《 第19話 ダンスの誘い 》

 翌日。


「お掃除に来たです~!」


「いらっしゃいなのだ~!」



 約束通り、マリンちゃんが我が家に来た。


 頭に三角巾をつけ、手にほうきを持ち、腕にミスリルの盾をつけている。


 ガーネットさんがいたら『不要なものが混じってるわ』と言いそうな装備だ。



「ガーネットさんはもう仕事に行ったの?」


「はいです。お仕事に行く前に起こされたですけど、二度寝しちゃったです……」


「急ぎじゃないし、気にしなくていいよ」


「もうご飯は食べたのだ?」


「お姉ちゃんが作ってくれてたです。急いで食べてきたですよ!」



 いいなぁ。ガーネットさんの手料理、僕も味わってみたいよ。


 一緒に食事をする仲にはなれたけど、手料理はまた格別な幸せなんだろうなぁ。



「さっそく掃除を始めよっか」


「ぴかぴかにしてやるです!」


「ドラミも頑張るのだ! どこを掃除すればいいのだ?」 


「まずは家中の廊下を綺麗にしてもらおうかな」



 ドラミに雑巾を渡すと、さっそく掃除を開始する。


 マリンちゃんがほうきではき、ドラミが濡れ雑巾で拭いていく。


 さすがは友達なだけあって、ナイスなコンビネーションだ。あっという間に廊下が綺麗になっていく。


 そしてふたりは次の仕事を求めて僕のもとへ集まってきた。



「次はどこを綺麗にすればいいのだ?」


「じゃあ寝室をお願いしようかな」


「わかったのだ!」


「綺麗にするです!」



 力強く返事して、二階へ駆け上がっていく。


 それを見送り、僕は食堂を掃除する。


 食卓を拭き、床を磨いていると、ふたりが駆け寄ってきた。



「もう終わったの?」


「ベッドの下はまだなのだ」


「そこまでしなくていいよ」


「じゃあ終わりなのだ~!」


「お疲れ様。頑張ったご褒美に、今日も広場でお菓子を買ってあげるよ」


「やった~! ぺろぺろキャンディーが食べたいのだ! ――あっ、そうなのだ。掃除してたとき、手紙を見つけたのだ」


「手紙?」


「これです! 本棚に挟まってたです!」



 マリンちゃんが手紙を差し出してくる。


 未開封で、封蝋が施されたままだった。



「忘れてたよ。見つけてくれてありがと」 


「どういたしましてです!」


「誰からの手紙なのだ?」


「国王様だよ」


「国王様とお知り合いなのですか!?」


「ドラミも知り合いなのだ!」


「ドラミちゃんも!? す、すごいです……」


「そんなことないのだ。あんなのどこにでもいるのだ」



 ドラミは照れくさそうに謙遜する。


 マリンちゃんは興味津々といった様子で手紙を見て、



「なんて書いてあるですか?」


「きっと『この国を頼む。ドラミにもよろしくね』って書いてあるのだ」


「名指しでよろしくされてるですか!? す、すごいです……」


「でも今回の手紙には、ドラミのことは書いてないかもね。これ招待状だから」


「どこに招待されたのだ?」


「パーティだよ。毎年この時期に国王様の生誕祭が催されるんだ。で、八つ花以上の冒険者は全員招待されるんだよ」


「美味しいご飯とか出るのだ?」


「豪華そうです……ものすごく柔らかいお肉とか出てきそうです……」


「出るかもしれないけど、行ったことないからわからないよ」


「どうして行かないのだ?」


「クエストを優先してたからだよ」



 国王様には悪いけど、僕にとってはたとえ事務的でもガーネットさんと会話をするほうが大事なのだ。


 それに――



「これ、ダンスパーティでもあるんだ。だからダンス相手をひとり連れていかないといけないんだよ」


「じゃあ、お姉ちゃんと行けばいいです!」


「えっ!? ガーネットさんと!? ど、どうして?」


「だって、ふたりは仲良しです!」



 そ、そうだ。たしかに今年はいつもと違う。


 前々から行けるものならガーネットさんと行きたいと思っていた。


 だけど事務的な会話しかできないから無理だと諦めていた。


 でも、いまは違う。


 僕はガーネットさんと友達になったんだ。


 勇気を出して誘ったら、受け入れてくれるかも……。


 よしっ! そうと決まれば誘う練習をしないと!



「ガーネットに嫌がられたら、ドラミがついて行くのだ!」



 縁起でもないこと言わないでよ……。


 ていうか、嫌がられたら年単位で寝込むから。ダンスどころじゃないから。



「ダンスはさておき、掃除はもう終わりにしよっか」


「やったー! 遊びに行けるのだ~!」


「でも、この格好で出かけて笑われないですかね?」



 マリンちゃんは身体の汚れを気にしてるみたい。


 一生懸命に掃除をしてくれたのか、腕とか膝が黒ずんでる。


 笑われることはないだろうけど……



「出かける前に、お風呂に入る?」


「入るのだ!」


「入りたいですっ!」


「決まりだね。ドラミ、マリンちゃんを案内してあげて」



 ドラミは元気よくうなずき、マリンちゃんをお風呂場へ連れていく。


 ふたりがお風呂に入ったところで、僕はこっそりガーネットさん宅へ向かう。


 本番を想定して、ダンスに誘う練習をすることにしたのだ。



「……」



 ドアの前に立っただけで、緊張感がこみ上げてくる。


 練習なのに、心臓がバクバク鳴ってるし……これ本番だと倒れちゃうんじゃないか?


 いや、そうならないように練習するんだ。スマートに誘えるようになれば、ガーネットさんも受け入れてくれるはず!


 頬を叩き、コンコンとドアをノックする。


 そして、ガーネットさんが出てきたと想定して――



「こんにちは。今日はいい天気ですね。僕とダンスしませんか?」



 ……違うな。なんか違う。


 天気の話はしなくていいんじゃないか? そもそも当日晴れてるかどうかわからないし。


 もうちょっとシンプルにいこうかな。



「僕とダンスしません?」



 ……うーん。これはシンプルすぎるかも。


 これだと『ダンス? どこで? どうして急に?』って戸惑われちゃう。


 シンプルかつわかりやすい誘い文句というと……



「国王様の誕生日を祝して踊りましょう! 城で!」



 どうだろ? これでいけるかな?


 ダンスの目的は明確になったけど、『誕生日を祝いたいならべつに踊る必要はないんじゃ』って思われるかも。


 僕は祝いたいんじゃない。踊りたいんだ、ガーネットさんと。


 その気持ちをストレートにぶつけたほうがいいかもしれない。


 だったら――



「ガーネットさん! 僕と舞踏会に来てください!」


「なにをしているのかしら?」



 うわあ!?


 うしろにガーネットさんが立ってる!?



「ど、どど、どうしてここに!? 仕事のはずじゃ!?」


「食事休憩が取れたから、マリンの様子を見に来たわ」


「え、えと……ふたりはお風呂に入ってます……掃除が終わって、身体がちょっと汚れてたので……」



 ど、どうしよう。さっきの聞かれちゃったかな?


 ……ううん、ぎりぎり聞かれてないはずだ!


 だって『なにをしているのかしら?』って質問されたし。僕がなにをしているのかわからなかった証拠だ。


 でも、ドアに向かって独り言を叫ぶ姿は目撃されちゃったわけで。


 僕、変な奴だと思われてしまったんじゃ……。


 ……念のため僕をどう思ってるか確認してみようかな。



「あの……僕のこと、どう思ってます?」


「あなたのこと?」


「は、はい。正直に答えてください。僕、受け入れますから……」


「優しいひとだと思ってるわ」


「そ、それだけですか?」


「あとは、まじめなひとだとも思ってるわ」


「優しくて、まじめ……」


「それと、子ども好きだとも思ってるわ。頑張り屋だとも」


「そ、そうですか……」



 嬉しい!


 変な奴だと思われるどころか、褒め言葉ばかり出てくるよ!


 思わずニヤけていると、ガーネットさんが続けざまに言った。



「さっきは私を舞踏会に誘おうとしていたのかしら?」


「……えっ? ええ!? 聞こえてました!?」


「はっきりと聞こえたわ」



 ま、まあ、大声出してたもんね。


 ……どうしよう。練習のつもりが本番になっちゃった。



「そ、そうですか。聞こえてましたか……。で、でも無理ですよね?」


「私でよければ行くわ」


「や、やっぱりそうですか。そりゃ忙しいですよね――いまなんて!?」


「あなたと舞踏会に行くわ」


「いいんですか!? 舞踏会ですよ!? 戦うほうの武闘会じゃないですよ!? ほ、ほんとに僕と躍ってくれるんですか……?」


「躍るわ」


「や、やった! やったー! っしゃあああああああああ!」


「はしゃぎすぎだわ」


「めちゃくちゃ嬉しいですもん! だってガーネッ――あっ、えっと、だって、その……僕はダンスが好きですから!」



 危うく告白するところだった。


 仲良くなったけど、告白はまだ早い。


 告白はもっと恋人っぽくなってからじゃないと。


 それがいつになるかはわからないけど――ダンスが上手くいけば、恋人っぽい感じになるかもしれない。


 よしっ! 頑張ってダンスをするぞ! 


 しっかり練習して、ガーネットさんを惚れ惚れさせる踊りをしてみせる!



「上手に踊れるように頑張るわ」


「僕も頑張って練習します!」


「すでに上手だわ」



 ガーネットさんとのダンスが嬉しすぎて、その場で舞い踊ってしまう僕だった。



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