022 未来のリスクと身の安全を天秤にかけて考えてみました
エリオットとおじいちゃんは、がっくりと肩を落としながら互いに顔を見合わせた。
「――ユーナ姫という抑止力を欠き、仲裁をしてもらうこともできぬなら、治療士を抜きにした編成を考えねばならぬのぅ」
「そうですね。
治療士が一人も居ないとなると相当厳しい戦いになるでしょうが、ユートが女性を毛嫌いしている以上、火竜討伐隊に女性が加わっているだけで不和の元になりそうですし」
二人が深刻そうに相談をしているのを聞いて、わたしは首を傾げた。
「治療士って、怪我や病気を治す人のことですよね?
男性の治療士はいないのですか?」
わたしの素朴の疑問に、二人は丁寧に答えてくれた。
薬を作り出す『薬師』としての能力に男女差はないけれど、『治癒』の術の効力を比べると二倍近くの差が出てしまうものらしい。
七聖王国が「神職に就いている女性の術が一番効力があった」という調査結果を公表したことをきっかけに、治療士は慈愛と奉仕の心を兼ね備えた女性が就く職だという認識が世界中に広がったという。
(「白衣の天使 = 女性」みたいに、女性の専門職だという扱いが定着してるんだな)
わたしはさっきおじいちゃんが言った『仲裁』の意味について訊いてみた。
「わたしに仲裁して欲しかったのは、その治療士の女性と兄を…という意味でしょうか?
いくら兄が三次元の女性が嫌いでも、女性全てを敵視するほど酷くはないはずなんですが」
「「さんじげん?」」
「あ、ごめんなさい。
生身の肉体を持ち現実に存在している女性…という意味です」
わたしは言葉の意味を慌てて補足する。
二人は軽く頷いたあとで事情を説明してくれた。
「総ては僕の過ちが発端でした。
いくら治療士が慈悲と奉仕の心を兼ね備えているとはえ、命を賭す任務に同行してくれる人はそうそう見つからないと思い、冒険者ギルドを通じて広く参加者を募ってしまったんです。
応募して来てくれた人を面接し、実力と協調性のある方を選ぶ予定だったのですが、それを口実にユートの傍に近寄ろうとする女性が次から次へとやってくるため、本当に治療士として参加するためにやって来た方なのかどうか、一人一人を見極めることが困難な状況になってしまって…」
「貴族たちが娘をユートの元に送り始めたのと同じ時期だったのが、更に事態の悪化を招いたのじゃ。
ユートの寝所に忍び込む者だけでなく、浴室に乱入する者、怪しげな媚薬や香で篭絡しようとする者までが次々と現れては、ユートでなくとも女性不信になるじゃろうなぁ…。
いやはや、世に名が知られるようになってから、たった数日でこの有様じゃ。
この先どんな事件が起こるか、末恐ろしいのぅ」
おじいちゃんの乾いた笑い声が酷く寒々しく聞こえた。
なんともコメントし辛い話に、わたしはできるだけ当たり障りのない言葉を選んで口にする。
「エリオットの国の女の人たちって、すごく積極的なんだね」
肉食系女子に集団で襲われてる兄の身の上を思うと、気が遠くなる。
兄が自分の意志に反して喰われちゃうとは思いませんけどね!
(だってチートだし)
兄が
そのリスクと自分の身の安全を天秤にかけたら、答えはすぐに出た。
本当はとっても嫌だけど、これは未来の自分への先行投資だと思って頑張るしかない。
わたしはそう決意し、言葉にして伝えた。
「――エリオットと兄に同行して火竜討伐に力を貸して下さる方々を、治療士無しで戦いに赴かせることはできません。
微力ながら『治療士の選定』、お手伝いさせていただきます」
わたしは二人と念入りに相談して、いろんなことを取り決めた。
その一、兄には
(兄がわたしの身の安全を最優先にして血迷うことがないように、絶対必要な措置)
その二、兄の魔力が『通話』を阻害する主な原因だった…という嘘の事情説明をし、エリオットとおじいちゃんがわたしの身の安全を確認したことを伝える。
(兄がわたしを心配するあまり、暴走しないようにするため)
その三、わたしはおじいちゃんの遠い親戚で、弟子入りのために田舎からやって来たという設定にする。
(異世界の常識を知らない点を不審に思われないよう、山奥の僻地で育ったという生い立ちで誤魔化す)
その四、わたしの正体は本当に信頼のおける仲間にのみ話し、正体がバレないよう協力してもらう。
(エリオットの兄弟子の魔導士さんと、エリオットの二番目のお姉さんの義弟で剣士さんの二人)
その五、わたしの外見の『色』は魔術で変える。
(髪の毛と瞳の色が両方黒いというのは、
その六、わたしは兄に見つからないように注意しながら治療士の選定に力を貸し、兄の操縦法のアドバイス等も適宜を行う。
(遠距離からの観察・会話を聞き取れるような魔道具マジックアイテムを使って慎重に!)
おじいちゃんの研究室と居室がある王宮は、不特定多数の貴族が出入りしている上に、兄も王城の騎士団の訓練場に頻繁に顔を出しているらしいので、わたしにとっては危険地帯。
エリオットのお家には、兄が居るから論外。
……というわけで、わたしの下宿先は、エリオットの兄弟子の魔導士さんのお家か、エリオットのもう一人のお姉さんの嫁ぎ先のお家に決まった。
エリオットの二番目のお姉さん(マリアンヌさん)は現在妊娠中で、ご本人は臨月を控えて実家に戻っているけれど、嫁ぎ先のご家族はみんないい人ばかりで、お姉さんの義理の弟さんも火竜退治に参加してくれる程の優れた剣の使い手なんだとか。
実際に兄弟子さんと義弟さんの二人に会い、それぞれのお家を見たあとで、好きなほうに決めて良い…ということになった。
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