《 第18話 防具屋 》

 大通りを歩いていると、ドラミが思い出したように言う。



「そういえば、どこに向かってるのだ?」


「まずは服屋に行くよ」



 マリンちゃんは11歳。このくらいの歳の娘なら喜んでくれるはず。


 妹に「今日は買い物楽しかった!」と聞かされれば、ガーネットさんは僕と服屋に行きたくなるかも!


 僕たちは大通りに面した服屋に入る。


 広々とした店内には、いろとりどりの服が並んでいる。


 これだけあれば気に入る服が見つかるはずだ。



「大きなところです……」


「王都一の服屋だからね。品揃えは豊富だよ」


「もしかしてジェイドくんの服もここで買ったですか?」


「そうだよ」


「わたしもジェイドくんの服が欲しいです! これで足りるですかね?」



 マリンちゃんが財布の中身を見せてくる。


 ざっくり10000ゴルが入っていた。



「このお金、どうしたの?」


「お姉ちゃんがくれたです」



 僕が払う気だったけど、お金を出させるのは悪いと思ったようだ。


 気にしなくていいのに。



「それだけあれば買えるけど、サイズがあわないよ。だから……ドラミみたいな格好をするのはどうかな?」


「ドラミちゃんの格好も憧れです!」


「だったらドラミがドラミっぽい服を選んでやるのだ!」


「わーい! お願いするです~!」


「うむ! なんとなく、こっちにありそうな気配がするのだ!」



 ドラミが駆け出し、マリンちゃんが追いかける。


 ふたりを追いかけた先には、子ども服コーナーがあった。



「これとかドラミっぽいのだ!」


「真っ白なワンピースですか! 爽やかです!」


「こっちもドラミっぽいのだ!」


「真っ白なスカートですか! 可愛いです!」


「これもドラミ感があるのだ!」


「真っ白なローブですか! 神秘的です!」


「白いのばっかりだね」


「本能的に選んじゃうのだ。どれにするのだ?」


「どれも良くて迷うです……」


「ていうかマリンちゃん、すでに白い服じゃない?」


「言われてみれば……! わたし、すでにドラミちゃんっぽい服です!」


「ほ、ほんとなのだ……! ドラミたち、気があうのだ~!」


「お友達です~!」



 がっしり握手。


 よくわかんないけど、友情が深まったみたい。


 いいなー。僕もこんな感じでガーネットさんと仲を深めたいよ。



「どうする? 服はやめて違うのにする? 靴とかポーチとかアクセサリーとか」


「ポーチがいいのだ! 綺麗な小石を詰めるのだ~」


「じゃあポーチを見てみよっか。マリンちゃんもそれでいい?」


「はいです!」


「ポーチ売り場はこっちにありそうな気配がするのだ!」



 ドラミのあとを追いかけると、本当にポーチ売り場があった。


 こういうのも野生の勘っていうのかな?



「す、すごいのだ! ポーチがいっぱいなのだ! これだけあれば小石が1000……いや2000は入るのだ!」


「そんなに拾ったら重みで歩けなくなっちゃうよ」


「それ以前にこんなにポーチは持ってけないのだ」


「わかってるのにどうして小石の話をするのさ……」


「興奮して平静を欠いたのだ。どれにするか迷うのだ~!」



 ふたりは仲良さそうに手を繋ぎ、ポーチを見てまわる。


 たっぷりと時間をかけて、ようやくポーチを手に取った。


 丸い形の真っ白なポーチだ。



「同じの買うの?」


「同じじゃないのだ。ここのところが違うのだ」


「わたしのは小さな花模様が、ドラミちゃんのは小さな星模様がついてるです」


「そうなんだ。可愛いポーチだね」


「さっそく買ってくるです!」


「ドラミも買うのだ! ……はっ! いま気づいたけどドラミはお金を持ってないのだ……」



 ドラミが物欲しそうにチラチラと僕を見る。



「買ってあげるから、ちゃんと大事に使うんだよ」


「やったー! 大事に使うのだ! これをドラミの宝物にするのだ~」



 ドラミは嬉しそうに声を弾ませ、会計を済ませるとさっそく装備した。


 小石をひとつ入れ、ポンポンとポーチを叩き、ご機嫌そうに笑う。



「マリンにもひとつあげるのだ」


「いいんですかっ?」


「友達の証なのだ!」


「やったー! ありがとです! お返しにこれあげるです!」


「ヘアピンくれるのだ!? ありがとなのだ~! ……どうやってつけるのだ?」


「つけてあげるです! ――できたです! すっごい似合うです!」


「ほんとだ。可愛くなったね」


「褒めすぎなのだ……!」



 ドラミは照れくさそうに頬を緩ませる。

 

 近くの鏡でヘアピン姿を確かめさせてから、僕たちは店をあとにする。



「さて、次は防具屋に行くよ」


「防具屋に行くですか!?」



 思った通りの食いつきだ。


 ガーネットさんは心配してるけど、マリンちゃんの夢はマリンちゃんのものだからね。


 立派な防具を装備すれば、ガーネットさんも安心してくれるはずだ。



「使い慣れてる防具があるなら食事に行くけど……持ってる?」


「あるにはあるです。お家から防具っぽいものを持ってきたですから」


「防具っぽいもの?」


「フライパンとか、お鍋のフタとか、バケツとかです」



 お家のひとが困りそうなラインナップだ。



「どうする? 行く?」


「行きたいです!」


「よーし。そうと決まればドラミがカッコイイ防具を見繕ってやるのだ!」


「やったー! お願いするです~!」



 ふたりは手を繋いで駆け出した。


 すぐに立ち止まり、こっちを振り向き、



「……防具屋ってどこにあるのだ?」


「こっちだよ」



 大通りを西に歩き、立派な店にたどりつく。


 所狭しと防具が並べられた店に入ると、マリンちゃんは目を輝かせた。



「カッコイイのがいっぱいです!」


「この鎧とかカッコイイのだ!」


「強そうです! さっそく装備したいです!」



 店主に許可を取り、プレートアーマーを装着させる。


 つま先から頭のてっぺんまでが銀色の鎧に包まれた。



「とても強そうなのだ!」


「窮屈さは感じない?」


「ちょっと窮屈です……! あと視界が悪いです……! ……むっ、むっ!」



 ガチャガチャと音を立てて歩き始める。


 その足取りは、かなり重かった。ちょっと歩いただけで、マリンちゃんは息切れしている。


 防御力は申し分ないけど……これだと王都を出るだけでへとへとになっちゃうな。



「全身鎧はやめたほうがよさそうだね。ほかのにしよっか?」


「そうするです! ドラミちゃんはどれがいいと思うですか?」


「こっちにカッコイイ防具の気配がするのだ!」


「あっ! 待ってほしいです!」



 急いでプレートアーマーを脱ぎ、マリンちゃんはドラミと店内を見てまわる。


 しばらくして、ドラミは壁に展示された防具を指さした。


 ほかの防具と違って、『特別!』って感じがする展示の仕方だ。



「これとか持ち歩きやすそうなのだ!」


「カッコイイ盾だね。あ、しかもこれ、内側に短剣が仕込まれてるっぽいよ」


「理想的な防具です! 持ってみたいです!」


「ちょっと待ってね。……うん、装備していいみたい。はいどうぞ」



 店主にアイコンタクトで許可を取って盾を渡すと、マリンちゃんが左腕に装着。


 腕を上下に動かし、パッと笑顔になる。



「軽いです! これ、素材は鉄ですか?」


「ミスリルっていう世界一頑丈で軽い金属だよ」


「ミスリルの盾……カッコイイ感じがするです!」


「これに決まりなのだ! さっそく会計するのだ~」


「でもこれ、いくらです? 時価って書いてあるですけど……」


「いくらになるかはわからないけど、会計は僕がするよ。僕はこの店に顔が利くから、僕が買ったほうがちょっとは安くなると思うんだ」


「わかったです! お金を渡しておくです!」



 マリンちゃんが残り7000ゴルになった小遣いを渡してくる。


 ちょっぴり不安そうな顔をして、



「これで足りるですかね? お昼代は残るといいんですけど……」


「ぎりぎり残ると思うよ」


「よかったです! じゃあお願いするです!」


「うん。ふたりはそこでお昼ご飯をなににするか相談してて」



 ふたりをその場に残して、僕はひとりでカウンターへ。


 すると店主が、にこやかな笑みを向けてきた。



「どうもジェイド様。お買い物は終わりましたか?」


「はい。いい買い物ができました」


「それはなによりです。しかし……大変申し訳ないのですが、ここ数年ミスリルの価値は右肩上がりでして……」


「わかってます。この盾だと、500万ゴルくらいですよね?」


「まさにその通りです」



 店主に500万ゴルを支払い、マリンちゃんの財布から5000ゴルを抜く。


 全額僕が出してもいいけど、それだと遠慮されちゃうもんね。


 なにより自分で買った防具のほうが、愛着も湧くはずだ。



「買ってきたよー。はいお釣り」


「ありがとです! ……残り2000ゴルもあるです?」


「いまは奇跡的に時価が安かったんだよ」


「ちょうどいい時期に来られてラッキーです!」


「さっそく装備してみてほしいのだ!」


「はいです! ……どうです?」


「うむ。ドラミが選んだだけあって似合ってるのだ!」


「この盾が似合う立派な冒険者になってみせるです!」



 意気込んだマリンちゃんのお腹から、ぐぅと小さな音が鳴る。


 それに呼応するように、ドラミのお腹も鳴った。


 同じタイミングでお腹が鳴ったのがおかしかったのか、ふたりはくすくす笑っている。



「食べたいものは決まった?」


「うむ。満場一致で骨付き肉になったのだ!」


「いっぱい食べて、力をつけてやるです!」


「というわけで、ドラミのオススメの店に向かうのだ!」



 ドラミはマリンちゃんと手を繋ぎ、店を飛び出す。


 僕もいつか、ガーネットさんとああやって手を繋げる日が来るといいけど……。


 幸せな未来が来ると信じつつ、僕はふたりのあとを追いかけるのだった。



     ◆



 夕方。


 楽しかった王都観光が終わり、僕たちは家に帰りつく。


 今日1日で服屋に防具屋に食事処、小劇場に魔石店、薬屋に噴水広場といろんな場所を巡った。


 けっこう歩いたし、ふたりとも疲れてるかも。


 そう思ったけど、心配はいらなかったみたい。



「盾の使い心地を確かめてみるのだ!」


「さんせーです! ちょっと石を投げてみてほしいです!」


「りょーかいなのだ! これくらいの石でいいのだ?」


「ぴったりです! 最初はゆっくり投げてほしいです!」


「わかったのだ! ――てや!」


「やあ! ――や、やったです! 防げたです! この盾、サイコーです!」



 家に帰りつくなり、ふたりは外で特訓を始めた。


 まだまだ遊び足りないようだ。


 家のなかで遊ぶならいいけど、外でこれはちょっと危ない。



「もう日が暮れるから、遊ぶのは明日にしよっか」


「明日も付き合ってくれるですか!?」


「やったー! 明日も劇場に行きたいのだ! あと広場でお菓子も食べたいのだ!」


「で、でも本当にいいですか? だって、ジェイドくんにはクエストがあるです……」


「僕のことなら気にしなくていいけど……」



 あー、でもガーネットさんは遠慮するかもな。


 だったら……家にいる理由を作ればいっか。



「明日は家の掃除をするから、その手伝いをしてくれないかな?」


「わたしがですか?」


「うん。掃除をして、お昼になったら遊びに行こう。マリンちゃんが手伝ってくれると助かるんだけど……どうかな?」


「お手伝いするです! お家をぴかぴかにしてやるですよ!」


「ドラミも手伝うのだ! 早く掃除を終わらせて、いっぱい遊ぶのだ~!」


「楽しそうね」



 家の外ではしゃいでいたところ、ガーネットさんが帰ってきた。


 いつもよりちょっと早い。マリンちゃんが気がかりで、早めに仕事を切り上げたのかな?



「おかえりなさいです!」


「ただいま。今日は楽しかったかしら?」


「すっごく楽しかったです! ジェイドくんがいろんなところに連れてってくれたです! あとあと、ドラミちゃんとお揃いのポーチを買ったです!」


「可愛いポーチだわ」



 ポーチを褒められ、ふたりは嬉しそうだ。


 ところで、とガーネットさんがマリンちゃんの左腕を見る。



「その盾も買ったのかしら?」


「防具屋で買ったです! ミスリルの盾ですよ!」


「高そうだわ」


「5000ゴルで買えたです!」


「奇跡的に時価が下がってたのだ!」


「幸運だわ」



 ガーネットさんはミスリルの価値を知ってるみたいだけど、真実は口にしなかった。


 きっとふたりの喜びに水を差したくなかったのだろう。


 本当の価値を知れば、マリンちゃんは申し訳なさそうにするだろうし。



「妹がお世話なったお礼に、夕食は私が奢るわ」


「一緒に食事をしてくれるんですか!?」


「もう済ませたかしら?」


「まだです! 一緒に食べたいです! あ、でも食事代は僕が出しますよ」


「あなたに悪いわ」


「全然悪くないですよっ。それに明日はマリンちゃんにお手伝いをしてもらいますから、お礼の先払いみたいなものです」


「手伝い?」


「掃除を手伝ってもらおうかと。もちろん僕に預けるのが心配ならいいんですけど……」


「心配はしてないわ。あなたのことは本当に信用してるもの。明日もマリンをお願いするわ」


「はい! なにがあろうとマリンちゃんを守り抜いてみせます!」


「危険な掃除なのかしら?」


「いまのは心構え的な意味です! とにかくマリンちゃんは僕に任せてください!」


「ドラミにも任せるといいのだ!」


「ジェイドくんとドラミちゃんが一緒なら、安心してお掃除できるです!」



 明日も一緒に過ごせることが決まり、ドラミとマリンちゃんは嬉しそうだ。


 話がまとまり、僕たちは食事処へと向かうのだった。


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