《 第6話 ここから始まるラブストーリー 》

 ドラミと出会って1ヶ月が過ぎた。


 いつものようにクエストを攻略した僕は、列車で王都に帰りつく。



「うう……」



 列車乗り場を出ると、ドラミが街灯に寄りかかり、小さくうめいた。


 ……どうしたんだろ? 乗り物酔いをしちゃったのかな? 毎日列車に乗ってるし、もう慣れたと思ってたんだけど。



「お腹がおかしいのだ……」


「痛いの?」


「違うのだ。さっき駅弁を食べたのに、もうお腹がぺこぺこになってしまったのだ……。もしかするとドラミのお腹には、食欲旺盛なバケモノがひそんでいるかもなのだ……」



 自分で言っててぞっとしたのか、ドラミがぶるりと震える。



「ただの成長期だよ。僕もドラミくらいの歳の頃はすぐお腹が空いてたよ」


「それを聞いて安心したのだ! 安心したらますますお腹が空いてきたのだ! なにか食べ物がほしいのだ!」


「じゃああとで店に寄ろっか」


「ええ!? 店に!?」



 ドラミは衝撃を受けたようにあとずさる。


 びっくりするのも無理ないよね。時間の節約のために店には寄らないようにしてるから。



「ついにドラミもお店デビューなのだ……! でも、どうしてお店で食べるのだ?」


「ギルドが閉まってるから時間に余裕があるんだよ」



 ギルドが開くのは明日の朝。寝坊しないよう早めに寝るけど、食事処へ行くくらいの余裕はある。



「ドラミはお肉が食べたいのだ!」


「はいはい。でもその前に家に寄るよ。この格好じゃ店のひとに迷惑だからね」



 今回僕が攻略したクエストは『アイアンワームの討伐』だ。


 アイアンワームは一軒家くらいなら丸呑みにできる巨大ミミズ。しかも列車以上の長さを誇り、その硬度は鉄以上。しかも斬っても意味がない。なぜなら分裂するからだ。


 分裂しても魔石がないほうは半日ほどで死んでしまうが、裏を返せば半日間は暴れ続ける。


 だから僕はアイアンワームに捕食されることにした。捕食され、体内をかき分け、魔石を握り潰したのだ。


 おかげで僕は体液まみれ。内側から身体を突き破って外へ出ると、飛び散った体液がドラミにもかかってしまったのだった。



「ジェイドの家はどこにあるのだ?」


「こっちだよ」



 光り輝くキノコの魔獣――ライトマッシュの魔石がもたらす灯りに照らされた通りを歩き、王都の外れへ移動する。


 家に帰るのは1年ぶりだったけど、ちゃんと道は覚えてた。列車乗り場から小一時間ほど歩いたところで、懐かしの我が家に帰りつく。


 二階建ての家を見上げ、ドラミは感嘆の声を上げた。



「立派なお家なのだ!」


「でしょ! ここからじゃわからないけど、屋根がハートの形になってるんだよ!」



 僕がデザインした家だ。


 大工さんは『民を愛する心を表現しているのですね……』と感動してたけど、屋根のハートはガーネットさんに向けた僕からのメッセージだ。



「ドアもハート型になってるのだ!」


「よく気づいたねっ! そこもこだわりポイントだよ」



 いつかガーネットさんと同棲を始めたとき、家に帰るたびに僕の愛を受け取ってほしい。そんな想いをこめてデザインした。大工さんは『民への愛に満ち満ちている……!』って感動してた。


 ハート型のドアを開け、家のなかへ。



「わっ。勝手に明るくなったのだ!」


「ドアノブにキングマッシュの魔石を埋めこんでるんだよ」


「なんなのだ、それは?」


「ライトマッシュの王様だよ。その魔石を使うと、近くにあるライトマッシュの魔石も連動して明るくなるんだ」


「帰ってすぐに家中が明るくなるとか安心すぎるのだ!」


「でしょ! 一緒に暮らすひとを不安がらせたくないからね。そうそう、衣装ルームもあるんだよ」



 オーバーリアクションが楽しくて、ついつい部屋を紹介したくなる。


 ひとつ目の衣装ルームへ案内すると、ドラミは「すごい!」と叫んだ。



「可愛い服がいっぱいあるのだ! あっ、こっちの服は綺麗なのだ!」


「それはパーティドレスだね」


「こっちの白いのはなんなのだ?」


「結婚式で着る用のウエディングドレスだよ。別室にあと28着あるけど、僕が一番気に入ってるのはそのドレスかな」


「早く着てる姿を見てみたいのだ!」


「僕もだよ!」



 これらはすべてガーネットさんのために用意したものだ。


 ガーネットさんの趣味がわからないので色々な種類を買い揃えた。


 このなかに1着でもガーネットさんのお気に召すものがあれば万々歳だ。



「さっそく着てみせてもらうのだ! お嫁さんはどこにいるのだ?」


「えっ? ど、どうしてお嫁さん?」


「ウエディングドレスがあって、お嫁さんがいないわけがないのだ。お世話になりますって挨拶したいのだ」



 オーバーリアクションが気持ちよくて色々と見せたけど、冷静に考えると変人の所業だ。ありのままを伝えるとドン引きされちゃいそう。


 ていうか、ドン引きされようとされまいと打ち明けづらい。ガーネットさんへの想いは誰にも明かしてないのだから。



「お腹空いたよね? お風呂に入って食事にしよう!」



 てきとーに誤魔化すと、ドラミはそっちに食いついてくれたのだった。



     ◆



 お風呂を満喫した僕たちは、清潔な服に身を包む。



「いい湯加減だったのだ……居心地も最高だったのだ……」


「でしょ! 1日の疲れを落とせるように快適なバスルームを設計してもらったんだ」


「こんなに素敵なお家があるのに帰らないのはもったいないのだ」


「僕は冒険者だから、仕事が優先なんだよ。明日は日の出とともに出発するから、今日は早めに寝てね」


「ふかふかのベッドで寝るのが楽しみなのだ!」



 ドラミには寝室も紹介済みだ。


 いつかあの部屋でガーネットさんと寝起きをともにするんだと思うと、いまから顔が熱くなっちゃう。


 早く幸せな結婚生活を迎えるためにも、ギルド通いを続けなくちゃね!


 ガーネットさんのことを考えながら、僕はドラミと家を出た。




 となりの家から、ガーネットさんが出てきた。




 えっ? えええええええええええええっ!?


 なんで!? どうしてガーネットさんが!? 

 その家には老夫婦が住んでいたはずなのに!



「こんにちはなのだ~!」



 戸惑う僕をよそに、ドラミが元気いっぱいにご挨拶。



「こんにちは」



 そんなドラミに、ガーネットさんが挨拶を!


 ドラミに先を越された! 僕より先にプライベートな会話をしちゃってる!?


 ずるい……。僕なんて10年も事務的な会話しかしたことがないのに……。


 ……いや、待てよ? 思わず嫉妬しちゃったけど、これはチャンスなんじゃないか?


 だって僕はどう見てもドラミの保護者だ。


 いきなり街中で声をかけると不審者だけど、ドラミが挨拶をしたのだ。なのに保護者の僕が挨拶をしないのはおかしい。


 だとすると――ついに、ついにだ!


 ついに事務的な会話から卒業するときが来たのだ!



「こ、こん……こんに……」



 あぁっ、緊張する!


 ていうかいま気づいたけどガーネットさん私服だよ! 


 ギルドの制服も似合ってるけど、私服姿も絵になるなぁ。


 ガーネットさんって、ズボン派だったのかー。


 よかった。ズボンなら82枚持ってるよ。それだけあればガーネットさんが気に入るものも見つかるよね。


「……」


 ガーネットさんが僕をじっと見つめている。


 まずい! ガーネットさんの私服に夢中になるあまり挨拶が途中で止まってた!


 この機を逃せばいつもの日常に――事務的な会話に逆戻りだ! ちゃんと挨拶しないと!



「こ、ここ……こんにちは!」


「こんにちは」



 うおおおおお!

 うおおおおおおおおおお!


 返ってきたよォ!? 挨拶が!


 やっとだ……! やっとガーネットさんと日常会話ができた! 10年か……長かったなぁ……。


 ここから始まるんだ、僕とガーネットさんのラブストーリーが!



「やっと挨拶できたわ」



 って、ええ!? 

 ガーネットさんも僕に挨拶したいと思ってたの!?



「ずっと引っ越しの挨拶をしたいと思っていたわ」



 あ、ああ。挨拶ってそっちね。


 まさか知らないうちにガーネットさんがとなりに越してきてたとは。


 こんなことなら毎日帰宅するんだった。


 と、ドラミが僕の服をぐいぐい引っ張る。



「お腹が空いたのだ。そろそろお店に行きたいのだ」


「彼女はあなたの妹かしら?」


「あ、いえ、親戚です!」


「私はドラミなのだ!」


「ガーネットよ」


「僕はジェイドです!」


「あなたの名前は知ってるわ」


「えっ、どうして……」


「毎日ギルドに来てるもの」


「毎回名前を確認されるから、てっきり知られてないのかと……」


「確認はギルドの規則だわ」



 よかったー!


 全然名前を覚えてもらえないから、僕にちっとも興味ないんだと思ってたよ。



「……」

「……」



 まずい。会話が途切れた。


 なにか話しかけないと!

 いまここで少しでも親密な関係が築ければ、明日以降も話しかけやすくなるし! 


 だから頑張れ、僕! 勇気を出すんだ!



「あの……」


「なにかしら?」


「その……も、もしよかったら、荷物持ちますよ!」


「気持ちだけ受け取っておくわ。バッグには下着しか入ってないから軽いもの」



 よりによって下着って! 変態か僕は!



「下着を持ってどこへ行くのだ?」


「お風呂へ行くわ。うちにはお風呂がないもの」



 これはいい情報を得たぞ!


 さあ、頼むよドラミ! ガーネットさんをお風呂に誘ってくれ! 


 我が家のお風呂がいかに快適かを教えてあげてくれ!



「気をつけて行くのだ~」



 くっ、だめか!


 ドラミの言葉が別れの挨拶になってしまい、ガーネットさんは歩き去っていく。


 ガーネットさんのうしろ姿、はじめて見た。長い髪がさらさら揺れて綺麗だな……。



「どうしてニヤニヤしてるのだ?」


「幸せだからだよ……」


「ジェイドはガーネットが好きなのだ?」


「まあね……」



 ……ん? あっ、しまった! 言っちゃった!



「いまのはべつにそういう意味じゃなくて――」


「べつに恥ずかしがることないのだ」



 ううっ。恥ずかしがってることまで見抜かれちゃってる……。



「ドラミもジェイドが好きだけど、ちっとも恥ずかしくないのだ」


「僕のこと好きなの!?」


「お世話になってるから当然なのだ!」



 あ、好きってそっちね。



「ジェイドもガーネットにお世話になってるのだ?」


「まあね。ガーネットさん、ギルドの受付なんだよ。冒険者になってから毎日のようにお世話になってるよ」


「だったら感謝の印に花を贈ればいいのだ」


「花を?」


「ガーネットからは花と土の匂いがしたのだ。きっと花が好きで育ててるに違いないのだ」



 そ、そうだったのか!


 生きててこんなにためになる情報を得たのははじめてだ。


 そっかー。ガーネットさん、花が好きなのかー。


 だったら珍しい花を手に入れて、ガーネットさんにプレゼントしよう!


 ドラミと食事処へ向かいつつ、僕はどんな花をプレゼントしようか考えるのだった。


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