第6話 白ロリさん(わたし)は妖精さんと出会った

 わたしは固まった。それもそのはずである。机の上に置かれてた小さな彫像を手に取ったら人間サイズに化けて「ぱんぱかぱーん」である。

 そんなわたしを尻目に「そいつ」はウインクしてわたしに話しかけた。


「初めましてご主人様!――おめでとうございます、経験値が一〇に到達しましたので、ガイド妖精が解放されました!」

「……」

「あれ、ご主人様反応薄いですね?――ひ、ひゃあ!?」

 

 わたしは至近距離でポーズをとる「そいつ」の胸をむんずと掴んでいた。わたしほどではないが、けっこうある。

 改めてわたしは「そいつ」を観察した。

 彫像の妖精姿がそのまま人間サイズになっているように見えるが、羽根は見当たらない。赤毛の髪をポニーテールにしており、美人系ではないが親しみやすく可愛らしい顔をしている。顔で特徴的なのは耳が尖っているところであろうか。身長はわたしより少し低め、ややふっくらした体型である。


「あ、あのーご主人様?」


 わたしは胸だけで無く、顔や腕や足を順番にぺたぺたと触っていった。


「実体がある?――オバケじゃない?」

「オバケじゃありません!――ガイド妖精です」


 そいつは腰に手を当てて、えっへんというようなポーズを取る。


「ガイド妖精って何?」

「悩めるご主人様を色々お助けしちゃう妖精さんです!」


 妖精フェアリー――この世界ほしには森妖精エルフと言う種族があるけどその類だろうか?

 とりあえず色々アレだけど、敵意は無さそうだ。


「ご主人様ってわたしのこと?」

「そうです。他の呼び方がお好みですか?」

「どんな呼び方があるの?」

「自由に決めることが出来ますが、そうですねえ、オススメは『お嬢様』とか『姫様』とか『殿下』とか『牝豚』とか」

 

 何か一つ変なのが混じっているが、深く突っ込むのはやめよう。


「お嬢様で」

「了解しました、お嬢様」


『コンフィグ:マスター呼称を設定しました』


「今の何?」

「ああ、気にしないでください。気にしたら負けですよ!」


 何の勝ち負けなのだろうか。まあいいや。


「ガイド妖精さん、あなたの名前は?」

「自由に決めることが出来ますよ!」

「名前が無いの?」

「一応、ディフォルト設定では『セリア』になっていますが」

「じゃあ、それでいいや、セリアちゃん?」

「はい、何でしょう!」


 セリアは名前を呼ばれて嬉しそうに答える。


「わたしのことを色々お助けするって言ってたけど、具体的に何をしてくれるの?」

「うーんそうですね、お嬢様の成長度合いによって出来ることが色々変わってくるんですけど、現段階では質問に答えるぐらいですね」

「ふーん、じゃあ聞くけど、わたしの名前は何?」


 セリアは右手の人差し指を立てて口に添え、ウインクしながら答えた。


「禁則事項です♪」

「……」


 回答できないということなのだろうか。それはともかく、わたしはセリアのその仕草と台詞の言い回しが、何かとてつもなく危険なもののように感じられた。


「き、禁則事項って?」

「あ、お嬢様の現在の権限を超える事項は答えられないということです。別の表現もありますが、そちらに変更しますか?――男性タイプ妖精のディフォルトなんですが…」

「どんなの、見せてみて?」

「はい、お嬢様」


 セリアはほぼ同じポーズで、人差し指を立てながら、やはりウインクして答えた。


「それは秘密です♪」

「……」


 うまく説明できないが、その仕草と台詞はやはりとてつもなく危険なもののように感じられた。


「最初の方で良いです。あとそのポーズ辞めない?」

「承知しました、お嬢様」


『コンフィグ:NG処理時のポーズ設定を解除しました』


 気にしたら負けだ。気にしないでおこう。

 

「それにしても、わたしの名前が禁則事項ってどういうことなの?」

「んー、言い換えると、ご自身の真のお名前はお嬢様が成長していけば自ずから知ることになるということですね」


 最初からそう言えばいいのに。

 その後もわたしはセリアに色々聞いた。


「わたしの両親は?」

「いません」

「いないってどういうこと?」

「禁則事項です」

「わたしはどこで生まれたの?」

「禁則事項です」

「わたしはここで生まれたのじゃないの?」

「一部正しいですが、一部は正しくありません」

「ここはどこ?」

「この世界ほしはストラレンドエルデ(輝く大地)と呼ばれています」

「あー、そうじゃなくてここの地名とか」

「ここはお嬢様の家です」

「いやそうじゃなくて地名…」

「だからお嬢様の家ですよ?――もちろんそれを知っている人はほとんど居ませんが」


 うーん、何だろう。聞き方がまずいのか、それとも何か別の意味があるのか。

 私が考え込んでるとセリアが補足してきた。


「とにかく今はそうとしか言いようが無いんですよ。お嬢様が成長していけば、ちゃんと理解できるようになるはずです」

「ここが特殊な場所ということ?」

「あってます」

「具体的にどう特殊なの?」

「禁則事項です」

「わたしの家というのは、この部屋のこと?――それともその扉を超えた先にある家のこと?」

「あえて言うなら両方ですね」

「わたしの家はわたしのモノで良いんだよね?」

「そうです」

「なぜ男たちが住んでいたの?」

「盗賊たちが不法占拠していたみたいですね」


 盗賊なんだ。良かった。全員殺しちゃったけど、それで咎められることはなさそうだ。

 セリアに「わたし」自身のことを聞いても余り答えてくれない。まあ成長すれば分かると言ってくれているので、わたしは深く追求するのはやめて、当面の課題の事を聞くことにした。


「火を起こす方法が知りたいんだけど」

「色々な方法がありますよ。原始的なものだと木と木を擦り合わせたり、魔法の道具を使ったり、生活魔法の着火を使ったり」

「生活魔法?」

「別名ランクゼロ魔法とも呼ばれる初歩的な魔法です。ランクⅠ以上の魔法は限られた天性の才能を持つ人しか使えませんが、生活魔法は習得すれば誰でも使えます」

「生活魔法を習得して火を起こしたいんだけど」

「誰かから生活魔法(炎)のスキルを教えてもらうしか無いですね。ただお嬢様の場合は経験値二〇で生活魔法のスキルマスターが利用できますよ?」

「スキルマスター?」

「お嬢様専用の、スキルを習得するための魔法の器具です。今だと傘とサンダルがありますね」

「ああー」


 なるほど合点が言った。どういう仕組みかは良くわからないけれども、傘とサンダルは私専用のアイテムなのだ。だから何度でも復活するのだろう。


「傘は『腕力強化Ⅰ』と『剣/槍Ⅰ』、サンダルは『隠密Ⅰ』のスキルが習得できますね」

「習得というか、持ってるだけでその能力が使えるみたいなんだけど?」

「そうです。スキルマスターは装備しているだけでその対応するスキルが使えます。そして習熟度が最高値になると、完全にスキルを習得してより高い効果が得られるだけでなく、スキルマスターを装備していなくても対応するスキルを使えるようになります」

「おー」


 それは良い事を聞いた。


「経験値が二〇になると、身に着けているだけで生活魔法が利用できる器具がこの部屋に現れるってこと?」

「それであってます」

「おー、それは楽しみ。あ、でもこの部屋って死なないと戻れないよね?――どうしよう」

「戻れますよ?」

「えっ、でもそこの扉を抜けたらこちら側に戻れないよね?」 

「物理的にはそうですね。『送還リコールⅠ』の魔法を使えば良いんですよ」

「何それ、そんな方法が…」

「使う必要が出てきたときにやり方を教えますのでご心配なく。ただ一度使うとその後二四時間使えませんので、それだけはご注意を」

「『送還』を使うとこの部屋に戻ってこれるということ?」

「そうです」

「じゃあ危険な時の緊急避難にも使えるのかな」

「それは難しいですね。詠唱と発動に五分間ぐらいかかりますので」

「ながっ!」

「『送還Ⅲ』だと発動が一瞬ですので、そういう緊急避難的な使い方もできますよ。ただし一週間に一回しか使えませんし、習得できるようになるのはまだまだ先ですが」


 なんかそれランクが高そうだ。とりあえず五分かかったとしても、この部屋に「死に戻り」じゃなく自発的に戻ってこれるのは大きいから良しとしよう。


「とりあえず経験値二〇貯まったら戻ってくれば良いと?」

「そうですね」

「でもこの部屋の外じゃ経験値が貯まったかどうか分からないよね?」

「お嬢様から私にお尋ねくだされば答えますよ?」

「あ、そうなんだ。セリアちゃんはこの部屋の外にもついてくるのね?」

「はい、いつも一緒ですよ!」


 それは心強い。というかずっと独りだと心が折れそうだ。誰か話し相手がいるだけでも気分的にすごく落ち着く。


「そういえば経験値ってどうやれば貯まるの?」

「様々な方法がありますよ。例えば強い敵を倒せば経験値が入ります。といっても一定以上の強さが無いといけませんが」


 男たちは五人目のリーダーを除いて経験値一だった。雑魚中の雑魚ということみたいだ。


「他にも、スキルを習得するための訓練をしたり、お金を稼いだり、名声を得たり」

「訓練?」

「例えば薪割りの練習するだけでも経験値は獲得できます」

「おー」


 良い事を聞いた。ノーリスクで経験値が獲得できるならそれに越したことはない。


「ただ、あまりオススメできません。訓練はあくまでスキルの習熟度を上げるのが主目的で、経験値は副産物ですから」

「薪割りだとどれぐらい?」

「丸一日寝る暇を惜しんで薪を割り続けて、一週間で経験値一ぐらいですね」

「……」


 流石にそれはパスだ。


「お金を稼ぐのは?」

「シンプルに大金貨一枚で経験値一です」


 大金貨一枚は一〇万円ぐらいの価値がある。大金貨一枚は金貨一〇枚、金貨一枚は銀貨一〇枚、銀貨一枚は銅貨一〇枚の価値だ。

 これも結構大変かもしれない。そもそも人里にたどりつかないと無理だろう。

 名声も然りだ。人が多い場所で無いと意味が無い。


「ここには人がいないけど、他の場所に行けば村や街ってあるんだよね?」

「ありますね」

「ここから一番近い村や街ってどこ?」

「禁則事項です」

「教えてくれてもいいじゃんケチ!」

「この世界ほしのあらゆる街や村を把握できるスキルが経験値一〇〇万で習得できますよ」

「たっか!」


 結局今のわたしの環境だと、経験値を上げるには何か倒さなければいけないということだ。


「そういえば、他の人も経験値を上げればスキルが習得できるの?」

「いいえ、経験値獲得で各種スキルマスターを得られるのはお嬢様だけです。他の人は経験値獲得により、生命力、魔力、筋力などの基礎数値は上がりますが、スキルは習得できません」

「え、じゃあ他の人はどうやってスキルを習得するの?」

「基本は他の人に教わるしかないですね。取った行動が偶然にスキル訓練に一致して偶発的に習得することはありますけど」

「…そうなんだ。わたしだけ特別だってこと?」

「その認識であってます。お嬢様はこの世界ほしで特別な存在です」

「どうしてわたしは特別なの?」

「禁則事項です」

 

 まあ、そうでしょうね。


「そういえば、最後に一つ聞いておきたいことがあった」

「何でしょう、お嬢様?」


 わたしはベッドの上の天井の「You are disposed(お前は処分される)」の殴り書きを指差した。


「あれは何なの?」

「禁則事項です」

「ええー!!」


 ちょっと予想外だった。単なる嫌がらせの落書きかと思っていたが、そうではないらしい。

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