《 第60話 ゴールデンメデューサ 》
翌朝。
山小屋を出ると、快晴の青空が広がっていた。
気温は昨日と変わらないけど、晴れているので気持ち的には穏やかだ。
僕たちはさっそく登山を開始する。
意気揚々と歩いていたドラミだけど――
「……あれ?」
ぴたっと立ち止まってしまう。
「どうしたの?」
「あっち……キラキラしてるのだ」
「……ほんとだね」
山頂のほうに、キラキラと輝いているものが見えた。
ドラミがオペラグラスを目に当てるが、正体はわからないみたい。
「よくわからないけど、これが黄金山の由来なのだ?」
「ううん。黄金山の由来は、朝日で山全体が輝いて見えるからだよ」
あんなふうに局所的に輝いて見えるのはおかしい。
あそこになにかあるはずだ。
「あっ、わかったのだ! キラキラの正体はお宝なのだ!」
「王城の宝物庫ってこと?」
「きっとそうなのだ! 壁が壊れて、宝物庫が剥き出しになってるのだ!」
「でも、宝物をそのままにするとは思えないよ」
「早く引っ越したかったから、そのままにしたに違いないのだ!」
あそこにお城があるのだ~、とドラミははしゃいでいる。
ゴールが見えたことで、昨日までの疲れが吹っ飛んだみたい。
あれが廃城だという保証はないけど……登山道はキラキラ方面に続いてる。
どっちにしろ近くを通ることになりそうだ。
「メデューサに見つからないよう、ここからは慎重に行こう」
「わ、わかったのだ……」
僕たちは気を引き締め、雪に埋もれた登山道を歩いていく。
1時間歩くたびに休憩しつつ、先へ先へと進んでいき――
「な、なんなのだ、これ……」
「すごいね……」
僕たちは、ほうけてしまった。
緩斜面の向こうに、立派な城があったのだ。
元々王様が住んでいたので立派な外観だろうとは思っていたけど、長いこと手入れされていないのだ。
廃城と呼ぶに相応しい、廃れっぷりだと思っていた。
だけど――
そこに佇んでいたのは、豪華絢爛な黄金城だったのだ。
「眩しいのだ……」
「これがキラキラの正体か……」
「国王様、贅沢しすぎなのだ……」
「これ、最初から黄金だったのかな……?」
「どういう意味なのだ?」
「戦時中に黄金城を作る余裕があるとは思えないし……攻めこまれにくくするために雪山に城を構えたのに、黄金城にしちゃったら、目の色を変えて奪いに来るよ」
「戦争が終わったあとに、誰かが建て替えたってことなのだ?」
「どうだろ。引っ越すのにわざわざ建て替える意味がわからないんだけど……」
それにメデューサの縄張りが黄金城だという情報はなかった。
ギルドマスターの話では、メデューサを討伐しに向かったものの、恐怖心に屈して引き返してきたひともいるらしい。
なかには城内に入り、メデューサを目撃したひともいるはずだ。姿を見て帰還したひとがいるからこそ、メデューサが廃城を縄張りにしていることが知られているわけだし。
なのに黄金城に関する情報がないってことは――
「城が金ぴかになったのは、わりと最近かもしれないね」
「メデューサが突然贅沢に目覚めたのだ?」
「ないとは言いきれないけど……考えても始まらないし、予定通り城に行こう」
「そ、そうするのだ……。ところで、白い布はどうするのだ?」
「こうなると逆に目立つから、そのままの格好で行こう」
白い布で身体を隠し、雪と同化して潜入するつもりだった。
だけど黄金城では逆効果だ。
僕たちは息を潜め、こそこそと城へ近づいていく。
黄金の門を抜け、黄金の柱に隠れつつ黄金の壁際を歩いていき、黄金の扉に到着。音を立てないようゆっくりと開けていき――
「――ひぎッ」
城内に踏みこんだ瞬間、ドラミが悲鳴を上げそうになった。
まっすぐ伸びる通路に、人間の像があったのだ。
なにかから逃げるように必死な形相で、扉に手を伸ばそうとしている像だ。
さらにその向こうには、剣に手をかけている像や、手をかざしている像があった。
そのすべてが金ぴかだ。
「こ、これ、メデューサの被害者なのだ?」
「そうみたいだね……」
「で、でも金ぴかなのだ……」
「ここにいるメデューサは、石像じゃなくて黄金像に変える力を持ってるんだよ」
そんなメデューサがいるなんて聞いたことがないけど、それ以外に考えられない。
「わからないのは、どうして城まで黄金にできたかだね。メデューサの能力は、生き物にしか効かないはずなんだけど……」
「ど、どっちにしろ、怖ろしいことに変わりないのだ……」
「だね。だけど、これはラッキーだよ」
「ど、どうしてなのだ?」
「溶岩薬は石を溶かす薬だからさ。これなら被害に遭ったひとを溶かさずに済むよ」
「だ、だったらこの辺りに仕掛けちゃうのだ?」
「それもいいけど……近くにメデューサの気配はないし、もうちょっと城内を探ってみよう」
「わ、わかったのだ……」
僕たちは足音を立てないように廊下を進む。
階段を上がり、二階の廊下に出ると、またしても人間の黄金像が――
びゅー! びゅー!
「ひぐッ!? な、なんの音なのだ……?」
「風の音だね。窓が割れてるみたいだよ」
ゆっくりとそちらへ向かい、窓の向こうへ目を向ける。
中庭だった。雪が積もり、一面真っ白になって……
「……あれ?」
「ど、どうしたのだ?」
「ちょっとオペラグラス借りていい?」
「どうぞどうぞなのだ」
オペラグラスを覗いてみる。
……見間違いじゃなかった。
「な、なにが見えるのだ?」
「石像だよ」
「ま、まさかメデューサなのだ……?」
「ううん。人間の像だよ。頭を抱えてしゃがみこんでるし、壁際に隠れてたところを石にされたみたいに見えるけど……」
「そ、それはおかしいのだ。だって、ここにいるメデューサは黄金に変えるのだ」
「だとすると……メデューサのほかに、黄金に変える魔獣がいるのかもしれないね」
「ど、どどどうするのだ? そいつを倒す準備はしてきてないのだ」
「とにかく、どんな魔獣か調べる必要があるよ。もうちょっとだけ城内を調べたら、一度外に出て作戦を立てよう」
「そ、それがいいのだ」
こくこくうなずき、僕たちは慎重に先へと進む。
そして角を曲がった瞬間――
「ぎゃああああああああああああああああああ!?」
ドラミが悲鳴を響かせた。
悲鳴を上げて当然だ。
なぜならそこにあったのは――
怖ろしい形相で硬直した、メデューサの黄金像だったのだから。
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