第11話 白ロリさん(わたし)は邂逅した
その痕跡は、まだつけられて間もないものであった。人数は大勢ではなく一人である。
足跡は、わたしの家の方向に向かっているわけではない。無視して家に引き返すことも出来る。予期せぬ鉢合わせを避けるなら、それが最善だろう。
だが、ここはわたしの狩場だ。今後のためにも、その足跡の正体を確かめたいと思った。
『よし、
『わかりました、お嬢様』
わたしは念話でセリアにそう告げた。
追跡は、ただ単純に足跡の形状を視認するだけではない。草や落ち葉の曲がり方や土のかかり方、動物であれば体毛や糞など、その生き物のありとあらゆる痕跡を読み取るのである。
幸い、弓のスキルマスターで『観察Ⅰ』を利用でき、かなりの精度で痕跡を確認、推測することが出来た。
『たぶん狩人、だね…』
わたしは、矢を射る時特有の、足を踏ん張った痕跡を確認した。
矢を射ったと思われる方向に、獲物を仕留めたと思われる痕跡は無い。代わりにシカが急いで逃げた跡が見られる。すぐそばの木に矢じりが刺さった痕跡。もちろんわたしが付けたものではない。
『あまり、上手じゃないかな』
矢の外し方や、二射した痕跡が無いことから、わたしはそう結論付けた。少なくともわたしより熟練とは思えない。
『お嬢様と比べたら酷ですよ』
『わたしもまだ狩人歴二か月だよ?』
『普通の人はスキルマスター持ってませんから。お嬢様が二か月で習得できてしまうことを、他の人は熟練者に師事して、何年もかかって覚えるんです』
そうなのか、と聞き流しつつ、追跡を続ける。
『もしお嬢様が、今後人里に出て、他の人達と交わって活動するつもりなら、気をつけた方が良いですよ』
『気をつけるって何を?』
『他の人との違いです。いらぬ誤解や軋轢を生みますから』
『ああ』
セリアが言わんとすることは分からないでもないが、石膏像のような外見していてそれを今更気にしてもなあ、と思わないではない。
わたしは道すがら、赤く着色された木の杭が何本も立っている場所を通過した。
明らかに何かの目印なのだろうが、とりあえずそのままにして追跡を続ける。
『他の人との違いに気をつけるといっても…スキルマスターと魔力量以外にあるの?』
『普通の人は、はじまりの部屋を持ちません』
『そうなんだ』
『強いて言えば、母親の胎内がはじまりの部屋になりますけど、死んだらその魂は地脈に還ります。言い換えれば、お嬢様のように生き返ることはありません』
なんとなく、そんな気はしていた。わたしは人は生き返らないことを知っていた。でも本能的に「一回目のわたし」は死ぬことを選んだのだ。実はわたし「は」生き返ることを知っていたのではないか。
『セリアちゃん、わたしは知らないことを知っている――えと、学んだり体験したりした覚えがないことをたくさん知っているんだけど、それはやっぱり普通の人とは違うの?』
『違いますね。普通の人は生まれた時は何も知らない真っ白な状態です。それから学んだり体験したことだけを知識として習得しますね』
『……』
わたしはセリアのその回答から、言葉以上の多くのことを推測した。セリアは「わたしは知らないことを知っている」という問いに対して「生まれた時は」という表現を使ったのだ。
わたしは「知らないことを知っている」原因として、過去に学習や体験をした上でいわゆる記憶喪失状態になっているのを推測したが、そうではないと。生まれた時からこの状態だとセリアは言ったのだ。
そして、普通の人は母親の胎内がはじまりの部屋に相当するとも言った。だから、恐らくわたしは、はじまりの部屋で目を覚ましたのが「生まれた」ということなのだろう。もしそうならば、わたしは知識だけでなく、肉体も一五、六歳に見える少女の姿で「生まれた」ということになる。
『わたしは記憶喪失なの?』
『お嬢様は記憶喪失ではないですよ』
『わたしはどうして今の姿のままで生まれたの?』
『それは、禁則事項です』
『……』
セリアは違うことは明確に違うと答えてくれる。だからわたしが「今の姿のままで生まれた」という推測は正しいということなのだろう。
「一回目」のわたしが最初で、それ以前は無い。わたしは今の姿のままで生まれ、最初から年齢相応の色々なことを知っていた。
天井の殴り書きの字を読んで理解できたし、最初に出た部屋が倉庫というものであることを把握できたし、盗賊の男たちがわたしを押さえつけて何をしようとしていたか予測できていたし、はじめて月のモノが来ても落ち着いて対処できた。
ただ、分からないのは、セリアに初めて会った日、わたしがここで生まれたというのが完全には正しくないと言われたことだ。
――「わたしはここで生まれたのじゃないの?」「一部正しいですが、一部は正しくありません」
あれは一体どういうことなのだろう。
――「お嬢様はこの
セリアはわたしにそう言った。
わたしは一体何者なのだろうか。いくら考えても答えは出ないが、そのうち真実を知る日が来るのであろうか。
考えながら追跡を続けていると、突然森が開け、わたしは思わず声を出してしまった。
「あれは…」
目の前に広がっているのは田園風景。そして、ぽつりぽつりと民家がある。足跡はそちらへ続いていった。
「お嬢様、人里ですよ」
「うん…」
人里との遭遇。いつかこの日が来るだろうとは予感していたが、正直わたしにはまだ心の準備が出来ていなかった。
たしかに以前は必死で人里を探していたが、それは差し迫った生命の危機があったからであって、餓死や凍死するよりはマシという心境からである。
いまや凍死する心配は無く、食料も自前で比較的安定して調達できる状況である。
だから、今は不安や恐怖の方が勝っていた。
そこに住んでいる人たちが、自分にとって安全かどうか確信が持てないのだ。
例えば家を占拠していた盗賊たちのように、住人はわたしを慰みものにしようとするかもしれない。
あるいは、アルビノ特有の奇異な外観を恐れ、わたしを魔物や悪魔扱いし、殺そうとするかもしれない。
そういったことがなくとも、わたしの家の場所を突きとめられ、強盗に入られるかもしれない。
ネガティブ過ぎると思われるかもしれないが、なにせ、わたしが会ったことのある人間は例の盗賊たちしか居ないのだ。
もともと有している知識で、そういう人たちばかりではないと理解してはいるが、やはり実体験の印象の方が勝ってしまう。
だからそういう不安を抱いたとしても至極当然なのだ。
もちろん、今の生活では入手できないものもたくさんあるわけで、きっとそれらはここにあるだろう。
だが、リスクを冒してまで入手したいものではなかった。
「戻るよ」
「いいんですか、お嬢様?」
セリアは、以前わたしが村や街の場所を知りたがっていたのを気にかけてくれたのだろう。
「大丈夫、場所はもう分かったからね、とりあえず今日はいいや」
「了解です、お嬢様」
そうして、その日は家に戻ることにした。
そして翌日、わたしはいつもの巡回経路で、足跡の主と思われる人物を発見した。
「『
わたしはその姿を遠方に認めると、隠密技能を利用して素早く身を隠し、念のため音の発生を抑える風魔法と、周囲の景色に溶け込んで視認を困難にする光・闇の複合魔法を使った。
これで相手に見つかることはほとんど無い。
近づいて来たのは意外にもわたしと同じぐらいの年齢、十五、六歳ぐらいの少年だった。もっともわたし自身の年齢は「外観上それぐらいに見える」というだけであり、全く正しい保証はない。
少年は、軽装ではあるが体全体が隠れる服を着て、弓を手に持ち、背中に荷物を入れた袋と矢筒を背負っている。典型的な狩人の服装だ。フードを被っているのと俯いているため顔は良く見えない。
獲物の足跡を追っているのだろうか、頻繁に地面を見ながらザクザクと落ち葉を踏み鳴らしながら歩を進めている。
少年は、ゆっくりとわたしの方に近づいて来て、五mぐらいの至近距離を通過した後、わたしから離れていく。
『気付かれなかったようですね』
『そりゃあそうよ』
この隠密・消音・偽装のコンボはイノシシやシカにすら気付かれないのである。「狩りの日」の時は更に『
少年は背を向けてゆっくりと立ち去っていく。
(今なら殺せるなあ)
わたしは一瞬そう思ったが、実行には移さなかった。
彼は普通に狩りをしているだけで、別に悪いことをしている訳ではない。
そして、わたしは自分の足跡の痕跡を魔法で消しているので、気付かれることは無いだろう。
ただ、彼がわたしの狩場で活動しているのは好ましくないと思った。縄張り意識というか、何と言うか、自分の庭を荒らされている気分だ。
いずれ何とかしたいと思った。
そして更に翌日、ついに事件は起きた。
わたしはその日もいつものワンピースにサンダル姿であったが、今日は週に一度の狩りの日であったため、なめし革で作った胸当てをつけ、木の板二枚に布を巻きつけたものを背中にロープで括りつけて森に入った。
「『
わたしはまず、下草が多い場所でも難なく通過できるようにする魔法と、通過した後に足跡を偽装する魔法をかける。どちらも風と土の複合魔法だ。
「『
そして、追加で発見を困難にする三つの魔法を被せる。消音と消臭は風魔法で、偽装は光と闇の複合魔法である。
これで準備完了。一m進むたびに魔力八消費と言う馬鹿げた使い方だが、それだけに効果は抜群だ。相手が野生動物であろうとまず発見されることは無い。
わたしは森に踏み込み、普段の順路から少し散策範囲を広げて進んでいく。
ほどなく、わたしは一頭のシカを見つけた。もちろんシカはわたしに気付いていない。
(今日はこの子にします。美味しいご馳走になってね)
わたしは心の中でそう呟いた。
獲物を定めたら、後はもう二択である。こちらに近づいて来るならば、隠密スキルでやり過ごしてから背後を取り、遠ざかるなら背後から近づく。どちらであってもシカの背後から射かけることができる。
背後から射かける時は、必ず首の中心を狙う。そうすれば、矢が上下にずれたとしても、脳、延髄、肩関節のいずれかに命中し、どこに当たってもシカは歩行不能になる。
万一矢が左右にずれた場合は仕方がないが、背後からの一射に即反応して逃げるシカはまずいない。まず立ち止まって「何事?」というように警戒態勢を取る。そこにもう一射出来る。
一射目の結果を見て補正して二射目で外すことはまずない。
今回は近づいて来たので通過するのを待ち、二〇mぐらいの距離で背後から射かけた。外しようがない距離だ。首の真ん中に命中し、その場にシカは崩れ落ちる。
「百発百中ですね!」
「まあ至近距離だからねー」
まだ魔法が使えなかった時は、まずこの距離に近づく事自体が至難であった。実際、魔法を覚えてから狩りの成功率は一〇〇パーセントである。魔法凄い。素晴らしい。
わたしはロープと木の板を体から外すと、シカの後ろ足をロープで結び、高木の枝を利用して吊るした。頭側が下になる逆さづりの状態である。そして、その真下に『
準備が出来たら、血を抜く前にまずシカ全体を魔法で丁寧に『
そして、前足と前足の間の心臓に近い部分の胸のあたりにナイフで切り込みを入れ、血を抜く。
ここまでやれば、血が抜けるまで少し時間が出来る。
わたしは周囲を警戒し、問題が無ければしゃがみこんで小休止しようとしたが、そこでやれやれと大きなため息をついた。
「なんでこのタイミングで来ちゃうかなあ…」
わたしの視線の先には、昨日見かけたのと同じ服装の狩人の少年が立っていた。フードの奥から短い赤毛と茶色の瞳がのぞく。
そして、わたしと少年の視線が合い、少年が震えながら呟く。
「え、
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