019  普通の妹はハーレム状態の兄を見てどう思うものですか?



「……。」


わたしは質問の内容よりも、エリオットの苦しげな表情が気にかかり、即答できなかった。


兄が異世界あちらで女のひとに囲まれてハーレム状態になっている…なんて話は、正直どうでもいい。

ハーレムそんなのは想定の範囲内だし、むしろそのお姉さまたちに熱い応援エールを送りたいくらいだ。


まさかとは思うけど、一応確認しておこう。


「――エリオットは、優人がたくさんの女の人たちに口説かれている姿を見て嫌だと思ったの?」


「ぼ、僕がどんな風に感じていようと、ユートは気にも留めません」


あ、今、すごく狼狽うろたえた。

やっぱり怪しい…かも?


「わたしはエリオットがどう思っているのかを知りたいんだけどな」


エリオットの挙動を見逃すまいと、わたしは上目遣いでじぃぃぃっと彼を見つめる。

彼はよろめくようにして数歩後ろに下がった。


「そ、そんな風に見つめないでください」


「なんでダメなの?」


「それは…その……ええと…」


「じゃあ、エリオットがわたしの質問に答えてくれたら止める」


助け舟を出すような台詞だけど、わたしの要求は最初から変わっていないところがポイント。


今回は逃げ道を用意してあげません。

さあさあ、さっさと白状したまえ、エリオット君!


わたしがとびっきりの笑顔で駄目押しすると、彼はためらいがちに答えた。


「――正直、ものすごく怖いです」


「…?」


怖いって…何が怖いんだろう?


「僕、男の人を好きになったのは初めてで、自分でも戸惑っているんです」とか、「ユートにまとわりついている女性たちに嫉妬して、胸が張り裂けそうなんです」…なんてゆうBLボーイズラブ展開な答えが返ってきたらどうしよう! …と思っていたけど、そうじゃなかったらしい。


難しい同性間恋愛の相談じゃなかったことに安堵しつつ、ちょっぴり残念な気持ちにもなった。


わたしが「怖い」という言葉の意味を訊く前に、エリオットが口を開く。


「僕が先に答えたのですから、ユーナも答えてくれますよね?」


彼から先に質問されたのに、答える前に質問を返してしまった後だったから、わたしは素直に頷いて回答した。


「――別に『どうでもいい』ってのが本音かなぁ」


「どうでもいいって…」


「優人がモテるのは今に始まったことじゃないし。

本人が周囲に女の人をはべらすことを楽しんでいるなら、好きにすればいいと思う」


わたしがそう答えると、エリオットは目を丸くして驚いた。


「…ずいぶん、あっさりしてるんですね」


「そう?

優人には自分の幸せを一番に考えて欲しいって、昔から願っているの。

本人がしたいと思っていることなら、犯罪行為じゃない限り反対はしないよ。

…おかしいかな?」


身内に甘いのは血筋なのかもしれない。

わたしの家は、家族全員がお互いのことをとても大切にしているから。


おばあちゃんが実は異世界人だった…ということを抜きにしても、わたしは自分の家や家族が『普通』だと言い切る自信がない。


公立の学校だったら周囲まわりのお友達の家と比べることができたんだろうけど、わたしは幼稚舎からお嬢様学校に通っているため、身近に比較対照できる知りあいがいなかった。

(血筋、家柄、財力、そして人柄の良いお嬢様たちに『普通』の基準を求めても無意味だし)


エリオットはまっすぐにわたしの顔を見ている。

わたしの中の何かを見定めようとしているのか、彼の顔には何の表情も浮かんでいない。


いつもはあんなに表情豊かなエリオットが無表情になるほどおかしな回答をしたんだろうか?

わたしは不安になって訊いてみた。


「『普通』の妹は、お兄ちゃんがハーレムを作っていたら……止めようとするものなの? 」


「…え?

いえ、それは…どうなんでしょう?

僕にもよくわかりません」


エリオットはそう答えると、大きく息を吐いた。

人形のような硬い表情がみるみるうちに和らいでゆく。



彼はわたしから視線を外し、正面ではなく斜め左を見ながら言葉を発する。


「――お師さま、ユーナの答えを貴方も聴いていらっしゃいましたね?

彼女は嘘を言っていない、真実だけを語った…と、精霊たちが教えてくれました。

僕は…ユーナの『想い』が二つの世界の時間差に影響を与えたとは思えません」




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