《 第57話 きみに伝えておきたかった 》

 その日の夕暮れ時。


 僕たちはスンディル王国の王都に帰ってきた。



「ドラミたちを見たらびっくりするに違いないのだ!」


「予定より2週間も早い帰宅だもんね」


「しかも情報が手に入ったのだ! あとはメデューサを退治するだけなのだ~!」



 ガーネットさんの喜ぶ姿が目に浮かんだのか、ドラミはわくわくしている。


 メデューサを倒せばすべてが解決する――。


 それは事実だけど、メデューサには厄介な能力がある。


 最初は能力を聞いて怯えていたドラミだが、僕が「ちゃんと倒せるよ」と告げると安心してくれた。


 ガーネットさんも安心してくれるといいんだけど……



「到着なのだ~!」



 ガーネットさん宅にたどりつき、ドラミがノックする。



「……出てこないのだ」


「仕事中みたいだね。夕食を済ませてくるかもだし、部屋で待っててもいいけど――」


「ここで待つのだ! だって早くガーネットに教えたいのだ!」



 ガーネットさんが帰るまで、もうしばらく待つことに。


 ドラミはオペラグラスを目に当てて、道の向こうをじっと見る。



「あっ! 帰ってきたのだ!」



 遠くのほうにガーネットさんを見つけ、ぶんぶん手を振るドラミ。


 僕たちに気づき、ガーネットさんが小走りに駆け寄ってくる。



「おかえりなさい。ずいぶん早かったわね」


「オニキスの情報が手に入ったから大急ぎで帰ってきたのだ!」


「……本当なの?」



 ガーネットさんが戸惑うように僕を見る。


 12年以上もギルドで情報収集してたのに見つからなかったんだ。無事に足取りが掴めるにしても、もうちょっと時間がかかると思ってたんだろう。


 僕自身、もっと難航すると思ってた。


 アイス王国にいるという情報も、メデューサを倒しに向かったという情報も、偶然手に入ったものだ。


 あのときドラミの薬を買いに行かなければ、あのときドラミがお手伝いをしたがらなければ、こんなに上手く行くことはなかった。


 だけど。


 必ずしも運に恵まれたわけじゃない。



「オニキスさんは、メデューサ退治のためアイス王国に向かったそうです」


「メデューサ……」



 その名を聞いたとたん、ガーネットさんの顔が曇っていく。


 不安がって当然だ。メデューサは瞳に映る生き物を石化させる、極めて強力な魔獣なのだから。



「メデューサと戦うなんて無茶だわ。お父さん、七つ花だもの……」


「ええ!? 七つ花なのだ!? 歴戦の冒険者なのだ……」


「七つ花は七つ花でも、防御系だもの。お父さんに勝ち目はないわ」


「メデューサの攻撃って、防げないのだ?」


「防げないよ」


「……ジェイドでも防げないのだ?」



 ドラミが怖々とたずねてきた。


 アイス王国でメデューサの話をしたときに「倒すことはできるよ」と伝えたので、僕なら石化攻撃を防げると思ってたみたい。


 もちろん倒すことはできるけど……



「メデューサに見つかれば、僕でも石にされちゃうよ」 


「だ、だったらどうやって倒すのだ!?」


「オニキスさんと同じ方法だよ」


「オニキスと……?」


「うん。溶岩薬で罠を張るんだ」



 メデューサは石でできている。


 そして溶岩薬は岩石を溶かす薬だ。


 刺激を与えれば破裂するので、上手く使えばメデューサを倒すことができる。



「なるほど! それなら倒せるのだ!」


「けれど、お父さんは倒せなかったわ」


「た、たしかに! メデューサには通じないかもしれないのだ……!」


「ううん。メデューサは攻撃力こそ高いけど、防御力は低いからね。溶岩薬さえ発動すれば倒せるし、遠くから魔法をガンガン打ちこむだけでも倒せるよ」


「だ、だったらどうして誰もメデューサを倒さないのだ?」


「人間の石像を巻きこまないよう警戒してるんだよ」



 メデューサは相手を石にする。


 たとえ石にされても、生命活動がストップするわけじゃない。


 メデューサを倒すことで、石化を解除できるのだ。



「ただ幸か不幸か、メデューサは石像を愛するからね。おかげで石像は無傷だけど、無事な姿で石化を解くには、メデューサを縄張りの外に出さなきゃいけないんだ」



 オニキスさんは無事に罠を仕掛けることができたはず。


 あとはメデューサを罠まで誘導するだけ。


 だけど上手くいかず、姿を見られ、石にされてしまったのだ。



「逆に言えば、上手く罠に誘導さえすれば倒せるってことだよ!」


「よーし! ドラミがぎらぎら星でおびき寄せてやるのだ! もっと近くで聴きたくなって、近づいてくるに違いないのだ! ぎらぎら星はマスターしてるから、あとは溶岩薬を手に入れるだけなのだ~!」


「溶岩薬はアイス王国じゃ手に入らないのかしら?」


「手に入りますけど、クーさんの調合した溶岩薬を使おうと思いまして」


「スゥリンに修行をつけてたし、まだ王都にいるはずなのだ!」


「それでふたりは急いで帰ってきたのね?」


「それもありますけど、ほかにも理由がありまして……」


「ジェイドはガーネットに伝えたいことがあって帰ってきたのだ!」


「私に?」


「はい。メデューサは本当に強敵ですから。なにが起きても後悔せずに済むように、一言伝えておきたかったんです」


「……なにかしら?」



 ガーネットさんの瞳を見つめ、僕は想いをこめて告げた。




「ガーネットさんのことを、心から愛しています!」


「私もジェイドくんを愛してるわ」




 そう語るガーネットさんは嬉しそうだけど、不安そうでもある。


 ガーネットさんの不安そうな顔は見たくないけど……


 でも、嬉しいな。


 それだけ僕を心配してくれてるってことだし、愛してくれてるってことだからっ!



「僕、ぜったいにオニキスさんを連れて帰りますから!」


「そのためにも溶岩薬を調達するのだ!」


「だね! でもその前に、まずはモモチに水やりしたら?」


「そうするのだ! いっぱいお水をあげるのだ~」



 ひさしぶりにモモチと再会できるとあって上機嫌だ。


 ドラミはスキップしながら、かたつむりのジョウロを取りに家へ向かう。


 さて、いまのうちに……



「ガーネットさんに、もうひとつ話したいことがあるんです」


「なにかしら?」


「今回の旅は本当に危険なので、ドラミを連れていきたくないんです」


「……ドラミちゃんは納得するかしら?」


「なにがなんでもついてきたがると思います。だからこっそり旅立つつもりです」


「目が覚めてあなたがいないことに気づいたら、泣いてしまいそうだわ……。ドラミちゃん、あなたのことが大好きなんだもの」


「僕も大好きです。だからこそ、ドラミには安全な場所にいてほしいんです。明日の日の出前に旅立ちますから、僕がいないあいだ、ドラミのお世話をお願いしてもいいですか?」


「もちろんよ。ドラミちゃんが楽しく過ごせるように頑張るわ」


「ありがとうございます!」



 お礼をしたところで、ドラミがうきうきとジョウロを手に駆けてくる。


 楽しそうな顔を見て、胸が苦しくなったけど……これはドラミのためなんだ。


 自分にそう言い聞かせ、気持ちを整理するのだった。



     ◆



 翌日。


 日が昇る前に、僕は目覚めた。


 となりではドラミがスヤスヤと眠っている。


 昼過ぎに出発すると伝えたので、あと数時間は起きないだろう。



「……ごめんね」



 ドラミの髪をそっと撫で、こっそり着替えを済ませると、音を立てずに家を出る。


 家の前に、ガーネットさんが立っていた。



「い、いつからいたんですかっ?」


「1時間ほど前からよ。あなたを見送りたかったの」 



 別れは昨日済ませたつもりだった。


 仕事があるのに早起きさせるのは悪いから。



「もう出発するのね?」


「早めに出ないとドラミが起きるかもしれませんから……。ドラミのお世話、お願いしますね」


「ええ。毎日美味しいものを食べさせてあげるわ」


「ありがとうございます。ドラミも大喜びですよ。ドラミはガーネットさんの料理が大好きですからねっ」


「いつも美味しそうに食べてくれているけれど……ドラミちゃんがニコニコしているのは、大好きなあなたがとなりにいるからよ。ドラミちゃんのためにも、必ず無事に帰ってきてほしいわ」


「はい。ぜったいに無事な姿で帰還すると約束します! だから……そのときはまたデートしてくれますか?」



 ガーネットさんは、にこりとほほ笑む。


 僕の手をギュッと握り、



「そのときは、手を繋いでデートしたいわ」


「は、はいっ。喜んで!」



 っと、つい大声を出しちゃった。


 ドラミが起きると大変だ。


 そろそろ日が昇るし、早く旅立たないと。


 でも、その前に……



「ガーネットさんに、ひとつお願いがあるんですけど……」



 本当は言うつもりはなかった。


 だけど手を握ったことで、僕は誘惑に屈してしまう。



「ど、どうか僕とキスしてくれませんか?」


「……キス?」


「は、はい。ぜったいに生きて帰りますけど、なにかあったときに後悔はしたくないですから」


「そう……。だったら、キスはできないわ」


「そ、そうですか……。変なこと言ってごめんなさい」


「違うわ。私、変なことだなんて思ってないわ。私もあなたとキスしたいもの」


「ほ、ほんとですか!?」


「本当よ。ジェイドくんが無事に帰ってきてくれたら、何度でもキスするわ。だからぜったいに生きて帰ってきてほしいわ」



 キスを断ったのは、僕のためだったのか。


 僕が満足して無茶なことをしないように、生きて帰る理由を作ってくれたんだ!



「必ず帰ると約束します!」


「あなたの帰りを待っているわ」



 ガーネットさんがほほ笑み、光が差す。


 もう日の出だ。名残惜しいけど、そろそろ出発しないと。



「では行ってきます!」


「ええ、気をつけて」



 そうしてガーネットさんに見送られ、旅立とうとした――


 そのときだ。




「ちょ、ちょっと待つのだ! ドラミの準備がまだなのだ!」




 ドラミが飛び出してきた。


 パジャマ姿で、髪は寝癖でぼさぼさだ。


 僕がいないことに気づき、慌てて飛び出してきたみたい。


 何度か叫んだから、それで起きちゃったのかな……。



「急いで準備するから待っててほしいのだ!」


「ごめんね、ドラミ。今回だけは留守番しててほしいんだ」


「ええ!? ドラミが留守番を!?」


「ジェイドくんが帰ってくるまで、私の家で暮らしてほしいわ。毎日ご馳走を作ってあげるわ」


「ご馳走も好きだけど、ジェイドとの冒険のほうが好きなのだ!」


「気持ちは嬉しいけど、今回は本当に危険なんだ。メデューサに見つかったら、石にされちゃうんだよ」



 ドラミは涙目になった。


 怖いからじゃない。僕に置いていかれるのが悲しいからだ。



「ドラミは冒険者だから危険は覚悟の上なのだ! そんなことよりジェイドに頼りにされないことのほうが怖いのだ!」



 僕の腰にしがみつき、泣きそうな顔で訴えかけてくる。


 振り払うこともできるけど……


 そんなこと、できるわけないよ。


 家にいれば怪我せずに済むけど……心に深い傷を負わせてしまうから。



「わかった。一緒に行こう」


「ほ、ほんとに連れてってくれるのだ?」


「うん。だけど、ぜったいに僕のうしろに隠れててね」


「……隠れてるだけなのだ?」


「応援もしてほしいかな。ドラミに応援されると力が漲ってくるからね!」


「わかったのだ! いっぱいジェイドを応援するのだ!」



 明るい笑みを浮かべると、ドラミが僕の手をギュッと握る。



「さっそく出発なのだ!」


「その前に着替えてきなよ。心配しなくても、もう置いてったりしないから」


「心配とかしてないのだ! だって、ジェイドは連れてってくれるって言ったのだ! ドラミはジェイドを信じてるのだ!」



 ドラミは声を弾ませると、うおおお待っているのだメデューサ、と叫びつつ、家に駆けこんでいったのだった。

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