《 第58話 雪だるま祭り 》

 その日の昼下がり。


 僕たちはアイス王国の王都にたどりついた。


 列車を降りると、ドラミがぶるりと震える。



「うう……外は冷えるのだ……」


「とりあえず宿屋を探そっか? で、しばらく休んでギルドを探そう」


「そ、それがいいのだ……」



 ぶるぶると震えながら、うつむきがちに僕のとなりをついてくる。


 あまりの寒さにしゃべる気力もないみたい。


 だけど列車乗り場を出たとたん、ドラミの顔に生気が宿る。



「うわ~、賑やかなのだ!」



 さすがは王都。雪に覆われた大通りは賑々しく、子どもたちの楽しげな声が響いている。


 見ているだけで活力が湧く光景だ。



「この町のひとは元気だね」


「寒いから家に引きこもってると思ってたのだ。みんな寒くないのだ?」


「きっと寒さに慣れてるんだよ」


「アイス王国のひとはすごいのだ……」



 感心するドラミの目の前を、子どもたちが駆けていく。


 雪かきを手伝っているのか、雪が積まれた手押し車を押していた。


 寒いなか元気にはしゃぐ子どもたちを目にして、ドラミがいきなりほっぺを叩く。



「急にどうしたの? あ、ほら、ほっぺた赤くなってるよ……」


「気合いを注入したのだ! よーし! ドラミも負けてられないのだ~!」



 力強く叫び、その場で足踏みをする。


 身体を動かして温まろう作戦だ。



「うおおおお! ほっかほかなのだああああああ!」



 ドラミが駆けだした。


 ざくざくと雪を踏みしめながら走っていき、ぴたりと立ち止まる。



「甘い匂いがするのだ……」


「ほんとだ。近くにお菓子屋があるのかな?」


「お、お菓子屋……」



 ごくりとのどを鳴らし、チラチラと僕を見る。



「運動前の腹ごしらえは大事だと思うのだ……」


「だね。せっかくだから食べよっか」


「やったー! 匂いはこっちからするのだ~!」



 ざっくざっくとスキップしながら駆けていき、お菓子の屋台にたどりつく。


 なにかを焼いてる店主の手元を覗きこみ、わっと歓声を上げた。



「す、すごいのだ! お魚のケーキなのだ!」


「お嬢ちゃん、フィッシュケーキははじめてかい?」


「こんなの見たことないのだ! どうしてお魚の形をしてるのだ?」


「王都じゃ魚は高級だからさ。滅多に食べられないから、せめて形だけでもってね」


「なるほど! さっそく食べたいのだ!」


「すみません。できたてを二つください」


「はいよ!」



 ほかほかのフィッシュケーキを手に入れ、歩きながら食べることに。


 ぱくっと頭にかじりつき、ドラミはほっぺを緩ませた。



「甘いのだ~」


「ほんとだ。しかもほら、カスタード入りだよ」


「ええ!? カスタードが!?」



 小さな口だと一口で到達できなかったみたい。


 ドラミはもう一口かじり、さらに頬を緩ませる。



「とっても甘いのだ~!」


「これ美味しいね。熱々のカスタードなんてはじめてだよ」



 もぐもぐと食べていき、あっという間に平らげる。



「美味しかったのだ……」


「またあとで食べよっか?」


「うむっ! 次はいっぱい買うのだ! 持ち帰ってガーネットにも食べさせてあげるのだ!」


「さすがに傷みそうだし、お土産には向かないんじゃないかな」


「でも食べさせたいのだ……」


「だったら家で作ろっか」


「作り方わかるのだ!?」


「魚の型さえあればマネできるよ。カジミナちゃんに頼んでみよっか」


「そうするのだ! カジミナなら大きい型を作ってくれるのだ~!」



 巨大なフィッシュケーキを想像したのか、ドラミはうっとりとした顔をする。


 そのまま軽やかな足取りで歩いていくと、広場に行きついた。


 素通りしようとしたけど、ドラミがびくっと震えて立ち止まってしまう。


 広場には多くの雪だるまが並んでいたのだ。



「ファイティング・スノーマンなのだ!?」


「ただの雪だるまだよ」



 僕は子どもたちを指さす。


 子どもたちは一生懸命に雪だるまを作っているところだった。


 さっき手押し車を押していた子どももいるし――



「そっか。これが雪だるま祭りなんだ」


「な、なんなのだ、その楽しそうなお祭りは……?」


「列車でドラミが寝てたとき、となりの席に座ってたお爺さんから聞いたんだ」



 雪だるま祭りは、子どもたちに雪かきを手伝わせるための催しだ。


 雪かきを楽しめるように、集めた雪で雪だるまを作るイベントを開催しているのだとか。



「なるほど! 冒険者として参加しないわけにはいかないのだ!」


「人助けになるもんね」


「うむ! それに雪だるま作るの楽しそうなのだ!」



 張り切るドラミを連れて、ひとまず宿屋を探す。


 近くの宿屋に荷物を置き、雪かき道具を借りて外へ出る。



「よーし! さっそく雪かき開始なのだ~!」



 服屋の前に積もった雪をかき集め、手押し車に積んでいく。



「ありがとうね、お嬢ちゃん」


「どういたしましてなのだ!」



 お店のひとにお礼を言われ、ドラミはとっても嬉しそうだ。


 せっせと雪を集めていき、手押し車が満杯になる。



「そろそろ運ぼっか?」


「もうちょっと集めたいのだ……」


「これ以上積むと崩れちゃうよ」


「でも、たったこれだけじゃ小さい雪だるましか作れないのだ」


「だったら僕が何往復かするから、ドラミは作ってていいよ」


「ありがとなのだ! ものすごいのを作ってやるのだ!」



 広場へ向かい、空きスペースに雪を下ろす。


 僕たちのとなりでは、子どもたちが雪だるまを作っていた。


 ボタンで目を、棒で手を、バケツで帽子を表現した、可愛い雪だるまだ。



「ドラミはカッコイイのを作るのだ~!」



 せっせと雪だるまを作り始めたドラミを残し、僕は再び雪かきへ。


 5往復すると「これだけあれば足りるのだ~!」と言われたので、近くでドラミを見守ることに。



「……上手だね」



 ドラミの作る雪だるまは、僕の知る雪だるまじゃなかった。


 細かい造型で、手脚どころか目鼻立ちもはっきりわかる。


 これ、ドラミがモデルの雪像だ。



「そんなことないのだ。ひさしぶりに作るから、ちょっと腕が落ちちゃったのだ」


「ひさしぶり? そっか、ドラミは元々寒いところに住んでたんだっけ」


「うむ。だけどその頃は寒くて雪だるまを作る余裕とかなかったのだ」



 ドラミが腕を磨いたのは、ひとり旅を始めてかららしい。


 ひとりぼっちが寂しくて、泥と土で話し相手を作っていたのだとか。


 

「これで完成なのだ~!」



 凜々しい顔つきの雪像だ。


 腰元のドラミソードに手をかけ、正面を見据えている。



「上手にできたね!」


「うむ! 大満足なのだ!」



 雪像に惚れ惚れしているドラミの周りに、子どもたちが集まってきた。



「ねえこれ見てよ! すごいのがあるよ!」


「わっ、ほんとだ! すごーい!」


「そ、それほどでもないのだ……」



 パチパチと拍手され、ドラミは照れくさそうに頬をかく。


 スンディル王国といい、リーンゴック王国といい、アイス王国といい……ドラミはどこへ行っても子どもたちの人気者だ。



「ねえ、どうしてそんなに上手なのっ?」


「ひとり旅をしてたとき、話し相手が欲しくていっぱい作ったからなのだ!」


「ひとり旅してたの!? すごーい!」


「どうりでたくましい顔つきだと思った!」


「いまも旅してるの?」


「いまはもうひとりじゃないのだ! ジェイドと一緒に冒険者として旅してるのだ! なんとあのメデューサを倒しに来たのだ!」


「ほ、ほんとに!? ほんとにメデューサ倒してくれるの!?」



 女の子が叫んだ。


 ドラミは力強くうなずく。



「メデューサを倒すために、しっかり準備してきたのだ! あとはギルドへ行って、メデューサの居場所を聞き出すだけなのだ!」


「きみ、ギルドの場所知らない? よかったら教えてほしいんだけど……」


「わたしが案内します! こっちです!」



 僕たちは女の子に手を引かれ、ギルドへ案内してもらうのだった。



     ◆



 ギルドにたどりついたのは、夕暮れ時だった。


 女の子とは出入り口前で別れ、ドラミとともにギルド内へ。


 閉館間近なのか、ギルド内は閑散としている。


 ほとんどの窓口が業務を終了し、空いている窓口はひとつだけ。


 僕たちは受付嬢のもとへ向かう。



「こんにちは。メデューサ討伐のクエストを受けに来ました」



 笑みを浮かべていた受付嬢が、一瞬で顔を曇らせる。



「申し訳ございません。メデューサ討伐のクエストは、受付を終了しております」



 達成ではなく終了。


 つまり誰にも達成不可能だと判断されたというわけだ。



「終了ってどういう意味なのだ?」


「もう受けられないって意味だよ」


「ど、どうしてなのだ!? さっきの女の子のお父さんは、メデューサのクエストを受けたって言ってたのだ」



 その話は、ギルドへの移動中に聞いた。


 あの娘のお父さんは六つ花の冒険者で、メデューサのクエストを受けたきり帰ってこないのだとか。



「女の子? それって金髪で、あなたくらいの歳の娘?」


「名前は聞いてないけど、その女の子だと思うのだ」


「もしかして、あなたの娘さんですか?」



 受付嬢に目元がそっくりなので、確信を持ってたずねる。


 すると受付嬢はうなずき、



「私の夫はメデューサ討伐のクエストを受けました。ですがそれは4年前の話です。それを最後に、メデューサ討伐のクエストは終了扱いとなりました」


「どうして終了しちゃうのだ? ドラミたちはクエストを受ける気満々なのだ!」


「あまりに多くの冒険者が犠牲となってしまったからです」



 受付嬢いわく、メデューサ討伐は六つ花クラスだとパーティ限定で、七つ花クラス以上ならソロで受けることができるらしい。


 そして六つ花も七つ花も、国の貴重な戦力だ。


 これ以上犠牲になれば、ほかのクエストに支障が出る。


 その結果、危険な魔獣が野放しとなる。


 基本的に縄張りから出てこないメデューサか、その他大勢の魔獣か――。


 天秤にかけ、メデューサ討伐クエストは終了扱いにしたのだとか。



「そういうことなら、僕の出番です」


「どういう意味でしょう……?」


「僕は十つ花ですから」



 達成不可能だと思われたクエストを攻略するのも、十つ花である僕の仕事だ。



「あなたが、十つ花……? 見たところ、ずいぶんお若いようですが……」


「そろそろ23歳になります」


「23歳ですと、せいぜい四つ花ではないでしょうか……?」



 信じられない様子の受付嬢に、僕は手袋を外してみせる。


 十つ花の花紋を見て、受付嬢は目を丸くする。


 その顔に喜びが滲むのを、僕は見逃さなかった。


 きっと僕に期待してくれてるんだ。


 彼女のためにも、案内してくれた女の子のためにも、ぜったいメデューサを倒してみせる!



「メデューサ討伐のクエスト、僕に任せてくれませんか?」


「ギルドマスターに確認を取って参りますので、少々お待ちください」



 受付嬢は奥の扉へ駆けていき、ややあって恰幅の良い男性を連れてくる。


 ギルドマスターだ。



「十つ花というのは本当ですか?」


「はい。これが証拠です」


「お、おぉ……本物だ……。も、もしやあなたはジェイド様では?」


「僕を知ってるんですか?」


「ギルドマスターであなたを知らぬ者はおりません。ジェイド様の噂を聞き、メデューサ退治を依頼しようと思ったほどでございます」



 リーンゴック王国のギルドマスターも、ブラックドラゴン討伐の依頼をしてきた。


 それと同じように、各ギルドで達成困難なクエストを僕に依頼しようという動きがあるみたい。



「でしたら遠慮なく依頼してください」


「いえ、ですが……十つ花の冒険者様に万が一のことがあれば、多くの凶悪な魔獣が野放しになってしまいますので……」


「気遣いなんていりません。僕は冒険者――危険な魔獣と戦うのが仕事ですから!」


「安心してドラミたちに依頼するといいのだ!」



 僕たちが力強く告げると、ギルドマスターが深々と頭を下げてきた。


 頭を上げてもらうと、クエストの詳細を語りだす。



「メデューサの縄張りが見つかったのは、いまから50年前のことです」


「そ、そんなに昔からいるのだ!?」


「ええ。メデューサ討伐には5000万ゴルという破格の値がつき、多くの冒険者が討伐へ向かいました。ですが誰ひとりとして討伐を成し遂げることができず……」


「そのクエストを受けたひとのなかに、オニキスさんっていませんでした? 12年くらい前にスンディル王国から来たんですけど……」


「その方でしたら、私が受付を担当しました」


「ほ、ほんとですか!?」


「ええ。受付嬢になった日のことでしたので、よく覚えてます。あの方はおふたりのお父様なのですか?」


「いえ、僕たちの大事なひとのお父さんです」


「オニキスを連れ帰るために、ずっと旅してたのだ!」


「それで、メデューサはどこにいるんですか?」


「町の東に黄金山がございまして、メデューサは山頂付近にある廃城を縄張りとしています」



 よし。これで居場所もはっきりした。


 あとはメデューサを倒すだけだ!



「お願いです。どうかメデューサを倒してください」


「メデューサに石にされた夫を……冒険者の方々を、どうかお救いください!」


「もちろんです! 必ず倒すと約束します!」


「ドラミたちに任せるといいのだ!」



 力強く告げ、多くの期待を背に受けて、僕たちはギルドをあとにしたのだった。

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