《 第34話 叶う願い 》

「紅茶でいいかい?」


「ありがとうございます。いただきます」



 お婆ちゃんはキッチンへ行き、ふたり分の紅茶を持ってくる。


 テーブルに砂糖があるのに、お婆ちゃんはそのまま飲み始めた。



「あれ? 砂糖は入れないんですか?」


「あたしゃ甘いのが苦手でね。その砂糖、全部使ってくれて構わないよ」


「せっかくですけど全部は……」



 ていうか、お婆ちゃんって甘党じゃないの?


 ドラミの勘違いだったのかな?


 だけどテーブルに山盛りのお菓子があったって言ってたし、今日だってドーナツを買いこんでたし……。



「今日ってお客さんが来る予定だったんですか?」


「こんな意地の悪いババアの家、好き好んで訪ねる物好きなんかいやしないよ」


「そんなことないですよ。僕らのために料理を作ってくれたじゃないですか」


「掃除してもらったんだ。お礼くらいするさね」


「ドラミのためにドーナツも残してくれてたじゃないですか」


「食べるのを忘れちまってたんだよ」


「それにドラミが壁に触らないように注意してくれましたし」


「あれに触ったら指を切っちまうからね。壁に血がつくなんて、住んでる側からしてみりゃいい気はしないよ」



 ドラミは怒られたと思ってるけど、やっぱりささくれだった壁で怪我しないように注意しただけだったんだ。


 ちょっと乱暴な口調だけど、1日過ごして優しいひとだって理解できた。


 お菓子とドーナツに関しては疑問が残るけど、僕の予想が正しければ――



「ところで、あんたたちはこの町に住んでるのかい?」


「いえ、ここへは旅の途中に寄っただけで、家はスンディル王国の王都にあります」


「そうかい……。だったら、いまのうちに感謝しとかないとね」


「感謝……ですか?」



 小さくうなずき、しわだらけの顔に笑みを浮かべる。



「あの娘をつれてきてくれて、ありがとうね」



 やっぱりそうだ。


 もしかしてとは思ってたけど――



「ドラミに気づいてたんですね?」


「当然さね。1年も一緒に暮らしてたんだ。ちょっと背は伸びてたけど、見間違えるわけないよ」



 やっぱり最初からドラミに気づいてたのか。


 どうりで冷めた料理を食べてたことを知ってるわけだ。いきなり手伝いをしたいと言われてすんなり受け入れたのも、いま考えると妙だし。


 でも、だったらどうして気づいていないふりをしてたんだろ。


 不思議に思っていると、お婆ちゃんが語りだす。



「この家、ひとりで住むには広いと思わないかい?」


「思います。部屋数も多いですし、ベッドが四つもありますし」


「昔はね、娘たちがいたんだよ。もう何十年も前の話さ。みんな自立して、どこかの町で楽しくやってるよ」


「やっぱり子どもって自立しちゃうんですね……。それって嬉しいような、寂しいような、複雑な気持ちになりますね……」


「あんたにも子どもがいるのかい?」


「いませんけど、子どもたちと過ごす妄想はよくしてるので」



 お気に入りはピクニックの妄想だ。


 家族揃ってピクニックに出かけ、歩き疲れた子どもが僕におんぶをねだってくる。


 僕が次男をおんぶしてあげると、長男と長女と次女が羨ましがり、誰が僕におんぶしてもらうかで喧嘩を始めるんだ。


 だけどガーネットさんの「お弁当を食べるわよ」の一言で喧嘩が収まり、みんなで美味しいご飯を食べる。


 子どもたちはさっき喧嘩してたことも忘れて仲良く遊び、ガーネットさんが僕の肩にもたれかかり、寝息を立て始める。


 可愛い子どもたちのはしゃぎ声と愛するガーネットさんの息遣いを聞いていると、しだいに僕もうとうとする。


 子どもたちが駆け寄ってきて「パパとママも一緒に遊ぼうよ!」とせがまれ、家族全員でボール遊びをするのだ。


 そして愛する家族と幸せな時間を過ごし、次はどこへ行こうかと相談しながら家路につく。


 そんな楽しい生活が終わる日のことを思うと……お婆ちゃんの言ってることが他人事のように思えない。



「変わった子だね。まあ、あたしもひとのこと言えないか。ひとりになってからも、よく子どもたちとの生活を妄想していたよ」


「よく耐えられますね。妄想ですら別れを思うとつらすぎるのに……」


「それぞれ家庭を持ってるんだ。帰ってこいとは言えないさね。それに、ずっと寂しかったわけじゃないんだよ。ある日突然、可愛い同居人ができたからね」


「ドラミがいるって、いつから気づいてたんですか?」


「2日目には気づいてたよ」


「ずいぶん早くに気づきましたね……」


「食事中にうとうとしていた私の目の前で、残り物を食べてたからね」



 2日目にして大胆すぎる行動だ。


 食べるのに夢中でお婆ちゃんが起きてることに気づかなかったんだろう。



「そのときは声をかけなかったんですね」


「びくびくしながら急いで食べてる姿を見ると、かわいそうになっちまってね。あの様子じゃ帰る家もなさそうだったから、気づいていないふりをすることにしたのさ。あたしが気づいていると知ったら、怖がって逃げちまいそうだったからね」



 なるほどね。


 これで合点がいった。



「山盛りのお菓子も、ドラミのために用意してたんですね」


「毎日残飯だとかわいそうだからね。あの娘のためにお菓子を作ってると、昔のことを思い出せて楽しかったよ」



 子どもたちと暮らしてた頃は、よくお菓子作りをしてたんだろうな。


 僕も子どもができたらお菓子を作ろう。きっといい思い出になるぞ。



「1年間もドラミを育ててくれてありがとうございます」


「お礼を言うのはあたしのほうさね。あの娘がいた1年は、あたしにとって本当に幸せな時間だったよ」


「ドラミが聞いたら喜びますよ」


「あの娘には聞かせたくない話さね。下手に欲を出しちまったら、また怖がらせちまうかもしれないからねぇ」


「欲……ですか?」


「あたしはあの娘を孫として可愛がりたくなっちまってね。行き場がないなら正式に家に住まわせようと決めたんだ。……けどあの娘、怒られると思ったんだろうねぇ。慌てて逃げちまったのさ」


「そういう経緯だったんですね……」


「どこでなにをしているのか心配してたんだがね。元気な姿を見ることができて安心したよ。願いの泉、半信半疑だったけど効果はあるんだね」



 そっか。お婆ちゃん、ドラミとの再会を願ってたのか。


 甘い物が苦手なのにドーナツを買ったのも、ドラミがお腹を空かせて戻ってくるかもと期待したからなんだ。



 ――どすん!



 と、ふいに落下音がした。


 ドラミがベッドから落ちちゃったみたいだ。


 お婆ちゃんが苦笑する。



「寝相の悪さも変わってないみたいだね」


「昔もベッドから?」


「いや、当時はベッドもなにもなかったよ。ただ、寝てるときに転がって壁にぶつかったりはしてたね」



 これでよくバレてないって思いこめたな……。



「風邪引かないようにベッドに戻してきますね」


「優しいひとに拾われて、あの娘も報われたね」


「それはお互い様ですよ。ドラミもきっと、お婆ちゃんが優しいひとだってわかってくれますから」


「べつに理解してもらえなくたっていいよ。あの娘に再会できただけで、あたしゃもう満足だからね」



 そうは言っても、ふたりのすれ違いを知っちゃったんだ。


 なんとか間を取り持ちたい。


 けど、それは明日だ。



「紅茶ごちそうさまでした」



 お礼を告げ、二階へ向かう。


 そして床で寝ていたドラミをベッドに戻すと、僕も眠りについたのだった。



     ◆



 翌朝。


 僕が起きると、ドラミはもう目を覚ましていた。



「おはよ。ドラミが早起きなんて珍しいね」


「緊張で目覚めちゃったのだ。今日こそ謝らなきゃなのだ……」



 ドラミはとっても不安げだ。


 昨夜のことを話してあげたら気が楽になるだろうけど、僕の口からは言えない。


 お婆ちゃんは気づいてないふりをしてるし、勇気を出して謝ってこそ謝罪に意味があるのだから。


 僕にできるのは、ドラミの背中を押すことだけだ。



「だいじょうぶ。ちゃんと謝れば許してもらえるよ」


「わ、わかったのだ。今日こそちゃんと謝ってみせるのだ」



 と、ドラミが決意を固めたところで、ノック音がした。



「もう起きてるのかい?」


「お、起きてますのだ!」


「食事ができたよ」


「いただきますのだ!」



 腹が減ってはなんとやら。僕たちは部屋を出て、食卓につく。


 テーブルにはタマゴサンドとミルクがあった。手を合わせて、いただきますをしてから食べる。


 それから後片づけをすると、お婆ちゃんが言った。



「このあとどうするんだい?」


「掃除をするのだ!」


「掃除はもういいよ。昨日散々掃除して、くたくただろう?」


「平気なのだ! 見ての通り、ドラミはたくましいのだ!」


「そんなに手伝いがしたいなら、掃除じゃなくて買い物してくれないかい?」


「承知したのだ! さっそく出発なのだ!」


「ちょ、ちょっと待ちな! まだなにを買うか伝えてないよ」



 お婆ちゃんはフルーツを買ってきてほしいみたい。


 どのフルーツを買うかはドラミに任せるのだとか。


 お金を受け取り、僕たちは大通りへ向かう。


 案の定というか、なんというか。ドラミが買ったのは、桃だった。


 かごいっぱいに桃を入れ、お婆ちゃんの家へ引き返す。



「これだけ桃があればお婆ちゃんもご機嫌になってくれるのだっ! しかもドラミ、ひとつも桃をつまみ食いしてないのだ! ドラミが反省してるって、ちゃんと伝わりそうなのだ……!」


「だね。ぜったい許してもらえるよ。帰ったらさっそく謝る?」



 長引けば長引くほど、謝りづらくなってしまう。


 ドラミもそれはわかっているのか、決心したように言う。



「帰ったら謝るのだ!」


「その意気だよ! ちゃんと謝れるように応援してるからね!」


「心強いのだ!」



 そうと決まれば決意が揺らぐ前に帰らないと。


 僕たちは寄り道せずに歩いていき、お婆ちゃんの家に帰りつく。


 家に入ると、お婆ちゃんがキッチンから出てきた。


 エプロン姿だ。なにか作ってたみたい。



「桃を買ってきたのだ!」


「お疲れ様。部屋でくつろいでな」



 桃がぎっしり詰まったかごを受け取り、キッチンへ戻ろうとする。


 そんなお婆ちゃんに、ドラミはうわずった声で告げた。



「そ、その前に、ドラミの話を聞いてほしいのだッ!」


「なんだい?」


「じ、実は、その……こ、この家の屋根裏に住んでてこっそりご飯を食べてたのだ! ごめんなさいなのだ!」



 深々と頭を下げる。


 そして怖々と顔を上げ……ドラミはほうける。


 お婆ちゃんが、にこやかに笑っていたから。



「私のご飯は美味しかったかい?」


「美味しかったのだ……冷たいのも温かいのも、どっちも美味しかったのだ!」


「そうかい。だったら、また食べにおいで」


「い、いいのだ? ドラミ、悪い子なのに……」



 自信なさげにうつむくドラミ。


 その髪を、お婆ちゃんが優しく撫でる。



「あんたは良い子だよ。ちゃんといただきますとごちそうさまが言えるじゃないか」



 お婆ちゃんに撫でられて、ドラミはぱっと笑顔になった。


 そして思い出したようにハッとすると二階へ駆け上がり、マフラーを持って戻ってきた。

 


「これっ、手土産なのだ!」


「可愛いマフラーだね。あたしにくれるのかい?」


「ドラミが選んだのだ! ぜったいお婆ちゃんに似合うのだ!」


「ありがとうね。大事に使わせてもらうよ」



 お婆ちゃんはマフラーを首に巻き、愛おしげな手つきで撫でる。


 気に入ってもらえて、ドラミも嬉しそうだ。



「こんなに素敵なものをもらったんだ。お礼をしないとね」


「そ、そんな。お礼なんていいのだ……」


「ケーキを作ってやろうと思ったんだが、いらないのかい?」


「ええ!? ケーキを!? も、もしかして桃はケーキに使うのだ!? そ、そんなの美味しいに決まってるのだ……ほ、ほんとに食べていいのだ?」


「今度は半分じゃなく、好きなだけ食べていいからね」


「やったー! お婆ちゃんのケーキ大好きなのだ~! ドラミも手伝うのだ~!」


「部屋で待ってていいんだよ」


「お手伝いしたほうが早くケーキが食べられるのだ! それにお婆ちゃんの力になりたいのだ!」


「僕も手伝います」


「そうかいそうかい。本当に良い子たちだね」



 朗らかに笑うお婆ちゃんとともにキッチンへ行き、僕たちは美味しいケーキを作るのだった。

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