《 第55話 村外れのユキ 》

 お爺さんに手を振られ、僕たちは宿屋をあとにした。


 意気揚々と歩いていたドラミだけど……



「しゃ、しゃむいのら……」



 お爺さんの姿が見えなくなると、ガチガチと歯を鳴らす。


 かっこいい姿を見せたくて、痩せ我慢してたみたい。



「よく頑張ったね」


「だ、だってドラミ、頼れる冒険者なのだ……」


「うん。ドラミは立派な冒険者だよ。でも、ずっと気を張り詰めてると疲れるから、たまには気を抜いていいんだよ」


「い、いまがそのときなのだ……」



 近くに僕しかいないので、ドラミは思う存分に寒がり始める。


 雪を踏みしめていると、遠くに森が見えてきた。


 その手前に、ぽつんと家が佇んでいる。



「けっこう距離あるのだ……」


「村外れとは聞いてたけど、想像以上に外れにあるね」


「どうして遠くに住んでるのだ? ぜったい心細いのだ……」


「うーん。どうしてだろうね?」



 小さな集落とはいえ、空き地は有り余ってる。


 雪かきを手伝うくらいだし、人付き合いが苦手ってわけじゃない。


 村人と折り合いが悪いわけじゃないとすると……



「たまたま温泉が湧いたから、そこに家を建てたとか?」


「きっとそうなのだ! どっちにしろ遠くにあってよかったのだ!」


「どうして?」


「歩いてたら温まってきたからなのだ!」


「そっか。体力もつくし、得した気分だね」


「うむ! これからは寒くなったら運動するのだ!」


「スンディル王国に帰る頃には、たくましくなってそうだね」


「ガーネットに『見違えたわ』って言われたいのだ~!」


「僕は『相変わらずかっこいいわ』って言ってほしいなぁ」



 なんて話している間に家に到着。


 木組みの小さな家だった。


 ノックすると、ほどなくしてドアが開く。



 穏やかそうな女性だった。



 モコモコとした服を着て、毛皮のフードですっぽりと頭を覆っている。


 フードからこぼれた長髪は、雪みたいに真っ白だ。




「ユキさんにお届け物なのだ~!」




 さっそく話しかけると、ユキさんが目を見開いて硬直する。


 知らないふたり組に押しかけられて警戒してるのかも。



「も、もしかしてドラミたち、家を間違えちゃったのだ……?」



 ドラミが気まずそうにささやいてくる。


 すると彼女ははっと我に返ったように、



「私はユキでございマスが、あなたたちはどちら様でございマスか?」


「ドラミたち、ユキさんにお届け物があって来たのだ!」


「これは……薪でございマスね?」


「はい。宿屋のご主人からです」


「こないだ雪かきを手伝ってもらったお礼らしいのだ!」


「なるほどでございマスね。わざわざ感謝でございマス」


「いえいえ、お手伝いは冒険者として当然のことなのだ!」


「あなた、冒険者になったのでございマスか!?」


「見ての通りなのだ!」



 得意気に花紋を見せるドラミ。


 食い入るように花紋を見られ、ドラミはちょっぴり照れくさそう。



「こんなにまじまじ見られたのははじめてなのだ……」


「おっと失礼。珍しいので見入ってしまいマシた」


「珍しい? でも宿屋のお爺ちゃんも花紋を浮かべてたのだ」


「いつも手袋をつけてるでございマスから。あなたも早く手袋つけるでありマスよ。手がカサカサになりマスからね」



 心からドラミを気遣ってる様子。


 ぎこちない笑顔で、うわずった声で、しゃべり方にちょっと癖があるけど、優しい性格なのが伝わってくる。



「凍傷薬はちゃんと持ってマスか?」


「宿屋にあるのだ! あとで塗るのだ!」


「では僕たちは宿屋に戻りますね」


「さよならなのだ~」


「ちょ、ちょっと待つでございマス!」


「どうかしたのだ?」


「せ、せっかくなので休んでいくでございマスよ! ホットミルクありマスから!」


「ホットミルクがあるのだ!?」


「ありマスよ! ほっかほかでございマスよ! 飲みマスか?」


「せっかくだし、飲ませてもらおっか?」


「さんせーなのだ! お邪魔しますのだ~!」



 ユキさんに招かれ、僕たちは家に入った。


 室内は暖炉でぽかぽかしている。


 ドラミは快適そうに頬を緩め、横長の椅子に腰かける。



「ホットミルクでございマスよ~」


「ありがとなのだ~」


「ありがとうございます」



 ユキさんが向かいに腰かけたところで、ホットミルクを飲む。


 濃厚な味わいだ。



「ふぅ、ぽかぽかしてきたのだ……部屋もすっごい暖かいのだ……」


「狭い部屋でございマスからね。熱が逃げないでございマスよ。おかげでいつもぽかぽかデスね」


「ぽかぽかなのに、どうしてフードを脱がないのだ?」


「こ、これは脱げないでございマスよ! 私は寒がりでございマスからね! そんなことより、あなたの話に興味ありマス!」


「ええ!? ドラミの話に興味あるのだ!?」


「はい! とっても! 私、冒険者に興味ありマスから!」


「だったら……もしかして、ユキさんもジェイドに憧れてるのだ?」


「以前噂になってた、英雄でありマスか?」


「うむ。ここにいるのが、そのジェイドなのだ」


「あなたが十つ花でございマスか!?」



 ユキさんに距離を取られた。


 この驚かれ方ははじめてだ。


 というか、驚いているというより、怖がってるように見えなくもないけど……



「驚くのも無理はないのだ。だって、ジェイドはこんなに穏やかなのだ!」


「た、たしかに穏やかなひとにしか見えないデスね」


「そんなジェイドだけど、魔獣相手だと豹変するのだ!」


「豹変するでございマスか!?」


「普段は温厚だけど、魔獣を見つけると一撃で粉砕するのだ!」


「粉砕するでございマスか!?」



 ユキさんは涙目だ。


 やっぱり怖がってるように見えるけど……



「僕の話はいいから、ドラミの話を聞かせてあげなよ」


「だったら、とっておきの冒険譚を聞かせてあげるのだ!」


「わ~お! 聞きたいでございマスよ!」



 満面の笑みを浮かべるユキさん。


 パチパチと拍手され、ドラミは冒険譚を熱く語り始めたのだった。

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