021  想像力は危険回避のために必須のスキルです



おじいちゃんの言葉を聞いて、わたしの頭の中は一瞬真っ白になった。


戦力にならないわたしの来訪を望む理由があるとしたら、それは……。


「わたしの兄が、そちらで何か問題を起しているのでしょうか?」


「「…。」」


恐る恐る二人に尋ねたら、沈黙が返ってきた。


どんより沈黙されると怖いんですけど…。

兄は異世界あちらで何をやらかしているんだろう?



――その後エリオットが教えてくれた『兄が異世界で過ごした七日間』の話を聞いて、わたしは軽い眩暈めまいを覚えた。


出かける間際になってわたしを残して異世界へ行くことを渋っていた兄は、あちらの世界に落っこちた後にすぐこちらへ帰ろうとしたのだそうだ。


異なる世界と行き来をする『界渡り』の術式の発動は、本来とても厳しく規制されているものらしい。


総ての魔法使いの頂点に立つ『七聖王国』の王様から許可を得ているのはエリオットだけなので、他の魔導士に送り返してもらうことはできないし、送り返す『座標』を特定できないから無理だ…という事情をおじいちゃんから聞かされた兄は、自分のあとに異世界セーレン・ティーアへ戻ってきたエリオットに一度自分の世界へ戻してほしいと頼んだ。


『界渡り』は異世界あちらの満月の夜、月が中天に輝く時間にのみ可能な術式だということを教えられ、それならばTVを通じてわたしと話ができるようにして欲しいと願った兄のために、エリオットは『通話』の術を発動させたけれど、何故かこちらの世界にいるわたしと連絡がとれなかった。


『通話』は月が出ている間だけ叶う術式のため、エリオットは夜明けまで徹夜で何度も試みたらしい。

(兄が無言のプレッシャーをかけるので、エリオットは半泣きだった…と、おじいちゃんが教えてくれた)


兄は二日間昼夜逆転の生活をしてエリオットがわたしと連絡をとれる瞬間を待ち、三日目から火竜との戦いに備えて訓練を開始した。


そして今、溜まった鬱憤をすべて実践の訓練…すなわち国内の魔獣退治に向けている…という話だった。



「――その鬼神もかくやという戦いぶりは、火竜を討伐する前から既に『勇者』と呼び称えらるほどなんじゃが…ちぃと困ったことになっておっての」


おじいちゃんのため息まじりの言葉をエリオットが引き継ぐ。


「ユーナ、僕の国が『血筋よりも実力を尊ぶ』気質がある…と、以前お話したことを覚えていますか?」


「うん、覚えてるけど…?」


「ソレは、伴侶を選ぶ際も同じなんです」


「…?」


はんりょってなんだっけ?

ええと…ああ…結婚相手を意味する言葉か。


わたしがぼーっとしているのを見て、エリオットが心配そうな表情を浮かべた。


「ユーナ、大丈夫ですか?

ちゃんと、話についてこれていますか?」


「うん、だいじょうぶ…だと思う。

今の話が、さっき言ってたハーレム話と繋がるの?」


「はい、そうなんです。

ユートが類稀たぐいまれなる力と見目麗しい外見をもつ若者であるという情報が国内に瞬く間に広がり、あっという間に…」


虚ろな目になって視線を逸らしたエリオットの代わりに、おじいちゃんが続きを話してくれた。


「我々の世界の成人年齢は十六。

ユートは十七歳、こちらでは立派な成人男子として扱われておる。

嫁ぎ先がきまっていない娘がいる貴族どもが、こぞって王宮に娘を送り込んできているのじゃ…」


おじいちゃんはそこで言葉を切った。



「ひょっとして、その女性たちに兄が何か…問題となるようなことをしたと?」


わたしから問いかけると、エリオットが即座に否定した。


「いえ、ユートは自分にまとわりつく女性たちに手を出したり、暴力をふるうことは一切していません。

ですが…その…彼の拒絶の言葉が余りにも酷いと憤慨ふんがいするご令嬢が多く、その方々のお身内や友人たちが続々とユートに決闘を申し込んできているんです」


「…。」


わたしは「ああ、やっぱり」と心の中で呟いた。

同時に、異世界でも兄が『女嫌い』で通しているという話に落胆する。


せっかく一人で異世界へ行ったんだから、羽目を外して据え膳を食いまくっちゃえばいいのに。


「――傷ついた女性たちの名誉と体面を回復させるために決闘を挑んでくる者たちに対しても、ユートは全戦全勝しているのですが、それが更に新たな挑戦者を呼び込む事態になっていて、僕たちも対処に困っているんです」


「…。」


エリオットの国の人たちは脳筋タイプが多いのかな…なんて失礼なことを考えつつ、わたしは二人に訊いた。


「わたしが異世界そちらへ行くことと、今のお話は何の関係があるのでしょうか?

申し訳ないのですがその件に関して、わたしが兄の言動をいさめることはできません」


わたしが原因で『女嫌い』になっている兄に、気楽に女遊びしてきなよ…なんて、冗談でも言えない。


あ、別に遊びじゃなくてもいいのか。

兄があちらに永住したくなるほど、外見も中身も素敵な女性がいれば…。



「ユーナ姫がこちらに来れば、ユートも心配事が無くなり、落ち着きを取り戻すことじゃろう。

それにこんなに可愛らしい妹姫がユートの傍に居れば、大抵の女子おなごは自らを恥じ入って、自分を売り込もうなどという夢は抱くまい」


「…虫よけ…というか、兄の『女難避け』にわたしを?」


「そうじゃそうじゃ、その通り。

姫は察しとノリも良くて、ええのぅ」


おじいちゃんは高らかに笑ってわたしを見た。

エリオットも期待に目を輝かせてわたしを見つめている。


わたしは力なく笑ってから頭を振った。


「――わたしが傍にいたら、兄はわたしのことを最優先にします。

いつでも、どこでも、何があっても……それは変わりません。

兄に振られて逆恨みするようなご令嬢とその取り巻きの方々…そして腕試しの挑戦にやってくる方々に、わたしが兄の『弱点』であることが知られ、彼らに狙われるようなことがあれば、火竜討伐どころの話じゃなくなりますよ。

兄は自分が攻撃されたときよりも、『家族』が攻撃されたときに、より苛烈な報復行動に出ますから」


さすがに一族郎党皆殺し…なんてことまではしないと思いますけどね、とわたしが付け足したときには、既に二人の顔色は真っ青になっていた。



うんうん、想像力って大事だよね。


想像力は危険回避のために必須のスキルです。




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