第3話 白ロリさん(わたし)は反撃する

 わたしは「前回のわたし」に酷いことをしたあいつらを絶対に許せない。

 だから殺そうと決心した。


 いくら自殺とは言え、あいつらは「前回のわたし」をそこまで追い込んだのだ。人殺しだ。

 だから目には目をだ。


 それに、地下倉庫には十分な量と思える食料はある。

 あいつらさえ殺せば、当面「この部屋」の外で生きていくことが出来るだろう。

 その後、どうすれば考えれば良い。まずは「この部屋」の外で安全な生活スペースを確保することが最優先だ。

 そのためにはあいつらが居てはならない。排除せねばならない。


「よし…」


 わたしは意を決し、傘を持って扉を開けた。

 そこには「前回」と同じように、薄暗く、木箱や袋が積まれた倉庫がある。


 扉は、完全に体が部屋から出てしまわない限りは、部屋に戻れそうだ。しかし、留まる理由は無いので、わたしは倉庫に入る。

 すると背後の扉が壁に溶け込むように滲んで消えていく。背後からの光が消え、真っ暗になった。


 そして、前回と同じように空腹感が襲ってくる。尿意は無い。きっと「前回」の死に際に出してしまったからだろう。

 倉庫の奥、上の方から言い争うような声が聞こえる。間違いない。あいつらがいる。


 わたしは、あいつらをおびき出すことにした。

 このまま上に行って、不意を撃つことも考えたが、なにせ相手は四人いる。落ち着いて対処されたら勝ち目はない。素早く全員を倒せれば良いが、そんな自信は無い。

 だが、この地下室から上への階段であれば、一人ずつしか入ってこれないし、傘を槍代わりにして応戦することも出来るだろう。


 わたしは暗闇に目を慣らした後、倉庫の中の木箱を物色して、空のものを見つけると、反対側の扉をあけ、そこに床に木箱を置いた。

 そして傘をゴルフスイングして、木箱を階段の上に跳ね飛ばす。


 ぐわん、がん、ががん。


 木箱は天井にぶつかり、反動で階段や壁に何度かぶつかった後、また足元に転がってきた。

 かなり頑丈なようで、叩いた面がメキっとひしゃげて木の板が折れているが、箱としての形状は辛うじて保っている。


「あ?」「何の音だあ?」


 上で男たちの声が聞こえる。

 わたしは開いた扉の横に退避し、あいつらが来るのを待ち構えた。


「何で木箱が勝手に…なんか居るのか?」


 階段をゆっくりと降りて来た男は凹んだ木箱に気を取られ、死角から傘を振り下ろそうとしているわたしに気付いていなかった。


 ぐしゃ。


 男の頭が潰れる。即死である。

 そして男が木箱の上に倒れこんだため、衝撃で木箱を引きずる形となり、石の床と擦れてギギギという耳障りな音を立てた。


「お、おいどうした?何があった?」


 別の男の声だ。

 わたしは頭が潰れた男を見て「うえぇ」っと嘔吐感を催していたが、必死に我慢して警戒態勢を取る。

 再度死角で待ち構えていたが、次の男は倉庫の中まで入ってこなかった。


「おい、レフティがやられた、気をつけろ何かいるぞ!」


 わたしはまずい、と思った。

 地形を利用して一人ずつ死角から不意打ちして倒そうと思っていたが、気付かれて準備を整えられたら勝ち目が無くなってなってしまう。

 わたしは咄嗟に階段に飛び出し、すぐ目の前にいた居た男を突きさした。


 どしゅっ。


「ぎゃあああああ」


 傘は男の腹部を貫通したが、即死には至らない。男は激痛に叫び声をあげた。


「…がっ」


 傘を男から引き抜き、頭の上に振り落とす。これで2人目。


「お、おまえ何で…もう一人…ば、ばけものか」


 見ると、三人目の男が階段の半ばまで降りてきている。私は傘を槍のように構え、階段を登って距離を詰めた。

 男は一瞬逃げようと逡巡したが、前を向きながら後ろ歩きで階段を登るというのは困難だ。剣を構えて応戦態勢をとる。


 お互いにゆっくりと近づき、そしてわたしは男の足を狙って突き刺した。男はてっきり胴体を狙ってくると思い込んでおり、足元への攻撃にとっさに反応できなかった。


「ぐっ」


 左脛を砕かれた男は辛うじて立っていたが、わたしが矢継ぎ早に右足も攻撃したため、立っていることが出来ず、その場で尻もちを付く。

 男は完全に戦意を喪失した。


「た、たのむ、助けてくれよう」


 問答無用、わたしは無言で傘を男の顔面に振り下ろした。

 だって、「前回のわたし」があんなに「やめて助けて」と訴えたのに助けてくれなかったじゃないか。だから自業自得だ。


 さて、これで三人倒したが…四人目が姿を見せない。


 四人目はまだ上に居る。下で何かが起きた事は把握しているだろうし、降りていった三人がやられたから警戒しているのだろう。

 準備を整えられたら厄介だ。例えば弓矢とか、傘よりリーチが長い槍などを持ち出されては勝ち目がない。

 だからといって、迂闊に上に登っていけば、不意打ちでやられるかもしれない。ちょうどわたしが最初の男を倒したように。


(どうしようか…)


 わたしはふと思った。

 男たちを倒せたのはこの傘の威力のお陰だ。わたしが傘を持っているときだけ、信じられない力が発揮できるのだ。

 ならば、攻撃以外でも力が強くなっているのでは?


 わたしは目の前に仰向けに倒れて息絶えている三人目の男の腹に、傘をずぷっと突きさした。嫌な感触だ。

 そのまま力を入れて持ち上げようとすると…男の体はそんなに抵抗なく、すいっと持ち上がったが、足腰がきつかった。ぷるぷると震えている。

 どうやら傘は腕というか上半身の力のみ強化するみたいだ。腕力で男の体を持ち上げるのは全く問題なかったが、推定六〇kg以上の重量増加に足腰が耐えかねている。

 それでもわたしはゆっくりと一段ずつ階段を上がっていった。


(頑張れ、わたしの足!)


 わたしは、三人目の男を傘で持ち上げたまま、何とか階段の終端までたどり着き、男の体を地上の部屋の中にぬうっと差し出した。


 ぐしゅ。


 途端に男の体に右側から何かが振り下ろされた。やはり不意打ちを狙っていたようだ。

 わたしは構わず、その方向に腕力任せでぶん回した。男の死体がすぽんと傘から抜ける。


「うわっ」


 ごちんどすんという音がした。

 階段を一気に登り切って部屋に入る。四人目の男が倒れており、そこに三人目の男の死体が覆いかぶさっている。

 わたしは四人目に躊躇なく傘を振り下ろした。四人目は叫び声をあげる暇もなく、活動を停止する。


「終わった…やった」


 わたしはしばらく肩で息をして立っていたが、そのうち緊張が解け、その場に座り込んでしまった。

 そして息が整い、落ち着いてから周囲を見渡した。死体の始末は後回しでいいや。


 ここは多分、木造の家なのだろう。

 階段を登り切ったところはリビングのような広いスペースであり、暖炉やテーブル、椅子などが見える。二階があるのか、更に上への登り階段もあるようだ。


「あれ?」


 あれはもしかして。

 わたしは部屋の隅に横たわっている真っ白なそれに目が行った。そして近寄り「それ」をはっきりと認識すると、たまらず嘔吐してしまった。と言ってもお腹の中には何もない。少量の胃液が上がって来ただけである。


「う…うぇ」


 不快感を何とか押し込め、もう一度それを見やる。

 それは「前回のわたし」の死体であった。

 部屋の隅の動物の毛皮の敷物の上に寝かせられ、衣服は乱れ、顔面は殴られて腫れており、首から多量の血が流れて毛皮を汚している。

 わたしは「それ」に触ってみた。当然というか何というか、それは「今のわたし」とは別物だ。触られた感覚も無いし、「それ」をつねっても私は痛くなかった。

 生理的な不快感と嫌悪感が治まった後、今度は深い悲しみが襲ってきた。


「う、う…ぐす。可哀そうに。怖かったね、辛かったね…」


 わたしは服が汚れるのも気にせず、それを起こしてそっと抱いた。




 「二回目のわたし」がこちらで活動を開始してからまだ一時間と経っていない。「それ」はまだ温かかった。

 理由は無い。理由は無いけれども、わたしには「それ」が、単なる「わたし」の抜け殻などではなく、わたしと記憶を共有した近しく愛すべき人の亡骸のように思えたのだ。

  

 バタン!


 突然、わたしの背後で扉を閉める音がした。


「な、なんだこりゃあ!何があった!」

(五人目だ…ど、どうしよう)


 迂闊だった。家の外に出ていた者が戻ってきたのだろう。

 運が悪いことに、その五人目は今までの男よりも体が大きく、強そうであった。


 わたしはほんの少しの時間で必死に考えを巡らせた。

 この惨劇をわたし以外の何か、例えば外からやって来た怪物や猛獣のせいにすることは出来るかもしれない。でもわたしは具体的な怪物や猛獣を良く知らないし、きっとボロが出るだろう。

 それにたとえ言い逃れ出来たとしても、この男は残り四人の恐らく仲間、同類なのだ。

 となれば、最終的には「前回のわたし」と同じような目に遭うのがオチだろう。それならばいっそ。


 わたしは立ち上がって、傘を構えた。 


「ん、嬢ちゃんは誰だ?――なあ、これはいったい何があったんだ?」


 わたしは何も答えない。会話するつもりは一切なかった。会話に気を取られて隙が出来てしまうかもしれないから。

 だから、目の前の男を倒す。その一点にのみ集中した。


「おいおい、そんな警戒するなよ、なあ、何があったのか話しちゃくれないか?」


 わたしは、じりじりと近づいた。


「おい、答えろよ!――まさか、おまえがこいつらを殺ったのか…?」

「……」

「そうかい、なら力づくでも喋ってもらうしかないな」


 男はその体格に見合った大型の剣を構えた。あんなもので斬られたら一たまりも無いだろう。わたしは恐怖を必死で抑え込みながら近づく。


「うらああ!」

「きゃあ!」


 男は素早く踏み込み、剣を上段から振り下ろしてきた。わたしは傘でとっさに受け止めた。傘は十分な強度を持っていたようで、変形も何もしていない。恐らく傘で強化されているであろうわたしの腕も問題なかったが、足腰はそうではなかった。一瞬バランスを崩してたたらを踏むが、何とか倒れずに済む。

 このままじゃやられる。怖い。助けて。

 一方、男は余裕の笑みを見せて、次撃の準備をしている。


(やらないとやられる)


 わたしは破れかぶれで傘を槍のように構えて突っ込んだ。

 一方で男は油断していた。先ほどの打ち込みへの対応を見ても、手練れとは思えない。それに女が傘を振るってきたとしても大したことは無い。突っ込んできたところを峰撃ちして気絶させればいい。男はそう思っていた。


 どすっ!


「よし!」

「お、あ、ああ!?」


 男はわたしの突いた傘をかわそうとしなかった。そして、傘は男の腹を背中まで貫通していた。致命傷に違いない。わたしは勝利を確信した。

 一方男は何が起きたのか信じられないという表情をしている。が、男は自分のなすべきことを理解した。つい先ほどの瞬間まで、男は峰撃ちをしようとしていたが、それを改めて最後の力を振り絞り、刃の付いた方で無防備な女の右肩に振り下ろした。


 どしゅっ!!!!


 わたしは体の右側、三分の一ぐらいが無くなっていた。


「ああああああああ!!!!」


 どうして!?――倒したと思ったのに。何でこんなことに。痛い痛い痛い痛いいやだいやだいやだこわいこわい、こわ…

 せめてもの救いは、わたしの意識が砕け散るまでの時間が前回よりも遥かに早かったことだろうか。

 肩からぱっくりと両断されたわたしの体は、極めて短時間で多量の血を失い、活動を停止した。




 そして、目が覚めると、真っ白に光る天井に黒インクのようなもので酷い殴り書きがあった。


―― You are disposed(お前は処分される)


「ふふふ……」


 わたしはわらった。


「また処分されちゃった」


 わたしは一通り泣いた後、涙を拭って、そうつぶやいた。

 さあ、三回目の「わたし」を始めよう。

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