029 帰郷のススメと兄との類似点
ヴァルフラムさんは無造作に髪をかき上げ、金色に輝く瞳で
「あんたとレイフォン、どちらの言い分が正しいのかなんて話は、後でもいいだろ?
姫さんが全部自分の責任として引き受ける…とまで言ってるのに、なんですぐに頷いてやらないんだ?
自分たちの言い争いが、姫さんを困らせてるってことにも気がついてないのか?」
「「…。」」
気まずそうな顔になった二人に、ヴァルフラムさんは更に畳み掛ける。
「――その
なら、なんですぐに『悪かった』って謝れないんだよ?
…魔導士はこれだから嫌なんだ。
自分の言い分が正しいと認めさせるのが先で、人の気持ちは後回しにして当然だと思っていやがる。
姫さんが抱えてる事情を先に聞き出そうとするのも、同じことだろ?
そんなの単なる好奇心と、どう違うんだよ?
この子は『
魔導士が『一万人に一人の優秀な人材』なんて、笑わせてくれるぜ。
お前らなんか、一万人に一人の大馬鹿野郎だ」
彼は吐き捨てるようにそう言うと、エリオットに視線を移した。
「
今ならまだ間に合う。
姫さんをあちらの世界に帰せ」
「…え?」
エリオットは彼の言葉に目を丸くして驚き、レイフォンさんとおじいちゃんは咎めるような声を上げた。
「ヴァルフラム!」
「突然何を言い出すのじゃ」
二人の声を蹴散らすかのように、ヴァルフラムさんが一喝する。
「黙れ!
姫さんを護る人間が四人しかいないのに、その内の二人がくだらない言い争いに興じているようじゃ、うまくいかないのは目に見えてるだろ。
もともとこっちの都合を押しつけて呼んだのに、姫さんからの提案も叶えてやれないなら、今すぐ帰すのが筋ってもんだろうが」
「「「…。」」」
「…ユートから、あちらの世界では十八歳が成人年齢だと聞いただろ?
ってことは、姫さんは…大人になるまであと五年もある子供なんだよ。
外見が大人びてるから、さっきまでエリオットより年上なんじゃないかと思ってたけど…」
彼はふっと瞳を和ませ、大きな手でわたしの頭をそっと撫でた。
ヴァルフラムさんはわたしを壊れ物のように扱いながら、瞳に優しい光を浮かべる。
「ユートがあんなにも気にかけている、大事な妹だ。
姫さんに何かあったら…と思うと、正直、火竜と戦うより怖い。
あいつが本気でぶち切れたら、抑えられる奴が誰もいないしなぁ」
最初は俺が剣の師匠だったのに、今じゃあいつの稽古につきあうのも一苦労なんだ…と言って、彼は苦笑した。
『あんなにも』って、兄は一体何を…?
思わず突っ込んで訊きたくなったのを、わたしはぐっと堪えた。
藪から蛇を突いて出すような真似をして、精神的ダメージを受けたくない。
「噂をすれば影がさす」って言うし…。
たとえ迷信でも、兄を呼び寄せるような行いは極力
ヴァルフラムさんはわたしの肩を抱き寄せ、おじいちゃんに向かって再び強い口調で言う。
「俺は
俺とあんたは他人だってことを、忘れるな。
うちの婆さまがあんたの子種を買って親父を産んだのは事実だが、それ以上の関係は一切無い。
魔導士の才を持って生まれなかった親父を、あんたが『失敗作』だと言ったって話は、俺の家族全員が知っている。
研究費欲しさに散々自分を切り売りして好き勝手に生きてきたくせに、晩年になってから親族ヅラして擦り寄ってこられても、こっちは迷惑なんだよ!」
彼が叩きつけるように発した言葉に、おじいちゃんは虚を衝かれたような表情を浮かべた。
だけど何も言い返さず、眉根を寄せてすみれ色の瞳を閉じる。
子種って…売買できるものなんだ。
ウチの世界の精子バンクみたいなものなのかな?
たぶん、魔導士の素質を持った子供が欲しいと願う女の人が買うんだろう。
わたしは横目でチラリとエリオットの顔を盗み見る。
エリオットもお小遣い稼ぎに売ってるのかなぁ…なんて思いながら見ていたら、わたしの視線に気がついたエリオットは頭を高速で左右に振った。
ぶぶぶぶぶぶっ…と音がしそうなくらい否定の動作を繰り返す見て、わたしはホッと胸を撫で下ろす。
良かった。
「ヴァルフラム、それ以上お師匠さまを侮辱するな」
レイフォンさんの制止の声を、ヴァルフラムさんは鼻で笑い飛ばす。
「侮辱?
ハッ、全部本当のことだろ?
何よりも魔導の研究を優先させるお偉い魔導士様には、血の繋がった身内を…家族を大切に思う気持ちなんか、到底理解できないだろうがな」
「…っ!」
レイフォンさんは唇を噛んで言葉を飲み込んでいる。
彼の両手の拳が震えているのは、殴りかかりたい衝動を必死で抑えているからかもしれない。
ヴァルフラムさんの手が触れている肩が、とても熱い。
そこから彼の
「ヴァルフラムさん、もう、止めてください」
金の瞳をまっすぐに見上げて言葉を紡ぐ。
「二人を傷つける言葉は、誰よりも貴方を一番傷つけている。
……そうでしょう?」
わたしが半ば確信しながらそう言うと、彼は乾いた笑い声を漏らしながらその場に座り込んだ。
今まで彼を見上げていたのに、見下ろす体勢へと変わる。
首が楽になったなぁ…なんて考えながら、ヴァルフラムさんの赤みがかった金髪を優しく撫でる。
彼とおじいちゃんの間にある複雑そうな事情と、彼が魔導士を嫌悪する気持ちは、たぶんとても根が深い。
こんな慰め方じゃ何も解決しないだろうけど…でも、少しでもささくれ立った気持ちが静まりますように。
なでなで。
なでなでなで。
「…俺、かっこわるいなぁ。
姫さんのために…って思ってたのに、自分が言いたいことをガキみたいにわめき散らしただけだ。
やべぇ、情けなくて…ちょっと泣きそう…」
震えるちいさな声が救いを求めていたから、わたしは彼の頭を抱き寄せて囁いた。
「泣きたいときは、泣いてもいいと思いますよ?
こうやっていれば、外からは見えませんから」
「―――姫さん、こーゆーの、ユートに教わったの?」
あれ、ヴァルフラムさんの声音が急に変わった。
わたしが手を放して彼の顔を見下ろすと、ものすごく微妙な表情が浮かんでいた。
「いいえ?
兄がわたしの前で泣いたことなんて、一度もないです。
わたしも…ものごころがついた頃からは、兄の前で泣かないようにしていましたし」
「…うわぁ、マジで?
俺は今、ユートと姫さんの血の繋がりをものすごく実感できたよ」
ヴァルフラムさんはそう言って、にっこりと笑った。
その陰りのない笑顔を見て安堵しながら、彼の意味不明な言葉に首を傾げる。
「姫さんの自覚はナシ、か」
わたしの顔を見ながらくすくすと笑うヴァルフラムさんの横で、エリオットが「僕も同感です」とか言っている。
わたしは何故か二人のその認識を全力で否定したい気持ちに駆られた。
「わたしと兄が似てるところなんて、ほとんど無いと思います。
兄はちいさい頃から全然泣かない子だったと聞いてますし。
…あ、でも、わたしが意識不明のまま生死の境を彷徨っていたとき、兄はずっと半泣きだったって両親から聞きましたけど、わたしは全然覚えてないから…」
自分の口からぽろりと出た言葉の内容に気がついて、しまった…と思った時にはもう遅かった。
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