《 第3話 無欲の英雄 》

 さてさて。


 その日のうちに王都に帰りついたけど、すんなりギルドに直行とはいかなかった。


 正門を抜け、大通りを歩いていると、大勢に取り囲まれてしまったから。



「おかえりなさいジェイドさん!」


「クエスト達成お疲れ様です!」


「今夜暇ですか! よければうちの店でお食事でもどうですか!」



 そろそろ夕方。お腹が空き始める頃だけど、食事の前に次のクエストを受けておきたい。


 なんなら食事は移動中に済ませればいい。いつもそうして時間を節約してるし。



「すみません。いますぐギルドに行きたいので食事はまた今度でお願いします」


「おおっ! さすがはジェイドさん!」


「もう働く必要なんてないのに、休まずにクエストを受けるなんて……!」


「まさに冒険者の鑑だ!」


「ジェイドさんが日夜働いてくださるおかげで、俺たち家族は安心して生活できます!」


「お役に立ててなによりです! じゃあ僕、急ぎますんで!」



 クエストの邪魔をしては悪いと思ったのか、みんなは称賛の言葉を口にしながら道を空けてくれた。


 広くなった大通りを駆け抜け、ギルドに入る。



「ジェイドさんだ! ジェイドさんが来たぞ!」



 僕を見るなり、ギルド内にいたひとたちが目を輝かせる。



「ジェイドさん! 私、ジェイドさんのファンなんです!」


「俺もファンです! ジェイドさんの活躍を聞いて冒険者になりました!」


「俺なんて見てくださいこれ! ジェイドさんと同じ強化系の花紋ですよ!」


「こらこら、道を塞いだらジェイドさんの迷惑になるだろう!」


「ジェイドさん、こっちの窓口が空いてますよ!」


「なんでしたら二階の特別窓口をご利用になっては?」


「いいなー、特別窓口。憧れなんだよ。すげえ豪華な部屋らしいぜ」


「七つ花クラス以上じゃないと入れないんだよなぁ。どんな部屋だったか感想聞かせてくださいよ!」


「あ、いえ、僕は普通に一般窓口に並びますから……」


「すげえ! 十つ花クラスなのに一般窓口に並ぶなんて……!」


「ジェイドさんみたいな偉ぶらない英雄、ほかに知らねえよ!」


「さすがは無欲の英雄様だ!」


「無欲の英雄バンザイ!」



 すっごい恥ずかしいんですけど!


 ガーネットさんに変なひとだと思われないか心配だな……。


 ともあれ騒ぎも落ち着いたので、僕は18番窓口の列に並ぶ。


 さくさくと列が進んでいき、僕の番がまわってきた。



 青みがかった髪の女の子――受付嬢のガーネットさんが、眠そうな瞳で僕を見る。



 彼女の視線を独り占めできる、この瞬間――。


 窓口越しにおしゃべりできる、この瞬間――。


 僕は、この瞬間を迎えるために生きている。


 ガーネットさんと出会って10年、事務的な会話しかしたことがない僕だけど、生きていてこの瞬間ほど幸せなひとときはない。


 僕は高鳴る鼓動をそのままに、ゴーレムの魔石を差し出した。



「これっ! 達成しました!」


「お名前は?」


「ジェイドです!」


「少々お待ちください。……ゴーレム討伐のクエストですね。では拝見します。……確認できました。こちら報酬5000万ゴルの小切手になります」



 これを受け取れば、またガーネットさんとお別れだ。


 そう思うと憂鬱な気分になってしまうが、受け取らないと迷惑になってしまう。


 ガーネットさんの仕事の邪魔をするわけにはいかないよね。


 テーブル上を滑らせるように差し出された小切手を、僕は受け取ろうとして――



 つん。



「――っ!」


 うわあああ!

 うわあああああああ!?

 

 ガーネットさんの指先が僕の手に触れたああああああ!?


 ナイス小切手! ありがとう! きみのおかげでガーネットさんと触れあえた! 換金せずに一生の宝物にするよ!



「どうも小切手ありがとうございます! それでですね、このまま次の依頼を受けたいんですけど!」


「十つ花用のクエストはこちらになります」


「じゃあこれを!」



 僕はクエストを受けると、名残惜しく思いつつギルドを出る。



「いやー、今日はいい1日だったなぁ」



 今日も事務的な会話しかできなかったけど、指が触れた。飛躍的な進歩だ。


 この調子で窓口越しに触れ合い続ければ、いつかきっと仲良くなれるはず!


 幸せな未来を夢見て、僕はいつものように次なる現場へと急ぐのだった。



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