第10話 白ロリさん(わたし)は堕落した

「『着火ティンダー』『着火』『着火』『着火』『着火』『着火』『着火』『着火』『着火』さらに『着火』!」

「なんかもう滅茶苦茶ですね」

「いいじゃない、別に。『着火』『着火』『着火』『着火』『着火』!」


 魔力は個人差があるが、一般的な成人の平均は一〇前後である。いくら初歩的な生活魔法と言えど、一〇回も使ったら疲労困憊で倒れてしまう。

 しかしわたしは常識外れの魔力を持っているため、その制約は無い。時間の許す限り『着火』をかけまくった。

 最初は一回の『着火』発動に五秒ぐらいかかっていたが、流石に数百回もかけていると慣れてくる。最終的には発動が三秒ぐらいまで短縮されていた。


「習得したよー!」

「はやっ!――早すぎですよお嬢様」


 わたしは規定回数に達し、指輪が消えた左手を自慢げにセリアに見せた。所要時間は一時間半ぐらいだろうか。これで炎のランクゼロ魔法はいつでも使うことが出来る。


「次は水いくよ!」


 再度『送還』をかけ、今度は蒼宝石アクアマリンの指輪、弓、サンダルを持って外に出る。

 水の生活魔法の代表は何と言っても『水作成クリエイトウォーター』だ。魔力一と引き換えに一日に必要な二リットルの水を作成することが出来る。他にも『冷却クールダウン』『冷凍フリーズ』『洗浄ウォッシュ』などがある。

 かくして。


「『洗浄ウォッシュ』『洗浄』『洗浄』『洗浄』『洗浄』『洗浄』『洗浄』『洗浄』『洗浄』さらに『洗浄』!」


 水は四五分ぐらいで習得出来た。発動は二秒ぐらいまで早まっていた。

 次は風である。


「お嬢様、まさか一日で全部習得する気じゃ…」

「もちろん、そのつもりよ!」


 わたしは自信満々に翠宝石エメラルドの指輪を手にした。

 風は『噴射スプレー』『消音サイレンス』『轟音フォルティッシモ』『静電気ザップ』『地獄耳ヒアリング』などがある。そして三〇分程度で習得が完了した。

 既に魔力三〇〇〇を消費している。常人にはとても真似できない所業だ。


「『掘削ディグ』『掘削』『掘削』『掘削』『掘削』『掘削』『掘削』『掘削』『掘削』さらに『掘削』!」


 土の習得にはわずか二〇分、魔法発動は一秒にまで短縮されていた。


「『閃光フラッシュ』『閃光』『閃光』『閃光』『閃光』『閃光』『閃光』『閃光』『閃光』さらに『閃光』!」

「『影文字プリント』『影文字』『影文字』『影文字』『影文字』『影文字』『影文字』『影文字』『影文字』さらに『影文字』!」

 

 そしてわたしは残った光と闇を合わせて三〇分で消化した。

 セリアは呆れて頭を抱えている。


「まさか本当に半日で全部習得するとは…」

「すごい、すごい?――褒めて褒めて!」


 わたしは両手に三つずつ指輪をはめた手を見せながら言った。完全習得したため、六つのスキルマスターの指輪はいつでも装着することが可能であるし、指輪が無くとも六属性のランクゼロ魔法を自由に使うことが出来る。


「褒めてるんじゃなくて、呆れてるんです!」

「いいじゃない別にー」


 セリアの説明によると、生活魔法は誰でも習得できるとはいえ、複数属性を習得している人は稀だという事だ。

 まあ確かに一般人であれば使用回数が極めて限られるので、そんなに多くの種類を覚えても仕方が無いし、本人の得意不得意もある。それに必要なら複数人で分業すればよいのだ。

 だからわたしのように、生活魔法を複数組み合わせて同時に使うとか言う発想をするものは居なかった。


「『洗髪シャンプー』!」


 わたしは水魔法の『洗浄ウォッシュ』、炎魔法の『乾燥ドライ』、光魔法の『光沢グリッター』、風魔法の『芳香パフューム』の四つを組み合わせた魔法を唱えた。いくら便利とはいえ、これで魔力四消費、ざっくり言えばデスクワークぶっ続け八時間相当の精神負荷である。

 洗髪の手間を惜しむために八時間労働分疲労していたら本末転倒である。だからこんな贅沢な魔法の使い方をするものは通常居ない。だがわたしに限っては例外である。


 そしてわたしの馬鹿げた魔力タンクを笠に着た自堕落生活が始まるのだった。





 生活魔法は素晴らしい。考えた人は天才だと思う。わたしの生活は劇的に改善した――堕落したともいう。


 まず、わたしは二階の個室のベッドで寝るようになった。

 今までは、一階のリビングで毛皮の敷物の上で寝ていたのだが、それは二階の個室でかつて盗賊たちが生活しており、その部屋の中が想像を絶するぐらい不潔だったからである。

 だから必要最低限のものだけ部屋から取り出して、後は放置していたのだが、わたしはまずここを掃除した。掃除したといっても、もちろん魔法である。

 まず適当な木箱を地下倉庫から持ってきて『耐火レジストファイア』をかけ、その中に散らかったゴミや不要なモノをどんどん放り込んでいき、『着火ティンダー』して燃やした。煙は『換気ベンチレート』で消すから問題ない。

 『噴射スプレー』で埃や汚れを吹き飛ばし、『洗浄ウォッシュ』で水拭きし、『乾燥ドライ』させ、シミや黒ずみは『漂白ブリーチ』し、染みついた臭いは『消臭デオドライズ』し、『光沢グリッター』で磨いた。

 かくして、わたしの一〇〇以上の魔力と引き換えに、二階の各個室はホテルの客間のように見違えるようになったのだ。


 一階のリビングは毛皮を敷いているとはいえ板間の上であり、ふかふかの清潔なベッドとどちらが良いかは言うまでもない。わたしは今までよりもぐっすりと眠れるようになった。


 朝起きると、今までは外に出て井戸で水を汲み、浴室に運んで顔を洗い、簡単に体を拭いていたが、今は『洗浄ウォッシュ』『乾燥ドライ』であっという間に終りである。

 次に、今までであれば暖炉の火を維持するために薪をくべたが、今はもう暖炉に火は入れていない。暖は自分に『防寒ウォームス』を掛ければ良い話であり、火種は『着火ティンダー』すれば良いのだから。


 その次は朝食だ。小麦粉を捏ねるなど一部の工程はまだ魔法での代用が難しいが、切る、皮をむく、水を用意する、茹でる、蒸す、焼く、かき混ぜるなどは魔法で代用できるし、その気になれば簡単な味付け(香りつけ)も出来る。

 その上、『冷凍フリーズ』『解凍デフロスト』で食料を長期保存できるようになったのは大きい。狩りで獲ったイノシシやシカの肉は、直近で食べられる分量以外は干し肉に加工していたが、今は冷凍保存しており、いつでもステーキが食べられる。

 もちろん、使用済みの食器や調理器具の後片付けも『洗浄ウォッシュ』『乾燥ドライ』で一瞬で終わりである。


 その後、以前であれば洗濯や薪割りをしていたのだが、洗濯は魔法で代用できるし、暖炉も今は使っていないから薪割りも不要である。

 外に出る時の服装も、以前は防寒用のコートやその他シャツ等を着こんでいたが、今は例のワンピースのみである。流石に下着代わりの布は着けている。


 家に戻ってくれば入浴で汗を流す。以前であれば、外の井戸で多量の水を汲み、浴室に運んで、薪をくべ、時間をかけて沸かす必要があった。

 非常に手間がかかっていたので数日間に一回しか行っていなかったが、今や魔法で毎日入浴を行っている。

 『水作成クリエイトウォーター』の魔力消費は一につき水二リットルだ。基本は緊急時に飲料用の水を確保するためのものである。

 入浴のための水をこれで確保するには魔力が五〇とか一〇〇とかの単位で必要であり、それを沸かすとなれば更にその倍はかかる。馬鹿げているし、まずそういう発想が出てこない。


 こんな生活ばかりしていたら、発想自体もどんどん自堕落になってしまう。

 ある朝、わたしは二階のベッドで目覚めた。そして上体を起こして一言つぶやく。


「おしっこ」

「お嬢様、朝起きて最初の言葉がそれですか…」


 セリアが「スリープモード」を解除して姿を現し、話しかけてきた。


「…行きたくない」

「はやく行ってください!」


 わたしは再度毛布の中に潜り込んだが、避けられぬ生理現象の信号は早くトイレに行くことを促している。これはゆゆしき事態だ。決壊そして破滅の時は近い。


「わたしは大ピンチなの。悪い毛布お化けに捕まってベッドから逃げることが出来ないの。白馬の王子様が助けに来てくれないかなあ」

「それもう王子じゃなくて介護執事ですよね。おしっこのために白馬で駆けつける王子様とかいませんから」


 むう、と毛布から頭だけ出して口を尖らす。だって、トイレは一階にあるのだ。遠いし面倒くさいじゃないか。


「お手洗いは魔法で済ますのは無理かー」

「堕落してますね。そこまでいったら、もう人間やめてますよ、動物と同じですよ!」

「セリアちゃん酷い!――動物って…わたしがイノシシやシカと同じだって言うの?」

「動物じゃ無ければ百歩譲ってダメ人間です!」


 酷い言われようだ。便利なものを最大限活用して何がいけないというのだ。


「小さい方だけなら…」

「いやいやいや、やめましょうよ、お嬢様、ホントに」

「ちぇー」


 王子様が来そうにもないので、お姫様(わたし)は自力で毛布お化けから脱出しましたとさ。

 とりあえず『防寒ウォームス』をかけ、立ち上がると、ワンピースに若干しみが出来ているのに気付き、わたしは顔をしかめる。


「『洗浄ウォッシュ』『乾燥ドライ』おまけに『消臭デオドライズ』」

 

 わたしはワンピースだけでなく、その奥にある当て布ごと、魔法をかけた。個人的にこれはセーフだと思うし、セリアも何も言わない。


 この世界ほしの女性達は次代の生命を宿すための肉体の準備のために、定期的に魔力が大幅に減少する時期がある。この際に魔力は血として体外に多量に排出されるため、皆その物理的な処理に苦慮しているのである。

 本来こういうものこそ生活魔法で処理出来れば良いのだが、魔力が大幅に減少して体調が不良である際に、更に魔力を消費しようとする者はなかなか居ないわけで、布を当てる等の原始的な手段に頼るしかない。

 高価な魔法薬ポーションを用いれば「月のモノ」自体を無くすことも可能だが、実際にそうした手段を採っているのは高級娼婦や女性騎士等、職業上必要があり、しかも安定した収入がある極めて限られた一部の女性だけである。


 閑話休題。


 ともあれ、わたしは以前であれば生活のために割いていた時間が魔法で代用できるようになったため、余剰時間がたくさんできてしまった。

 わたしはその時間を、弓の訓練と森の巡回に充てることにしていた。


 わたしは一週間に一回しか狩りを行わない。それは以前決めた通りで、これからも変えるつもりはない。

 それ以外の日は単純に森の様子を見るためだけに巡回、散策するのである。だからその巡回日の時は、たとえシカやイノシシなどの獲物に出会っても、狩らずにそのまま見過ごす。

 隠密スキルは使わずにわざと音を出してわたしの存在を周囲に知らしめ、動物たちが自然に警戒してやり過ごすことが出来るように。ある意味、森の住人の一人として溶け込んでいくような感覚で、わたしはそうした時間が決して嫌いではなかった。


 ただ以前と違うのは、風と土の生活魔法で足跡を消しながら歩いていたことだ。少し前にゴブリンの一団と遭遇したので、そういった魔物が家にたどりつかないように、痕跡を消しているのである。

 これには一mにつき魔力を二消費した。一般人であれば五mで気絶するし、仮に巡回経路が一〇kmあったら魔力二万を要する。馬鹿げているからこんな使い方は普通はしない。そう、わたしを除いては。

 わたしは仮に魔力二万を消費したとしても、全体の魔力からすれば、多くとも五〇〇〇分の一である。精神負担は微々たるもので、無視できるレベルと言っていい。


 そして、周回順路を一周し、家に戻ろうと思ったとき、わたしはそれに気づいてしゃがみこんだ。


「お嬢様、どうしました?」

『静かにして――足跡がある』


 セリアの問いかけに、わたしは念話で答えた。

 それはイノシシでもシカでも小動物でも妖魔鬼(ゴブリン)のものでもない、恐らく人間で男性の靴の跡だった。

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