《 第7話 花を摘みに世界樹へ 》

 その日、僕とドラミは王都を遠く離れ、荒野を訪れていた。


 今回のクエストは『キングスコーピオンの討伐』で、それはすでに攻略済み。


 いつもなら急いで王都へ引き返し、愛しのガーネットさんとおしゃべりをするんだけど――



「どこに行くのだ? 町は向こうなのだ」



 最寄り町とは逆方向へ行こうとする僕に、ドラミがそう声をかけた。



「帰る前にガーネットさんに贈る花を摘みに行きたいんだよ」


「こんなところに花なんか咲いてないのだ」


「ここにはね。あっちに世界樹があって、そのふもとに珍しい花が咲いてるんだ」



 ガーネットさんに花を贈ると決めてから半月が過ぎた。


 この半月、僕はクエスト攻略と同時進行で、色々な町の花屋を訪れては同じ質問を繰り返していた。『どんな花をもらったら嬉しいですか?』と。


 するとみんなは口を揃えて『スターフラワー』と答えたのだ。


 スターフラワーはとても珍しい花で、世界樹のふもとにしか咲いてないらしい。


 図鑑で調べてみたところ、とても綺麗な花だった。これで禍々しい花だったら贈るのをためらうが、あれだけ綺麗なら贈り物として最適だ。



「世界樹ってなんなのだ?」


「めちゃくちゃ大きい樹だよ。このあたりが枯れてるのは、世界樹のせいなんだ」



 世界樹が地中の養分を根こそぎ奪い、草木が枯れてしまったというわけだ。


 逆にふもとは世界樹の根から漏れる潤沢な養分のおかげで、様々な草花が咲き乱れている。


 スターフラワーもそのひとつだ。


 花好きなガーネットさんなら喜んでくれるに違いない!



「そんなに大きい樹があるのだ? ドラミも見てみたいのだ!」


「晴れてたらここからでも見えるんだけどね」



 吹きすさぶ砂塵で視界が霞み、遠くまで見通せない。



「さっそく出発なのだ!」



 出会った頃は臆病だったが、僕と旅するうちに好奇心旺盛になったみたい。


 僕はドラミをおんぶする。そしてドラミの首が吹っ飛ばないように気をつけつつも足を急がせ、しばらくすると壁に行きつく。



「どうしてこんなところに壁があるのだ? 誰かの城なのだ?」


「城壁じゃなくて崖だよ。世界樹はこの上にあるんだ」


「この崖を登らないと世界樹までたどりつけないのだ……?」


「登山道はあるよ。本来はそっちが正規ルートだし。でもこのペースだと登山道側に回りこむのに1週間はかかっちゃうよ」



 そんなに長いあいだガーネットさんに会えないなんて僕には耐えられない。


 それになにより、早くガーネットさんを喜ばせたい!



「しっかり掴まっててね! 僕はともかく、ドラミは落ちたら死ぬから!」


「うむ! ぜったいに生きて世界樹を見てやるのだ!」



 ぎゅっと僕の首にしがみつくドラミ。


 ドラミを怖がらせないように気をつけつつ、僕はひょいひょいと崖をよじ登っていき――



     ◆



 彼女が受けたクエストは『世界樹のふもとで薬草を採取せよ』――。


 行って採って帰るだけの、簡単な任務のはずだった。


 とはいえ彼女――アンジェンは用心深さに定評のある四つ花クラスの冒険者だ。


 報酬は山分けなので稼ぎは減るが、安全を期して同業の妹を雇い、無事に世界樹にたどりついた。


 ふたりで手分けしたので薬草もすぐに見つかり、あとは帰るだけだった。


 だが。


 アンジェン姉妹は、予想外の事態に陥ってしまう。



 ――どちゃり、と。



 なんの前触れもなく、巨大な芋虫が降ってきたのだ。


 それが火を噴く芋虫――フレイムワームだと気づいた次の瞬間には、アンジェン姉妹の視界は燃えさかる炎に覆われていた。


 すんでのところで防御魔法【シールド】を展開したが、フレイムワームは四つ花クラスが太刀打ちできる魔獣ではない。


 じわじわとシールドが押され、アンジェン姉妹は崖際へと追い詰められていく。



「ど、どうしてこんなことに……! 安全に安全を期したのに……! ていうかあいつ、どこから来たのよぉ!」


「あれよ! あれ! あそこで黒焦げになってる魔獣が落としたのよ!」



 視線の先には、焼け焦げた鳥が転がっていた。自然界では虫は鳥に勝てないが、魔獣界隈だと力関係が逆転することもあるようだ。


 エサにされかけたフレイムワームは、その怒りをアンジェン姉妹へとぶつける。火炎放射の勢いが増し、じわじわと崖際へ押されていく。



「このままだと私たちまで黒焦げになっちゃうわ! なんとかならないのお姉ちゃん!?」


「無理よ! お姉ちゃんは防御魔法しか使えないもの! お姉ちゃんがシールドで押さえこんでるうちに得意の攻撃魔法で倒してちょうだい!」


「無茶言わないでお姉ちゃん! あんなの私が太刀打ちできる魔獣じゃないわ! それにシールドから出たら一瞬で黒焦げよ!」


「で、でも、このままだとふたり揃って死んじゃうわよ!」



 シールドが壊されるのが先か。


 崖から突き落とされるのが先か。


 いずれにせよ、ふたりを待っているのは凄惨な死だ。



 バキッ!



 と、ふいに不吉な音が響いた。


 シールドに亀裂が広がっていく。


 亀裂の隙間から熱気が押し寄せ、ふたりは死を覚悟した。


 そのときだ。



「ほらドラミ、到着だよ!」

「うおお! でっかい樹なのだ~!」



 うしろから場違いな明るい声がした。


 幻聴だろうか。


 姉妹は、信じられない気持ちで振り返る。


 そこには――



 伝説の冒険者・無欲の英雄が佇んでいた。



     ◆



「うわあっ! なんかやりあってるのだ!」


 ドラミが叫ぶ。


 断崖絶壁を登った先では、魔獣との戦いが繰り広げられていた。


 ふたりの冒険者と、火を噴く魔獣。


 そしてふたりのすぐうしろには、スターフラワーが!



「まずい! 燃えてしまう!」



 僕は跳躍してシールドを飛び越え、フレイムワームにかかと落としを食らわせる。


 ぶちゅ!


 と嫌な音を立て、黒い煙が発生。魔石を砕いたわけじゃないけど、魔素が出るってことは、倒したってことだ。


 僕が振り返ると同時に、ふたりがへなへなと座りこむ。



「うわああん! 生きてた! 生きてたよぉおお!」


「よかったぁ! よかったぁ!」



 こうなった経緯はわかんないけど、命を救えたようでなによりだ。


 とりあえず泣きやむのを待つことに。しばらくすると、ふたりは涙を拭い、ぺこぺこと頭を下げてきた。



「本当にありがとうございます! まさかジェイド様が助けに来てくださるなんて……!」


「でも、防御魔法の使い手が逆に守られちゃうなんて……私、冒険者失格です……」


「そんなことないですよ! 僕も助けられました! 僕、この花を摘みに来たんですから!」



 彼女たちが結界を張ってくれなかったら、いまごろ跡形もなく燃えちゃってたよ。


 僕のお礼に、ふたりが満面の笑みになる。



「ジェイド様のお役に立てるなんて夢みたいです!」


「私、これからも冒険者として頑張ります!」



 ふたりはやる気を漲らせると、正規ルートで去っていく。


 僕は花を摘み、持参していた植木鉢に入れる。


 そんな僕のとなりでは、ドラミが世界樹を見上げていた。



「大きすぎて、てっぺんが見えないのだ……」


「世界一大きい樹だからね」


「ずっと上を見てたら首が痛くなってきたのだ……。そうだっ、花はどうだったのだ?」


「見ての通り、綺麗に咲いてるよ。ガーネットさんの喜ぶ顔がいまから楽しみだよ」


「だったら早く帰って見せてあげるのだ!」


「だねっ。急いで帰ろう!」



 僕はドラミをおんぶすると、慎重かつ迅速に崖を下り、荒野を引き返す。


 最寄り町で列車に乗り、ドラミと駅弁を食べ、ちょっとだけ眠り、ガーネットさんに花を渡してキスされるという、とても幸せな夢を見た。



 だが……


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