう。
酒に飲まれ酔いが回った俺は先生と勢いに任せて本能の赴くがままお互いを求めあった。あのときの感触も、息遣いも、快感もすべて覚えている。
そうだ。
俺は今目の前にいるこの人と……。
「そろそろ終わりにしましょうか」
「え?」
「どうやら間宮くんの集中力が限界のようだし」
「あー……まあ」
否定できなかった。
集中力が切れた結果、あんなことを考えてしまったのだ。
「片付けましょうか」
言って、先生が片付けを始めたので俺も机の上の筆記用具を片付ける。
そして、手を止める。
「先生」
確認したいことがあった。
先日、ラーメン屋で言いかけたこと。思いとどまったように言葉を詰まらせ、誤魔化すように話題を切り替えたあのとき。
先生は何を言おうとしたのだろうか。
「ん?」
「この前、ラーメン屋で」
俺がそう言ったとき、先生の表情が一瞬こわばったのが分かった。
けれど動揺したことを悟らせないためか、それは一瞬だけのことですぐに表情を作った。
「何か言おうとしてましたよね?」
確認する。
もし、先生が踏み出さないのならばこっちから踏み込んでやる。
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