《 第33話 お婆ちゃんの家 》

「あのひとがドラミのお婆ちゃん?」


「そっくりさんかもしれないのだ……。も、もうちょっと近づいてみるのだ」



 僕の背中にしがみついたまま、じりじりとお婆ちゃんとの距離を詰めていく。


 傍目には不審に見える僕らに、お婆ちゃんは気づかない。


 ギュッと目を瞑り、真剣にお願いをしているのだ。



「……」



 そろ~っと僕の背中から顔を出して、お婆ちゃんをチェックする。


 そして、僕に向かってうなずきかけた。


 そっか。このひとがドラミのお婆ちゃんか。


 だったらやるべきことはひとつだ。



「あとは謝るだけだね。緊張するなら僕が声をかけるけど……どうする?」


「ま、まずは遠くから様子を見るのだ。いきなり名乗り出たらボコボコにされるかもなのだ……」


「そんなことされないって。僕も一緒に謝るからさ」


「それはだめなのだ。だって、悪いことしたのはドラミなのだ」


「そっか。偉いね、ドラミ」


「べ、べつに偉くないのだ……」



 ドラミは照れくさそうにはにかむ。


 さて、そうと決まれば距離を取らないと。僕たちは少し離れたところに移動して、お婆ちゃんの様子をうかがう。


 たっぷりと時間をかけて願いごとをしたお婆ちゃんは、ドーナツ店へ向かった。



「相変わらずの甘党なのだ」


「お婆ちゃん家には甘い物がたくさんあったの?」


「テーブルにお菓子が山盛りになってたから、夜な夜なこっそり拝借してたのだ……お婆ちゃんに悪いことしちゃったのだ……」


「心から謝れば許してもらえるよ。――あっ、ほら動いたよ」



 ドーナツ入りの紙袋を抱えたお婆ちゃんのあとを追いかけ、僕たちは通りを歩く。


 ほどなくして大通りを逸れ、小道に入った。そこから歩を進めることしばし、お婆ちゃんが角を曲がる。早歩きで追いかけて角を曲がると、お婆ちゃんは消えていた。



「お婆ちゃん、全力ダッシュしたのだ……?」


「急にダッシュする意味がわからないよ。家に入ったんじゃない?」


「そ、そういえば、この道には見覚えがあるのだ……」



 ドラミは一軒一軒見てまわりつつ、ゆっくりと歩いていき――


 ぴたっと立ち止まった。



「こ、この家なのだ!」



 古びた木造の家だ。


 外壁が劣化してささくれ立ち、ドアの塗装がはがれている。



「当時とちっとも変わってないのだ……」


「いよいよご対面だね」


「いよいよなのだ……」


「…………」


「…………」


「…………ノックしないの?」



 びくっと震えるドラミ。


 まだ心の準備ができてない様子。



「い、いまはドーナツタイムの真っ最中だと思うのだ。邪魔しちゃ悪いのだ」


「だったら、僕たちもいまのうちに昼食にする?」



 ご飯を食べたら不安が紛れるかもだし。


 ドラミも僕の案に賛成みたいだ。こくっとうなずき、引き返そうとしたところで――



「なにしてるんだい?」


「ぎゃああああああああああああああああああああ!?」



 いきなりお婆ちゃんが窓から顔を出した。


 ドラミはしりもちをつき、かたつむりのジョウロで顔を隠す。



「へ、べつに怪しい者ではないのだ! お姫様ごっこしてただけなのだ!」



 お姫様っぽい服装だけど、その言い訳は怪しすぎるよ……。



「お姫様ごっこだって?」


「な、なかなか楽しいのだ。……混ざるのだ?」


「あたしがお姫様ごっこに?」


「い、いまなら女王様にしてあげるのだ……」


「遠慮しとくよ」



 一切の迷いなく断られ、ドラミはびくつく。


 ――これ以上不機嫌にさせるのはマズい!

 ――なんとかご機嫌を取らないと!


 そう思ったのか、ドラミはお婆ちゃんの家を見上げて、芝居がかった声で言う。



「わぁ~。こんなところにお城みたいなお家があるのだ~。こんなに立派なお家、見たことないのだ~。お姫様ごっこにぴったりなのだ~」


「ほんとにそう思ってるのかい?」


「も、もちろんなのだ! お姫様は嘘つかないのだ! 将来こういう家に住みたいのだ! 特にこの壁とかサイコーなのだ!」


「こらっ! その壁に触るんじゃないよ!」


「ご、ごめんなさいなのだ……」



 ドラミはサッと手を引っこめた。


 それきり黙りこんでしまう。


 自分ひとりで謝るって言ってたけど……助け船は出したほうがいいよね。



「ねえドラミ、お婆ちゃんになにか用があったんじゃないの?」


「用ってなんだい?」


「え、ええと……実はドラミ、お手伝いが趣味なのだ。そこでお婆ちゃんのお手伝いをすることにしたのだ!」



 謝る前に、ご機嫌を取ることにしたみたいだ。


 お婆ちゃんは深く追求せず、そうかい、と言って窓を閉めた。


 それからドアが開き、家に招かれる。


 ……家のなかはホコリっぽかった。



「わ、わぁ~。綺麗なお家なのだ~」


「ほんとにそう思うかい?」


「ほ、ほんとはホコリっぽいと思うのだ。……お婆ちゃん、具合が悪いのだ?」



 きっと前に滞在してたときは清潔な家だったんだろう。


 掃除できないくらい足腰が弱くなったんじゃないかと心配しているみたいだ。



「掃除できないくらい年寄りに見えるかい?」


「若々しく見えるのだ! 20歳くらいなのだ?」


「その歳でおべっかなんて使うもんじゃないよ」


「ご、ごめんなさいなのだ。ほんとは70歳くらいに見えるのだ……」


「だからって訂正する必要もないんだがね……」



 ずばり70歳だよ、とお婆ちゃん。


 年齢を言い当て、ドラミはちょっぴり得意気だ。


 ともあれ。



「掃除をしてお婆ちゃんを手伝ってあげよっか?」


「さんせーなのだ!」


「いいよ掃除なんて」


「遠慮はいらないのだ! だって、ホコリっぽいと身体に悪いのだ!」


「というわけでして、掃除道具をお借りしてもいいですか?」


「まあ、そんなに掃除がしたいなら……」



 お婆ちゃんからモップと雑巾を受け取り、僕たちは掃除を開始する。



「ドラミは掃除に詳しいから知ってるのだっ! 掃除は『上から下にかけてやるのがいいのだ!」


「まずは窓だね」


「うおおおおおおおおお! ぴかぴかにしてやるのだあああああああ!」



 ごっしごっし! ごっしごっし!



「綺麗になったね」


「まるで鏡なのだ!」


「次はいよいよ床だね」


「うおおおおおおおおお! ホコリよさらばなのだあああああああ!」



 ごっしごっし! ごっしごっし!


 気合いたっぷりに叫びつつ、僕たちは一階を掃除していく。


 ホコリがなくなると、休む間もなく二階へ上がり、窓と床を磨いていく。



「な、なかなかの重労働なのだ……」


「ちょっと休む?」



 休憩どころか、昼食すらまだだ。


 綺麗になった窓の向こうはすっかり夕焼けになってるし、お腹ぺこぺこだろうに。



「平気なのだ。ここまで来たら最後まで掃除してみせるのだ! ジェイドは休んでていいのだ」


「僕も最後まで手伝うよ。特に屋根裏は散らかってそうだし」



 お婆ちゃんは年寄り扱いされるのを嫌がってるけど……実際、足腰は悪いはず。


 帰り道でもゆっくり歩いてたし、時折立ち止まって腰を叩いてたし。


 だからこそ部屋の掃除ができなかったわけで。屋根裏部屋までは手がまわらないに決まってる。



「ええと、屋根裏は……」


「屋根裏はこっちなのだ」



 ドラミのあとを追いかけると、天井に屋根裏への出入り口を発見。


 先端がフックになった棒で折り畳み式のはしごを下ろして、僕たちは屋根裏へ。



「あれ? 綺麗なのだ」


「ほんとだ。ちゃんと掃除されてるね」


「誰かが住んでるのだ?」


「にしては生活感がないけど……」


「でも、マットと毛布があるのだ。こんなの以前はなかったのだ」



 マットも毛布も新品同然だ。


 使われた形跡は見当たらない。



「近々誰かが泊まりに来るから寝具を用意したとか?」


「きっとそうなのだ! ドラミたち、ちょうどいいタイミングで来たのだ!」


「これだけ綺麗なら、泊まりに来たひとも快適に過ごせるだろうね」



 掃除の必要がなかったので、僕たちは屋根裏から下りる。


 するとドラミがバンザイをした。



「これにてお掃除終了なのだ~!」


「お疲れさま。今日は本当に頑張ってたね」


「頑張ったのだ! うっ、一仕事終えたら急にお腹が空いてきたのだ……」



 ぎゅるぎゅるとお腹を鳴らすドラミ。


 そのときだ。



「ふたりとも、そろそろ下りてきなー! せっかくのご飯が冷めちまうよー!」


「ご、ご飯!? ……ドラミ、食べていいのだ?」



 ドラミは迷ってるようだ。


 盗み食いしたことを謝りに来たのに、ご飯をご馳走になろうとしてるんだから。



「わざわざ作ってくれたんだから、食べないと悪いよ」


「ジェイドがそこまで言うなら……」



 そこまでのことは言ってないけど、気持ちが軽くなったならなによりだ。


 僕たちは一階へ下り、食卓へ。


 テーブルにはパンとシチューとドーナツが並んでた。


 大好きなお肉ごろごろのシチューとドーナツを見て、激しくお腹を鳴らすドラミ。



「すごい音だね。そんなにお腹空いてたのかい?」


「ぺこぺこなのだ……! だって、お昼食べてなかったのだ」


「どうして言わなかったんだい」


「掃除に集中してたのだ。こ、これ、ほんとに食べていいのだ?」


「温かいうちに食べな。冷めちまったらシチューの美味しさが半減しちまうよ」



 ドラミはごくりとのどを鳴らし、スプーンを手に取った。おずおずと一口食べて、カッと目を見開き、ガツガツと頬張る。


 美味しそうにシチューを食べるドラミを見て、お婆ちゃんが顔に笑みを滲ませる。



「それでいいんだよ。ほら、あんちゃんも冷めないうちに食べちまいな」


「はい。いただきます」


「い、いただきますなのだ!」



 思い出したようにいただきますをしつつもスプーンは止まらない。


 よほどお腹を空かせていたのか、あっという間に食べ終えてしまった。



「ごちそうさまでしたなのだ!」


「ごちそうさまです」


「温かくて美味しかったのだ!」


「シチューは本来温かいうちに食べるものだからね」



 お腹をさするドラミを見つめ、お婆ちゃんは朗らかな口調で言う。


 まるでドラミが冷めた料理を食べてたことを知ってるみたいな口ぶりだけど……



「あんたたち、このあとはどうするんだい?」


「も、もうちょっとお手伝いしようかな……とか思ってたりしてるのだ」


「だったら今日はうちに泊まりな。二階の部屋は好きに使ってくれていいから」


「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えさせてもらおっか?」


「そうするのだ! 明日もバリバリお手伝いするのだ! その前にご飯のお片づけをするのだ!」



 ドラミは食器を重ね、キッチンへ運ぶ。


 一緒に洗い物してから二階へ上がり、部屋に入るなりドラミはベッドに倒れこむ。



「くたくたなのだ……」


「無理ないよ。昼前からずっと掃除してたんだから」


「おかげで謝るタイミングを逃しちゃったのだ……明日こそ謝ってみせるのだ……」



 しゃべりながらも、どんどん声が小さくなっていき――


 ドラミは、スヤスヤと寝息を立て始めた。


 ちょっと早いけど僕も寝ようかな。


 ライトマッシュの明かりを消してベッドに入る。


 窓の外は、明るかった。大通りの明かりがこっちまで届いているのだ。



「……夜景か」



 ここからだとわからないけど、高いところから夜景を見たら絶景なんだろうなぁ。ガーネットさんも喜んでくれるかも。


 近くに山があるし、山頂から眺めたら綺麗に見えるかな? 今度下見して、いつかガーネットさんをデートに誘ってみよう。



「――まだ起きてるかい?」



 ノック音とともにお婆ちゃんの声。


 ドアを開けると、お婆ちゃんが部屋を覗きこんできた。



「あの娘は?」


「もう寝ちゃいました。……話があるなら起こしますけど」


「いいよ、そこまでしなくて。起こしちまったらかわいそうだからね。……ところであんた、いま暇かい?」


「ええ、まあ」


「だったら話し相手になってくれんかね?」


「お安い御用です」



 僕としても、お婆ちゃんに聞きたいことがあるし。


 僕は部屋を出て、お婆ちゃんと一階へ下りたのだった。

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