008  異世界とは時間の流れが違うようです



「叔母と甥って……ええと、さっきの話だと、エリオットは十四歳なんだよね?」


「ええ、そうです。

ユーナの一つ上で、ユートより三つ年下ですよ」


にっこり笑顔で答えるエリオットに、兄が訊いた。


「――こちらの世界とお前の世界の時の流れの違いは?」


「僕の師匠の持説によると、時間差は常に一定ではないようなのですが、先ほどユートから聞いた話から計算したところ、四倍の差がありました」


「「…。」」


「リリアーナ様が、もし、僕たちの世界…『セーレン・ティーア』に留まっていたとしたら、現在の御歳は三十五歳です。

僕たちの世界の十五年が、こちらでは六十年になっているとは、想像もしていませんでした。

叔母上がご健勝であれば、神剣と共にご帰還いただき、ご助力を願いたかったのですが…」


本当に残念です…と肩を落とすエリオットに、兄が優しい口調で語りかけた。


「たぶん、婆さまもあの世で残念がっていると思うぞ。

あの人は喧嘩とか厄介ごとを、力づくで解決するのが大好きだったからな」


「あー…確かに」


わたしもこくりと頷く。


亡くなった今でもその筋の人たちに『姐さん』と呼ばれ、彼らがおばあちゃんの月命日に欠かさず墓参しているのは、いろんな伝説級の大立ち回りがあったからだと言う話だし…。


「そうですね。

父から聞いていたリリアーナ様の話も、勇ましい逸話ばかりでした。

そもそも、単騎で竜に挑んで勝ったこと自体が、信じられない武勇ですし。

普通は親族の中から協力者を募り、複数人で竜と戦うものなんですが…叔母上が突出して強すぎたので、供を選ばずに『神剣』だけ継承し、一人で火竜討伐の旅に出たのだと聞いています」


……おばあちゃん、そんなに強かったんだ。


おじいちゃんは別に武術の達人ってわけでもなかったのに、どうやっておばあちゃんを口説き落としたんだろう?


わたしが祖父母のロマンスに思いを馳せている間も、男同士の話は続いていた。



「複数人で竜討伐の任務に就く場合、一人で全部装備せずに分けて身につけるものなのか?」


「ええ。

うちの一族の場合は、剣士に剣、魔導士に腕輪、治療士に指輪…という配分が一番多いですね」


「他の一族は違うのか?

…というか、他の一族のものを借りることはできないものなのか?」


「基本的に『一つの家に、一個の神器』…というのが、普通なんです。

その場合は、当主か次期当主が神器を継承していることが多いですね。

僕の一族に三種の血継神器リヴェラートが伝わっているということは、ご先祖様が『はじまりの魔法使い』と特別に親しい間柄だったのではないか…と想像はできるのですが、その件に関しては文献も伝承も残っていないので、詳しい話はわかりません」


エリオットは一拍おいて話を続けた。


血継神器リヴェラートは、『』『継承ヴェ』『神の器具ラート』という古語が並んだ言葉で、そのまま名称として使われています。

その名の通り、ソレを授けられた人の血族にしか使えない…引き継げないものですから、貸し借りができるものではないんです」


「…ふうん?

どうしてそんな使用制限をつけたんだろうな」


「盗難防止用だったんじゃないかとか、いろんな推論がありますが…そもそも『はじまりの魔法使い』という人物自体が謎に包まれているので、誰にも本当の答えがわからないままなんです」


研究対象としてはとても魅力的な人物なのですけどね…と、エリオットは話を締めくくった。

兄は興味津々といった表情で新たな質問を重ねる。


「ちなみに、家が絶えた時とか…受け継げる者がいなくなった場合はどうなるんだ?」


「その場合は、『消える』そうですよ」


「消えて無くなってしまう、ということか?」


「はい。

非常に珍しいケースなので、記録に残されているのは一件だけですが、十年間継承者が現れなかった神器は、多数の人の目前で消失してしまったそうです」


「十年…か。

長いのか短いのか、微妙なところだな」



あれ?

ということは、つまり…。


「ねえ、盛り上がっているところ悪いけど、ちょっといい?」


「「?」」


わたしが口を挟むと、二人は無言のまま話をうながした。


「――その『継承者』って、どうやって決まるの?」


「ああ、それは簡単です。

そもそも資格のない者には、使えない…装備できないので。

装備できた者が自動的に継承者になります。

剣ならば、継承者でなければ鞘から抜くことができません。

腕輪や指輪は、腕や指に通すことができないそうです。

一度装備すると死ぬまで外せなくなることから、気軽に試してみる…という訳にはいかないんですが。

ほとんどの家では、継承者が亡くなった時点で次の継承者を選びます。

ウチの一族は有事に備えて継承者を選ばないまま、期限ギリギリまで保管するのが慣わしです」


死ぬまで外れないなんて、ちょっと怖いですよね…と、エリオットは笑って言い添えた。


「…装備、か」


わたしの声は、自分でもびっくりするほど暗く重かった。


「どうした、優奈」


「どうしましたか、ユーナ」


わたしは二人の怪訝そうな顔を見ながら、自分の疑問を順序立てて話し始めた。


「ええとね…まず、おばあちゃんが亡くなったのって、わたしが三歳になる前だったから、今から十年以上前のことだよね?」


「「…あ」」


わたしの疑問がわかったのか、二人は同時に声をもらした。


「そう。

前の持ち主であるおばあちゃんが死んでから十年経っているのに、このフライパンが消えていないってことは、誰が継承したのかなぁ…? と思って」




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