《 第56話 ラブリーラブリンラブ 》
絶妙なタイミングで相づちを打つユキさんに乗せられて、ノリノリで冒険譚を語り続けるドラミ。
身振り手振りを交えた冒険譚は止まらず、気づけば日が暮れていた。
「そうしてドラミは可愛いコンテストで2位になったのだ!」
「すごいでございマスね! ほとんど飛び入り参加にもかかわらず2位になったのでございマスから! もちろん日々特訓に特訓を重ねたデルモちゃんもすごいでございマスが、あなたもすごいでございマスよ!」
「さ、さすがにそれは褒めすぎなのだ……」
「もっと褒めたいくらいでございマスよ!」
「……ドラミのカッコイイ話、もっと聞きたいのだ?」
「聞きたいでございマス! あなたが送る毎日はとても楽しそうでございマスから! 聞いてると私も楽しいでございマスよ!」
「うむ。毎日楽しいのだ! 朝起きて、今日はあれしようこれしよう、とか考えてるのだ! だけど一番楽しいのはやっぱり冒険なのだ! 明日は王都を目指すのだ!」
「だね。明日も早いし、そろそろ帰ろっか?」
こくっとうなずき、ぬるくなったミルクを一飲みすると、ドラミは立ち上がった。
「美味しいミルクをありがとうなのだ!」
「も、もしよかったらシチューを振る舞うでございマスよ?」
「シチューがあるのだ!?」
「ありマス! お肉ごろごろのシチューでございマスよ!」
「どうするのだジェイド? ここまで言われたら食べないのは逆に失礼なのだ……」
そこまでのことは言われてないけど……
「せっかくだから、ご馳走になろっか」
「それがいいのだ!」
「それではさっそく温めるでございマスね!」
「ドラミもお手伝いするのだ!」
「偉いでございマスねぇ……」
ユキさんは感涙しかけている。
まるで我が子の成長を喜ぶ母のようだ。
なにかの事情で子どもと離れ離れになり、ドラミに面影を重ねてるのかな?
ともあれ。
事情はわからないけど、僕もお手伝いをすることに。
みんなで食事の支度をして、ほかほかのシチューを食べる。
それから一息吐き、さて、と僕が切り出した。
「長居してしまってすみません。僕たちそろそろ帰りますね」
「美味しいシチューをありがとうなのだ!」
がしっ!
帰ろうとしたところ、ユキさんがドラミの腕を掴む。
「い、いまは外に出ないほうがいいでございマスよ! 吹雪いてきそうでございマスから!」
「でも昼間は青空だったのだ」
「雪国のひとだから、きっと感覚でわかるんだよ」
「ジェイドさんの言う通りでございマス! ですので今日のところは1泊するといいデスね!」
口早に言うと、ユキさんは隣室のドアを開いた。
ベッドルームだ。
「僕たちが寝ると、ユキさんの寝床がなくなっちゃいますよ」
「私のことは気にしなくていいでございマスよ!」
「寝心地を確かめてみていいのだ?」
「もちろんでございマス!」
いっぱいしゃべって、ご飯を食べて、眠くなっちゃったみたいだ。
ドラミは嬉しそうにベッドルームへ足を踏み入れ、バックステップで戻ってくる。
「こ、こっちは寒いのだ……」
ずっと温かい部屋にいたもんね。
寒い部屋で寝たら落差で風邪を引いちゃいそう。
だったら……
「宿屋から寝袋を取ってくるよ」
「いいのだ?」
「うん。今日はいっぱいお手伝いしたからね。明日に備えて、温かい部屋でぐっすり寝なよ」
「やったー! お願いするのだ~!」
ドラミに笑顔で送り出され、宿屋へ急ぐ。
お爺さんに今日はユキさん宅に泊まると告げ、寝袋を手に引き返す。
「早かったでございマスね」
「足の速さには自信がありますから。ドラミは……眠そうですね」
「うぅ……寝袋ありがとなのだ……」
「どういたしまして。すぐに準備するからね」
寝袋を広げると、ドラミがもぞもぞと潜りこむ。
よほど眠かったのか、すぐに寝息を立て始めた。
「あっという間に寝てしまったでございマスね」
「今日はお爺さんの手伝いを頑張ってましたからね」
「あなたも一緒にお手伝いして疲れていたでしょうに……この娘のために寒いなか、わざわざ寝袋を取りに行くなんて、優しいでございマスね」
「いえ、たいした距離じゃありませんから。それにドラミには、ぐっすり寝て体力をつけてほしいんです」
「……へとへとのまま明日を迎えると、ぐずるからでございマスか?」
「そうではなく、ただ元気なドラミと旅するのが好きなだけです」
「あなたもドラミとの旅を楽しんでくれているのでございマスね……」
「はい。あの日ドラミと出会えて、本当によかったと思ってます」
「あの日、でございマスか……」
ユキさんは僕とドラミの出会いに興味があるみたい。
僕はまだ眠くないし、せっかくだから話そうかな。
「……もしよければドラミの話をしましょうか?」
「聞かせていただけるのでございマスかっ?」
「はい。といっても、ほとんどドラミがしゃべっちゃいましたけど」
「それでも聞きたいでございマスよっ。この娘のことは、なんでも知りたいでございマスから!」
僕はドラミと出会った日のことを思い返す。
そしてホワイトドラゴンのことは上手く隠しつつ、ユキさんに語り聞かせる。
たったひとりで放浪の旅を続け、廃墟で暮らしてたこと。
衣食住が手に入り、安全な環境で暮らせることになり、大喜びしていたこと。
最初は臆病だったけど、一緒に過ごすうちに好奇心旺盛になったこと。
世界樹で花を摘んだり、大海原で釣りをしたり。
友達とお揃いのポーチを買ったり、友達を守るため勇気を出して魔獣と戦い、追い払ったりしたこと等々――
「そうですか。この娘、いろんなことを経験したでございマスね……あなたみたいなひとに保護されて、ラブリーラブリンラブちゃんも幸せでございマスね」
「ラブリー……なんですか?」
「な、なんでもないでございマス! 私はドラミちゃんと言ったでございマスから! ジェイドさんの聞き間違いでございマスよ!」
さすがに『ドラミ』と『ラブリーラブリンラブ』は聞き間違えない。
出会った瞬間からドラミに興味津々だったし、かなりの愛情を持って接してるし、おまけにオリジナルネームで呼んでいる。
長い髪は真っ白だし、目を泳がせる姿もドラミにそっくりだ。
おまけにドラミは以前こう言っていた。――かつて寒いところに住んでいた、と。
とすると、まさか――
「……ユキさんって、ドラミのお母さんじゃないですか?」
「え、ええ!? 私がでございマスかッ!? ち、ちち、違うでございマスよ!? 私とその娘はなんの関係もないでございマス!」
ドラミとはなんの関係もない――。そう語るユキさんは、ちょっとつらそうな顔をしている。
つらい気持ちを押し殺してでも、そう言わなきゃいけない事情があるのだろう。
そしてその事情に、僕は心当たりがある。
「だいじょうぶです。僕はドラミの正体を知ってますから」
「……えっ? 知っているのでございマスか?」
「はい。ユキさんの正体を知っても誰にも言いませんし、危害を加えるつもりもありません。もちろん、無理やりユキさんの秘密を聞き出すつもりもありません」
ユキさんは、僕をじっと見つめる。僕が信頼できる人物かどうか見極めようとしているみたい。
続いてユキさんはドラミを見る。とても幸せそうな寝顔を見て、再び僕を見ると、小さくうなずいた。
「この娘はあなたを心から信頼しているでございマス。この娘の話を聞き、あなたの言動を見聞きして、あなたが信頼できる人物だと判断したでございマス。ですから、私の秘密を明かすでございマスよ」
そう言うと、ユキさんはゆっくりとフードを脱いだ。
そこには、ふたつのツノが生えていた。
耳の上からおでこにかけてぐにゃっと曲がった、真っ白なツノだ。
思った通り――
「ユキさん、ホワイトドラゴンだったんですね」
「はい。ホワイトドラゴンでございマス……そして、この娘の母でございマスよ」
ユキさんはドラミを愛している。
再会を経て、母性が芽生えたわけじゃない。一緒に暮らしてた頃からかいがいしくドラミの世話をしてたのだから。本当は別れたくなかったに違いない。
なのになぜ別れることになったのか。
「事情をうかがってもいいですか?」
「お話しするでございマス……」
ユキさんは当時を思い返すように遠い目をして、事情を語りだす。
「ドラゴンって、とっても生きづらいのでありマスよ」
「以前ドラミも言ってました。燃費が悪くていつも空腹だって」
「おまけに縄張りを巡って争ったり、冒険者に狙われたり、日々命の危険に晒されているのでありマスよ」
「平和な生活を送りたくて、人間として生きることにしたんですか?」
「ええ。見ての通り私の人化は不完全でございマスから、年中厚着でも怪しまれないアイス王国で暮らすことにしたのでありマスよ。とはいえ、私はマシなほうで、夫は人化してもツノと翼と尻尾を残しちゃってたでございマスけど」
「お父さんもアイス王国に?」
「はい。ですが私がこの娘を身ごもってるとき、決別したでございマス」
「なぜ決別を?」
「夫はドラゴンとして生きたがったでございマスよ。私は夫を愛してたでございマスけど、ドラミには人間として生きてほしかったでございマスよ」
ドラゴンの生活は不便かつ危険がつきまとう。
可愛い娘にそんな思いをさせたくなくて、女手一つで育てることにしたようだ。
だけど……
「どうしてドラミを旅立たせたんですか?」
「私はドラゴンの特徴を隠せてないでございマスから。私の正体が明るみに出れば、この娘にも危険が迫るでございマスよ」
ドラミを身ごもっていたときから、ドラミと別れるつもりだったのか。
だから最初から母だと明かさないことに決めたのだ。
母だと明かせば、ドラミが別れを嫌がると思って。
「私はこの娘に人間の言葉を教えたでございマス。そして5歳になった日に、暖かい国へ送り届けたのでございマスよ」
そこから先の話は、ドラミから聞いて知っている。
これでドラミの過去はわかった。
あとわからないことと言えば……
「ラブリーラブリンラブって、なんですか?」
「この娘の名前でございマスよ。この娘から聞いてないでございマスか?」
「一度も名乗りませんでしたよ」
なんて呼べばいいかたずねたとき、好きに呼んでほしいと言われたし。
きっと長すぎて名前として認識してなかったんだと思う。
「これからはラブリーラブリンラブって呼んだほうがいいですか?」
「いけないでございマス。これからもあなたからいただいた名前で生きていくべきでございマス。私はもうこの娘の保護者じゃないでございマスから……。これからも、この娘をお願いするでございマス」
「もちろんです。……ただ、ユキさんさえよければ、またドラミと暮らせるよう手配しますよ」
「どういう意味でございマスか?」
「僕たちの住むスンディル王国ではホワイトドラゴンの討伐禁止令が出てますから。国王様にお願いして、安心して暮らせるよう手配します。僕の家に住んでもらっても構いませんし、近くに家を買ってもいいです」
「お気持ちは嬉しいでございマス。ですが、この娘に正体を明かすことはできないでございマスよ」
「どうしてですか? 事情を説明すれば、受け入れてもらえると思いますけど……」
「この娘にとって一番の幸せは、大好きなあなたと冒険することでございマスから。突然母が現れても、混乱させるだけでございマスよ」
これからもドラミをお願いするでございマス、と頭を下げられ、僕はうなずいた。
「今後も責任を持ってドラミを見守らせてもらいます」
「お願いするでございマス。私は遠く離れたこの地で、英雄となったドラミの活躍が届くのを楽しみにしてるでございマスよ」
ユキさんは待ち遠しそうにそう言うと、それにしても、と続けた。
「まさかこの地で娘と再会できるとは思わなかったでございマスよ。なぜ遥々アイス王国に来たでございマスか?」
「僕たち、オニキスさんっていう冒険者を捜してるんです」
「オニキスさんでございマスか……」
「……ご存じなんですか?」
「いえ、同一人物かはわからないでございマスが。私の知るオニキスさんは、右頬に傷がある体格の良い男性でございマシた」
オニキスさんじゃないか!?
「そ、そのひとを見たのっていつですか!?」
「12年ほど前でございマス」
「12年ほど前!?」
「ええ。ドラミを身ごもる前の話でございマス。私は凍傷を患い、薬を買いに列車で出かけたでございマス。オニキスさんとは、そこで出会ったでございマス。彼は私の症状に気づき、凍傷薬を分けてくださったのでございマスよ」
右頬に傷があり、体格が良く、12年ほど前の話で、凍傷薬を持っている――。
これはもう僕が捜し求めているオニキスさんで間違いない!
「オニキスさんはどこへ向かってたんですか!?」
「目的地は聞いてないでございマス……」
「そうですか……」
「ただ、目的は語ってたでございマスよ」
「な、なんて言ってたんですか!?」
前のめりになってたずねる僕に、ユキさんはこう返すのだった。
「メデューサ退治でございマス」
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