028  兄注意報が発令されました



――黙って見守るのって、退屈だなぁ。


わたしはおじいちゃんとレイフォンさんの様子を窺いながら、早くもきはじめていた。

二人は強い語調で言い合いを続けていて、部屋の中には刺々しい空気が満ちている。


それに、さっきから背筋がぞわぞわして……なんだか落ち着かない。

理由はわからないけど、こんな話をしている場合ではないような気がしていた。


心の奥底から、早く早くと急き立てる声が聞こえているような、不思議な感覚に戸惑う。

ふと、何か良くないことがもうすぐ起きるような予感がした。



質問 : 今、一番起きて欲しくない最悪の事態は何でしょうか?

答え : 魔獣討伐から戻ってきた兄に見つかって… (以下、省略)


いやいやいや、そんな未来はお断りです。

全力で無しにするから!


「たぶん戻ってこない」なんて、不確定要素たっぷりの言葉に安心しちゃいけなかった。

わたしの第六感が兄注意報キケンを告げている以上、のん気に傍観していられる場合じゃない。


よくわからない『力』の話なんて、兄に異世界ここで遭遇する危機に比べれば、どうでもいい。

髪の毛と目の色を変えてもらって、早くどこかへ…兄に見つからない場所へ移動しないと…。


エリオットとヴァルフラムさんの助力は期待できそうにないし、ここは当事者であるわたしが仲裁しよう。

いかにも日本人っぽい…事なかれ主義な提案を、彼らが受け入れてくれるかわからないけど、やるしかない。



「あの、ちょっといいですか?」


わたしは二人の舌戦が途切れたタイミングを狙って声をかけ、椅子から立ち上がる。

発言の許可を求める姿勢を見せつつ、却下されないうちに言葉を重ねた。


「このままではお二人の主張はどこまでも平行線で、終わりがありません。

…ですから、わたしから折衷案せっちゅうあんを提示させてください。

わたしは、レイフォンさんから『注意すべきこと』をお聞きします。

でも、おじいちゃんとエリオットが『わたしには話さない』と決めた事に関しては、何も知らないままでいます。

そして、兄が拒否反応を起こさない治療士さんを選び終わったら、すぐに自分の世界へ戻ります」


「「…っ!」」


おじいちゃんとレイフォンさんが驚いて何か言おうとするのを手で制す。


「詳しい事情が解らないので、どれくらい深刻なことなのか理解できていませんが、でもわたし・・・が当事者なのでしょう?

わたしのことは、わたしに決めさせてください。

自分が選択した結果なら、良くても悪くても、全部受け止める覚悟はできています」


わたしはゆっくりとした口調でそう言いながら、微笑んでみせた。


「わたしのことを心配してくださるお気持ちは、とても嬉しいです。

こちらの世界でも、わたしはまだ成人していない子供ですが、大人に守られることが当然だと思うほど幼くはないし、誰かが決めた『こうするのが一番いい』ことを、鵜呑みにして信じるような…素直な子じゃないんです」


にこにこと笑う表情はそのままにして、もう一度繰り返す。


「わたしが、そうすると決めました。

……わたしの意見に従っていただけますよね?」


疑問じゃなくて、確認。


わたしの意見を了承すること以外は認めない姿勢を明確に示すと、二人はほぼ同時に大きなため息をついて苦笑いを浮かべた。


「リリアーナ姫に似ているのは、外見だけではないようじゃのぅ」


「ユーナ姫にも、リヴァーシュラン伯爵家の血が色濃く流れているのですね」


二人の言葉に含みがあるのを感じて首を傾げたわたしに、エリオットが解説してくれた。


「リリアーナ様がお強かったのは武勇だけでなく、はっきりと自分の意見を口にするご気性で…ここぞという場面では決して人の意見に左右されない方だったそうですよ。

それと、伯爵家ウチは、女傑を多く輩出していることでも有名なんです。

僕の一族には、性別にかかわらず長子が家督を継ぐ決まりがあって、そのことも影響しているのかもしれません」


「そうなの?

…じゃあ、エリオットは生まれたときから跡継ぎとして育てられたわけじゃなかったんだね」


「はい、そうなんです。

長女であるアデリシア姉さまが行方不明にならなければ、僕が人前で姓を名乗ることもなかったと思います。

嗣子ししで無ければ、魔導士は自分の名前だけしか名乗らないという不文律がありますから」


そういえば、おじいちゃんとレイフォンさんは名前しか名乗っていなかったっけ…。


「七聖王国でもソレは同じなのか?」


「ええ、もちろんです。

出自に関係なく、実力のある者が正当に評価されるようにと始まったことですから」


ヴァルフラムさんの問いに答えたのは、エリオットではなくレイフォンさんだった。


「――姫、どうして急に?」


いくつもの疑問が込められた彼の質問に、わたしは今必要なことだけ答えた。


「兄が、こちらへ向かっている……そんな予感がしているんです」


「「「「…っ!」」」」


「ただの勘です。

論理的な根拠なんて何もないので、あの・・兄の妹を十三年間やっている、わたしを信用して下さい…としか言えないのですが、必要最低限のことだけを、手早く済ませてしまいたいんです。

『明日でも間にあうことは、今日やらなくていい』ということにして、話を進めて下さい。

お願いします」


わたしはレイフォンさんとおじいちゃんの目を見ながら、一言一句に危機感を込めて伝えた。

そして深々と頭を下げる。



重い沈黙を破ったのは、ヴァルフラムさんの声だった。


「――十三の子供にこんな気遣いをさせて、恥ずかしいと思わないのか?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る