《 第2話 愛の力 》

 ひとつの町が滅ぼうとしていた。


 朝日が昇って間もない頃だ。町に住まう人々は突然の地響きに跳ね起きると、家を飛び出して絶句した。


 なにせ地平線の彼方から山が迫ってきていたから。


 いや、それは山ではなかった。

 よく見れば山には足がついており、おまけに手もあり、顔もある。



 それはゴーレムだった。



 彼らはゴーレムをその目で見たことはなかったが、その怖ろしさはおとぎ話で知っている。


 たとえおとぎ話すら知らずとも、津波の如き土煙を巻き上げ、大地を震わせながら猛然と迫り来るそれを目にすれば、嫌でも怖ろしさがわかる。


 地鳴りとともに巨体が迫る。朝日を遮り、緑豊かな大地が黒く染まりゆく様を見て、人々は世界の終焉を予感した。


 だが――



「安心しなさい! 我々がついている!」



 幸いなことに、町には数日前からふたりの冒険者が滞在していた。


 しかも内ひとりは、手の甲に七つの花びらを持つ男である。


 白髪まじりの老いた風体ながらも、数多の戦場を乗り越えた歴戦の戦士を思わせる佇まい。


 彼こそが他国にもその名を轟かせる七つ花クラスの冒険者、ロージンであった。


 その脇を固めるのは、ロージンの孫娘。ロージンの血を濃く受け継ぎ、齢19にして五つ花クラスにまで至った屈強たる冒険者――マーゴである。



「ゴーレムは我々が引き受ける!」


「みなさんは逃げてください!」



 ロージンらは寝起きの声を張り上げて人々を安心させ、迅速に行動を開始する。


 町の外へ出るなり、ロージンは迫り来るゴーレムを見据え、両手を天にかざした。



「マーゴよ、すべての力を私に捧げるのだ!」


「すべての!? もしものときに備えて余力は残しておいたほうがいいんじゃ……」


「あれは手加減して敵う相手ではない! 私とマーゴが全力をもって相手をせねば、けっして勝てぬ魔獣だ!」


「わ、わかった! 私の力、受け取って!」



 マーゴの補助魔法【マナゲイン】によってロージンの魔力が強化される。


 一時的にだが八つ花クラスの力を得たロージンは両の手に力をこめた。


 彼の手の甲に宿る花紋と同じ魔法陣が展開され、尖塔の如き氷柱が出現。刺すような冷気が放たれ、痛みを感じるほどだった。


 氷雪系の攻撃魔法を得意とするロージンによる、一撃必殺の【アイスランス】だ。



「砕け散るがいい!」



 びゅわっ!


 冷風とともに氷柱が放たれる。大地を凍てつかせながら放たれたそれは迫り来るゴーレムの腹部に直撃し、そして――



「馬鹿な! 無傷だと!?」



 ゴーレムは倒れることなく、立ち止まることすらなく、何事もなかったように直進を続ける。



「マーゴ! 逃げろ!」


「に、逃げろって、おじいちゃんは!?」


「私はおとりになる! お前はみんなと逃げろ!」


「嫌だよ! 最期までおじいちゃんと戦う! お父さんもお母さんもいなくなったのに、その上おじいちゃんまでいなくなったら、ひとりぼっちになっちゃうもん!」


「ならん! お前はまだ若い! 生きて力をつけるのだ! そして世のため人のために――」




 バゴオオオオオオオオオオオオオン!!!!




 いきなりゴーレムが爆散した。



「「えええええええええええええええええええええ!?」」



 ガラガラと音を立てて崩壊する岩石の巨兵を目の当たりにしたロージンとマーゴは、びっくりして膝から崩れ落ちた。



「お、おじいちゃん、必殺技とか使った!?」


「そ、そんな都合のいい技など持ちあわせておらん!」



 だとすると、なぜゴーレムは急に砕け散ったのか。


 ロージンのアイスランスが巨体に亀裂を走らせていたのだとしても、あんなふうに粉々にはならないだろうに……。



「むっ! あれは……」



 困惑するロージンの目が、こちらへ駆け寄る人影を捉えた。


 うしろに一本束ねられた赤茶けた髪に、ツギハギだらけの旅装束に、優しげな顔つきには不釣り合いな大剣。


 やはりそうだ。間違いない。


 彼は、彼こそが若くして冒険者の最高峰である十つ花クラスにまで上りつめた――



     ◆



 山登りをしていたら、いきなり天と地がひっくり返った。


 山頂から大地に叩きつけられ、巨岩が流星群みたいに降り注ぐ。


 そのうちのひとつが僕の身体を押し潰したが、頭突きで粉々に吹き飛ばす。



「げほっ、げほっ……いったいなにが……」



 土煙が舞うなか、空を見上げると、岩石の巨兵が佇んでいた。


 僕は歓喜に打ち震える。




「やった! ゴーレム発見!」




 見つけるのが難しいゴーレムを、こんなに早く発見できるとは。今日はついてるなぁ。


 山のように大きいゴーレムを見つけるのが困難だなんて変な話だけど、それには当然わけがある。


 というのも、ゴーレムは巨体のせいでエネルギーの消費が激しいのか、1日暴れまわると数百年の眠りにつくのだ。


 放っておけばゴーレムから草木が生え、長い年月をかけて山になる。そうなれば、もうどれが山でどれがゴーレムなのか見分けがつかなくなってしまう。


 そして今回僕が受けたクエストは『サラシナ山脈に眠るゴーレムの討伐』というものだった。


 本音を言うと、ドラゴン退治みたいなシンプル系のクエストがよかった。


 だけど受けちゃったものは仕方ない。


 そんなわけでサラシナ山脈のふもとを訪れた僕は、とりあえず山頂に登ってみることにした。


 そこからあたりを見渡したが、どれがゴーレムかわからないので、とにかく掘ってみることにした。


 ゴーレムだって魔獣だ。魔獣には核である魔石があり、それを砕けば討伐できる。


 山脈すべてを掘り返すのは途方もない作業だけど、目覚めるのを待つだけなのは時間の無駄だからね。


 まあ、掘る必要はなくなったんだけど。大地に剣を突き立てた瞬間、天と地がひっくり返ったから。



「あっ、ちょっと! 待って待って! 走らないで!」



 僕は近くに転がっていた岩を持ち上げ、ゴーレムめがけてぶん投げた。




 バゴオオオオオオオオオオオオオン!!!!




「よしっ、命中!」



 飛び散った岩石のなかにきらりと光る石を発見。僕は大地を蹴って瞬時に降り注ぐ土石の下へ。


 ばこんっ、ばこんっ、と頭突きで岩を砕きつつ、落ちてきた魔石をキャッチする。


 周囲に立ちこめる魔素が花紋に吸いこまれていくが、これ以上の成長は見込めない。


 なにせ僕の花紋はとっくに満開だから。



「ん? あれって……」



 長居せずに立ち去ろうとしたところ、近くに町を発見する。


 こんなところに町があったんだ。危ないところだったな。怪我人は……いないよね?


 飛び散った石つぶてが誰かにぶつかった怖れもあるので、念のため確認に行くことに。


 町の外には、お揃いのローブを纏ったおじいさんと女の子がいた。


 佇まいからして、冒険者かな?



「すみません。怪我とかしてませんか?」


「え、ええ、おかげさまで……」


「あのっ、ジェイド様ですよね?」


「ジェイドですけど……」


「やっぱり! あのあのっ、ジェイド様はどうやってゴーレムを倒したんですかっ?」


「岩を投げました」


「岩を!? 剣じゃなくてですか……?」


「剣は投げるものじゃないですからね」


「いえ、そういう意味ではなく……。てっきりジェイド様は剣を強化して戦う方なのかと」



 なるほど、勘違いするのも無理はない。


 僕の背中には、立派な剣があるからね。



「これは国に伝わる宝剣です。十つ花クラスになった日に、ガーネ……ギルドの職員から手渡されたんですよ。いわば記念品ですね」


「どうして記念品を身につけてるんですか?」


「ジェイド殿は宝剣を身につけることで、自身を律しておられるのだろう。酒に溺れず、欲にまみれず、宝剣を持つに値する冒険者であらねばと」


「深い……」



 いや、全然深くないです。


 正しくは国王様からの贈り物だけど、ガーネットさんからのプレゼントだと考えて肌身離さず身につけているだけです。



「とにかく怪我人はいないようでなによりです。じゃあ僕、王都に戻りますね」


「任務を終えて即帰還とは。さすがはジェイド殿ですな。私も見習わねば」


「私もジェイド様を見習います! どうすればジェイド様みたいに強くなれますか!?」


「毎日休まずにクエストをこなし続ければ誰でもなれますよ」


「普通はひとつクエストをクリアしたら、数日は休みたくなるんですけど……怪我だって避けられませんし」


「僕も駆け出しの頃はよく骨折しましたよ」


「なのにクエストを? どうしてそこまで……」


「愛の力に決まっているだろう」



 ぎくっ。



「ど、どうして愛だと知ってるんですか!?」



 ガーネットさんへの想いは誰にも話してないのに!



「だてに長生きはしてませんよ。民を愛する心、平和を愛する心がジェイド殿を駆りたてるのでしょうな」



 あ、ああ。愛ってそっちね。


 僕が「そんな感じです」と言うと、女の子は「深すぎる……」と感動するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る