《 第59話 みんなの想いを原動力に 》
曇り空の下、僕たちは黄金山に登っていた。
膝下まで積もった雪のなかを歩きながら、緩やかな斜面を歩いていく。
思っていたほど険しい道のりってわけじゃない。
元々は王城と王都を結んでいた道だ。昔のひとがしっかり作ってくれたおかげで、登山道は朽ちることなく残っている。
とはいえ雪に埋もれた登山道は歩きづらく――
「ひぐっ!?」
「だ、だいじょうぶ?」
「へ、へっちゃらなのだ! ぎりぎりセーフだったのだ!」
雪に足を取られて転けそうになったドラミは僕の服にしがみつき、ぎりぎり転倒を回避する。
「だっこしよっか?」
「平気なのだ! ドラミは冒険者だから、こんな雪山くらい楽勝なのだ!」
勇ましく叫び、再び歩きだす。
頑張るのはいいけど……もう息を切らしてるし、痩せ我慢なのは一目瞭然だ。
「ちょっと休もうか?」
「う、うむ。ちょっとだけ休みたいのだ」
雪を積み上げて椅子を作り、その上に腰かける。
そしてリュックから水筒を取り出すと、ドラミに紅茶を注いであげる。
水筒にはヒートバードの魔石を入れているので、紅茶はほかほかだ。
たっぷり砂糖を溶かした紅茶を飲み、ドラミは生き返ったように吐息する。
「いままで飲んできたどの紅茶よりも美味しく感じるのだ……」
「さすがにガーネットさんが淹れてくれた紅茶には劣るよ」
「たしかにガーネットの紅茶も美味しかったのだ……また飲みたいのだ……」
「来月の今頃にはすべてが終わって、みんなで楽しく紅茶を飲めてるよ」
「待ち遠しいのだ……」
夢見心地でつぶやき、ドラミは雪山を見上げる。
ここからだと城は見えないし、山頂までまだまだ時間がかかりそうだ。
「お城までが遠いのだ……。どうしてこんなところにお城を建てちゃうのだ……」
「昔は国同士の戦争が珍しくなかったからだよ。雪山に城を構えれば攻められにくいって考えたんじゃないかな」
「でもこれじゃお城に帰るのが大変なのだ……」
「王様もそう思ってたんだろうね。戦後すぐに居城を移したらしいよ」
「正しい判断なのだ……もう一杯、飲んでいいのだ?」
「もちろん。ドラミのために用意したんだから、遠慮せず飲んでいいよ」
「ありがとなのだ。……ぷはーっ、生き返るのだ……」
「それはよかった。もうしばらく休んだら出発しよっか?」
「うむ。今日はどこまで行くのだ?」
「今日の目標は山小屋までだよ」
聞いた話では、2合目と5合目と8合目に山小屋があるらしい。
2合目と5合目にはちゃんと山小屋があったので、8合目にもあるはずだ。
「それくらいならなんとかなるのだ!」
ドラミは張り切っている。
いまにも休憩を終えて駆け出しそうな勢いだ。
無理はしてないみたいだけど……王都を発って6日目、登山を始めて3日目だ。
疲れが溜まってるだろうし、嫌がるかもだけど提案してみようかな。
「ドラゴンになれば、もうちょっと楽に移動できるんじゃない?」
「ドラゴンにはなりたくないのだ。だって、目立ったら危ないのだ……」
「城に近づかない限り、メデューサには見つからないよ」
廃城は立派な石造りの城らしい。
メデューサは石を愛でる魔獣で、滅多なことじゃ縄張りから出てこないので、城の近くで騒ぎを起こさない限りは見つかりっこない。
「で、でも、ホワイトドラゴンになるには服を脱がなきゃいけないのだ……」
「脱ぐのが寒いなら、そのままドラゴンになればいいんじゃない? その服、汚れてきたしさ」
「服を破きたくないのだ……。だって、この服はジェイドが買ってくれた、ドラミのお気に入りなのだ……」
「そっか……。だったら、このまま頑張ろっか」
「それがいいのだ!」
力強くうなずき、体力が回復したところで、僕たちは登山を再開する。
1時間も経つ頃にはドラミは息切れし――
2時間が過ぎる頃には足取りがかなり重くなり――
3時間もする頃には数歩歩くごとに立ち止まるようになってしまう。
「今日はここで休もっか?」
「も、もっと頑張れるのだ……」
「気持ちはわかるけど、無理は禁物だよ。ここで休むなら、かまくらを作るからさ。ドラミは休んでていいんだよ」
「まだ頑張れるのだ! だって、早く石になったひとたちを助けたいのだ! 大事なひとが石にされるとか、そんなのかわいそうなのだ!」
「そりゃ早く助けてあげたいけど、僕にとってはドラミも大事なひとなんだ。急いだせいでドラミにもしものことがあったら、僕は自分が許せなくなるよ」
「で、でも、ほんとに頑張れるのだ! 本当に無理なときは休むから、もうちょっと歩かせてほしいのだ!」
へとへとなのは明らかなのに、ドラミの声は力強い。
スンディル王国から遥々メデューサを倒しにきたふたり組の話は、あっという間に広まったようで――
王都を発つ際、僕たちは町のひとたちに見送られた。
彼ら彼女らの声援が、ドラミの力になっているのだ。
想いを原動力に頑張るドラミを見ていると、懐かしい気持ちになってくる。
ガーネットさんと仲良くなりたい一心でクエストを受け続けた当時の僕を見ているようだ。
保護者としては休ませてあげたいけど……なにを言っても休まないことは僕が一番知っている。
だったら、背中を押してあげないと。
「わかった。もうちょっとだけ歩こうっ!」
「よ、よし、頑張るのだ……!」
ドラミは凜々しい顔つきになり、ざく、ざく、と歩いていく。
日が傾き、薄暗くなってきた頃、山小屋が見えてきた。
ぼろぼろだけど屋根と壁は健在だ。すきま風が吹きそうだが、野宿するより遥かにマシだ。
「や、やっと休めるのだ……」
山小屋に入るなり、ドラミが倒れてしまった。
ごろんと仰向けになり、お腹で息をする。
「お疲れ様。本当に頑張ったね!」
「ありがとなのだ……! でも、へとへとになっちゃったのだ……」
「そりゃそうだよ。山登り3日目で8合目まで来たんだから」
「だけどジェイドは疲れてるように見えないのだ……」
「僕は大人だから。ドラミくらいの歳で同じことをやろうとしても、ぜったいに無理だったよ。ドラミは本当にすごいよ」
「ほ、褒めすぎなのだ……」
「褒めたりないくらいだよ。本当に偉いね」
「い、いっぱい褒めてくれてありがとうなのだ……! よーしっ、この調子で明日も頑張るのだ~!」
「明日はそんなに歩かなくて済むよ。廃城は近いから」
「い、いよいよ明日戦うのだ……?」
顔に緊張感を滲ませるドラミ。
僕はうなずき、
「上手くすれば明日、みんなを救出できるよ」
「溶岩薬はちゃんと持ってきたのだ?」
「もちろんさ。ひとつでも上手く発動すれば、メデューサを倒せるよ」
溶岩薬は木の実くらいのサイズで、刺激を与えると破裂する。
小さいとはいえ威力は絶大。メデューサが溶岩薬を踏めば、たちどころにドロドロになる。
「問題はどこに仕掛けるかだね」
「お城の外にばらまいて、メデューサをおびき寄せるんじゃだめなのだ?」
「それだと溶岩薬を踏まない可能性があるよ」
「だったら、お城の廊下とかにばらまくのだ?」
「うん。なるべくメデューサが通りそうなところに仕掛けるのがいいだろうね。もちろん、近くに冒険者の石像がないことが前提だけど」
「そのときは石像を安全なところに運べばいいのだ」
「音を立てないように気をつけないとね」
「うむ。見つからないように気をつけないとなのだ……。念のため、夜になってから忍びこんだほうがいいのだ?」
「ううん。たいていの魔獣は夜目が利くから、むしろこっちが不利だよ」
「メデューサ、隙がなさ過ぎるのだ……」
「だてに達成不可能リスト入りしてるわけじゃないからね。ただ、メデューサは石像だから、足音に特徴があるはずなんだ」
「耳を澄ませれば接近に気づけるってことなのだ?」
「そういうこと。あとは明日の天気しだいだね。吹雪になれば足音が聞き取りづらくなるし……」
「ドラミたちは良い子にしてるから、明日はきっと晴れるのだ!」
明るい声で言われると、本当に晴れそうな気がしてきた。
さて。
「お待ちかねの食事にしよっか?」
「やったー! 待ってたのだ~!」
ドラミはガバッと跳ね起きた。
カップに小分けしておいたシチューを魔石で温めてから、カチカチのパンを浸して食べる。
それから甘味の強い紅茶で一息ついていると、ドラミがうとうとし始めた。
寝袋を広げると、もぞもぞと潜りこみ、すぐに寝息を立て始めたのだった。
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