025  異世界のイケメンは見た目と中身が違っていました



兄の美形レベルを「誰もがひと目見た途端、魅入られてその場で硬直する」という言葉で表現するなら、このふたりのレベルは「すれ違った瞬間、つい後ろを振り返って見てしまう」くらいだけど、それでもわたしが極力お近づきになりたくないな…と思うくらいには顔立ちが整っている。



おじいちゃんの背後に立つふたりの容姿と衣服は、まるであつらえたように対照的だった。




わたしから見て右側に立っているひとは、赤みを帯びた燃えるような金髪と金色の瞳を持っている。

ひと目みてよく鍛えられていると解る体躯たいくが発する荒々しさを、たれ目がちな目元と微笑みを浮かべている口元が和らげていた。

彼の瞳に浮かんでいる色にはこの事態を面白がっているふしが見え、軽いひとなのかな…と思う。

身にまとっているのは黒を基調とした動きやすそうな服で、背中の上に剣首と剣柄が見えている。



わたしから見て左側に立っているひとは、青みを帯びた氷のような銀髪と青灰色の瞳、銀縁の眼鏡をかけていた。

目じりが少しつり上がっているせいか、気難しいひとなのかもしれない…といった印象を受けた。

彼の総てを見透かそうとするような強い視線は、『わたし』個人ではないものを見ているように感じる。

隣の剣士さんと比べると身体の線はほっそりしているけど、背の高さは同じくらい。

白を基調としたゆったりとした服には銀糸の刺繍が施されていて、魔法使いというよりは神官のように見える。



(んー…、見た目だけの印象だと、『チャラ男』と『ツンツン』タイプって感じかなぁ?)


わたしが彼らの第一印象をそんな言葉で取りまとめた時、銀髪眼鏡のひとが口を開いた。



「――まさか、自分が『双黒』を宿している人間に出会える日が来るとは思ってもいませんでした。

エリオットの話を疑っていたわけではないのですが、こんなに目を奪われる『力』があるものだとは…」


おじいちゃんは彼の言葉を聞くと、高らかな笑い声をあげた。


「わしもリリアーナ姫に初めてお会いしたときには、お前と同じようなことを感じたものじゃ。

そのように驚くのもよくわかるが、まずは姫にご挨拶せい」


師弟揃って不調法で申し訳ないのぅ…と頭を下げるおじいちゃんを、わたしはあわてて止める。


「いえ、ご挨拶を忘れていたのはわたしも同じですから。

…わたしの名前は、ユウナ・カガミと申します。

兄のユウトがお世話になってます」


異世界の人にも聞き取れるようにはっきりとした発音で名を告げ、頭を下げた。

こちらの世界には「お辞儀」という作法は無いかもしれないけど、気持ちはきっと伝わるはず。


「悪い、俺も思わず見惚れちまってた。

まさかこんな…風が吹いたら飛ばされそうな、華奢きゃしゃ可憐かれんなタイプだとは思ってなくて。

あの・・ユートがかなり甘やかしてるっぽい妹なら、もっと…なんていうかこう、高飛車で我儘なタイプな子かと。

…よく見れば顔立ちや雰囲気がユートと似てるけど、生まれ持った色は兄と妹でも全然違うんだな」


金髪の剣士さんの明るい口調と爽やかな笑顔に、わたしは微苦笑を返した。


「わたしの祖国日本では、黒髪黒目があたりまえなんですが……兄は父方に似たようです。

父は外国人と日本人のハーフで、兄の茶色がかかった金の髪と瞳は、父方の祖父譲りなのだと聞いています。

肌の色はふたりとも父方に似て白いのですが、わたしの髪と瞳は母方の血ですね」


ちいさい頃はどうして自分の肌の色だけ他の子と違うのかわからなかった。

コンプレックスになりそうなくらい気にしたこともあったけど、今は逆にそれがありがたい。

この国のひとたちは白色人種系のようだし、彼らに紛れても違和感のない肌の色で良かった。


カツンという靴音が左から聞こえ、わたしは視線を銀髪眼鏡さんに向けた。


彼は一歩前に進み出ていた。

わたしの前で優雅に一礼すると、青灰色の瞳に甘やかな光を浮かべて言った。


「――夜空と星を宿した瞳、絹のように艶やかな黒髪。

シミひとつない真白ましろの肌のきめ細やかな美しさは、真珠の輝きにも勝る。

誰かをひと目見て心を奪われることなど、あり得ないと思っていました。

……今日、貴女と出会うまでは。

貴女のしなやかな肢体したいはかなげな風情を醸し出しているのは、心の奥底に誰にも言えない秘密があるから…そんな予感がします。

もし許されるならば、私の腕の中に貴女のすべてを閉じ込めてしまいたい。

その可愛らしい耳元に優しく愛を囁いて、真っ白な貴女を私の色に染めてしまいたい…」


「「「「…。」」」」


「……と、まぁこのように、女性を口説くときには相手を褒め称える言葉が必要なのですよ、ヴァルフラム。

よく覚えておきなさい」


突然話を振られた金髪の剣士さんは、驚いて目を丸くする。


「はぁ?

レイフォン、お前突然何を…」


「ユーナ姫に『見惚れていた』と、自分で言ったじゃありませんか。

おまけに自分の名前を名乗ることも忘れていましたし、これは本気だな…と思い、幼馴染のよしみでアドバイスをしてあげたんですが、私の勘違いでしたか?」


「…っ!」


「だいたいあなたはいつもツメが甘いんですよ。

それだから毎回『いつまでも良いお友達でいてね』と、遠回しに断られてしまうんです。

素材は悪くないのに、今まで女性とつきあったことがないだなんて、本当に信じがたい」


「俺はお前とは違うんだよ。

ひとつの恋が終わるまで、その相手に総てを捧げ尽くす。

見るたびに違う女を連れて歩いているような、不実な男には解らないだろうがな」


「…おや、それは嫉妬の裏返しですか?」


「何だと?」


「……。」



えーと、なんだかいい感じ(?)にお二人が盛り上がってきています。


エリオットが二人の間に入って仲裁しようとしてますが、「焼け石に水」というよりは「火に油」状態です。

寧ろ逆に燃えあがってますよ、ボーボーと。


わたしが単なる観客ギャラリーなら、脳内でBLネタを展開させて盛り上がれる場面なんだけど、お腹も減っていることだし、痴話喧嘩はさっさと終わらせて欲しい。


とりあえず、金髪剣士さんの名前が『ヴァルフラム』で、銀髪眼鏡さんの名前が『レイフォン』だってことが解りました。


…で、第一印象がチャラ男だったヴァルフラムさんは、実は「外見肉食系、本当は草食系」の『ベーコンアスパラガス男子』で、恋愛に興味無さそうなツンツン系に見えてたレイフォンさんが、「外見草食系、中身は肉食系」の『ロールキャベツ男子』だった…と。


わたしは彼らに関する脳内情報を上書き保存し、喧嘩を止めるためにも一石二鳥な言葉を投げかけた。




「――あのう、盛り上がっているところ申し訳ないんですけど…ちょっといいですか?

お忙しいところお時間を割いて来てくださった、ヴァルフラムさんとレイフォンさんには大変申し訳ないのですが、わたしにとって『美形は鬼門』なので、容姿が普通で人柄の良いひとのお家に泊めていただけるよう、計画の変更をお願いいたします」




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