020 異世界からの招待
「――ふむ、今の話が本当なら、確かに妹姫の関与は無かったようじゃな。
だとすれば、ユートとエリオットの『想い』の強さが、この異常な時間差を引き起こしたということになるが……まぁ、その話は後にしよう」
その声とともに現れた人物は、わたしが『魔法使い』と聞いてイメージする姿が具現化したような、とても優しそうなおじいちゃんだった。
腰まで届く長い髪と髭は銀色で、深緑色のゆったりとしたローブによく映えている。
柔和な顔立ちに刻まれた深い皺は微笑みを形作り、銀色の丸眼鏡の奥には綺麗な
彼は
「貴女あなたを試すような質問をして、誠に申し訳ない。
エリオットは貴女に理由を明かさず、答えだけ聞き出すような真似は嫌だと言ったんじゃが、わしが無理を通した。
森羅万象を解き明かしたがるあまり、礼節をおろそかにしてしまう……魔導士の悪い癖じゃ。
姫はこの
大きく腕を広げた後、両手を胸の前であわせ、祈るような体勢でわたしを見つめる。
おじいちゃんのその芝居がかった動作と茶目っ気たっぷりな口調が可笑しくて、わたしはくすくすと笑いだした。
「怒ったりしていませんから、どうぞお気にならずに。
…あとできちんと事情を説明して下さるのでしょう?」
「おお、それはもちろんじゃ」
おじいちゃんは大仰に頷く。
「それでしたら、構いません。
あともう一つ、教えていただきたいことがあるのですが…」
「…ん?
なんじゃね?」
「わたしの名前は…
エリオットの師匠である貴方のお名前を教えていただけますか?」
「おお、これはまた失礼をした。
そうじゃな、人付き合いにはまずはじめましての挨拶と自己紹介が必要じゃったの。
わしの名は、グレアム。
辺境国の魔導士と魔術士の育成に尽力せよ…という七聖王国からの命を受け、この国の王宮筆頭魔導士を務めておるが、しかしてその実態は、仕事をさぼって自分の研究に没頭し…いつも弟子に怒られておる、ちょいと不真面目な隠居爺じゃよ」
おじいちゃんは自分の頭を軽く叩き、笑いながらそう言った。
語尾に『てへ☆』…と、付いていてもおかしくない軽い口調に、エリオットの表情が引きつる。
「お師さま、またご自分のことをそのように…。
ユーナ、お師さまの言葉を真に受けないで下さいね。
グレアム師といえば、七聖王国でも指折りの魔導士で、『学院』の長を務めていたこともある、とても優秀な…」
「エリオット、それは昔の話じゃよ」
「でも…」
何か言いかけたエリオットを手を上げる仕草で黙らせ、穏やかな声で言い添える。
「それに、姫には『七聖王国』や『学院』と言っても、よくわからんじゃろう。
自分が知っていること、あたりまえだと思っていることが、他人にはそうでないことも多い。
ましてや姫は異世界のお人、我々の世界の常識を押し付けるように教えるのは感心せぬな」
「…申し訳ありません」
エリオットはまずわたしに、そしておじいちゃんに向けて深々と頭を下げて謝罪した。
「別にたいしたことじゃないし、全然気にしてないから。
そんな風に謝らないで」
「そうじゃそうじゃ、姫の言うとおりじゃ。
真面目なのはお前の長所であり、同時に欠点でもある。
詫びた相手に気遣われるような『堅苦しさ』は、逆に迷惑をかけることになるじゃろう。
たまにはわしの不真面目さを見習って、こう、もう少しゆる~く…生きてみると楽しいと思うぞ」
「それはまた別のお話ですよね?
だいたいお師さまは、ご自分のお立場というものを…」
わたしの言葉尻に乗って発言した後「俺いいこと言った!」みたいなドヤ顔をしたおじいちゃんに、エリオットが真顔でツッコミを入れて説教モードに突入している。
「…。」
この師弟漫才を見てると、なんか
わたしは二人を生ぬるく見守っているうちに、そろそろタイマーが鳴る時間だということに気がついた。
わたしが立ち上がったのを見て、エリオットが声をかけてくる。
「――ユーナ?
どちらへ行かれるのですか?」
「ちょっと台所に行こうかな…と。
お鍋を火にかけているから」
わたしはTV画面に映っている二人にちいさく手を振って台所へと移動し、タイマーを止めた後でカレーの最後の仕上げにとりかかった。
カレールゥが溶け残らないようによく混ぜる必要があるけど、乱暴にやるとジャガイモが煮崩れてしまう。
それを防ぐためにカレールゥを包丁で薄く刻み、溶けやすくしてからお鍋の中に入れる。
ルゥを溶かし終えたら、隠し味のトマトケチャップとウスターソースを入れ、カレー粉を少量づつ味見をしながら追加してゆく。
最後に辛みを足すためのカイエンペッパー、コクを出すためのバターを少量入れて、丁寧に混ぜれば出来上がり。
「おお、姫は料理も嗜たしなまれるのじゃな。
兄上と美しさの系統は違えど、これほど容姿端麗で才色兼備の妹姫を故郷に一人残して来ているのだから、ユートがあれほど心配するのも致し方ない…か」
「…。」
今、聞かなかったことにしたい何かが聞こえた気がする。
本当は「おじいちゃんわたしのこと褒めすぎ。何事もやりすぎると逆効果だよ? …というか、さっきからどうしてからわたしのことを『姫』と呼ぶんですか?」って、ツッコミを入れたかったけど、ここは全部聞き流そう。
社交辞令を軽くスルーすることも必要だよね。
うん、きっとそう。
わたしは自分に言い聞かせながら、出来上がったカレーを味見した。
…よし、美味しくできた!
わたしは火を止め、お鍋に蓋をしてから居間へと戻った。
「お待たせしました」
そう声をかけてTV画面の向こうの二人の顔を見た瞬間、何やら不穏な気配を感じた。
なんだろう、悪い予感がする。
今すぐコンセントからTVのプラグを抜いて、無理矢理会話を終わらせたほうがいい…?
わたしが退避行動に出る前に、おじいちゃんが口を開いた。
「――ユーナ姫、無理を承知で貴女に頼みがあるのじゃ。
どうか我々の世界…セーレン・ティーアにお越しくださるよう、お願い申し上げる」
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