《 第35話 モモチ 》
その日の夕方。
僕たちは10日ぶりに王都に帰ってきた。
列車乗り場を出ると、ドラミが深呼吸をする。
「懐かしい匂いがするのだ……」
「あそこのパン屋の匂いだね」
「この匂いを嗅ぐと帰ってきたって感じがするのだ……」
「旅に出るときはいつも匂いを嗅いでるもんね」
「あの散髪屋の看板も、あのおじさんの銅像も、あの染物屋の旗も、旅立つ前と全然変わってないのだ……」
まるで何十年ぶりに帰郷したみたいな口ぶりだ。
たった10日じゃ変わらなくて当然だけど……ドラミはまだ幼いんだ。
10日を短いと感じる僕とは時間の感覚が違うよね。
「うおおおお! ドラミは王都に帰ってきたのだあああああ!」
だからって、ちょっと大袈裟すぎる気もするけど。
それだけ王都に愛着が湧いたってことか。
「さて、まずはギルドに行こっか?」
「さんせーなのだ! 子どもたちがドラミの冒険譚を待ってるのだ!」
僕としても早くガーネットさんに会いたいので、寄り道せずにギルドへ直行する。出入り口前にドラミを待たせ、ギルド内へ。
するとふたり組の冒険者が駆け寄ってきた。
兄弟かな? 顔立ちがそっくりだ。
「ジェイドさん! クエストお疲れ様です!」
「ありがとうございます。そちらこそお疲れ様です」
「いえいえ! ジェイドさんに労われるほどのことは……! なんせ俺、まだ四つ花クラスですから!」
「俺なんて三つ花ですよ! 十つ花のクエストと比べると楽勝もいいところです! ジェイドさんとは同い年なのに情けないです!」
「情けなくなんかないですよ。命懸けで魔獣と戦ってるんですから。僕自身、四つ花クラスのときに何度も危ない目に遭いましたし」
「当時といまとでは危険度が違いますよ! ジェイドさんが四つ花クラスだった頃はジェイドさんみたいな冒険者はいませんでしたから!」
「引退した親父も言ってました。昔は危険な魔獣がうじゃうじゃいたけど、ジェイドさんが倒しまくって冒険のリスクが減ったって!」
「ジェイドさんが凶悪すぎる魔獣を倒してくださるおかげで、俺たちも安心して冒険できるんです!」
「そんな日頃のお礼もかねて食事をご馳走したいんですけど、どうですか?」
「ありがとうございます。でも、今日は用事がありますから……」
「わかりました! いつかジェイドさんと食事できる日を楽しみにしています!」
ぺこっと頭を下げて、ギルドをあとにする冒険者たち。
僕にとってクエストはガーネットさんと話すための手段だったけど、ちゃんと誰かの役に立ててるんだ。嬉しいな。
ともあれ、いよいよガーネットさんとご対面だ。
ちょっとだけ緊張しつつ18番窓口に向かうと、変わらぬ美人がそこにいた。
あぁ、ガーネットさん。今日も綺麗だなぁ……。
「こんにちは、ジェイドです! クエストを攻略しました!」
「ジェイド様ですね。少々お待ちください」
いつもの調子で淡々と対応してるけど、ちょっとだけ声が明るいような……。
僕の帰りを喜んでくれてるのかな? だとしたらめちゃくちゃ嬉しい。
「ゴースト討伐のクエストですね。では魔石を拝見させていただきます」
「はい! これ、ゴーストの魔石です!」
カウンターに魔石を置くと、ガーネットさんが右手でにぎにぎして鑑定する。
「確認できました。こちら報酬2000万ゴルの小切手になります」
「ありがとうございます!」
小切手をポケットに入れ、ギルドを出る。
と、そこではドラミが子どもたちに囲まれていた。
「ゴーストはこれまで戦ってきたどの魔獣よりも難敵だったのだ! なぜなら実体を持たず、強さは未知数だから! そう、ゴーストは変身するのだ! ――相手の最も怖れる生き物に!」
「こわ! ぜったい泣いちゃうやつじゃん!」
「ドラミは泣かなかったのだ! 堂々とゴーストの前に立ち、変化を見届けてやったのだ!」
「な、なにに変身したの……?」
「巨大な毛むくじゃらのバケモノなのだ!」
「うわあ怖い!」
「見上げるほどの巨体を前にして、ドラミは逃げたのだ!」
「あのドラミちゃんが!?」
「あえて逃げたのだ。――そう、ドラミは退くことで、バケモノの気を引いて油断を誘ったのだ! そして隙だらけのバケモノに――ずどん! ジェイドの拳が炸裂! 散りゆくゴーストをドラミは堂々と見据えたのだ……」
拍手喝采!
子どもたちに称賛されて、ドラミはとっても嬉しそう。
冒険的には序盤だけど、切りの良いところまで話せたみたいだし、もういいよね。
「そろそろ帰ろっか?」
「帰るのだ~!」
「じゃーねードラミちゃん! ジェイド様!」
「またお話聞かせてねー!」
「楽しみに待ってるといいのだ~!」
子どもたちに手を振って、ギルド前をあとにする。
「ガーネットとは話せたのだ?」
「事務的な会話はね。あとでガーネットさんの家に行こう」
そして伝えるんだ。
オニキスさんの情報は得られなかったと。
訪問履歴を調べてもらったが、行方不明になって以降に商業都市のギルドを訪れたという記録は残されていなかった。
ギルドマスターに紹介状を書いてもらったし、次はリーンゴック王国の王都で調査する予定だ。
「次こそ見つかるといいね」
「次の冒険が待ち遠しいのだ!」
こないだまで怖がってたのに……。成長したなぁ。
本当に顔つきが凜々しくなった気がするよ。
「あ、でもその前に楽譜が欲しいのだ」
「いいよ。明日にでも買いに行こう」
帰り道、ドラミは頑張って縦笛の練習をした。おかげで上手に吹けるようになったけど、肝心の曲を知らないのだ。
まあ、それでも自分のテーマソングを作って楽しく演奏してたけど。
僕に音楽の教養があれば教えてあげられるんだけど、いまやドラミのほうが上手に吹けるくらいだからなぁ。
「いっぱい練習してお婆ちゃんに聴かせてあげるのだ~」
「きっと喜んでくれるよ」
お婆ちゃんに「上手な演奏だね」と褒められるのを想像したのか、ドラミは上機嫌そうだ。
鼻歌を歌いながら家路につき、帰宅する。
「ひさしぶりの我が家なのだ~!」
ドラミは懐かしそうに廊下を走り、各部屋のドアを開けては「この部屋、ドラミの匂いが残ってるのだ!」「昔とちっとも変わってないのだ~」とはしゃぐ。
一足先に寝室を訪れた僕は、リュックの中身を整理することに。
臭いが移らないよう袋詰めした衣類を床に置き、お土産をベッドへ置いていく。
ジョウロに、マフラーに、クシに、入浴剤に、花のスノードームに、瓶詰めドライフルーツ等々。
ほんとはもうちょっと買いたかったけど、いっぱい渡したら置き場に困るかもしれないので我慢した。
ガーネットさん、喜んでくれるといいけど……。
バンッ、とドアが開き、ドラミが駆けこんでくる。
「懐かしの寝室なのだ~! ……リュックを整理してるのだ?」
「うん。ドラミも出しときなよ」
「そうするのだ~」
ドラミがリュックを下ろした。僕のリュックだけだとお土産がギュウギュウ詰めになるため、ドラミ用のリュックを買ったのだ。
「ひとーつ! ふたーつ! みーつ! よーっつ! いつーつ!」
嬉しそうに数えながら桃を出していく。
すべての桃を出すと、床に小さな箱を置いた。
ぱかっと開けると、冷気が漂う。
そこから取り出したのは――桃の種だ。
「キンキンに冷えてるのだ!」
宿屋で仕入れた情報によると、桃の種は越冬させないと発芽しないらしい。
そこでアイスタートルの魔石を買い、冷やすことで冬を経験させたのだ。
ひんやりとした種に、ドラミがかたつむりのジョウロを見せつける。
「これでお水を飲ませてあげるのだ~! そしてこっちが~――じゃじゃーんっ! 植木鉢なのだ~! ここがお前のお家なのだ~!」
インテリアとしても使えそうな、どんぐり型の植木鉢だ。
ドラミは種に耳を近づけ、「ふむふむ。なるほど」と相づちを打つ。どうやら種とおしゃべりしてるようだけど……
「なんて言ってるの?」
「モモチは『嬉しい』って言ってるのだ!」
「モモチ?」
「この子の名前なのだ! お店のひとが言ってたのだ。話しかけたほうが大きく育つって! だから列車のなかでずっと名前を考えてたのだ」
そう言って、愛おしげにモモチを撫でるドラミ。
冒険中はガーネットさんに預けるつもりだけど、この様子じゃモモチを旅に連れて行きたがるかもしれないな。
「さっそく育てたいのだ!」
「ちょっと待ってて。いま出すから」
リュックの底から袋詰めの土を取り出す。
植木鉢を買ったお店でオススメされた土だ。
僕たちは外へ移動して、植木鉢に土を入れる。
と、ドラミが指で土に穴を開け、そっとモモチを入れる。優しく土をかぶせると、ちょっぴり寂しそうな顔をした。
「これでしばらくモモチに会えないのだ……」
「すぐに再会できるよ。無事に発芽するように、愛情こめて育てようね」
「いっぱい話しかけるのだ~!」
ドラミはさっそくジョウロで水をやる。
それから植木鉢を寝室へ運び、日当たりの良い窓際へ。
「早く大きく育つのだ~! ドラミよりも大きくなるのだ~!」
「そしたら庭に引っ越しさせないとだね」
我が家の裏手に空き地がある。
将来的に子どもたちの遊び場を作るため、更地のまま放置しておいた土地だ。
そこへモモチを移植し、さらに花壇を作る。ガーネットさんとデートするための、ハート型の花壇だ。
ドラミお姉ちゃんと美味しそうに桃を食べる子どもたち――。そんなほほ笑ましい光景を眺めながらガーネットさんと花壇デートできたら最高だ。
「さて、お風呂に入ろっか?」
「もう入るのだ? ――あっ、わかった! ジェイドは入浴剤を使いたいのだ?」
「あれはガーネットさんへのお土産だよ。そうじゃなくて、ふりふりの服を洗濯屋に持っていきたいんだ」
「わざわざお店で洗ってもらうのだ? いつもみたいにパパッと洗えばいいのだ」
「僕が洗うと服が傷んじゃうよ」
ふりふりの服はガーネットさんのお下がりだ。これを傷つけることは、ガーネットさんを傷つけることに等しい。
それにお気に入りの服が傷ついたらドラミが悲しんでしまう。こういうときは専門家に任せるのが一番だ。
「専門店……ぴかぴかの姿で帰ってくるに違いないのだ。早く持っていくのだ~」
「僕が持っていくから、ドラミはゆっくり入浴してていいよ」
「えっ。一緒に入らないのだ……?」
「急がないと店が閉まっちゃうんだよ」
「だったら洗濯は明日でいいのだ!」
「それだと明日はその服着られないよ」
「だってジェイドとお風呂に入りたいのだ! お婆ちゃんと仲直りするとき応援してくれたから、お礼に背中を流してやりたいのだ!」
「ありがとね。そういうことなら、洗濯は明日にしよっか」
と、話がまとまったところで、ノック音が響いた。
寝室を出て、玄関のドアを開けると、ガーネットさんが立っていた。
「おかえりなさい。旅は楽しかったかしら?」
「楽しかったのだ! 次の旅が楽しみなのだ~!」
「次の?」
「はい。商業都市のギルドに行ったんですけど、オニキスさんの訪問履歴がなくて……。なので次はリーンゴック王国の王都に行ってみようかと!」
「お父さんを捜すのは急がなくていいわ。会いたいけれど、あなたたちと離れるのは寂しいもの」
「ドラミも寂しいのだ! だってガーネットは友達なのだ!」
「僕も寂しいです! ガーネットさんは僕の恋人ですから!」
念願叶って恋人になれたんだ。
できることならずっと一緒にいたい、けど――
「僕、ガーネットさんが好きです! 好きなひとには幸せになってほしいんです! だから僕、早くオニキスさんを見つけたいんです!」
力強く意気込んでみせると、ガーネットさんはふっと微笑する。
「お父さんが見つかったら、ジェイドくんを紹介するわ。私の優しい恋人だって」
「そ、そうですか……」
「……なんだか顔色が悪いわ」
「いえ、その……緊張しちゃいまして……僕たちの交際、認めてもらえますかね?」
「緊張しなくていいわ。認められない理由がないもの」
そうは言うけど、ガーネットさんは素敵な女性なんだ。
綺麗で、優しくて、料理上手で、落ち着いていて、すごく良い匂いがして……。
こんなに可愛い娘との交際を、すんなり認めてくれるだろうか?
「ドラミのことも紹介してほしいのだ!」
「紹介するわ。私とマリンの可愛い友達だって」
「そこに凜々しさを足してほしいのだ」
「私とマリンの可愛くて凜々しい友達だと紹介するわ」
「うおおおお! 早く紹介されたいのだあああああ!」
ドラミはハイテンションだ。
大声を出したからか、ぐぅとお腹が鳴った。
「一緒に食事に行かないかしら?」
「やったー! 行きます!」
「お腹ぺこぺこなのだ~!」
駆け出すドラミを呼び止めて、財布を取りに部屋へ戻る。
お土産は……あとででいっか。
「お待たせしました!」
「出発なのだ~! お肉とお魚、どっちにするか迷うのだ~」
なにを食べるか相談しながら食事処へと向かい、ひさしぶりのガーネットさんとの食事を満喫するのだった。
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