第2話 白ロリさん(わたし)は傘を手にした
『3059.12.24 18:28』『2』『1』『1』
しばらくするとわたしは泣き止んで、立ち直った。女子は強いのだ。
「ふん!処分されてたまるか」
わたしは体を起こすと右を向いて鏡で自分の姿を確認した。
そこに映っていたのは、銀髪ロングに雪のような肌のアルビノの少女。先ほどと何も変わらぬ姿だ。
力任せに殴られたはずの顔は何ともなっていない。首にも傷は無い。
体中押さえつけられたりしたが、痣のようなものも無い。
衣服は前回と同じ、薄手の白いワンピース。汚れも見当たらない。
「えっと…」
ちょっと躊躇ったが、わたしは下の方も鏡で確認することにした。
果たして――無事であった。純潔のままだ。いやそもそも「前回」純潔であったかどうかは確認していないのであるが。
冷静さを取り戻したわたしは、改めて自分の姿態を再認識して、ものすごく気恥ずかしくなってしまった。
鏡の中で、全身雪のように白い少女が、淡く透ける薄衣一枚しか纏っておらず、「局部」の「状況」を確認しやすい態勢を取っているのである。
「う…」
あわてて正座し、股の間に両手をつくような態勢を取るが、今度は両腕に挟まれて二つの双丘が圧迫され、強調されている姿が映ることになってしまった。
正直言って、でかい。これはF、いや、もっとあるかも。尋常じゃない。
体そのものは物凄く華奢でほっそりしており、薄衣の上からも肋骨がくっきりと確認できるぐらいなのだけれども、そこにアンバランスな二つの塊がくっついている。
これはぶっちゃけエロい。男たちが狂っても仕方がないのかもしれない。
いや、だからと言って、あいつらがやった事は絶対に許さることではない。
あれだけ体を痛めつけられたはずなのに、忌まわしい記憶が鮮明に残っているのに、体にはその痕跡が全く見当たらない。
まるで最初から無かったかのように。
もちろん、それで心に付いた傷が消えるわけではないのだけれども。
「やっぱりこれ…『死に戻り』って奴なのかな」
死に戻りというのはそういうジャンルの物語の総称だ。
具体的に言えば、行動を誤って死んでしまったら最初に戻ってしまい、トライ&エラーを繰り返して主人公が正解の道筋を進んでいくというもの。
そういうものがある事は知っているが、どのような内容だったかは何故か思い出せない。
気を取り直して周囲を見渡してみるが、最初にいた部屋と全く変わりがないように思える。
違いがあるとすれば、御影石のディスプレイの光の文字が少し変わっていることぐらいだ。
「これは…時刻が進んでいるのかな?」
四組の文字列のうち、一つ目の文字列がわたしの仮説通りに日時時刻だとしたら、二八分経過していることになる。
でも、もしそうだとすると、短すぎて辻褄が合わない。
「前回」が幾ら短い人生だったとしても、色々探したり考えたりして、少なくとも二時間は経っていたはずだ。
たった三〇分弱だと、せいぜい扉を開けてから倉庫を調べ、上に登って男たちと話した時間ぐらいしかない。
ん、待てよ?
「これ、もしかして、この部屋にいる間はカウントされないのかな?」
この文字列は、何らかの理由で特定の日時が表示されているのだと思っていたが、最初の印象通り「時計」であり、時間の進行が止まっているのではないか?
そういえば「前回」は部屋から出てすぐに空腹や尿意を感じた気がする。
もしそうであれば、この部屋にいる限りは食事やトイレの心配をすることもなく、安全ということではなかろうか。
どういう仕組みなのかは分からないが、目の前にある扉は一方通行で、反対側の倉庫からは扉が見えなかったから、外からここに入るのは不可能だと思える。
この部屋にいる限り時間が進まないのであれば、時間が三〇分程度しか進んでいないのも納得できる。
そしてこの時刻は「前回のわたし」が死んだ瞬間だということなのだろうか。
ということは、例の男たちはまだ上に居ることになる。
わたしはそう思い至って、ぞっとした。
このままもう一度、扉を開けて出ていったとしても、きっと同じ目に遭わされるだけだろう。
それはいやだ。あんな思いはもう二度としたくない。
それならばいっそ、この部屋にいた方が安全だろう。この部屋でずっと過ごせば――過ごせば?
この何もない部屋で、独りでずっと、何日も何週間も何年も過ごすというのか。
そんなことをすれば退屈と孤独できっと気が狂ってしまうだろう。それはダメだ、絶対に耐えられない。
いや、そんな何年も居なくともいい。しばらく待てば、男たちも居なくなるかもしれない――いや、違う。それもダメだ。
わたしの仮説が正しいとすれば、この部屋にいる間は時間が進まないのだ。
この部屋で何日、何年過ごそうとも、「前回のわたし」が死んだ瞬間のまま時間は経過せず、男たちは居なくならないのである。
ここを出て、次の倉庫で過ごせばどうだろうか――いや、それもダメだ。
確かにそうすれば時間は進みだす。
でもそれはわたしが生命活動を再開して、空腹やそのほかの生理現象に悩まされることを意味する。尿意は倉庫の隅で済ますとしても、空腹や喉の渇きはせいぜい二日間ぐらいしか耐えることが出来ないだろう。
いや、空腹自体は倉庫には芋や穀物などの食料が貯蔵されているから、何とかする方法はあるのかもしれないが、逆に言えば男たちが定期的に食料を補充しにやってくるという事だ。
男たちが何時になればここを立ち去るか分からないが、少なくともそれまで倉庫の中で見つからずにやり過ごすのは現実的ではないだろう。
いっそのこと、男たちを振り切って逃げてしまえばどうだろう――それも多分無理だ。
倉庫は地下室で、上は木製の小屋になっている。小屋の外に出る扉もあった。時間が先ほどから進んでいないのであれば、男たちは「前回のわたし」が逃げれないように部屋の隅に集まって体を押さえつけていた状態であり、その背後を通り抜けて外に出られるかもしれない。
でも、この小屋の外がどうなっているか分からないから迂闊な行動は取れない。それに、そもそも「前回」だって逃げようとはしたのだ。だが無理だった。
わたしは裸足である。その上、胸の二つの膨らみが、走るときに予想以上に障害になった。とてもじゃないが全力疾走など出来ない。
つまり見つかれば、確実に捕まってしまうのだ。そんなリスクは犯せない。
「はあ、どうしろって言うのよ…」
わたしはもう一度ベッドに寝ころび、考えを巡らせた。うつぶせなので、頭側にある御影石のディスプレイの文字が目に入る。
『3059.12.24 18:28』『2』『1』『1』
一つ目の文字列は日時だとして、残りの三つは何なのだろう。「前回」に比べると一つずつ増加している。
「二回目」になったことによる変化だと思われるが、それが具体的に何を意味しているのかは良くわからない。
単純に回数であるならば、同じような表示を三つも設けないだろう。まさか「大事なことなので三回言いました」とかではあるまい。
わたしは、この残りの三つの文字については考えても分からない、と結論付け、起き上がって再度部屋を調べてみることにした。
まず、机――は何も変化が無いように見える。
扉は、調べていて何かの拍子に部屋に戻れなくなったら怖い。後回しにしよう。
「あれ?」
私は部屋の隅、ベッドで私が足を向けて寝てた側の壁の側に何か「棒状のもの」があるのを見つけた。
ベッドの上からはちょうど死角になる位置だ。
「これは…傘?」
手に取ってみると「白い傘」としか言いようのない形状のものだ。開けてみると、レースの装飾がされていて、雨傘ではなく日傘のように思える。
ただ普段使いの傘にしては少し大きい。畳んだときの長さは一〇〇cmぐらい。開けた時の傘の直径は一五〇cmぐらいあって、大人二人が余裕で入れるサイズだ。
あと装飾がかなり華美である。ゴスロリさん用の装飾だけど、サイズ的にはレースクイーンが持っているでかい傘という印象だ。
「傘は今は要らないけど…棒や武器の代わりになるかな?」
わたしは、この傘を折りたたんだ形状で槍のように使えないかと思い、試しに壁に向かってフェンシングのように「えい」と突いてみた。
ドゴン!!
「は?」
傘はわたしの想像をはるかに上回る威力で、先端が壁にめり込んでいた。壁に少しヒビが入っている。
わたしはしばし呆然としていたが、気を取り直して傘を壁からすぽんと抜き、床に置いてから、今度は自分の拳で壁を叩いてみた。
ぺちん。
「…痛い」
手がじんじんする。当然壁がひび割れるとか、そんな様子もない。となると、わたしの力が強いわけではなく、傘の使った時の能力なのだろうか。
今度は傘を拾って竹刀のように構え、机のそばにある椅子に振り下ろしてみた。
バキョン!!
椅子は大きな音を立てて粉々に砕けた。それは良いのだが、破片の一つが私の足に当たり、思わずうずくまる。
「……あ、い…ったあ」
わたしはしばらくして復活すると、改めて傘の先端を見てみた。
やっぱり形状は普通の傘である。壁にヒビを入れたが、何か傷がついているということもない。椅子が砕け散るほど殴ったのに、布が破れているという事も無い。
「これは…マジックアイテムかな!?」
マジックアイテムとは、RPGで良く出てくる魔法がかかった品物の事だ。といってもわたしがそのRPGを実際にプレイした記憶はない。
実際の経験や体験が無いのに色々分かるというのは不思議な状態だ。やはり記憶喪失か何かなのだろうか。
ともあれ、この傘は十分に武器に使える、と私は思った。
「椅子、壊しちゃった…」
椅子は大小無数の破片になって、原型を留めていない。直すことは不可能だろう。
まあ良い。座りたいときはベッドに座れば良いのだ。
――この椅子がもし人体だったら
わたしはすこしぞっとしたが、同時に心強くもあった。
そしてわたしは決心した。
「よし、あいつらを殺せる…」
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