026 食事はみんなで楽しくいただきましょう
何て勝手なことを言う子なんだ…と、呆れてしまうかもしれない。
わがままを言うなと、怒られるかもしれない。
お世話になるのはわたしなのだから、家主さんにケチをつけるようなことは言ってはいけない。
それはわかっているけど、でも、わたしが
わたしは心の中で決意を固めながら、異世界の人たちの反応を窺うかがう。
エリオットは困惑した表情で、わたしとおじいちゃんの顔を交互に見ている。
おじいちゃんと銀髪眼鏡のレイフォンさんは、興味深い生き物を見つけたような目でわたしを見ていた。
金髪剣士のヴァルフラムさんは、何か痛ましいものを見ているような…微妙な表情を浮かべている。
――気まずい沈黙の中、わたしのお腹の虫が盛大な音で鳴いた。
ぐぅ…きゅるるるるぅ……。
「…っ!」
わたしはとっさに自分のお腹を手で押さえた。
恥ずかしくて、顔が急激に熱を帯びてゆくのがわかる。
こんな静かな時に鳴ったら、誤魔化すこともできない。
数秒後、わたしを除く全員が大きな笑い声を上げた。
「…そ、そんなに笑うことないじゃないですか…」
赤く染まっている頬を両手で隠しながら抗議したけど、四人は笑うのを止めなかった。
ひとしきり笑ったあと、おじいちゃんは穏やかな声でわたしに提案した。
「――姫もお腹が空いているようですし、お話の続きは夕食を食べてからいたしましょう。
異界の
食事は感謝の心をもって楽しく頂くのが、わしらに命を分け与えてくれる食材と、美味しく作ってくれた料理人への礼儀じゃと思いますしのぅ。
今回、二つの世界を『通話』で繋いだことによって生じた時差は二時間と短く、加えてユートは城内に居おらぬことがわかっております。
難しい話は腹ごしらえした後でゆっくりと…」
おじいちゃんの言葉にヴァルフラムさんが言い添える。
「王都の南西の森に魔獣が出没するという報告は数ヶ月前から寄せられていたが、そいつらは夜行性で昼間は活動しないし、夜に森へ入らないように周知したところ被害はピタリと止まったから、これまでずっと後回しにされてきたんだ。
ユートは自分につきまとう女性たちを撒いてそいつらを狩ってくる…と、騎士団の連中に言付けを残して出かけたらしい。
たぶん今夜は戻ってこないだろう。
食事したあとでも、話をする余裕は充分にあるから大丈夫……ぷぷっ」
「…。」
むぅ、まだ笑うか。
わたしは無言のまま、手の仕草だけで彼に少し屈んでくれと頼んだ。
彼はすぐに応じてくれたけど、それでもまだ高い。
わたしは精一杯手を伸ばして、ヴァルフラムさんのほっぺたを両手で思いっきり引っ張った。
「もうっ、笑いすぎです」
彼の顔を見上げながらわたしが睨みつけると、
痛がる仕草や謝罪があればすぐに手を放すつもりだったのに、逆に大きな手で包みこまれるように押さえられる。
「…?」
あれ、痛くないのかな?
筋肉をたくさん鍛えると、ほっぺたをつねられたくらいじゃ痛く感じない…とか?
わたしが小首を傾げながら彼に問おうとしたとき、ヴァルフラムさんの頭部をレイフォンさんが分厚い本の角で殴った。
「――はい、そこまで」
彼の手がわたしの手から離れた…と思った次の瞬間、わたしはレイフォンさんに抱き抱えられていた。
まるでちいさな子供のように、片腕で軽々と支えられている。
「痛みで正気に戻ったでしょう?
早くその場所からどいて下さい。
「…いってぇ…っと思ったら、本かよ?
何も本で殴ることないだろうが!」
「あなたを素手で殴ったら、私の手が痛いじゃないですか」
レイフォンさんはしれっとそう言い返すと、そのままヴァルフラムさんに背を向けて本を棚に戻し、わたしをおじいちゃんのところまで運んだ。
「あの無礼者には私からも罰を下しておきましたから、先ほどのことはなかったことに…ね?」
彼はわたしを下ろしながらそう言って、爽やかな笑顔を浮かべた。
うわぁ…言動の切り替えがすごく早い。
ひょっとして、腹黒い人なのかな?
わたしは半ば感心しながらレイフォンさんを目で追った。
彼はエリオットに指示を出しながら、テキパキと食事の準備を整えてゆく。
まず大きなテーブルと五脚の椅子が現れた。
続いて、真っ白なテーブルクロスと花が生けられた花瓶が何もない空間から出現する。
「ユーナ、食器はどんな形状のものがいいですか?
カトラリーは一式すべて使います?
飲み物は必要ですか?」
エリオットの質問に、わたしは身振り手振りを交えて答えた。
「ええとね、お皿は少し深さのある…これくらいの大きさのものを。
大きめのスプーン一本で食べられるものだから、ナイフとフォークはいらない。
食事中の飲み物は、お水だけで大丈夫」
「お皿の色の希望はありますか?」
「んー…特にないけど、白が一番無難かなぁ」
「ユーナの希望に
どちらがお好みですか?」
「…じゃあ、船形のほうを」
エリオットは頷いて、人数分のお皿を用意してくれた。
わたしはまずご飯をお皿に盛りつけようとして……手を止める。
「――姫、何か?」
一人で先に席に着きスプーンを握って待っているおじいちゃんが、動きを止めたわたしに声をかけてきた。
おじいちゃんの「早く食べたい!」という気持ちが分かる様子に苦笑しながら、わたしは正直に答える。
「食事が四人分しかないことに、今、気がついたんです。
どうしましょう…?
一人分を少しづつ減らして、五人で分けてもいいですか?」
わたしがそう言うと、おじいちゃんは眉を八の字にして哀しそうな表情を浮かべた。
「…ああ、それならば、私とヴァルフラムの分は少なくて良いですよ。
一人前を半分づつに分けて下さい。
私たちは夕食を済ませてありますから、少量で大丈夫です」
レイフォンさんの言葉に、おじいちゃんの表情が明るく輝く。
「なんじゃ、それならばレイフォンとヴァルフラムの分はいらんのぅ。
わしが二人前食べるから問題な…」
「――お師匠さま?」
おじいちゃんの言葉は、レイフォンさんの冷ややかな声で遮られた。
その声にはえも言われぬ迫力が込められている。
「私の尊敬するお師匠さまは、弟子の取り分を横取りするような方ではなかった筈なのですが…?」
「…ひ、姫が手づから作ってくれた異界の料理じゃし、わしとエリオットはまだ夕食を食べてないのじゃから、譲ってくれてもよいじゃろう?
だいたいそなたたち三人はユートと野外訓練に出かけるたびに、いろいろと美味しい食べものを作ってもらっているそうではないか」
だからここは譲れと主張するおじいちゃんを、レイフォンさんは一笑した。
「…お師匠さま、『ソレはソレ』、『コレはコレ』です。
私たちだって、このような香りのする食べ物はまだ食べたことがないのです。
興味を惹かれ、食べてみたいと思うのは当然のことでしょう?」
「…うぅっ」
「お師匠さまがそこまでおっしゃるのなら、私とヴァルフラムは涙を呑んで諦めても良いのですよ?
私たちの『恨み』を生涯背負う覚悟がおありになるのなら……ですが。
食べ物の恨みは恐ろしいですからねぇ?」
にこにこ、にっこり。
レイフォンさんは冷ややかな笑顔を浮かべて、おじいちゃんを威圧している。
わたしはそんな二人を眺めながら「レイフォンさんとおじいちゃんの師弟漫才は寒々しいなぁ」という感想を抱いていた。
その後、泣く泣く白旗を揚げたおじいちゃんを慰めながら、わたしはご飯とカレーを三人分と半人前ふたつに分けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。