010  神剣の継承者



兄が朝食を作ってくれたから、食器の後片付けはわたしが率先して始めた。

フライパンと三人分のお皿とスープカップ、それに急須と湯呑み三つだけだったから、すぐに終わる。


おばあちゃんのフライパンだけは丁寧にふきんで拭いて、テーブルの上に置く。

どうせ居間に運ぶなら、お盆代わりに使おうっと。


さっきは日本茶だったから、食後のお茶は紅茶かコーヒーがいいよね。

どっちにしようかな…。


わたしが食器棚の前で迷っているうちに肘が棚にぶつかり、その衝撃でコルク製のコースターが棚から落ちた。

まるい形のコースターは、ころころと転がってテーブルの下に入り込む。


「あー、もうっ」


自業自得とはいえ、ぶつけた肘が痛い。

心の中でぶちぶち文句を言いながらしゃがんでテーブルの下に手を伸ばした瞬間、グラリと世界が揺れた。


…あ、地震。


「優奈、危ない!」


わたしがのん気に構えていると、兄の鋭い声が飛んできた。

地震っていっても、今のは震度四くらいだから、そんなに心配することないのに。


兄は昔から過保護で心配性だった。


わたし自身がその『原因』になった記憶と痛みをほとんど覚えてないんだから、もう忘れてもいい頃だと思うんだけどな…。


わたしはそんなことを考えながら、居間に座っている兄を見た。



「――優人、どうしてフライパン持ってるの?」


自分の声がいつもより上ずっていることがわかる。


そのフライパンは、わたしが台所のテーブルの上に置いた。

お盆の代わりにするために。


居間で座っている兄が手にしているはずがないのに…、兄の手にはフライパンがある。



台所のテーブルから居間の…ちゃぶ台までの距離は、五メートルぐらい離れている。

震度四程度の地震で、その距離をフライパンが飛んでいった……なんてことはないよね。


「今の地震で…フライパンがお前の頭の上に落ちそうになってたから、とっさに手を伸ばしたらコレが手の中にあったんだ」


わたしが兄を疑わしげに見ていると、エリオットが言った。


「僕も見てました。

ユートが声をあげた後、フライパンがユートの手の中に現れたんです」


「なんかのネタじゃなくて? ホントにホント?」


わたしの念押しの確認に、二人はこくりと頷く。


目撃者二人を前にして、わたしは提案してみた。


「じゃあさ、再現可能な現象なのか、一度きりの奇跡だったのか、確かめてみない?」




数十回にわたる実験の結果、兄が気合を入れて引き寄せたいと願った時にのみ、フライパンが手元に出現することがわかった。

距離も物理的な障害物も関係なく、瞬時に現れる。


エリオットがフライパンに術をかけ、あらゆる干渉から防いだ状態にして試すと、引き寄せることはできなかった。

魔術を破れるほどの力ではないらしい。


フライパン以外のものを引き寄せることができるのか試してみたけど、そっちは全然ダメだった。



「これは…決まりだよね?」


「そうですね、ユートが継承者ということで、間違いないと思います」


わたしとエリオットが和やかに最終結論を出している横で、兄は眉目を曇らせている。


「ユート? どうしました?

実験のしすぎで疲れてしまいましたか?」


エリオットは仔犬のようなつぶらな瞳で兄を見上げている。


おおっと、この攻撃にはさすがの兄もメロメロかぁ?


「…いや、疲れているわけじゃない」


「本当に?」


「ああ」


「そうですか、よかった」


エリオットは輝くような笑顔で兄に笑いかけた。

本当に心から喜んでいることがわかったのか、兄の厳しい表情も緩む。


フライパンを持っていない左手で、エリオットの頭を撫でる。



兄は珍しく逡巡したあとで、おもむろに口を開いた。


「――もうひとつの神器…防御力を上げる指輪の在り処はわかっているのか?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る