013  もちろんわたしはお留守番ですよ



わたしがそう言うと、兄よりも早くエリオットが反応した。


「――え?

ユート、ユーナの言ったことは本当ですか?」


エリオットは目を輝かせて兄を見上げている。


例えるなら、飼い主が散歩用の綱リードを手にしたのを見た仔犬だろうか。

わたしの心の目には、短いしっぽをぶんぶん振り回して大喜びしているちびわんこエリオットが映っている。



「エリオットに『指輪』のことを訊く前から、ほとんど決めてたんでしょ?」


わたしのダメ押しの台詞に、兄は深いため息をついてから答えた。


「婆さまの剣をそのまま返却できていたら、まったく気にせずに追い返したけどな。

剣がフライパンになってしまっている上に、俺が死ぬまで継承権を譲渡できないし、残りの指輪も行方不明になっていると聞いたら、手伝わないわけにはいかないだろう?」


もちろん、かえって足手まといになる可能性もあるが……とつけ加えて、兄はエリオットの表情を窺う。


「腕輪ひとつで、後は協力してくれる奴らがいれば、楽に倒せる見通しがあるのか?」


「…いいえ。

凶暴化した竜の討伐難易度は、火竜が一番高く、次いで風竜、水竜、地竜…と続くのですが、今回倒さなくてはいけないのは、十五年前と同じ火竜なんです」


エリオットの説明によると、火竜は活火山を好む性質があるため、火山が多数あるエリオットの国では比較的多く生息しているという。


豊かな自然に恵まれた王国には他にも人間を襲う生き物がいるため、貴族には『自分自身と領民を守る』力が必須であり、そのための力を身につけているものの、竜の戦闘力は絶大で簡単には倒せない…という話を聞いて、わたしはポンっと兄の肩を叩いた。


「いってらっしゃい。

荷物は準備万端整えておいたから」


「…。」


「ちょうど明日からGWだし、とりあえず九日間の猶予があるよ。

あ、異世界あっちでは四分の一なんだっけ…。

優人なら、仮に出席日数が足りなくて留年になっても、飛び級を認めてもらえるだろうし、それがダメでも大検を取ればいいんだから、全然心配ないよね。

安心して行って来なよ」


あはははは、とわたしが明るく笑うと、兄はわたしが整えた荷物を一瞥して首を傾げた。


「どうして俺の分だけなんだ?」


「…え?

だってわたしは行かないから」


あっさりとわたしが答えると、兄の無駄に整った顔が崩れた。

エリオットも驚いたのか、目を丸くしたあとで必死に言い募った。


「ユーナは来てくれないんですか?

ユーナはリリアーナ様によく似ているし、二人そろって異世界セーレン・ティーアに来てくれたら、父も喜びます。

僕、ここの座標を身体で覚えましたから、ちゃんとこちらの世界へ戻すことができますよ?」


「んー、エリオットの気持ちは嬉しいし、異世界に興味もあるけど、気楽に観光している状況じゃないところに、戦力にならないわたしが行くわけにはいかないと思う」


「「…。」」


「竜退治だけが問題だったら行ってたかもしれないけど、エリオットのお姉さんの話を聞いたらちょっと……かなりやばそうな気がするし」


わたしは真面目な顔を作って(ここで説得できないと連行されちゃいそうだから!)話を続けた。


「仮定というか想像の話だけど…お姉さんの家族がどこかで生き延びているとするじゃない?

ってことは、襲撃をした人たちも、まだ、探している…殺すまで安心できない筈だよね。

でも、見つかっていない。

三年経っても自力で見つけられない…居場所が分からないからこそ、敵さんたちが裏工作をしたりして、前例に反した竜退治の命令がエリオットの家に出たんじゃないかなぁ?」


「……まさか」


青ざめたエリオットの顔をみて、わたしは頷く。


「お姉さんは、実家に『腕輪』しか無いのを知っているんでしょう?

今、竜退治の任務に就けるのが、自分の弟しかいないってことも。

そして、倒さなくてはいけないのは、討伐難易度が一番高い火竜。

自分たちの身の安全だけを守って隠れていたら、弟であるエリオットが死んでしまうかもしれない」


「…僕が、おとりにされている…と?」


「うん、その可能性があるってだけの話だけど。

厄介な竜退治を押しつけることができて、更に、探している標的が表に出てくるかもしれない…なんて、敵さんたちからしたら一石二鳥じゃない?」


兄は既に変顔からフツーの表情に戻っている。

たぶん、わたしのこの考えぐらいは、とっくに思いついていたんだろうな。


「お姉さんが『指輪』を持って逃げていたら、エリオットに渡したいって思っているかもしれない。

でも、『呪い』みたいな現象が起きるから、他人に頼んで届けてもらうことはできない。

そうしたら、自分で届けるか……エリオットの苦難を見てみぬフリをするしかない」


お姉さんと旦那さんに、精神的な揺さぶりがかけられているんじゃないかなぁ…と、わたしは話をまとめた。


エリオットは思いつめた表情でぎゅっと唇を噛みしめている。


「あと、わたしがおばあちゃん…そっちの世界での英雄であるリリアーナと似ている容姿ってことも、問題があると思うの」


「「…?」」


二人は不意を衝かれたような表情でわたしを見た。


「年齢が違うから、本人おばあちゃんと間違えられはしないだろうけど、血縁だってことを見ただけで分かるくらい似てるんだったら、敵さんにとっては狙いやすい人質候補じゃない?」


「…確かにそうだな」


兄はあっさりとわたしの考えを肯定した。


「でしょ?

わたしは優人と違ってチート…なんでも人並み以上に上手にこなす能力も素質もないから。

そっちに移動しただけで、いきなり特殊能力が目覚めます! …とか、漫画や小説みたいな展開でもないかぎり、確実に足をひっぱる存在になるよ?」



そんなんだから行かない。


わたしがそう伝えると、二人はしぶしぶ承諾してくれた。




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