この世界(ほし)でわたしは咲(わら)う何度でも

Techniczna

第1話 白ロリさん(わたし)は処分される

 目が覚めると、真っ白に光る天井に黒インクのようなもので酷い殴り書きがあった。何とか読み取った文章は、


―― You are disposed(お前は処分される)


「何これ、最悪…」


 そりゃそうだ、誰だって寝起きに「処分される」とか見せられたら不快を通り越してわらいたくもなるだろう。

 『わたし』は独りで苦笑してから気を取り直し、上体を起こしてうーんと大きな伸びをする。


 右に誰か居る?と思って振り向くと、どうやらそれは大きな鏡のようだ。自分の動きにあわせてその姿も動く。

 そして鏡に映っている自分の姿を見てわたしは間抜けな声を上げた。


「ふえ…?」


 そこに映っているのは、極めて印象的で特徴的な少女であった。年齢は十五、六歳であろうか。

 まず目を引くのが腰まで伸びるストレートのロングヘアーだ。しかも銀髪でとても美しい光沢を放っている。 

 そして肌が透き通るように白い。というより白すぎる。まるで雪のようだ。

 目の色は赤色で、唇はほのかに色づく程度の淡いピンクである。

 視線を下に落とすと、かなり大きな二つのふくらみに視界を阻まれ、その先端には唇と同じ淡い色をした突起物がある。


 わたしは胸がポロリ状態なのに気付いて、慌てて衣服を正そうとするが、そもそも白く薄いワンピース一枚しか着ていないことに気付く。下着は上も下も付けていない。

 局部の色が薄いのでそこまで目立たないが、確実に透けている。非常に心もとない状態だ。


 わたしは改めて自分の姿を見てみる。色素が非常に薄い、いわゆるアルビノと言うやつなのであろうか。

 確かに個々の造形は美しいと言えなくもないが、それよりもわたしは異様さや違和感の方が気になった。そう、形容するなら石膏の彫像のような、そんな姿。


「あれ、わたしこんな姿だったっけなあ…?」


 と言っても、本来の姿が何なのか良くわからない。

 いや、そもそもわたしは誰だ?

 いつからここに寝ていたんだ?

 ここは何処だ?

 何故ここにいるのだ?


「あれ、あれれ?」


 よくよく考えれば分からない事だらけだ。それにしても自分の名前すら分からないというのは何なんだろう。

 わたしは周囲の様子を見てみた。


 ここは八畳ぐらいの殺風景な部屋の中だ。どういう仕組みか分からないが、天井全体が蛍光灯のように光っていて、部屋の中は明るい。

 自分はベッドの上に居る。ベッドは木で出来たとてもシンプルなもので、何かの大きな毛皮が布団がわりに敷かれている。

 自分の右側の壁は半分ぐらいが大きな鏡になっていた。反対側の左側の壁には扉と小さな机が一つある。

 それだけだ。他に家具は何もない。

 いや、もう一つあった。死角になっていて気付かなかったが、自分が寝ていた頭側の壁が一面黒い御影石であり、そこに文字が光って浮かび上がっている。まるでディスプレイのように。


 その文字列は『3059.12.24 18:00』『1』『0』『0』と読めた。

 四つに区切ったのは、それらの文字列がかなり離れていて、別々の意味を表していると思ったからだ。


「なんだろこれ?―最初は年月時刻かな?」


 時計のようなものかと思ったが、何分観察していても、その文字列は変化する様子はない。

 わたしはベッドから起き上がり、他の物を調べることにした。床に降りると石畳でひんやりと冷たい。そういえば裸足であった。


 まず木製の机を見てみるが、引き出しも何もない。机の前にセットと思われる椅子が一つあるだけである。机の上に何か物があるわけでもなく、机の下の足元に何か置かれている様子も無い。

 椅子にちょこんと座ってみるが、当然何も起きない。


 ベッドも特に変わった様子はない。下に何か隠されているという事も無さそうだ。

 鏡は壁にがっちり固定されているのか一体化しているのか、全く動かせない。


 残るは扉のみであるが、このとにかく得体の知れない状況で、扉を開けるのは何か気が引けた。何より、もし扉に鍵が掛かっていてここから外に出ることが出来なかったら――あまりそれは考えたくなかったので、後回しにしようと思った。

 と言っても、もう調べるものは無い。椅子に座って溜息をつく。


「どこかの屋敷の一室なのかなあ…」


 そういえば物音が全くしないし、人の気配もしない。

 自分は何故ここにいるのだろう。

 わたしはもう一度考えることにした。


 ここはあまりに生活感のない部屋である。わたしがここで暮らしていたとは考えにくい。

 となると誰かにここに連れてこられたのだろうか。あるいは閉じ込められているのであろうか。

 いずれにせよ、わたしは凄く長く眠っていたような気がする。眠りにつく前の事は全く分からない。

 何かの病気になって、ここに寝かされていたのであろうか。

 

 思考は巡るが、結局何も分からないし、何も変わらない。

 もう一度ベッドの脇の文字列を見てみる。


 『3059.12.24 18:00』『1』『0』『0』


 何も変わっていない。

 天井を見上げると『You are disposed』の殴り書き。私はぞっとして目を逸らせた。


「うん、考えても仕方ない」


 わたしは意を決して扉の方に向かった。このままここに居ても気が滅入るだけだ。

 扉に耳をあてるが、何も物音は聞こえない。

 ノブをひねると、抵抗なく回る。鍵はかかって無さそうだ。


 扉をそーっと押し開け、のぞきこむと、そこは薄暗い倉庫のような空間であった。そこの部屋には明かりが無く、背後からの光だけが頼りである。

 先ほどの部屋より若干広く、十二畳ぐらいであろうか。部屋の中には木箱や何かの袋が雑然と積まれており、更に反対側に扉が見える。

 私は恐る恐る中に入ってみた。 


 木箱は幾つか開いていて、中はジャガイモに似た芋類が入っていた。袋の方は小麦か何かの穀物のようだ。食糧庫なのだろうか。かなりたくさんの量が貯蔵されている。

 それに反応したのか、わたしのお腹がぐううう…と鳴った。そういえば先ほどの部屋にいた時は一切空腹が気にならなかったが、どうしたことだろう。

 

 その時、突然部屋の中が暗くなった。正確に言うと、背後からの光源が消えたのだ。気になって部屋に戻ろうと振り向くと、


「は?――どうして?」


 そこには壁しかなかった。入ってきたはずの扉がなかったのだ。

 先ほどの部屋は薄気味悪かった。ずっと居たいとは思わなかったが、ただそこに居れば少なくとも安全な気がしたのだ。だが、もうそこには戻れない。


 私は暗闇の中で軽くパニックになったが、しばらくすると目も慣れてきて、落ち着きを取り戻した。

 

「もともとあそこにずっと居ようとは思わなかったし、それに…」


 先ほどの部屋では気にならなかった様々な生理現象が、ここに留まることを許さなかった。

 食料が貯蔵されているということは、きっとここには人が住んでいる。

 わたしは更に反対側の扉へと向かった。


 次の扉も鍵はかかっていない。手前側に開くと、光が入ってくる。光源は上からだ。中には登り階段があり、上の方で話声のような音が聞こえる。


(人がいる…)


 わたしは緊張はしたが、同時にほっとした。きっと助けてくれるに違いない。そう疑わなかった。


 階段を上り切ると、そこは木造で広いリビングのような部屋になっており、四人の男性がくつろいで談笑していたが、わたしに気付くと皆口を閉じ、しんと静まり返った。

 男たちは二十代から三十代で、皆中世の冒険者風の格好をしている。


「あ、あの…」


 四人の視線を一斉に浴び、私は口ごもってしまった。


「あの、良くわからないんですけど、わたしここにいて…気が付いたらここにいて」


 男たちは固まったままだ。もしかしたら言葉が通じてないのかもしれない。

 わたしは身振り手振りを加えて更に話しかけることにした。


「気が付いたら、この下の地下室の奥に居て、その、自分の名前とかも良く思い出せないんですけど」


 すると男の一人が金縛りから解けたように、ふふふと笑い出した。

 それに呼応したかのように他の男達も笑い出す。


「お姉ちゃん、どこから入って来たんだい?」


 男の一人が話しかけてきた。良かった、言葉が通じないわけでは無さそうだ。


「あの、良くわからないんですけど、わたし最初からここにいて…あ!」


 今まで必死で気付かなかったが、わたしは男の視線が自分の顔ではなく少し下に向いてることに気づき、慌てて両手で隠した。

 男たちは皆にやにやしてわたしの体を見ている。

 嫌な予感がし、背筋に悪寒が走ったが、背後に逃げても行き止まりだ。

 だから、精いっぱい大きな声で言った。


「あの、お腹も減っていて、出来れば服とかもいただけると助かるんですけど!」

「そうかそうか、それは不安だったな。こちらに来て話を聞かせてくれ」




 わたしは馬鹿だ。こうなることは分かっていたのに。

 でも他に方法なんて無かったじゃないか。だから叫ぶしか無かった。


「い、いやっ!――放してください!」


 わたしは床に引き倒され、男たちに手足を押さえつけられていた。


「暴れるなよ、別に殺そうって訳じゃないんだからさ」

「そうそう、一緒に気持ち良くなろうってだけだぜ」

「だいたい助けてもらおうって言うんだから対価が必要だろう?」


 いやだいやだいやだ、気持ち悪い気持ち悪い触らないで気持ち悪い。


「助けて!――誰か助けて!」

「おいおい、俺たちが助けてやろうって言うんだから大人しくし…あいて!!」


 右側の男の力が少し緩んだすきに、わたしは思いっきり引っ掻いた。


「このアマが…」


 ごきん。男がわたしの顔面を思い切り殴って来た。


「あ、が…」


 ふともものあたりに生暖かい感触がする。どうやら失禁してしまったようだ。


「うわ、きったねえな」

「馬鹿野郎、顔は殴るな。せっかくの上玉が台無しじゃねえか。暴れる時はこうするんだよ!」

 

 左側の男がナイフを抜いて、私の首筋に刃を当てて来た。


「首切れたら死ぬからな?――大人しくしてろよお」


 いやだいやだ。これから自分の身に起こる出来事を考えたら、死んだ方がマシだ。

 わたしは体を大きく捻り、勢いをつけてナイフの方に首を倒した。


 ぶちっという音が聞こえ、鈍い痛みと共に急速に意識が失われていく。


「うわ」

「おい、こいつ自分で」


 男たちの不快な声が遠くなっていく。


 どうしてこうなったんだろう。私は何も悪いことをしてないのに。

 せめてもの救いは綺麗な体のままで居られたことか。でも死んでしまっては何もならない。

 あまりに酷い。辛い。悲しい。悔しい。

 呪ってやる。この世界を呪ってやる。


 わたしの意識は粉々に溶けていった。



   

 そして、目が覚めると、真っ白に光る天井に黒インクのようなもので酷い殴り書きがあった。


―― You are disposed(お前は処分される)


「……」


 わたしは何が起きたか理解できた。

 最悪だ。文字通り最悪だ。


「ふ、ふふふ…う、うう…ひっく」


 わたしはあまりのことにわらい出し、そして泣いた。

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