009  フライパンは装備アイテムではありません



重苦しい沈黙の中、兄が口を開いた。


「フライパンは……装備できるモノじゃないよな?」


「そうですね」


「そうだよね」


「「「…。」」」



また、誰もしゃべらなくなった。

柱時計の音が、カチ、カチ、カチ…と規則正しく時を刻んでゆく。



「そのフライパン、いつもは床の間に飾ってあって、父が毎日のように手入れをしてたんだよ」


わたしは床の間を指で指し示しながらエリオットに説明した。


「父さんがいないときを狙って、母さんは料理に使ってたけどな」


兄の爆弾発言に、わたしとエリオットは同時に声をあげた。


「「…えぇ?」」


「何でも、熱の伝導率がすごくいいらしい。

銅のフライパン以上に扱いやすいから…って、卵料理のときによく使ってた」


「ってことは、お母さんが継承者なの?

たしかに、おばあちゃんの娘だから、血は繋がってるけど」


「いや、どうだろうな。

俺もチャーハンを作るときなんかに、たびたび使ってたし」


「「…。」」


わたしとエリオットの非難の視線に、兄はきまり悪そうな表情でつけ加えた。


「テフロン加工のフライパンみたいに、焦げつかないから便利だったんだよ」


「ふーん?

普通のフライパンとしても、使い勝手がいいんだね、ソレ」


「ユーナはフライパンとして使ったことはないのですか?」


エリオットの質問にわたしはこくりと頷いた。


「うん、ウチで料理をよく作るのは、お母さんと優人だけだし。

お父さんとわたしは、レシピの材料が全て揃っていないとやる気にならないタイプなの。

ありあわせの材料でちゃちゃっと作れる、熟練した主婦スキルがなくて」


でも、お菓子ならたまに作ってるんだよ…と、補足しておいた。


「お菓子作りは材料をすべて揃え、きっちり分量を量って、レシピ通りに作らないと失敗するからな。

俺と母さんは、逆にそっちのほうが苦手なんだ」


材料が足りないのに適当に作って、美味しい料理を作るほうが難易度高いのに、母と兄の言い分はわたしにはぜんぜん理解できない。



「――ということは、ユートか…お母上のどちらかが、『神剣』を継承している可能性があるんですね」


「そうだな。

触っている頻度で言えば、父さんが一番多いけど…婆さまとは血が繋がっていないから」


兄はため息混じりに頷くと、フライパンをちゃぶ台の上に置いた。


「フライパンの状態だと、誰にでも使えるようになっている…という可能性もあるだろう?

いろいろ試してみたらどうだ?」


エリオットは兄に勧められるまま、恐る恐るフライパンに手を伸ばした。

持ち手を握ったり、素振りをしたり、目玉焼きをいくつか焼いていたけど、何も起こらなかったようで、がっくりと肩を落として座り込んでいる。


何故に体育座りなのかツッコミを入れたい気持ちを抑えながらフォローに回る。


「『攻撃力が上がった!』みたいな感覚はしなかったの?」


「いいえ、全然」


「…そっか、残念だったね」


「腕輪のときは、なんというか、こう、馴染む感覚があったんです。

昔から身につけていたもので、僕の腕にあるのが当然だというような感じが」


「ふぅん?

その感覚は、このフライパンのときは感じなかったんだ?」


「はい、全然」


「そっか。

…お母さんはお父さんと一緒に旅行に行っていて、来週まで帰ってこないし…って、あれ?」


「どうした、優奈?」


「どうしました、ユーナ?」


台所で何かを作っている兄とエリオットは、声をそろえてわたしに問いかけた。


「さっき、『血継神器リヴェラートは一度装備すると、死ぬまで外せない』って言ってたよね?」


「はい、言いましたけど…?」


エリオットは小首を傾げながら頷く。


「じゃあ、それが『剣』の場合は?

剣が鞘から抜けないだけじゃなくて、継承者が帯剣していない時に起こる、特別な現象とか…あるんじゃないの?」


エリオットはわたしの言葉を聞いて目を見開いた。


「継承者は血継神器リヴェラートを肌身離さず持ち歩くものなので、そのことを失念していました。

……盗まれた剣がすぐに継承者の元に戻ってきた、という逸話があります」


「戻ってきたって…盗難届けでも出して、発見されたの?」


「そうではなく、盗みに関わった者全てが奇病を発症して倒れ、病の原因を究明している途中、血継神器リヴェラートを隠し持っていることが発覚したんです。

剣が継承者の手元に戻った途端に盗賊たちの病が完治したことから、『呪い』に似た何かを神器が発していたという見解が公式に発表されました。

この事件がきっかけで、血継神器リヴェラートは部外者にとっては、使用できないばかりか、盗みに手を貸した者すべてに呪いが降りかかる…と全世界に知れ渡り、盗難にあうこともなくなったそうです」


「…へぇ」


人のモノを盗むのほうが悪いとはいえ、容赦ないなぁ。




カタン、カタン、カタン。

兄がちゃぶ台の上にお皿を並べてゆく。


皿の中身を見ると、ご飯の上にハンバーグ、その上に目玉焼きをのせたロコモコ丼だった。

太めに刻まれたレタスとプチトマト、ポテトサラダもそえられている。

昨晩作られた玉葱と人参のコンソメスープも出てきた。


さっきエリオットが焼いていた目玉焼きを流用したんだろうな。

さすが兄、無駄がない。


「――空腹では、妙案も浮かばないだろう。

朝食を食べてから、またゆっくり考えればいい」


わたしたちは三人でご飯を食べながら、食文化の違いについての話題で盛り上がった。

異世界あちらには、ステーキはあっても、ハンバーグは無いらしい。


エリオットはハンバーグがとても気に入ったらしく、ハンバーグの中にチーズを入れたり、トマトソースと煮込んだりするものもあるよ…とわたしが教えてあげると、兄から詳しい調理法を聞いて丁寧にメモをとっていた。





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