第9話 白ロリさん(わたし)は魔法を覚えた

 わたしはその後、毎日弓を二〇〇射し、傘での槍打ち込みを一〇〇〇回行う生活を続けた。そして狩りは一週間に一回に留めることにした。

 早く経験値二〇を達成したいところではあったが、自分が消費する以上に乱獲するのは本意ではないので、そういうルールにしたのだ。


 そして二週間後、異変は起きた。

 わたしがいつもの狩場に出かけると、少し開けて泉が沸いている場所に人間型の怪物がたむろっていた。全部で八匹。

 うち二匹は長い槍のようなものを持っている。


「あれは何だろう…」

妖魔鬼ゴブリンですね。経験値二です」


 セリアが気を利かせて経験値まで教えてくれる。


「無理に倒す必要はない?」

「でも放置するとお嬢様の狩場が荒らされますよ」

「それはやだなあ…」


 森は本来誰のものでも無い。でもわたしの中には既に狩場の縄張り意識みたいなものが生まれていた。

 そこにセリアがトドメの一言を放つ。


「それにゴブリンは人間の宿敵です。家にまでやって来て襲われたら、お嬢様もゴブリンの苗床にされるかも知れませんよ?」

「よし、倒そう!」


 そんなのは「一回目のわたし」の盗賊たちだけでお腹一杯だ。わたしは既に盗賊たちを五人殺しているし、殺す相手が人間型だということに特に感傷は無い。

 既に有効射程内だ。わたしは木の陰に隠れ、なるべく目立たない体勢で弦を引き絞り、一番手近な槍を持ったゴブリン目掛けて射った。


 ドシュ!


 矢は狙ったゴブリンの頭部を貫通し、そのまま倒れた。シカの心臓を狙うよりはるかに簡単だ。

 他のゴブリンが異変に気付き、棒立ちになる。そこをもう一射。更にもう一方の槍を持ったゴブリンに一射。


 ズシュ!ブシュ!


 三射したところで、こちらの居場所に気付かれた。一斉に襲い掛かって来るが、そこを更にもう一射。

 一番近いゴブリンを倒したが、次のゴブリンが迫っている。次射は間に合わない。


「キィィイエエ!!」


 ゴブリンが剣で切りかかって来る。


 ドフッ!


 ゴブリンの一撃は突然現れた傘に阻まれていた。見た目は傘だが、実際は鉄の盾のように頑丈で傷一つ付かない。

 わたしは左手に弓を持ったまま、右手の傘を即座に折り畳み、槍形状にして呆然としているゴブリンの顔を突き刺した。

 瞬く間に五匹を始末して、残りは三匹である。


 更に一匹が突っ込んできた。同じように傘の盾で防ぐ。

 直前の戦いを見ていたせいか、そのゴブリンは攻撃が防がれると即座に下がって距離を取った。

 そして傘が消えると、そこには既に弦を引き絞っているわたしの姿が現れる。


 ドシュ!


 それを見て敵わないと思ったのか、残り二匹は背中を向けて逃げ出した。一匹は背中に射かけて倒し、もう一匹は距離があったので急所を逸れて足に当たった。その最後の一匹もゆっくりと距離を詰め、始末した。


「すごい、お嬢様完勝じゃないですか!」

「何とかなったねー」


 わたしは倒れたゴブリンを一匹ずつ回り、念には念を入れて傘でトドメを刺していく。

 ゴブリンは少量の銀貨と銅貨を持っており、それだけは回収することにした。

 装備はボロボロで剣は錆びているし、持っていた食料もわたしが食べるのは遠慮したい。

 ただ槍だと思っていたのは先端がシャベルであった。あとゴブリンの一匹が大きな革袋を持っていたが、中身は空っぽである。何に使うつもりだったのか疑問に思ったが、すぐに興味を失った。そんなものより先にやることがある。

 

 肝心のイノシシやシカはまだ獲っていないが、ゴブリンを倒したことで経験値が二〇を超えたので、わたしは家に戻ることにした。

 そして、コートや靴を覆っていた布、下着代わりの布を脱ぎ終わると『送還』の儀式を始める。


「じゃあ行きますよ。原初の時から潜むものー」

「原初の時から潜むものー」

「因果の理を律するものー」

「因果の理を律するものー」

「深淵と言う名の闇から来たりてー」

「深淵と言う名の闇から来たりてー」


 わたしは毎回下着を脱いでこれをやらなきゃいけないのが嫌で、ちょっと気が重かった。




『NAME:***************』『LEVEL:4』

『DATE:3060.01.20 13:35』『LIFE:4』『XP:30』『RECHARGE:4』


 そして、わたしは『はじまりの部屋』に戻った。

 さっそくセリアの胸を触ろうとしたら、既に腕で胸をガードしている。


「チッ」

「お嬢様、何がチッですか、もういい加減にしてください!」


 そんなに怒らなくても良いのに。

 気を取り直して、わたしは周囲を見渡した。


「ディスプレイの表示が増えてるね」


 といっても名前は伏せられてるし、あまり役に立たないなとわたしは心の中で思った。


「そうですね、レベルが四になったので。レベルが増えていけば、更に表示される項目が増えますよ」

「レベルって?」

「経験値の習得段階みたいなもんです。最初はレベル一、経験値一でレベル二、経験値一〇でレベル三、で、今回経験値二〇でレベル四ですね。今回はステータス表示の項目追加と、指輪のスキルマスター解放と、ガイド妖精の機能追加です」

「ガイド妖精の機能追加?」

「じゃあ、それから先にやっちゃいましょうか、お嬢様こちらへ…」


 わたしはセリアに手招きされ、そばに近づく。


「じゃあ、お嬢様、動かないでくださいよ」

「へっ?――う、うわっ」


 セリアは突然顔を近づけてきて、額と額をくっつけた。すると、頭の中に何か流れてくるような感覚がある。

 わたしは、てっきり唇を奪われるかと思って身構えていたので拍子抜けした。


『お嬢様、聞こえますか?』

「おわっ!――えっなになに?」


 わたしは、セリアの声が直接頭の中に響いたので驚いた。


『声を出さずにお嬢様と直接お話できるんですよ』

「え、それどうやるの?」

『セリアに向かって直接語りかけるように心に念じてください』

『こんな感じ?』

『そうそうお上手です!』

「でも、これどんなメリットがあるの?」


 わたしは普通の会話に戻した。


「会話を第三者に聞かれたくない時とか」

「でも普段、わたしとセリアちゃんしかいないじゃん」

「隠密行動時とか、敵に声を聞かれたくない時もありますよね?」

「ああ、まあねー」

「あとこの『念話』は距離関係ないですから。声が届かない遠方でも会話できますよ」

「おお、それは便利かも。じゃあセリアちゃんに偵察してもらって、様子を教えてもらうことも出来るのね?」

「そうです!――と言っても一〇mしか離れることは出来ませんけど」

「短っ!――ってか一〇mだったら声届くじゃん」


 一応、セリアの説明だと、経験値が増えてランクが上がれば、もっと遠方でも大丈夫になるそうだ。


「えっと、本命のスキルマスターはどこかな?」

「机の上ですよ」


 見ると、四段のアクセサリーケースが机の上に出現している。当然、今までは無かったものだ。

 一番下の段に、装飾された指輪が六つ入っていた。それぞれ、赤、青、黄、緑、白、黒の宝石がはまっており、デザインが微妙に違う。


「うわー可愛い!――これは目移りしちゃうなあ!」

「左から順番に、炎、水、風、土、光、闇の属性の魔法が使えるようになりますよ」

「全部持って行って良い?」

「ダメです」

「デスヨネー」

「取ってみれば分かりますけど、一度に一つしか外せないようになってますよ」


 うーん悩むなあ。指輪自体の可愛らしさもそうだけど、属性も一つしか選べないとか酷な話だ。


「こんなの選べないよー」

「傘と同じように、一つ習得し終わったら次の一つを選べるようになりますよ。最終的に六つとも使えるようになります」

「なんだ、驚かせないでよ」


 わたしはホッと溜息をつく。


「どうすれば習熟度一〇〇になるの?」

「魔法使用一〇回につき習熟度一です。生活魔法、つまりランクゼロ魔法ですから基本は一回に付き魔力一消費ですね」

「魔力一〇〇〇なら楽勝じゃん」


 魔力は精神力とも呼ばれる。それは生命が生命たる根源の力のことであり、奇跡を起こす力とも言う事が出来る。

 ざっくり乱暴な言い方をすれば、生物とは自らの意思でこの世界ほしの法則を無視して行動するものの総称だ。鳥は重力に逆らって空を飛び、雪ウサギは氷点下の気温にも関わらず体温を維持する。無生物は悠久の時間の中で風化して無に返り数を減らしていくが、生物は互いに関係性を構築して時間とともにその数を増やしていく。

 こうした生物の特異性の最たるものが魔法というわけだ。そして魔法を起こすには魔力が必要となる。


 魔力量は個人差があるが、一般的な成人の平均は一〇程度だ。英雄と言われる人たちでもせいぜい一〇〇である。

 だが、わたしの魔力は常識外れの量を誇っており、(最低でも)一億あるのだ。一〇〇〇など屁でもない。


「いや、一〇〇〇回ですから。一回で魔力一〇〇〇消費してもダメですよ」


 それでも楽勝な気がする。何はともあれ、炎の指輪を取って、指にはめてみた。すると力ある言葉が幾つか脳裏に浮かぶ。


「『着火ティンダー』!」


 わたしは火種をボッと出した。


「うわわ、お嬢様、危ないですよ、ここでやらないでください!」

「いいじゃない、どうせすぐ習熟度一〇〇になるんだから」

「それでも二時間ぐらいずつかかりますから!」

「ぶう」


 わたしは『送還』のたびにいちいち下着を脱いで厨二病な魔法を呪文を唱えるのが嫌だったのだ。だから出来るならこの部屋の中で全て済ませておきたかった。


「事故があって、万一この部屋でお嬢様が死んじゃう事があれば、復活できないかもしれませんから!」


 それは流石に嫌だ。『着火』でそんな事態にはならないだろうけど、より強力なスキルをこの狭い部屋で訓練したら、そういうこともあるかもしれない。

 わたしは忘れずにまだ習得中である弓とサンダルを取ると、しぶしぶ部屋を出て、家の外で練習することにした。




 今更ながらの説明だが、この世界ほしには魔法がある。魔法はその規模や威力によりランクがあり、ランクはゼロからⅣまでの五段階に分けられている。


 この世界で単に魔法と言う場合は、通常はランクⅠ魔法を指す。魔法の才能(ギフト)を持つ少数の限られた者だけが習得することができ、その割合は五〇人に一人とも、一〇〇人に一人とも言われる。そしてランクⅠ魔法を使える者は他の人たちと区別して「魔術師」と呼ばれる。

 ランクⅡは戦略級魔法とも呼ばれ、通常は行使に特殊な儀式を必要とし、街全体など極めて広範囲を対象とするものである。人間で行使できる者は極めて少数であり、人間の才能ギフト持ちは一万人に一人と言われる。ランクⅡ魔法を使える者たちは畏敬を込めて「魔導師」と呼ばれ、多くは各国の要職、例えば宮廷魔術師だったり、大神官だったり、爵位持ちの貴族だったりする。

 人間でランクⅢ魔法を習得して行使し得た者はいない。儀式無しの戦略級魔法や大陸全体などの極めて広範囲を対象とする魔法であり、龍族ドラゴンなど人間を超える叡智を持つものだけが行使できると考えられている。

 ランクⅣ魔法は文献や伝説にその存在が示唆されるだけで使用された記録は無い。儀式無しのランクⅢ魔法や世界ほし全体、もしくは複数の世界ほしを対象とする魔法と言われている。

 そしてランクゼロ魔法、別名生活魔法は、魔法の才能ギフトを持たずとも、誰でも訓練さえすれば習得することが出来た。


 わたしが入手した赤宝石ルビーの指輪は、このランクゼロ魔法(炎)のスキルマスターであり、自分または自分が接触するものを対象とした基礎的な炎系の魔法を行使することが出来る。

 この魔法は術者の能力と発想次第で様々なものを行使することが可能だが、有用なものはテンプレート的な魔法として、広くその存在や使用法が広まっている。

 その代表が、火起こしの際の火種を即座に作り出す『着火ティンダー』、自分にかけて寒さや凍傷から身を守るための『防寒ウォームス』、お湯を沸かしたり料理を温めたりするための『加熱ヒート』、洗濯物を乾かしたり干物を作ったりする際の『乾燥ドライ』などである。

 生活魔法でいわゆる攻撃も出来なくはないが、自分または自分が接触するものしか対象に出来ないという特性のため、攻撃手段として向いていないことは明らかである。


 わたしは早速『防寒』を自分に使ってみた。


「『防寒ウォームス』――おお、暖かい!」


 体全体が指先や足先までポカポカして心地よい。これがあればコートは要らなさそうだ。そしてどうせすぐ『送還』するだろうから、下着代わりの布も無しである。

 わたしは外に出て準備が出来たところで、心おきなく魔法の練習(無駄撃ち)を始めた。

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