受付嬢に告白したくてギルドに通いつめたら英雄になってた

猫又ぬこ

《 第1話 18番窓口 》

 僕の村には娯楽がなかった。


 毎日毎日、畑仕事と家畜の世話を繰り返す日々。


 それが嫌ってわけじゃないけど、もうちょっと人生に刺激が欲しかった。


 あるとき村に旅人が来た。


 手の甲に花びらの紋様を持つ旅人は、冒険者という職業に就いているらしかった。



「おじさん、冒険者って?」


「坊主、冒険者を知らないのか? 冒険者ってのはな、世界一危険な仕事だぜ」


「世界一危険な!?」



 興味を示した僕に、おじさんは楽しげに語ってくれた。


 この世界には魔獣という危険な生き物がいて、冒険者は命懸けで魔獣と戦っているらしい。


 火を噴く巨竜。


 山の如き巨兵。


 海を這う海竜。


 そうした禍々しい魔獣と死闘を繰り広げ、大勢に称賛され、戦友と勝利の美酒を酌み交わす。



「冒険者、こわ……」

「ぜったい村から出ないでおこう……」



 一緒に話を聞いていた友達は身を震わせていたけど、僕は違った。



「僕、冒険者になる! なりたい! いますぐに!」



 この村では味わえない冒険譚に、僕はわくわくせずにはいられなかった。


 冒険者として世界中を見てまわり、魔獣とスリリングな戦いを繰り広げ、功績を上げて英雄となり、歴史に僕の名を――ジェイドの名を刻みたい。



「勇敢な坊主だ。そんなに冒険者になりたいのか?」


「なりたい!」


「坊主、歳は?」


「10歳!」


「だったら、あと2年の辛抱だな。そうすりゃ冒険者になれるさ」



 どうやら12歳になれば誰でも冒険者になれるみたい。


 問題は、家族の説得だ。


 案の定、僕が危険な仕事に就くことに父さんも母さんも大反対だったけど……



「わかった、わかった。もう反対はしない」

「だけどぜったいに死ぬんじゃないよ」



 2年近い説得が実を結び、ついに賛成してくれた。


 その日から旅立ちまではあっという間だった。


 12歳になれば冒険者になれるのだ。僕は1日でも早く冒険者になりたくて、12歳になる前に村を出た。



     ◆



 王都に着いたのは、12歳の誕生日当日だ。


 べつに王都まで足を運ぶ必要はなかった。ここまでの道中に立ち寄った町にもギルドはあったから。


 でも、どうせなら最初の依頼は国一番のギルドで受けたかったのだ。



「失礼します……!」



 高くそびえ立つ荘厳な建物に入る。


 さすがは国一番のギルドだ。外観からもわかってたけど、内装はかなり広々としている。


 壁際には窓口がずらりと並び、強そうな冒険者たちが列を作っている。


 僕も早く依頼を受けたい!


 けどその前に……まずは登録をしないといけないんだよね?



「すみません。冒険者になりたいんですけど……!」



 正面カウンターのお姉さんに声をかけてみる。


 ここで正解だったみたいだ。お姉さんはにこりとほほ笑んだ。



「こんにちは、小さな冒険者さん。冒険者になるには登録手数料10000ゴルが必要なんだけど、持ってるかな?」


「はい、持ってます!」



 僕にとって10000ゴルは大金だけど、冒険者になれるなら安い出費だ。


 お姉さんに10000ゴルを支払ったことで、所持金が3000ゴルになってしまった。


 ここへ来るまでに泊まった宿屋の相場は一泊3000ゴル。王都だともっと高くつくかも。


 こりゃ今日中に依頼をクリアしないと野宿になっちゃうな。


 野宿は野宿で冒険者っぽいので、べつに構わないんだけどね。



「それじゃあ、ここに必要事項を書いてくれるかな」


「はい! ええっと……」




 名前:ジェイド・フィンクス

 年齢:12歳

 出身:カサド村

 花紋:



 花紋フラワールーンの欄で手が止まる。


 僕はまだ自分の花紋を知らないのだ。


 僕が困っていると、お姉さんが水晶玉を取り出した。



「これに利き手で触れてくれるかな」



 言われた通りにすると、右手の甲が熱を帯び、紋様が浮き出てきた。


 花のつぼみに似た紋様――花紋だ。



「この形は強化系バランサーの花紋だね」


「強化系……」


「きみも攻撃系アタッカーがよかったのかな?」



 お姉さんは同情するように言った。


 冒険者の証である花紋フラワールーンには『攻撃系アタッカー』『防御系ガードナー』『強化系バランサー』『補助系サポーター』の4系統が存在する。


 そして冒険者の花形は、ど派手な魔法を扱う攻撃系だ。


 お姉さんが言うように、理想を言えば僕も攻撃系がよかった。


 でも強化系が嫌なわけじゃない。


 身体能力や武器なんかを強化するだけなので派手さはないし、接近戦しかできないので魔獣との戦いでは常に危険がつきまとうけど、スリルは望むところだ。



「これ……花紋って、魔獣を倒せば花が咲くんですよね?」


「うん。あそこの強そうなお兄さんも、向こうの強そうなお姉さんも、最初はきみと同じつぼみクラスだったんだよ」



 お兄さんの手の甲には4枚の花びらが、お姉さんの手の甲にはなんと5枚の花びらが浮いていた。



「すごい……歴戦の冒険者だ……」



 花紋を成長させるには、魔獣を倒さなくてはならない。


 魔獣を倒すと魔素エーテルという黒い煙が発生し、それが花紋に吸いこまれ、成長を促すのだ。


 最初はつぼみ、次に1枚、次に2枚と花びらが増え、それに伴い系統の力も上がっていく。


 八つ花以上の冒険者ともなれば英雄の仲間入り。


 血湧き肉躍る冒険の果てに、僕も英雄になってみせる! 



「頑張ってたくさんの花を咲かせてね、小さな冒険者さん」


「はい! 頑張ります!」



 お姉さんにエールをもらい、僕はいよいよ窓口へ。


 さすがは国一番のギルドだけあっていっぱいあるなぁ。どの窓口にするか迷っちゃうよ。


 まあでも、クエストの内容は同じだよね。早く冒険に出たいし、一番空いてるところにしよっと。


 ええと、一番列が短いのは……ここか。


 僕は18番窓口に並んだ。


 さくさくと列が進んでいき、ついに順番がまわってくる。


 いよいよ始まるんだ、僕の血湧き肉躍る冒険が――!



「はじめまして、ジェイドです! つぼみクラスのクエストを受けに……」



 息を呑み、目を疑う。





 ……めちゃくちゃ可愛かったのだ。受付のお姉さんが。





 青みがかった髪に、眠そうな垂れ目の瞳。


 ミルクみたいな白い肌に、幼さの残る美貌。


 彼女を一目見た瞬間、僕の頭から『冒険者』の三文字は消えた。


 同時に『血湧き肉躍る冒険』の八文字も消えた。


 さらに『英雄』の二文字も、『成り上がり』の五文字も消えた。


 いまはもう、彼女のことしか――ガーネットさん(胸元の名札に書いてるし、これが彼女の名前だろう)のことしか考えられない。



「つぼみクラス用のクエストはこちらになります」



 ガーネットさんがリストを見せてくる。


 淡々としつつも澄んだ声で呼びかけられ、顔に放火されたのかと思った。


 顔が熱い。心臓が高鳴ってる。


 こんなに緊張したのははじめてだ……。



「あ、えと、じゃあ、その……こ、これで」


「スライム討伐ですね。クエストを達成しましたら、スライムの魔石を持ってこちらの窓口へお越しください」


「わかりました!」



 早くクエストをクリアしたい!


 そしてガーネットさんとおしゃべりしたい!


 窓口じゃ事務的な会話しかできないけど、顔を合わせているうちに仲良くなることができるはず!


 僕はギルドを飛び出すと、無我夢中で王都を駆ける。



「っと、そうだ」



 花紋を手に入れたし、僕も魔法を使えるんだった。


 急いでクエストをクリアしたかったので、さっそく身体能力を強化してみる。



 ――脚力を強化したい!



 そう強く念じると、両脚がぼうっと熱くなった。つぼみクラスだからか劇的な変化はなかったが、いつもより速くなっているのは間違いなかった。


 風のような速さとはいかなかったが、大人顔負けのスピードで町を出る。


 街道を走っていると、ちょっと道を逸れた草むらに半透明のぶよっとしたものがあった。



 スライムだ。



 僕は父さんから譲り受けた短剣を抜き、ゼリー状のそいつに叩きつける。


 ぶよんっ。


 と、攻撃が弾かれてしまう。


 僕の攻撃、効いてない気がするが……



「ん?」



 よく見ると、スライムの体内には拳くらいの大きさの石があった。


 ああ、そうだった。魔獣には核となる魔石があって、それを壊したら瞬殺できるんだった。


 魔石を傷つけると報酬が減っちゃうけど、お金なんか二の次三の次だ。


 いまはとにかくガーネットさんとおしゃべりしたい。



「くらえ!」



 今度は斬りつけるのではなく、突きで攻撃。短剣がスライムに突き刺さり、魔石にヒット。


 そのとたん、スライムはぶくぶくと泡を立てて消滅。そして、黒い煙がうっすらと出てきた。


 魔素だ。


 魔素は魔獣にとって力の源で、目には見えないけど空気中にも漂っている。


 強力な魔獣はかなりの魔素を取りこんでるから倒すと一面が真っ黒に染まるらしいけど、スライムは弱いのでちょっとしか魔素が出てこなかった。


 なんにせよ――



「よし! これで話せるぞ!」



 依頼は達成! これでガーネットさんとおしゃべりできる!


 僕は魔石を拾い上げるとギルドへ舞い戻り、18番窓口のガーネットさんに渡す。



「こ、これっ! 達成しました!」


「お名前は?」


「ジェイドです!」


「少々お待ちください。……スライム討伐のクエストですね。では拝見します」



 ガーネットさんは右手で魔石をにぎにぎする。


 彼女の手の甲には、一つ花の紋様が浮いていた。


 補助系の魔法で、魔石が本物かどうかを鑑定しているみたいだ。


 ほんの数秒で鑑定を終えたらしく、テーブルにコインを置く。



「こちら報酬になります。ひびが入ってますので、ギルドの規定に則り半額の500ゴルとなります」


「ありがとうございます! そ、それでですね、このまま次の依頼を受けたいんですけど」


「つぼみ用のクエストはこちらになります」


「じゃあこれを!」



 僕はさっきと同じスライム討伐のクエストを受け、クリアすると18番窓口へ舞い戻る。ガーネットさんと事務的な会話をして、再びクエストを受け、大急ぎでクリアして、18番窓口へ。



 次の日も、その次の日も、僕は休む間もなくクエストを受け続けた。



 ガーネットさんと仲良くなるために、雨の日も風の日もクエスト三昧の日々を繰り返す。




 クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ――……



 そして、10年の月日が過ぎた。


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