011 指輪の行方
エリオットは兄の質問に力なく頭を振って答えた。
「…指輪の行方は、魔宝石からも辿れないんです。
何度も試してみたのですが」
「違う世界に在った剣のところには来れたのに、指輪の在り処が解らないということは…『消えた』可能性があるということか?」
「いいえ、その可能性はまったくありません。
前代の指輪の継承者は、僕の祖母であり、リリアーナ様の母上でした。
継承者不在による消滅が起きるまでには、まだ時間の猶予があります」
表情を曇らせながら話しているエリオットを、兄は真剣な眼差しで見つめている。
なんだか空気重いなぁ。
長い話になりそうだし、ここはコクのある飲み物のほうが良いかも。
注ぎ口のついているミルクパンを火にかけて水を沸騰させ、中火で二分間
火を弱めてちいさい気泡が鍋のふちに浮き出てくるタイミングで火を止め、ティーカップに茶漉しをセットしてミルクティーを注いでゆく。
お鍋を使うと洗い物が少なくて済むし、冷めにくい。
ロイヤルミルクティという名前の上品さとは裏腹に、気軽に淹れられるところもお気に入り。
わたしはお盆にシュガーポットとティーカップを乗せて居間へ運んだ。
「お茶淹れたよ~。
二人とも突っ立ってないで、座って座って。
あ、お砂糖は入れてないから、お好みでどうぞ」
わたしと兄はミルクティのときはお砂糖を入れない主義だ。
牛乳のほんのりした甘みで十分美味しいからね。
エリオットは甘党らしく、お砂糖を二杯入れていた。
「…で、どこまで話は進んだの?」
全員が紅茶を口にした後でわたしが話を切り出すと、兄はエリオットの表情を窺いながら話を始めた。
「指輪の継承者だったエリオットの祖母は、姉のアデリシアの家で何者かによって殺害され、発見された遺体には指輪が無かったそうだ。
…姉の家族も全員行方不明になっているらしい」
殺害…という言葉に、わたしの身体が一瞬だけ揺らいだ。
防御力を上げる指輪アイテムを持っていたエリオットのおばあちゃんは、わたしのひいおばあちゃんにあたるひとだ。
指輪の力で防御力を上げていても敵わない相手だったんだろうか?
それとも、何か別の理由があるの?
「お姉さんたちが行方不明になっているのは、夜逃げや駆け落ちみたいな…自発的行動?
それとも、拉致された上にどこかに監禁されているとか?」
エリオットに尋ねると、彼は眉毛を八の字にしてしょんぼりとうなだれた。
「それも、わからないんです。
シア姉さまの新しい家族が住んでいた屋敷は酷く荒らされていて、祖母のものではない血痕も多数見つかりました。
複数の侵入者が居たことは確かなのですが、誰が何のために襲ったのか…予測はできても、犯人の逮捕に繋がる証拠がなくて」
「予測ができる…ってことは、心当たりはあるの?」
「はい。
義理の兄は姉と結婚する前は、王位継承権を持っていたんです。
兄のご生母様の身分が低かったこともあり、義兄にとって王城での暮らしは窮屈で煩わしいことばかりだったそうです。
我が家に婿入りする際、王位継承権を放棄していたのですが…」
エリオットの歯切れの悪い説明に、兄が言葉を足す。
「現在王位についている女王の養子が三年半前病気で亡くなり、次代の王の選定を進められていた。
女王と血が繋がっている兄弟の中で、女王に一番
わたしは頭の中で人間関係図を描きながら質問する。
「…んー、でも、女王のお気に入りの弟さんとはいえ、王位継承権を放棄して結婚したんでしょ?」
「はい、
ですが、義兄上とシア姉さまの息子には、継承権があるんです」
弟の息子…ってことは、女王にとっては甥かぁ。
「女王の異母弟である義兄上の息子を後継に押す声には反発もあるのですが、我が国は血筋に重きを置かず、実力と資質を尊ぶ気性が強いんです。
『はじまりの魔法使い』の七人の弟子たち…後に七聖と讃えられた王が創った国の魔導士には、血で継承する特殊な魔術回路があるため、建国から現在に至るまで血統を尊び、優秀な魔導士を多く輩出していますが、七聖王国以外の国では我が国と同じように、血ではなく実力が重視されています。
剣豪として世界に名を馳せた義兄上の子であり、才知に優れ神童と名高い甥を次代の王に望む声のほうが、反対する声よりも多くて…」
継承権を放棄して他家に婿入りしちゃった人が、自分の息子を王様にしたがるとは思えないけどな……なんて考えつつ、わたしは別のことを訊いた。
「ちなみに、その子って何歳なの?」
「三年前、行方不明になったときは五歳でした。
どこかで生き延びてくれているのなら、八歳になっています」
「五歳で神童だと評判になったなんて……すごい子なんだね」
エリオットの話に相槌を打ちながら、わたしは納得した。
父親が有名な剣士で、現在の女王様のお気に入り。
その息子が天才で賢王の素質あり…と判断されたのなら、その子を将来の王にするからという名目で、何かと使える弟を王家に呼び戻せるし、女王にとっては一石二鳥って訳か。
「――エリオットの姉の一家が襲撃されたのは、女王が次期王位継承者を公表すると告知した直後だったというから、ソレ絡みの事件だということは、まず間違いないだろうな」
兄の言葉にエリオットは頷いた。
「はい、僕の父も、女王陛下もユートと同じ意見でした。
ですが、犯人を特定する証拠が何も見つからず、疑わしい容疑者が全員高位貴族とあっては、強引な捜査もできなくて…。
密かに姉の一家が隠れ住んでいそうな場所を探したり、親しい友人のところに匿ってもらっていないか尋ねて回ったのですが、三年経った今でも姉と
「そっか…それは心配だね」
「はい。
きっと全員生きているのだと信じていますが、人目を忍び素性を隠して生活する苦労を考えると、幼い甥のことが…アリオンのことが心配で心配で…」
「…っ!」
突然、兄がちいさなうめき声を上げた。
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