《 第54話 ファイティング・スノーマン 》
シチューでお腹を満たすと、僕たちは集落を出た。
しばらく雪道を進んでいると、森が見えてきた。
快晴の空の下、垂直に伸びた木々が所狭しと並んでいる。
ツルッと滑らかな樹皮は白く、辺りには雪化粧が施され、見渡す限りが真っ白だ。
「これは油断すると迷子になりそうなのだ……」
「実際、過去に何度かこういう森で迷子になったことがあるよ」
「そのときはどうやって脱出したのだ?」
「愛の方位磁針さ」
「よくわからないのだ……」
「いずれわかる日が来るよ」
大好きなひとと出会ったら、そのひとがいそうなほうへ歩けばいい。
そうすることで、僕はガーネットさんのもとへ帰りつくことができたから。
「さて、さっそく切っちゃおうか」
「うむ。なるべく大きい木がいいのだ」
「そっちのほうがいっぱい薪にできるもんね」
僕たちは周囲を見渡して、大きい木を探す。
「うーむ……全部同じくらいに見えるのだ」
「しいて言えば……あれとか?」
「なかなか立派な木なのだ。もしくは……あれとかどうなのだ?」
「あれとかもいいんじゃない?」
「だったら……あれ?」
「どれ?」
「木じゃないのだ。雪だるまを見つけたのだ」
「こんなところに雪だるまが?」
「ほんとなのだ。ほら、あそこ……」
「……ほんとだ。立派な雪だるまだね。どうしてあんなところにあるんだろ?」
「村の誰かが作ったんじゃないのだ?」
子どもがいるならわかるけど、村には年寄りばかりなんだ。
わざわざ木を切りに来て、雪だるまを作るかなぁ?
それとも村の風習で、雪だるまを作ることが安全祈願になるとか?
ともあれ、雪だるまはあとまわしだ。
「さて、どの木を切ろっか?」
「さっきドラミが見つけた木を切るのだ」
「どれだっけ?」
「ええと……あれなのだ?」
「それだっけ?」
「違うかもなのだ……。だったら、ええと……あれ?」
「どれ?」
「……いや、きっと気のせいなのだ」
「そう……。とりあえず、1本目はあの木でいいかな?」
「うむ。ジェイドが切ってるうちに、ドラミがさっき見つけた木を探しておくのだ」
「わかった。念のため倒木に注意してて」
僕は斧を強化する。
そして振りかぶり――
スコーン!
と一閃。倒れそうになった木を受け止め、地べたに下ろそうとしたところ、
「気のせいじゃないのだ!?」
ドラミが悲鳴を上げた。
さっきからどうしたんだろ?
「気のせいってなんのこと?」
「ゆ、ゆゆ、雪だるまが歩いてたのだ!」
「雪だるまが……?」
「ほ、ほんとなのだ! この目で見たのだ! ひょこひょこ歩いてたのだ!」
わなわなと震えながら雪だるまを指さす。
……似たり寄ったりの景色だけど、さっきと立ってる場所が違う気がする。
「どうする? 念のため壊しておく?」
「で、でも、お爺ちゃんたちが作ったのだとしたら、壊すのはよくないのだ」
「たしかに悲しませちゃいそうだけど……」
「そうだ! ドラミに名案があるのだ!」
そう言うと、ドラミは雪だるまを指さした。
「そこのお前! 動いてるのはバレバレなのだ!」
動揺させる作戦だ。
しかし雪だるまはぴくりともしなかった。
「動かないね」
「動いてたのは、ドラミの見間違いだったかもなのだ……」
「どうだろ。次は僕の作戦を試していい?」
「どうぞどうぞなのだ」
小声で作戦会議して、僕たちは雪だるまから目を逸らす。
そのまま木を探しているふりをして――
バッと振り返った。
「ぜ、ぜったい近づいてるのだ!」
「だね。明らかにさっきより大きく見えるよ」
ドラミの言う通り、こっちに接近している証拠だ。
とすると、見たことも聞いたこともないけど――
「雪だるまの魔獣だね」
「可愛い造型に危うく騙されるところだったのだ! 壊すのはためらっちゃうけど、魔獣とわかった以上、戦うしかないのだ!」
ぐっと拳を構え、ファイティングポーズを取る。
「さあ、かかってこいなのだ! ドラミの突風で吹き飛ばしてやるのだ!」
宣戦布告した、その瞬間――
にょきっ。
にょきにょきっ。
雪だるまから、ぶっとい手脚が生えた。
両腕を振り上げ、ドドドドドと足音を響かせながら猛然と迫ってくる。
「うおおおおっ! ――ドラミサイクロントルネード!」
ふわっと風が吹く。
だけど雪だるまは止まらない。
そんな雪だるまに、僕はずっと抱きかかえていた木を振り下ろした。
ぼしゅっ!
雪の散る音が響き、木の下から黒い煙が出てくる。
魔素を見て、ドラミが僕のうしろに引っこんだ。
「だいじょうぶ。もう倒したから怖くないよ」
「ち、違うのだ。魔素を吸収しないようにしてるだけなのだ」
「どうして? 成長するチャンスなのに」
「自分の力で成長しないと、マリンに顔向けできないのだ」
「そっか。立派な心がけだよ」
「べ、べつに立派とかじゃないのだ……」
ドラミは照れくさそうにはにかむ。
近くに雪だるまがいないか確かめ、新たに木を切ると、両肩に抱えて森を出た。
集落に戻り、宿屋のとなりの薪小屋へ運ぶ。
そこではお爺さんが薪割りをしているところだった。
五つ花の強化系なので、軽々と斧を振っている。
「木を採ってきたのだ~!」
「もっと必要でしたら何往復かしますよ」
「いえいえ、それだけあれば充分です。魔獣には襲われませんでしたか?」
「雪だるまに襲われたのだ!」
「あれって魔獣ですよね?」
「ファイティング・スノーマン。大木をへし折るパンチを連発する魔獣です。極めて慎重な性格で、こそこそと接近するので厄介なのですよ。お嬢ちゃん、怖くなかったかのぅ?」
「全然怖くなかったのだ!」
「さすがは冒険者じゃのぅ。頼もしいのぅ」
「うむっ! 冒険者として、もっとお手伝いしてあげるのだ!」
「薪割り手伝いましょうか?」
「いえいえ、薪割りまで任せてしまっては、身体がなまってしまいますので」
「遠慮とかしなくていいのだ……」
お爺さんの手伝いをして、もっと褒められたかったみたい。
ドラミの気持ちをくんでくれたのか、お爺さんは薪を一束手に取った。
「じゃったら、村外れのユキさんに薪を届けてほしいのぅ」
「任せるのだ! ……でも薪をあげちゃっていいのだ?」
「ユキさんには以前、雪かきを手伝ってもらったからのぅ。そのお礼じゃよ」
「そういうことなら引き受けるのだ!」
「助かるのぅ。じゃが、その前に腹ごしらえしていってはどうかのぅ?」
にこやかに提案され、ぐぅ、とお腹の音を鳴らすドラミ。
お腹の音で返事をするの、特技みたいになっちゃったな。
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