第9話 7/20(月・祝)

七月二十日(月・祝)


 カーテンを開ける。いつもと代わり映えしない風景が相変わらず在ることに感動を覚える。それを見ている私が存在していることにも。

 下階に降りる。

「おはよう」

 と言う。

「おはよう」

 って返ってくる。お父さんとお母さん、二人分の「おはよう」が。

三人で食卓に着く。今朝は焼鮭だった。美味しい。

 食べ終わると、

「ご馳走様でした」

 と手を合わせて、食器をシンクに入れて、部屋に戻る。部屋着の黄色い袖なしパーカーに着替えて、机に向かう。スマホの、

「十一時半に迎えに行く」

 に、

「ありがとうございます」

 を返して、大学ノートを開く。

 さっき見た夢を記録しなくては。正直、書きたくないけれど。


 書き終わったら、スマホで情報を漁り始める。

 エラちゃんがプロのスカイダイバーを雇っているという噂について。スカイダイビング始めました!って感じのSNSの写真の横に、やっぱり例のイケメンが写っていた。

 次に、エラちゃんが北海道に引き連れて行くお供の数。これは詳しい情報は出て来なかったけれど、まぁ、これだけ分かれば充分だろうというぐらいの情報が出てきた。ネットは凄いね。

 兄弟はお兄さんが二人と妹さんが一人いることが分かった。ついでに、メイドさんと召使いさんと執事さんが計10人ぐらいいるらしい。メイドさんと召使いさんって何が違うんだろう?まぁ、それは置いておいて。ボディーガードさんや通訳さん以外に取材班も付いて行くということだから、計二十人ぐらいは普通に超えそうかも知れない。

 お、集合写真があった。テレビで特集でも組んだ時のものだろう。

お兄さん2人はエラちゃんにめっちゃ似てる!エラちゃんは、お兄さん2人に影響されてゴルフを始めたんだってさ。ゴルファーって感じの、線が細い2人だ。

 気付いたんだけどさ、私って人物紹介する時に「線が細い」って言いがちじゃない?細い男が好みなのかもしれない。気になったら最初から読み返してみてね。まぁ、それは置いておいてさ。

 妹さんはあんまり似てない。てか、あまりにも妹さんが幼いからこれから似るのかも分かんない。3歳ぐらいかな?ちょっとぷくっとしてる。麦わら帽子が似合うじゃないの。可愛いね。

 父親は英国紳士みたいなイメージ。これ、何て言うんだっけ?宝石みたいなの付いたさ、ナントカタイ……ループタイ!付けてる。

 母親は、4人産んだとは思えないぐらい若い。まぁ、外人さんってのは得てして見た目が異常に若いモンだよね。

 メイドさんが、びっくり本当にメイドさん。メイド服着てる。リアルって存在するんだね。いや、分かんない。メイドじゃなくて召使いかも。いっぱい居るんだけどさ、きっと誰かはメイドで誰かは召使いなんだろうね……やっぱ一緒じゃない!?すいません、素人には見分けがつきませんな。

 執事さん達は、タキシードビシッとしてて「プロ!」って感じのオーラがとっても漂ってる。ってか、執事さんって普通1人じゃねぇの?3人ぐらいいるじゃん。いや、でも、格好良いな、マジで。私も執事さんとか欲しいわ。私に執事がいたら速攻で何もしなくなるけどな。即効性あるぜ。

 ボディガードさんは凄い厳つい人。アフリカ系アメリカ人って感じ。軍人上がりっぽい。勝手なイメージですけど。迷彩柄のタンクトップ着てるからそう見えるのかな?

 通訳さんは日本人だった。中肉中背、黒髪短髪の男性。これと言って特徴がない。いや、自己主張の強い通訳さんってのにお目に掛かったことはないけれどね。というか、そもそも、通訳という職業の人に直接会ったことがないなぁ。

 さすがに取材班の人達は写真には映ってないね。撮ってる側なんだろうし。

 うーん、ここに1人1人プロのスカイダイバーが付くとしたら……計50人ぐらいになるか。かなりの大所帯だ。パラシュートも25人分必要な訳だ。インストラクター1人1人が1人ずつ抱えて飛ぶって言うんだったらね。

 それから、私達が搭乗する飛行機のキャパシティー。これは、160だそうだ。つまり、金木組とエラちゃんファミリーと私達で、ほぼキャパシティーが埋まるってこった。下手したら関係者しか居ない機内かも知れない。まぁ、それはそれで都合が良い。と言うか、ぶっちゃけ有難い。

 ここまでで調べたことをノートにまとめて、さて、そろそろ11時半だ。ノートと筆記用具を鞄に詰めよう。塚本先生が玄関のチャイムを鳴らすより、私が外で待っていた方が揉め事が無くて良いだろう。


 私はお父さんお母さんに、

「ちょっと遊んで来るね」

 と言って、玄関を出た。おかげで、目論見通り、今日はお母さんと塚本先生が揉めるのを見なくて済みました。むしろ父親に会わせなかったって方が功績が大きいかもしれない。ともかく、私は学習したのだ。

 玄関先の階段に座って少し待っていると、塚本先生の車が入ってきた。

「悪い、待たせたか?」

「いえ、大丈夫です」

 私は、クーラーの効いた車内に入る。塚本先生は、今日は珍しく私服だった。白Tにジーパンっていうシンプル過ぎるスタイルだったけど。

 そして、車は動き出す。

「良く眠れたか?」

「まぁ……悪夢でしたけどね」

「……悪夢か」

「はい。毎晩毎晩、墜落する飛行機に乗るんですよ?悪夢以外の何モノでもないです」

 実際には私自身は今朝初めて墜落したんだけど。

「そうか……前向きに墜落したのか?それとも、後ろ向きに墜落したか?」

「前面からですけど」

「ふぅん……それは、心理学的に言えば、幸運が訪れる印なんだけどな」

「はああ?」

 思わず喧嘩を売ってしまった。

「……心理学者って、勝手なモンですね」

「はははっ、そう怒るなって」

 倫理教師は快活に笑った。

「ちなみに、後ろ向きに落ちるのは不幸の前触れな」

 ……そうなんでしょうが、それはそれで当然のように目覚めが悪そうですね。

「そう言えば、昨日、映画観てきましたけど」

「お、どうだった?」

「勉強になりました」

「そりゃ良かった」

「ちなみにですね」

「ん?」

「カズミは、河合衣子ちゃんのこと知らなかったらしいですよ」

「……お前、一昨日の話のこと根に持ってたのか」

 はい、とっても。

「可愛いと思うか聞いてみたか?」

「う……聞けるわけないじゃないですか!」

 根に持ちますよ。


 枯れ椿では、やっぱり丹羽さんが先に呑んでいた。どう見ても肌着な上に、青い短パンジャージ。お金稼げてない人です!ってオーラが出てる。あ、これ怒られるヤツですかね?全国なお父さん方に。いや、私のお父さんは休日もシャツでピシッとするタイプなんですよ。ごめんなさい、怒らないでください。

「丹羽さん、アル中なんですか?」

「いいや、中毒じゃないよ。手放せないだけさ」

 それが中毒だろ。

「幸田ユメカちゃん、早速見せてくれよ」

「はいはい」

 駄目だ。相手がアル中だと思うとどうしてもテキトーに対応してしまうな。いつか反省しようね、私。


 丹羽さんがノートを読んでいる間、私と塚本先生はソーメンを啜っていた。

「そう言えば、塚本先生は昨日何してたんですか?」

「あ、お前、俺が何もしてなかったと思ってるだろ」

「はい!」

「はい!じゃねえよ。正直だな」

 一つ溜息を吐いて、先生は答えた。

「東京で、水曜日の夜から一泊するホテルの予約」

 先生がホテルの写真を見せてくる。

 あ。思い至ってなかった。十一時に飛ぶ飛行機に乗るなら、前日に現地入りしないと。

「北海道で一泊するホテルの予約」

 あ。そうか、日帰りは厳しいか。帰りの交通手段も、夏休みが始まったばっかりなせいでなかなか予約が取れないんだろうから。

「帰りの新幹線の予約」

 おお!取ってくださったんですね!帰りは新幹線ですか。まぁ、わざわざ東京に出る必要はないし。墜落する心配もないですしね。

「それから、幸田のご両親に渡す偽物の学習合宿のお便りの作成」

 うわっほーい!完璧じゃないっすか!

「だから幸田、終業式の日は二泊三日の荷物を持って学校に来いよ」

「え、荷物多いですね」

「必要最低限で良い。寝巻きは借りられる。服は足りなかったら現地調達だ。荷物はカウンセリング室に置いておけ。明後日は、それ車に乗せて、丹羽を拾って東京に向かう」

 何から何まで、ありがとうございます。何もしてなかったなんて、とんでもないね!


 私達がソーメンを食べ終わる頃に、丹羽さんはノートを閉じた。

 そろそろノート使い切るなぁ、とボンヤリ思う。まぁ、水曜日を過ぎたらもう使わないし。でも、予知夢を記録しとくってのは面白いかもなぁ。続けてみよっかなぁ。そう考えて、ハッとする。そして、ニヤッとする。

 当たり前だけど。

 私は生きて帰って来ることを諦めてなんかいない。

 まだ、走馬灯なんて見る気は更々ない。


 丹羽さんが口を開いた。

「事件を起こさない方法は幾つか在ると思う」

「本当ですか!」

「例えば、ムツゴロウ先生自身を監禁しちゃうとかな」

 ああ……実行犯がいなければ事件は起きないか。でも、それって、

「だけれど、それでも金木組の連中がハイジャックを断行する可能性はある」

 ですよね。

「それに、上手くいったとしても、金木組そのものを敵に回す可能性が大きい」

 私は真顔のままで固まる。

 え、命がないじゃないですか、それ。

「と言うか、マトモにハイジャックしてくれればそれで問題ないんだよな」

 塚本先生、それパワーワードですね。

「ムツ先生自身を説得するしかないですね……」

 現在の境遇に疲れたムツ先生が、復讐なんて手段を選ばないように。未来ある選択ができるように。

「俺が取ったチケットは無駄になるかも知れんが、それでも、事前にムツ先生を説得しおおせるのが最善だ」

 丹羽さんが、マジシャンみたいに、全ての指と指の間にチケットを挟んで言う。って、え?

「チケット多くないですか?」

「万が一を考えてな、金木組とエラ・ジョンソンの関係者以外の一般人のチケットを全て買い取った」

「に、丹羽さん!」

 さすが!なんて抜かりないんだ!

「まぁ、金出すのは俺なんだけどな……」

 塚本先生が頭を抱える。私は指折り数える。

 おいくら万円かなー?

「ま、そゆことでさ、明日の学校で説得してみてくれよ」

「ああ……」

「それから」

 丹羽さんは私をしかと見て言った。

「君の彼氏は、金木組の意向だからこんなことをしているだけで、本当はこんなことしたくないはずだ。彼の話を、聞いてあげてくれ」

「……はい」

 私は、神妙な顔をして頷いた。

「ところで、先生が復讐をしなくなるような提案って何ですかね?」

 私が発した疑問に、大人二人が固まる。

「……飛行機を墜落させる以上の復讐を考えるとか?」

 塚本先生が宜しくない提案をする。

「それはもう災害レベルですよ。何やらかす気ですか」

 三人で、うーんと唸る。その内、丹羽さんは自分が休みの間のバイトのシフトを組み始めてしまった。

「丹羽さんがいなくても、このお店回るんですか?」

「ん?まぁ、娘が代わりにやってくれるよ」

 あ、へぇ、娘さんいるんですね。何番目の奥さんとの子供だろ?勿論、聞くのはやめておいた。

「ちょっとお手洗い借りて良いですか?」

「ん、右手の奥だよ」

 あ、いや、違う違う。台詞を間違えたぞ、私。

「お花を摘んで参ります」

 これぞレディ!

 トイレに行くついでに、丹羽さんの娘さんってのが居ないかなーって見ようと思ったんだけど、それっぽい年齢の女の人は居なかった。お兄ちゃんばっかり。つまんねぇの。


 五時ぐらいまで悩んだのだけれど、結局マトモな案が出なかったので、各自の宿題ということになった。主に、夢の中で私がどういう行動を取るかが重要になってくると思われる。

「明日の夜、また集まろう。もし既に事件が解決していたら、祝杯をあげようじゃないか」

 そう、丹羽さんは言った。そして、解散となった。

 車の中で塚本先生が笑って言った。

「まぁ、何とかなるさ」

 と。

「丹羽がついてるんだ。アイツが何とかできなかったことなんてない」

 本当に、今まで何があったんだろう?

「そのプリント、ちゃんと家の人に渡すんだぞ」

「はい」

 元気にお返事する。

「時に先生」

「ん?」

「何で夏休み前って一日だけ登校しがちなんでしょう?」

「……さあ?」

「私アレ嫌いなんですよね」

「……ちゃんと明日学校来いよ?」

「……仕方ないから行きますよ」

 ちょっとだけ不貞腐れた私は家の前で車を降りた。

「では、また明日」

「ああ、良い夢見ろよ」

 車は去って行った。


「ただいまぁ」

「おかえり。今日は夕飯食べて来なかったのね」

「うん」

 何か最近、私が夕飯食べて帰って来るのが当たり前みたいに思われてる気がする。

「あ、あのさ」

 お母さんにプリントを渡す。

「高校三年の夏だからって、緊急の勉強合宿するんだって」

「コレ、今日渡されたの?」

「あ、うん。さっきまで塚本先生と居てさ」

「……ふぅん」

 あ、何か怪しまれてる気がする。塚本先生のせいだ。この前お母さんに怪しまれたりするからぁ。私が塚本先生に襲われてるって思われてそう。でも、まぁ「行くな」とかは言われないし、良いか。

 私は部屋に入って明日からの旅行の準備を始めた。クローゼットの奥からスーツケースを引っ張り出して来て、服を詰める。えーっと、2泊3日なんだから、水曜日の服と木曜日の服だけ持って行けば良いのね。服を現地調達するってのもなかなか良い話だけど、お金を払う塚本先生さすがに可哀想だし、時間があるかは分からないしな。服を選ぶのに時間を取られて何かが間に合わないような事態になったら目も当てられない。だからちゃんと持って行こう。やっぱ袖なしパーカーに限るよね。北海道だって夏はさすがに暑いんだろうし。

 ふふっ、修学旅行前日みたいで、ちょっとだけ楽しい。

 詰め終わったら、ノートを開く。今日のお昼の記録を書き込む。途中で、

「ご飯できたよー」

 お呼びがかかった。

「はーい」

 リビングに降りていくと、良い匂いがしてきた。

「お!焼肉だぁ!」

「休日の終わりだからねぇ」

 お父さんがニコニコしてる。

「あれ、でもお肉少なくない?」

 私の発言に、お母さんの口角がピクッとした。

「……ユメカが夕飯食べてくるかなぁって思ったからねぇ」

 ……ああ!お父さんと二人で美味しい物食べる気だったんだなぁ!全く!

 こうなったら、北海道で海鮮丼でも奢られてきてやる!とは言わない。言えない。でも本当に奢ってもらえるかなぁ?えへへ。

「まぁまぁ、食べよう」

 お父さんが菜箸で牛肉をひっくり返す。

「やぁったぁ!」

 いただきまーす、と、手を合わせて、お肉を取って白米の上に乗せて塩を振って口に運んで、

「んふふふふ!」

 美味しい。

 美味しいんだけど、思っちゃった。

 笑顔のままで、違う感情を抱え込んだ。

 もし、私が失敗したら。

 飛行機が墜落してしまったら。

 こうやって食卓を囲むこともなくなるんだな。

 これが最後の一家団欒になっちゃったり……あ、明日の朝ご飯があるか。

 と言う訳でセンチメンタルに浸る人間を辞めた私は次のお肉に手を伸ばした。


 ご飯を食べ終わった私は、お風呂から上がって部屋に戻った。スマホの画面を見るけど、特にメッセージは入っていない。

 あれ、そう言えば、カズミから返信来ないなぁ……と思って開いてみる。既読マークは付いていなかった。

 ……何だよアイツ。彼女からのメッセージ、無視しやがって。

 ちょっとだけむくれて、忙しかったのかなぁ?って思い直して、スマホを閉じてノートを開く。今のところまで書いて、ベッドに入った。

 さて、夢でも見ようかな。

 今日は墜落しないと良いな。

 電気を消した。


 学校に居た。昼休みだった。私と塚本先生は、カウンセリング室にムツ先生を呼び出していた。

 いや、呼び出してくれたのは塚本先生なんだけど。終業式やってる間に、体育館に並んで座る生徒の後ろで声を掛けてくれたんだけど。

 だから、より正確に言うなら「塚本先生に、私とムツ先生が呼び出された」ってことになるんだけども。

 まぁ、細かいことは置いておいて。

 本題を拾って来て。

「俺達は、ムツ先生がやってることを止めたい」

 塚本先生がムツ先生を説得していた。

「俺がやろうとしてること?」

「ハイジャックだよ」

 塚本先生の言葉にムツ先生が固まる。

「……何のことかな?」

「とぼけないでください」

 格好良さげに糾弾してみる。

「……何故知っている?」

 とても際どい質問に、私と塚本先生は沈黙する。そんな私達の反応を見て、ムツ先生が混乱する。

「……え、そっちが追い詰められるの?」

 当然の困惑だ。

「……まさか、金木一実が漏らしたのか?」

「それは違います」

 って、え?

「何でカズミの名前が出てくるんですか?」

「金木はお前の彼氏だろ?」

 ……何で知ってる?

「この前、教官室に来た金木が鼻血出しててな、どうしたのかと尋ねたら、彼女の裸に興奮したと言った」

 あのバカ。

 服着てない女見たって、鼻血なんか出ないんだよ!とは、丹羽さんの受け売りだけど。いや、受けたくもないし売りたくもない台詞だな。

「金木組二代目の女なら、情報を持っていてもおかしくない」

 金木組二代目の女?……あ、私か。

 え、何その肩書き。何か強そう。あ、でも、へぇ……私ってそういう立場なのか。これって利用できそうじゃない?

「まぁ、カズミに聞いた訳じゃないんだけど。表向きのハイジャックのことだけじゃなくて、裏の理由もちゃんと知ってるよ」

「裏の理由……」

「ムツ先生が飛行機に乗る本当の理由」

「……どういうことだ」

「金木組に復讐するってヤツだよ」

 ムツ先生の目が細くなる。え、怖い。やめて貴方強いんだから。

「でさ、飛行機を墜落させるなんて止めた方が良いと思いますよって忠告させてもらおうと思った」

「それは」

 ムツ先生が強い口調で私の言葉を遮った。

「それは、誰にも言っていない話だぞ?」

 だろうな。どうやら、肉親にも黙ってたみたいだし。

「私には、ムツ先生の考えてることが分かるの」

 いや、一ミリも分かんないけど、ここは虚勢を張っておくべき。

「で、今、貴方の目の前には、金木組二代目の女がいる。どう?私を誘拐してみるとか。金も返ってくるし、金木組に精神的ダメージを与えることもできると思うけど」

 とっさに口をついた作戦だけど、この作戦だったら、そもそも飛行機に乗らなくて済む。絶対安全!塚本先生のお金がドブに捨てられるだけだね!

 ムツ先生はしばらく悩んでいたけれど、

「俺達は、ムツ先生とムツ先生のご家族が悔やまない未来を提供したいだけなんだ」

 塚本先生の言葉に、神妙な面持ちで頷いた。


 そして、所変わって飛行機の中。って、あれ!?何で!?

 混乱している内に、目出し帽を被った男に腕を引っ張り上げられた。でもシートベルトしてるから身体が上がらないはずなんだけど、横に座ってる人……つまり、塚本先生が、私のシートベルトをパチッと外す。

「行って来い!」

 って感じの爽やかな表情で見送られた。

 ええええ!何か思ってたのと違う!

「この飛行機はジャックした。金木組二代目の女を人質に取った」

 あっ!ここで人質に取られるのね!そうか!飛行機に乗らないと、金木組がハイジャックを続行する可能性はまだ残ってるわけだもんね!マトモにハイジャックしようって作戦なのね!でも、これって金木組を敵に回しやしないかい!?

「ユメカ!?」

 カズミの声がした。

「何でこんな所にいるんだ!」

 えっと……それは、色々事情がありまして……

「てめぇ!ユメカを返せ!」

 あっ、格好良い……格好良いんだけど……戦闘力の差が歴然過ぎて瞬殺された。

 で、彼氏を殴られた私は目出し帽男の頭を後ろからぶん殴る。でも全然効かなかったみたいで、ぐるっと後ろ向かれてギロッと中から睨ませたから、こういう時は小さくなるに限る。

「金木組、二億だ。二億出せ。俺の口座に入れろ。入れたら証拠出せ。そうしたらコイツは自由の身にしてやる」

 金木組さん、お願いします……

 すぐに一人の組員が歩いて来て、スマホの動画を見せた。銀行に行って、二億を移動させている組員の姿だった。

「良いだろう」

 目出し帽男は、私の首根っこを掴んで、ハッチを開けた。

 え?

「コイツは自由の身にしてやる」

 ええええ!自由の身って、自由落下じゃないですか!

「これが俺の復讐だ」

 あんた、自分の復讐のことしか考えてないん落とされたあああああ!ねえ!私のこと落としたら貴方はきっと金木組に殺されますよ!?分かってるんですか!?飛行機を見上げて落下していきます段々飛行機が遠く小さくなっていきます背中からの落下って心理学的には不吉なことが起こるサインなんでしたっけ?まぁ今不幸の真っ最中ですけど!今度は地面が近付いてくるのが分かるけどまぁだから良いよねってことは一つも無くてこれはこれで怖いどころか死ぬ程恐怖です文字通りね!っていうかまぁ絶賛死んでる最中NOWなわけでしてダイイングメッセージって死にながらメッセージが書ける人なんているわけないのにどうして現在進行形で表記するんでしょうかとか疑問に思ってたんですが死ぬのってこんなに時間がかかることだったんですねだったら自生の句を詠むのと同じ感覚で犯人を摘発することだって考えられなくもないかいやでも実際痛みとか恐怖とかで意識が飛んじゃうんじゃないかとか心配に思ってたのもさっきの一瞬前までの話でございましてむしろ何かのホルモンが分泌されてるんじゃないかって感じで目が冴えててスローモーションって感じでこんな時なのにああ空が近くで綺麗だなってこんなに青い場所にいたことなんてないから私自身が空に溶け込んで染み込んで一体化してるような感覚に陥っているのは錯覚で陥ってるんじゃなくてただ落ちてるだけですよね堕ちてるだけですよねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ

 とか思ってたら、飛行機から私目掛けてもう一人落下して来た。いや、自由落下より早いなアレ。飛行機蹴って加速して来ましたって感じだな漫画の主人公かよ。その人が私を抱きとめた。当然私も加速するんだけど、その私にハーネスを巻き付ける。慣れた手付きで。地面の建物が目視できそうな距離になった時、バンッと音がして、減速した。体勢が縦になる。そのままフワッと砂浜に着地した。私の身体からハーネスが取り外される。私は、自分の命の恩人の顔を見た。

 ……誰だっけ?この人。

 私、外国人の知り合いなんていたっけな?でも、すぐに思い当たった。エラちゃんの写真で横に写ってたイケメンだ!パラシュートのインストラクターじゃないか!とりあえず、

「さんきゅー!」

 と言う。

 え、でも、私が突き落とされることを予測してパラシュートの準備しててくれたのかな?

「ユア ウェルカム!」

 そんな訳ないとは思うけど、それにしては救助が迅速過ぎる気が……あ、丹羽さんだ。絶対丹羽さんだ。私が突き落とされる可能性を予測して、万が一の為に用意しておいてくれたんだ。ありがとう、丹羽さん。

 なんだい?イケメン。地面に倒れてる女子高生がそんなに珍しいか?気絶しなかっただけ褒めて欲しいんだよ、こちとら。それから、私は地面にへばりついてるわけじゃない。地球を愛してんだ。悲しそうな目で見てんじゃない。

 と、口には出さずにとどめて、大きく1つ息を吐いた。


 そして、目が覚めた。

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