第4話 白ロリさん(わたし)は三たび咲(わら)う

 『3059.12.24 19:28』『3』『5』『2』


 わたしは体を起こすと右を向いて鏡で自分の姿を確認した。

 そこに映っていたのは、銀髪ロングに雪のような肌のアルビノの美少女。先ほどと何も変わらぬ姿だ。


 わたしは右肩を触ってみたが、何ともない。「前回」の時と同じように、体に傷は一切なかった。

 衣服は前回と同じ、薄手の白いワンピース。汚れも見当たらない。


「あった…よかった」


 わたしはベッドに乗ったまま足側の方に移動すると、前回と同じ位置に「傘」が置いてあるのを見つけた。

 前回は傘と一緒に上で力尽きたが、これは復活するようだ。傘があるとないとでは大違いだから助かった。


 周囲を見渡すと、例の御影石ディスプレイの光文字も気になるが、それよりも明らかに前回と異なるのは収納ケースが一つ増えていることだ。


 おさらいすると、この部屋は八畳ぐらいのサイズの長方形の部屋である。光源は天井全体で、どういう仕組みか分からないが淡い蛍光灯のように光っている。ベッドの上あたりに黒インクのようなもので例の殴り書きがある。

 ベッドはこの部屋の、わたしが最初に寝ていた方向から言うと、右側の頭側の隅にある。


 そして、右側の壁の、頭側半分はとても大きな鏡になっている。

 右側の壁の、足側半分は何もない石壁であるが、床には傘が置いてある。


 頭側の壁は全面が黒く磨かれた御影石になっていて、その一部にディスプレイのように光文字が浮かんでいる。


 足側の壁には何もない。そういえば「前回」傘を突き刺した壁のひび割れが元に戻っている。

 

 左側の壁の、頭側には机と椅子がある。「前回」椅子を粉々に砕いたはずなのに、元に戻っている。

 左側の壁の中央あたりに、地下倉庫に向かう、一方通行の扉がある。

 

 そして、新しく現れた収納は、左側の足側の隅、つまりベッドと正反対の位置にあった。

 さっそく調べてみると、それは九〇cmぐらいの高さで三段の木製の収納箱であった。扉はなく、棚がむき出しである。

 その一番上の棚に、白い靴が一足入っていた。


「…サンダルだ」


 サンダルと言っても、ゴスロリさんが履いているような、厚底でヒールも高い、おしゃれな奴である。

 手に取って、ベッドに腰かけて履いてみると、サイズはぴったりだ。履き心地も想像以上に良い。まるで、底がゴムのスニーカーのような…そういえば足音が全くしない。

 もしかすると、これも傘と同じようにマジックアイテムなのかもしれない。うん、凄く良い。気に入った。


 ついでに傘も差してくるくると回し、鏡の前でポーズを取ってみる。


「……」


 なんか違う。

 確かに、傘と靴はすごくおしゃれだが、それ以外は薄手のワンピース一枚なのである。しかも相変わらず下着が無い。


「いやその…何で周辺から攻めるのかな。とりあえず下着だけでも欲しいんですけど」


 わたしは誰に訴えるでもなく、つぶやいた。この世界にもし神様が居るのなら、絶対変態だ。ろくなもんじゃない。


 気を取り直し、私は御影石ディスプレイの光文字を調べることにした。


「あれ…?」


 わたしは、それぞれの組の文字列の側に別の小さな文字があることに気付いた。黒に近い灰色で良く見ないと分からない。新たに現れたのか、それとも前回までは気付かなかったのかは分からない。

 ともあれ、一つ目の文字列の横には「DATE」、二つ目の文字列の横には「LIFE」、三つ目の文字列の横には「XP」、四つ目の文字列の横には「RECHARGE」と表示されていた。

 

『DATE:3059.12.24 19:28』『LIFE:3』『XP:5』『RECHARGE:2』


 1つ目の文字列は予想通り、日時のようである。前回の表示が確か『3059.12.24 18:28』だったから、一時間経過したという事だ。ぴったり一時間と言うのが何か引っかかる。 

 2つ目の文字列は…命の数だろうか。まあ何と言うか、リアルな生々しい表現は嫌いだ。「三回目」としておこう。

 3つ目の文字列は、殺した数なのかな?「二回目」が「1」で四人殺して「5」になっている。うーん。これもソフトな表現にしたい。これからは「撃破数五」と言う事にしよう。

 そういえば「一回目」から「二回目」で表示が「0」から「1」になっていたが、何故だろう?


「あ」


 そういえば、殺した。自分を。――いやそれカウントされるんかい!

 

 で、最後の文字列が良くわからない。RECHARGE――再充電が「2」?

 前回は「1」、最初が「0」、何か法則性は…回数マイナス一、じゃあ無いよなあ。

 わたしはふと、思い当たった。


「ちょうど一時間後に復活…あ、なるほど」


 さっき引っかかっていた時刻の謎が解けた。これはきっと復活までにかかる時間だ。

 この部屋から出ていくと時間経過が開始され、再充電だけの時間が経過すると復活可能になるということなのだろう。

 恐らく次は二時間かかるということだ。

 まあこれは大して重要じゃない。当たり前だけど、死ななければ良いのだ。死ぬ前提で考えるのは良くない。まずは生き延びることを考えないと。


 とりあえず、わたしはこの部屋で試したいことがあった。

 傘を取って、前回ヒビを入れた「足側」の壁に向き直る。


 ドゴン!!ドゴン!!ドゴン!!ドゴン!!ドゴン!!


「ふう、ダメかあ…」


 わたしは壁に穴を空けて、一方通行の扉以外の別の出口が作れないか考えたのだ。

 だが、傘で壁に衝撃を与えると、表面はひび割れて崩れるものの、その奥に謎の黒い物体があって、それはビクともしない。

 壁に一mぐらいの大穴を開けたところであきらめた。


 わたしはサンダルを脱いでベッドに寝ころんで休憩する。天井には『You are disposed』の殴り書き。

 そろそろ調べるものも無くなった。外に出ることを考えよう。


 「二回目のわたし」が活動していた時間はそれほど長くない。でもあれだけの大立ち回りをしたのだ。三〇分以上は経っていると思う。

 となると、外は「二回目のわたし」が活動停止してからせいぜい二〇分経過しているぐらいか。


 五人目の男は、反撃こそ許したものの、腹部貫通の致命傷を与えたはずだ。それから二〇分。死に至っているかどうかは分からないが、普通なら瀕死である。殺すのは容易いだろう。

 他に更に仲間が居るかどうかは分からないが、とりあえず入口の扉を閉めておけば、何とかなるのではないか。最悪、また地下倉庫や階段を利用すればいい。前回も動転していたから直接対決になってしまったが、よくよく考えれば階段におびき寄せれば良かったのだ。


「よし…」


 わたしは意を決し、傘を持ちサンダルを履いて扉を開けた。

 そこには前回と同じように、木箱や袋が積まれた倉庫があり、完全に中に入ると背後の扉が壁に溶け込むように消えていく。そして襲ってくる暗闇と空腹感。

 ここまでは想定通りだ。


 わたしは構わず、地下倉庫を通り抜ける。奥の扉が開けっ放しになっていて、そこから光が入ってくるから、目を慣らす必要もない。つまづかないように男たちの死体を避けて、階段を登った。

 そこには腹を貫かれて血を流し、呻きながら床に横たわっている男が居た。


「お…おまえ何でまた…」


 男はそれだけしゃべるのが精いっぱいのようだ。わたしは傘を振り下ろして、今度こそ男の息の根を止めた。


 わたしはまず、五人目の男が入って来た外からの扉を閉めて、内側から鍵をかけることにした。外は夜ではっきりとは見えないが、木々が生い茂っており、どうやらここは森の中のようだ。

 とりあえず、これで外からの侵入は防ぐことができる。


 わたしはふう、とため息をついて、家の中の捜索をすることにした。もしかしたら、中にまだ誰か潜んでいて、不意打ちを喰らうかもしれない。まだ警戒モードを解くわけにはいかない。

 サンダルは思わぬ拾い物だった。どうやら本当に隠密性に優れているらしく、足音が全く立たない。こういう捜索の時には非常に心強い。


 ここはリビングのような広いスペースであり、暖炉やテーブル、椅子、ソファーなどが見える。そして外への扉と二階への登り階段が見える。どういう仕組みか分からないが、壁に等間隔に灯りがあり、夜でも明るい。

 わたしは「前回」確認出来ていなかった部分を、順番に警戒しながら調べていく。


 一階には他にキッチン、ダイニング、トイレ、浴室等があった。特に、ダイニングにはスープのような食事が一人分用意されていたのが有難かった。恐らく五人目の男のものだったのだろう。食事は後回しにして他の部屋の確認に向かう。

 二階は部屋が大小三つあり、三つとも男たちが寝泊まりに使っている形跡があった。

 とりあえず、部屋にまだ他の者が潜んでいるという事は無さそうだ。


 わたしはダイニングに降りて冷めたスープの食事を取り、一息ついた。具は少なく、堅い肉と芋が入っていた。美味しいかどうかは良くわからないが、とりあえず空腹は収まった。それを調理したと思われる鍋は既に空っぽであった。


 キッチンと浴室は隣接していて、ちょうどその間に裏口の扉がある。裏口の扉を恐る恐る開けてみると寒気が流れ込んできて、ワンピース一枚の身に堪えた。

 扉の外はやはり森のようであり、すぐに木々が生い茂っていたが、その手前に汲み上げ式の井戸があった。

 水を汲み上げるには時間もかかるし力も要る。何より外だから寒い。だが、ともあれ水を供給することは出来る。わたしは早速汲み上げた水を手ですくって飲んでみた。普通に飲めそうだ。

 浴室には浴槽のようなものがあり、水を貯めることは出来るが、お湯にするにはどうすれば良いか分からなかった。


「さて…」


 安全が確保され、空腹も満たされたところで、わたしは男たち五人と「わたし二人」の死体をどうしようか迷った。

 取りあえず、わたしは例の傘を使って運ぶ要領で、玄関扉の前あたりに固めて置くことにした。

 家の外に放り出しても良かったが、血の匂いで獣とか怪物を呼び寄せても面倒だ。明日になったら適当な場所に傘で穴を掘って埋めることにしよう。


 男たちの死体からは使えそうな物を回収しておいた。剣や短剣のような得物類にベルト、金銀銅貨など。硬貨は今は無用の長物だが、いつか人里を訪れて使う時があるかも知れない。

 あと待望の下着があったが、流石に男物でしかも使用済みのモノは、洗濯したとしても使う気になれなかった。

 そして「わたし二人」の死体。二人ともワンピースは着たままだったが、「二回目のわたし」の側に傘は無かった。傘は例外的に死ぬと最初の部屋に戻る仕組みなのだろうか。


 作業をしている間に思わぬことに気付いた。傘は手に持っていなくても、身に着けていれば効果が得られるという事だ。

 ベルトとヒモを使い、大剣よろしく背中に傘を固定したのだが、その状態でも腕力は向上していた。これは便利だ。


 徐々に眠気が襲ってきたので、わたしはリビングの長いソファーに横になって睡眠を取ることにした。

 二階の部屋にはベッドがあったが、男たちの強烈な体臭が残っていて、とても使う気になれなかった。いずれ掃除して綺麗にすることが出来たら二階で寝ることにしよう。


「…おやすみなさい」


 わたしはようやく、この世界ほしで初めて眠りについた。

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