第5話 白ロリさん(わたし)はお腹が空いた
わたしは寒さで目が覚めた。見慣れない天井だ。あの忌々しい黒インクの殴り書きは無い。
リビングは板間になっているが、動物の毛皮の敷物が二つ敷いてあった。
一つは、男たちが「一回目のわたし」にその上で怪しからん行為をしようとし、わたしが自ら首を切ったため、多量の血で汚れている。もう一つは綺麗なままであった。
わたしは昨日、ソファで寝ようとしたが、夜が更けるにつれ寒くなったので、綺麗な方の敷物を暖炉の前に移動させてその上で寝たのだ。
昨晩は暖炉がまだ熱を持っており温かかったが、今は冷え切っている。
「しまった…まずいなあ」
わたしはとても重要なことを失念していた。「火」が無いのだ。
この世界の一二月は冬である。暖が無いと厳しい。そしてお湯も沸かせないし、何より料理が出来ない。地下倉庫に穀物や芋類は貯蔵されていたが、生では食べられない。全く食べられないことはないが、かなり厳しい。出来るなら避けたい。
わたしは入り口近くに積まれた死体の山をちらりと見たが――さすがに無理だ。そこまで心を鬼に出来ない。可能なら他の手段を取りたい。
わたしは必死で、火を起こせるものを探した。それか、次点で火が無くても食べれるものでもいい
そこかしこの壁に掛けられている「灯り」はどういう仕組みか分からないが、熱が無く光だけを発するものであった。火種にはならない。
浴室やキッチンの器具は、既に火がある前提の作りをしていて、火起こし自体の機能は無かった。
ただキッチンで多少の干し肉を見つけたのは幸運だった。一週間ぐらいは持つだろうか。
とりあえず、すぐに飢え死にする心配が無くなったのは大きかった。
念のため、家の外も見てみた。
昨日、裏口の井戸を確認した時もそうだったが、とにかく寒い。よくよく考えたら真冬に薄手のワンピース一枚(下着無し)って正気じゃない。必要なことだけ済ませたらすぐに中に戻ろう。
ここは森の中の少し開けた場所のようで、家の前には広場のようなスペースがあるが、周囲は全て森である。
玄関の扉の目の前に、猪のような動物の死体が置いてあるのが目に入った。昨日の五人目が森で狩ってきた獲物なのだろうか。これは嬉しい。当面の食糧になる。
家は正方形に近い長方形で、日が登る方向を東とするならば、玄関は東側のようだ。西側には裏口があり、井戸がある。南側は洗濯物を干すスペースなのか、何本かの木の間にロープが数本張られている。
家の玄関の側には薪が積まれており、木を割るための斧が置いてあった。薪があるということは、当然火が起こせる前提だ。浴室もキッチンも薪の火を利用する構造になっていた。
そして、ここを根城にしていた男たちの荷物は全部調査済みで、火起こしの役に立ちそうなものは無い。いったい男たちは火種をどうしていたのだろうか。
「そういえば、木の摩擦で火が起こせるんだっけ?」
わたしはその知識を書物で読んだわけでも無いし、実際に見たり体験したわけでもないが、何故かそのことを知っていた。
ともあれ、わたしは、家の外に積まれていた薪を幾つか中に持ち帰って、火を起こしてみようと試みた。大小の薪を使い、小さい方を大きい方にこすりつけてみる。
こす、こす、こす、こす、こす…。
「全然出来ない、無理!」
わたしは縦にこすったり、横にこすったり、回転させたり、叩きつけたり、色々やり方を変えて二時間ほど粘ったが、挫折した。煙すら出ない。
たぶんやり方が悪いのだろうが、正しいやり方を教えてくれる人が居るわけでもないし、どうしようもない。
また再度やってみようとは思ったが、今日はもう良い、うんざりだ。
「このままじっとしていてもジリ貧だよね…」
干し肉と猪肉だけでは一か月も持たない。何とかして火を起こすことが出来れば、穀物と芋類を調理できるから、もうしばらくは凌ぐことが出来るだろうが、地下倉庫に貯蔵されている物も無限にあるわけではない。いずれ底を突くだろう。
そして火だ。食糧調理の問題もあるが、何より寒さで必要以上に体力を消耗し、下手をすれば凍死するかもしれない。
食べ物の安定供給と火起こしの二つの問題は早急に解決する必要がある。
「わたし」は二回、出血多量で死んだが、当然飢えても死ぬだろう。
「わたし」は今までに二回死んで二回生き返った。だからきっと三回目、つまり「今のわたし」が死んでも生き返るんだろうなと漠然と思ってはいたが、それでも絶対に死にたくはない。当たり前の話だ。
重要なのは、生き返った時に体の傷は癒えたが、空腹感は持ち越されたことだ。もし餓死してしまったら、餓死寸前の状態で生き返り、永久ループになってしまうかもしれない。それは避けたい。
わたしはまず、防寒対策を考え、二階の個室にあったマントと毛布を全部かき集めて洗うことにした。あと「わたしたちの死体」から二着のワンピースも。一着は洗い替えに、もう一着は帯状に破って体にまいて下着代わりにしようと思った。
浴室の浴槽の中に井戸で汲んだ水を貯め、ざばざばと洗っていく。かなりの重労働だ。ただ傘を背負って「怪力モード」にしているお陰で若干マシではあった。
ついでに「一回目のわたし」の血で汚れた毛皮も洗うことにした。
浴槽には底に栓があり、そこを抜くと水が床に流れるようになっている。浴室の床は磨かれた石畳のようになっていて、汚水はその隙間に浸み込んで流れていく。
洗い終わった洗濯物は、家の南側のロープに干していった。
次にわたしは、玄関にあった猪を解体して肉を取ることにした。キッチンに塩があったから干し肉にしよう。
正確なやり方は良くわからないが、とにかく内蔵を出して、ナイフで食べれそうな部分を切り取り、キッチンでより薄く切ってから塩をまぶし、洗濯物と同じように干していくことにした。
血は既に抜かれていたが、内臓はそのままだったので、時間が経って若干傷みがある。まあ仕方がない。
そして内臓を出すのが精神的にも物理的にもかなりキツかった。ありていに言えばグチャグチャになった。まあ仕方がない。
内蔵と皮は穴を掘って埋めることにした。皮は使い道があるのかもしれないが、現状加工方法を知らないから仕方がない。
家の周囲にスコップが置いてあったので、傘の「怪力モード」を併用すれば比較的簡単に穴を掘ることは出来た。
わたしはついでに男たちと「わたしたち」の死体も穴を掘って埋めることにした。
家の側はなんか嫌だったので、広場の北東の隅に埋めることにした。少し気が引けたが「わたし」の死体から髪の毛を切り取っておいた。いざとなれば縒り合わせてロープを作ったり出来るかもしれない。
そうした作業をしながら、わたしは打開策を二つ考えた。一つ目は森の中で何か食べられそうなものを探すこと。冬だから望みは薄いが、運よく何か果物や木の実の類が見つかるかもしれない。
もう一つは、森を抜けてどこか人里にたどりつくことが出来ないか、だ。遭遇した住人が友好的とは限らないが、ここで食料が尽きて野垂れ死ぬよりはマシだろう。
埋葬作業の途中で日が暮れて来たので、その日の作業は終わりにした。
そして干し肉と水で腹を満たす。贅沢は言えないが、流石にこれが何日も続くとちょっときついかもしれない。
わたしは生乾きの毛布を被り、暖炉の前で寒さに震えながら眠りについた。
「よし…」
翌日、わたしは埋葬作業の残りを済ませた後、家の正面玄関を出たところから左側、つまり北方向の森に踏み込んだ。
なぜその方向にしたかというと、何となくである。理由は無い。
「……」
わたしは三分後に涙目になって戻って来た。
当然道などない。下草が生い茂っている中に素足のサンダルで踏み込んでいったらどうなるか分かるだろう。
それでもわたしはあきらめなかった。今度は剣を持ってきて、それで草を打ち払いながら進むことにした。
剣は男たちが使っていたものの一つだ。普通ならそんなもので草をまともに刈ることは出来ないが、傘を背負った「怪力モード」だと比較的簡単にザシュザシュと切り進むことが出来た。何か地面も少し抉っている気がするが気にしない。
「わあ…」
ある程度進むと、少し開けた場所にキノコが一面絨毯のようにたくさん群生している場所を見つけた。
「すごいすごい、取り放題だ!――ん?」
わたしは喜んでキノコを取ろうとしたが、嫌な予感がして踏みとどまった。
話が上手すぎる。まさか毒キノコでは?
でも、もし食用になるなら当分は食料に困らない量だ。これを見逃す手は無い。
「毎日肉ばかりだとさすがに飽きるもんね…」
そこで、わたしはニ~三本程度取って持ち帰り、ほんの少しだけ食べて様子を見ようと考えた。それで体に異常が出ればやめれば良いのだ。
わたしはしゃがんで、キノコを一つぶちっと取った。
するとその衝撃でキノコの胞子がもわわわわと広がる。甘い匂いがした。
「あ、あれ?」
わたしは急に目眩がした。バランスを崩してキノコの群生の中に手をついてしまう。
ぼふ!――もわわわわわわ…
物凄い量の胞子が放出され、それをまともに吸い込んだわたしは全身がしびれていくのを感じ、うつぶせにキノコの中に倒れた。トドメとばかりにぼふっと胞子が舞う。
わたしは急速に意識を失っていき、体のしびれ――麻痺はやがて心臓や肺まで達し、生命活動を徐々に停止していった。
(そ、そんな…酷い、酷いよう!――こんな死に方ってないよ!)
せっかく生活基盤を整えつつあった三回目のわたしは、あえなく致死性の毒キノコの苗床になったのだった。
そして、目が覚めると、真っ白に光る天井に黒インクのようなもので酷い殴り書きがあった。
―― You are disposed(お前は処分される)
「あははは……」
わたしは
とりあえず今後キノコはやめようと思った。くよくよしても仕方がない。過ちから学べばよいのだ。四回目のわたしはポジティブなのだ。
わたしは体を起こすと右を向いて鏡で自分の姿を確認した。
そこに映っていたのは、銀髪ロングに雪のような肌のアルビノの少女。前回と何も変わらぬ姿だ。
そのままくるんと体を回転させてうつぶせになって、御影石ディスプレイを見た。
『DATE:3059.12.26 11:47』『LIFE:4』『XP:10』『RECHARGE:4』
DATE(日時)とLIFE(回数)の増加は特に問題ない。てか、まだ二日間経ってないのに三回も死んでるってどんだけよ。
RECHARGE(再充電)が二から四になったのは予想外だった。もしかすると倍々になっていくのだろうか。
そしてXP(撃破数)が一〇?――これはどういうことだろう。
前回は五だった筈だ。そこから例の五人目の男だけしか倒していない。その男が五人分だったってこと?
「あー」
わたしは何となく理解できた。これは撃破数ではなく「経験値」だ。五人目は恐らく男たちのリーダー格で、強敵だったから他の者より多く経験が入ったということなのだろう。
謎が解けたところで、わたしは他に「前回」と変わったところが無いか観察することにした。
足側の壁はすっかり元に戻っている。そして、傘も前回と変わらず同じ位置にあった。
靴の収納箱とサンダルも同じだ。特に靴が増えているというようなことは無かった。
「あれ?」
わたしは机の上に小さな白い彫像があるのに気付いた。前回は無かったモノだ。
その彫像は羽根がある妖精をかたどっていて、チェスの駒ぐらいのサイズである。
わたしは躊躇なくそれを手に取った。
今までの「三回」の経験から、基本この部屋にあるものは、わたしの役にたつものばかりで、害があるものは無いと思ったからだ。
すると、小さな妖精の彫像がするっと手から抜け落ちた。
「え?」
実体化した「それ」はポンっと言う音を立て、人間サイズに変身して、そして言った。
「ぱんぱかぱーん!」
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