第7話 白ロリさん(わたし)は弓矢が欲しい

 セリアとお話ばかりしていても埒が明かないので、わたしは部屋から出ることにした。もちろん「スキルマスター」の傘とサンダルは持っていく。

 地下倉庫に入ると、前回と同じように背後の扉が壁に溶け込むように消えていく。奥の扉は開けっ放しにしてあるので、真っ暗にはならない。


「あ、あれ?――セリアちゃんは?」


 赤毛ポニテのおめめクリクリふっくら妖精が居ない。ついて来てくれると言ったのに。


「ここですよ、お嬢様」


 わたしが慌ててると、側から声がした。見ると、最初の小さな彫像サイズの妖精が淡い光りを放ちながら、ふよふよと浮いている。

 手のひらサイズで羽根が生えているけれども、確かにセリアだ。


「あ、あれ?――どうしてちっちゃく」

「あー、人間サイズで受肉するのは『はじまりの部屋』でしか出来ないんですよ。いまは精神アストラル体です」


 はじまりの部屋。そういう名前なのか。

 わたしはセリアに触れようとしたが、まるでホログラムのように、手が突き抜けて触れることが出来なかった。精神体というのはそういうことか。


「これが普段の姿?」

「そうです。もっともお嬢様以外の人にはほとんど見えないですが」

「ほとんど?」

「魔力が極めて強い人はお嬢様と同じようにセリアを認識できます。魔力が単に強いだけの人には光の球にしか見えません。魔力が少ししかない人はゆらゆらと何か陽炎みたいなものがあるなー程度です」

「なるほど」


 という事は、わたしは魔力が極めて強いという事なのかな?

 わたしは疑問に思ったが、どうせ「禁則事項」で返ってくるから、セリアに聞くのをやめた。




 精神体ではあるが、セリアはその言動にたがわず、いろいろアドバイスをして助けてくれた。


「火を起こすときは、擦られる方の薪にナイフで溝を掘って、同じところをずっと擦りあわせるようにします。後は角度をつけて根気よく…」


 わたしは傘を背負った「怪力モード」でひたすら溝に沿って薪を擦り合わせた。

 こすこすこすこす…こすこす。もわもわ。


「す、すごい、セリアちゃん、煙が出て来たよ」

「お嬢様、手を休めないで、もうひと踏ん張り!――よし、そこに火口を当てて息を吹きかけて!」


 わたしは、セリアに言われ、あらかじめ麻のロープをほぐして丸めたものを当てて、息を吹きかけた。すると、その火口からも煙が出始め、やがて炎が現れた。


 ぼ、ぼぼぼ。


「やったー」

「わーい」


 こうして、わたしはついに火起こしに成功したのだった。


 そして、わたしは暖炉で温まることができ、火を使って調理することが出来るようになり、お湯を沸かして入浴できるようになった。

 他にもセリアはパンの焼き方、美味しいじゃがいもスープの作り方、皮のなめし方、食べられるキノコの見分け方など、役に立つことをたくさん教えてくれた。

 この数日間で、わたしの生活の質は劇的に改善されたのだった。




「ねえ、セリアちゃん」

「なんでしょう、お嬢様」


 暖炉の前の毛皮の上に寝そべった状態で、わたしはふよふよ浮いているセリアに話しかけた。


「色々教えてくれるけど、禁則事項とかは大丈夫なの?」

「ええ、一般的な狩人の知識ですので、全然問題ないですよ。この世界ほしでは多くの人が知っている知識です」

「そうなんだ」


 まるでわたしが無知とか世間知らずみたいでちょっとバツが悪い。まあその通りなのだけれども。


「火が起こせたから、生活魔法は無理に取らなくても良いかな」

「いえ、あった方が便利ですよ。あればお湯を沸かしたり、水を出したり、掃除、洗濯、乾燥、簡単な植物の栽培とかも魔法で出来ますから」

「おお、それは確かに便利」


 毎日井戸水を汲んだり、薪を割ったり、洗濯したりするのは大変だ。楽になるに越したことはない。


「それに、食料の補充が必要ですから、経験値二〇はそのうち達成できますよ」

「それもそうね」

 

 よし、明日は狩りに行こう。わたしはそう決めると、暖炉に薪を追加して、寝る準備に入った。寝る時の薪の量の調節もセリアが細かく教えてくれた。ありがたい。

 生活の質が改善したこともそうなのだが、セリアがいつも側に居て話し相手になってくれることで、すごく救われている。

 「前回までのわたし」は生きる延びるために必死だったから、そんなことを感ずる余裕も無かったけど、もし生き延びれたとしても、独りだったら孤独で気がおかしくなってしまっていたと思う。


 セリアは眠ることは無い。だがわたしが眠くなってきたと悟ると、話すのをやめて光を抑えてくれる。


「おやすみなさい」

「おやすみ、お嬢様」




 翌朝、日が昇って少し気温が上がってから、わたしとセリアは狩りに出かけた。

 前回は無計画に森に突っ込んだが、今回は防寒に男たちが使っていたコートを着込み、足も厚手の布でくるんでいる。完ぺきとは言い難いが、前回に比べれば格段の進歩だ。


 今回は、家の正面玄関を出たところから右側、つまり前回と正反対の南方向に行くことにした。


「お嬢様、イノシシの縄張りに入りましたよ」


 セリアが指差した先を見ると、一本の木の幹が削れているのが見える。イノシシが体をこすりつけた跡だ。

 そして動物の足跡が点々と続いている。


(…いた)


 しばらく周囲を捜索していると、一頭のイノシシが地面を掘っているのを見つけた。

 わたしは隠密スキルをフルに活かして近づこうとするが、あと少しの距離で気付かれ、逃げられてしまう。

 

「むー」


 獲物が弓矢ならともかく、傘(槍)は至近距離まで近づかなければならない。たとえ隠密スキルを持っていたとしても至難の業だ。

 結局その日はイノシシに二回、シカに一回遭遇したが、いずれも近づく前に逃げられ、成果はゼロだった。


「傘以外で狩る方法無いのかなあ」

「落とし穴ぐらいですかね。でも結構大変ですよ。後は今使ってる傘を完全に習得すると、確か次は弓矢のスキルマスターが出てくるはずです」

「弓矢!――それ良いね。今傘の習熟度はどれぐらいなの?」

「一四です。一〇〇分の一四。あと八六必要ですね」


 わたしはガクッと肩を落とした。まだ全体の二割も行っていないじゃないか。


「どうやれば習熟度上げれるの?」

「傘を使って一回戦闘行動を取れば、習熟度一になります。攻撃行動とか防御・回避行動とかですね」


 つまり、敵にあと攻撃八六回すれば良いわけだ――いや、全然良くないぞ。そもそも攻撃出来ないから弓矢が欲しいのに、攻撃八六回必要って本末転倒じゃないか。


「それって生きている敵じゃなくて、たとえば丸太相手に傘で攻撃してもカウントされるの?」

「それだと訓練扱いになりますので、一〇〇回でようやく習熟度一になりますね。少し前に『はじまりの部屋』の壁壊したみたいですけど、あれで習熟度三入ってます」

「あ、あははは…」

「『はじまりの部屋』で訓練するのは止めてくださいね、危険ですから」

「わかったよう」


 別に訓練のつもりは無かったけど、確かに「前回のわたし」が最初の部屋で壁を壊そうと三〇〇回ぐらいどかんどかんやった気がする。

 つまり同じように素振りを八六〇〇回すれば良いわけだ。ん、それなら出来そうな気がするぞ。


「よし!――訓練します!」

「お嬢様、頑張って!」


 そして家の側の手近な木に打ち込みを始めて二時間後。


「も、もう無理…」


 わたしは三〇〇〇回でギブアップした。二〇〇〇回を超えたあたりで腕が上がらなくなり、明らかにスピードが落ちていた。


「お嬢様、お疲れ様です。今習熟度は三八ですね」

「えー、四四じゃないの?――差額の六はどこへ消えたの?」

「二〇〇〇回超えたあたりからカウントされない打ち込みが増えてきましたので」

「……」


 どうやら無理をしても効率が悪くなるだけらしい。わたしは翌日以降、二〇〇〇回でやめておこうと思った。 


 二日目は全身筋肉痛だったので、丸一日休息することにした。


 三日目は午前中に打ち込みを一〇〇〇本やった後、一昨日と同じ場所に狩りに出かけた。やはり成果はゼロだった。

 その後更に打ち込みを一〇〇〇本行い、きっかり経験値二〇を獲得して眠りについた。


 四日目も休息日にした。一昨日よりは格段に体の痛みは少なかった。


 五日目は午前と午後の打ち込みを一五〇〇本ずつにした。

 狩りにも出かけ、やはり成果は無かったが、狩場の事がいろいろと分かって来て、イノシシやシカに遭遇する頻度が確実に増えてきていた。


 六日目、本来なら休息日だが、習熟度が八八に達していたので、午前中に打ち込みを一二〇〇本済ませてしまった。

 最後の一回は突然来た。傘が輝き始めると、目の前で消えてしまったのだ。


「あ、あれ?――消えちゃったよ、どうしよう!」

「お嬢様、大丈夫です。消えていませんよ。傘が現れるように念じてみてください」


 しゅぱっ。


「おー凄い凄い!」


 言われたとおりにすると、傘が自分の右手に現れた。逆に消えろと念じると右手から消えてしまう。


「スキルマスターは、言うなればお嬢様の体の一部なんですよ。完全に習熟すると体に馴染むと言いますか、本来の姿に戻るわけですね」

「これ、いつでも好きに出し入れ出来るの?」

「そうです」

「じゃあ、にわか雨が突然来ても安心だね!」


 セリアはずっこけた。空中でずっこけるとは中々器用だ。


「…そうですね、それは気が付きませんでした」

「え、だって傘でしょ」

「傘ですね。でも武器や盾代わりにもなりますから」

「ふふ、わかってるわよ」


 わたしはいろいろ試して見たが、傘を開いた盾状態で出現させることも出来た。うまく使えば突然の不意打ちにも対応できるかもしれない。




「えっとじゃあ弓を取りに行きたいんで『送還』のやり方を教えてください」

「分かりました!――ただ『送還』はお嬢様本体にしか効果が無いので、本体と見なされるスキルマスターと初期のワンピース以外の装備はここに置いて行かれちゃいますよ?――コートとか、下着とか、足に巻き付けた布とかですね」

「え、そんな仕組みなんだ…下着も?――あれは初期のワンピースの布で作ったんだけど」

「それ『前回』の奴ですよね」

「ああ、そういうことね…まあ、後で回収すれば良いか…いいよ、お願い!」

「はい、お嬢様。『送還Ⅰ』は単純に呪文を間違えずに読み上げれば良いだけなんですよ。」

「じゃあその呪文を教えてください」

「了解です。じゃあ行きますよ。――原初の時から潜むもの、因果のことわりを律するもの、深淵と言う名の闇から来たりて、大古の契約を今果たさん…」

 

 わたしはセリアが唱える呪文を聞き漏らすまいと集中する。


「…諸々の智者、古の精霊が今告げる。その真理は観念にあらず、天界への顕現かの呪文を以て…」


 セリアの呪文はまだ続く。ちょっとこれ覚えるのきつくないかな。


「…今時を司る月の光が満ち…」

「ちょ、ちょっとストップストップ!」


 わたしはたまらずセリアを中断させた。実を言うと途中から覚えるのをあきらめて、セリアが唱え終わるのを待っていたが、三分ぐらい経過してもまだ終わらなかったのである。


「え、どうしたんですか?」

「いくらなんでも長すぎでしょ、こんなの覚えられるわけないじゃん!」


 セリアはきょとんとした顔をする。


「え、だから私言いましたよね?――『送還Ⅰ』は詠唱と発動に五分かかるって」

「うう、確かにそう聞いたけど、五分間ずっと唱えるって、難しすぎるでしょ」

「難しくないですよ。覚えていなくても良いんです。たとえ途切れ途切れでも、ゆっくりで時間がかかっても良いので、とにかく全部正確に読み上げれば良いんです」

「な、なるほど、そういうものなのね」

「じゃあ、一文節ずつ行きますので、お嬢様は後について唱えてください。いいですか?」

「は、はい」

「原初の時から潜むものー」

「げ、原初の時から潜むものー」

「因果の理を律するものー」

「因果の理を律するものー」


 これ、あれだ。幼稚園のおうたの練習だ。しかも唱える内容がめちゃくちゃ厨二病だし、こんなのを五分以上続けるとか、どんな罰ゲームだよ。

 結局わたしが噛んだり聞き取れなかったりして、何回かやりなおし、成功するまでに三〇分ぐらいかかってしまった。


「…命に従い、契約を今履行せよ!『送還』」

「…命に従い、契約を今履行せよ!『送還』」


 その瞬間、しゅばっという音がして周囲の景色が変わった。そう、何度も見た例の部屋である。

 今度はベッドに寝ていたわけじゃなく、ベッドの手前に鏡の方を向かって立っていたので、銀髪ロングの透け透けワンピースの自分の姿が目に入る。セリアの説明通りなら、コートも下着代わりの布も元の場所に置き去りになっているようだ。


「おめでとうございます、お嬢様、成功しましたね!」


 側には赤毛ポニテのおめめクリクリふっくら妖精が人間サイズに戻って現れていた。

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