第8話 7/19(日)
七月十九日(日)
目が覚めた私は混乱していた。
ムツ先生は確かにハイジャックを計画していた。
でも。
飛行機は墜落しなかった。
いや、私が死んだ後に墜落したのかも。
いや、死んだ訳じゃないか。
気絶しただけ。
だから、私が気絶した後に墜落したのかも。
てか私、完全に人質だったじゃん。止めるはずだったのに。足引っ張りまくりじゃん。
「私が飛行機に乗ったから、未来が変わった……?」
有り得る話だ。充分に。
私がいなかったら、エラちゃんを直接人質に取ったかも知れない。そしたらボディーガードの人達だって命がけで助けようとするはずだ。
……全部、想像だけど。
ああ!分からん!考えるのは丹羽さんに任せた方が良いかもな!
悶々としながら髪をガシガシして、スマホの画面を見ると、
「誘ってくれてありがとう!」「凄く嬉しいよ」「じゃあ、11時ぐらいに学校の前に集合でどうかな?」
時計を見る。10時だった。
「やぁっば!」
急いで部屋のドアを開けて階段を駆け下りた。
顔を洗い、ご飯を食べ、着替えをして、何とか11時までに学校に辿り着いた私だったけれど、カズミは先に着いて待っていた。ついでに、休日なのに制服姿だった。学ランじゃなくてシャツだったけど。
「お、おはよ……」
息切れ気味の私に、
「おはよぉ」
カズミは、にこやかな笑顔を向けた。
「えっと……何で制服なの?」
「あ、ちょっと学校に用事があってさ、先に寄って来たんだ」
「ふぅん……」
私はしばらく考え込んで、
「今お金どんぐらいある?」
何かすっごい嫌なことを聞くなぁ、私。
「え……?」
何でそんなこと聞くんだろうって顔をして、一応答えてくれる。
「映画10本分ぐらい」
「よし」
充分。
「私が全身コーデしてあげる」
「え?」
「女の子がお洒落して来てるんだから、もうちょっと気合い入れた格好せんかいっての」
私だけ色々悩んでバカみたいじゃんっての、バカ。
それから私達はショッピングモールに来た。「全身コーデしてあげる」と、言ったは良いものの、私だって男の子のファッションなんて分からない。とりあえず池面太郎の写真を検索して、それっぽいのを片っ端から着せてみることにした。
サスペンダーに革靴。わ、ほぼ制服。
青い着物に袴。格好良いけどコスプレ感。
パイロット。更にコスプレ感。
「ね、ねえ、これ、選ぶお店ここで合ってるの?」
あらあら、大人しくコーディネートされてくれてたのに、疑問を覚えてしまったらしい。何も考えずに黙って試着していれば良いのだよ、少年。ほら、よく言うでしょう?
見ざる。
言わざる。
着飾る。
ってね。
「字が違う!」
「日光東照宮、遊びに行きたいねぇー」
誤魔化す。
でも、まぁ、確かに。間違ってる気がする。何でパイロットの制服なんて売ってるんだろ?
別の店に入る。
「今度は真面目に選ぶねっ」
「今までは不真面目だったのか……」
だと思った。って感じだね、少年。私は至って真面目だよ。私のフォルダには池面太郎のコスプレをしたカズミの写真が溜まってるんだ。
試着室から出てきたカズミを見て、
「お、良いじゃん」
ニコッとする。
薄紫というかピンクに近い色のシャツの下に、白とベージュの横ストライプを着せて、下は普通のジーンズに白黒のスニーカー。悪くない。と、思う。とりあえず写真撮る。
「じゃあ、これ、お願いします」
と、カズミが店員さんに言う。
「4点お買い上げで、5860円です」
レジのお姉さんがニッコリ笑った。
……映画、5本分ぐらいかな?
脱いだ制服を持ったままでいたから、
「コインロッカーにでも預けちゃえ」
と言った。彼は頷いて、コインロッカーに服を入れた。
「お腹空いたね」
と言われて、とっくにお昼を過ぎてることに気付く。
「そこにさ、良い感じのカフェあんの。知ってる?」
彼に連れられて、ショッピングモールの横のカフェに入った。
サンドウィッチを食べながら、
「次の上映は3時からだねぇ」
と、話す。彼が「歩き方を忘れてしまった僕たちは」のホームページを見ながら、
「結構キャストが豪華だなぁ」
と、呟く。
へぇ、そうなんだ。彼のスマホを覗くと「河合衣子」「池面太郎」……なるほど、道理でパイロット姿の池面太郎の写真がネットで出てくる訳だ。顔はタイプなんだけど、別に熱狂的なファンって訳じゃないからあんまりちゃんとチェックしてなかったなぁ。もぐもぐ。卵サンド美味しいな。
「どの辺の席にする?」
「んー」
どの辺が良いでしょうねぇ?
「ユメカって、目、良い方?」
「うん、両方1.2あるよ」
「凄っ」
ちょ、ちょっと笑いすぎじゃないですか?
あ、でもね、私も聞きたかったんですよ。カズミの目が良いか。
「カズミは?視力どうなの?」
私の全裸を見られた時から気になってたんですよ。
「ユメカほどじゃないけどね」
ふむ。
「両方1はあるよ」
……もぐもぐ。もぐもぐ。ごくん。
後ろの方の席にしました。
食べ終わると、チケットを買いに映画館に入る。カップル割を使う。そこにちょっと感動する。
「ねね、カップルだってさ!」
そう言って腕を組んだら顔を赤くして照れるもんだから、可愛くなってしまって、もっと意地悪してやろーと思って、手を握ってみる。そうしたら、向こうの方から恋人繋ぎに変えてきて、私の方が心拍数が上がってしまった。
「ポップコーン、何味が良い?」
「ま、任せる」
素っ気なくなってしまった。塩対応。彼が選んだポップコーンの味ぐらい塩だった。
劇場に入り、時間が来て場内が暗くなって、宣伝が流れ終わる。
「皆さま、今日もご利用くださいましてありがとうございます。この便の機長は池面太郎。私は客室を担当いたします、河合衣子でございます。まもなく出発いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください。飛行時間は3時間を予定しております。それでは、ごゆっくりおくつろぎください」
名前を捻らんかい!
という一幕から始まった映画は、どうやらテレビドラマの劇場版らしく、メタ要素の強いギャグコメディ物だった。いや、ギャグコメディって……ギャグかコメディかどっちかで良いよね。でも、パンフレットにそう書いてあったんだからしょうがない。
飛行機の中を舞台に、色んな乗客の色んなクレームに対応したりしながら展開していく。ナッツの袋が開けづらいと文句を言って飛行機を飛行場に戻そうとするお嬢様がいたり。不倫旅行に行こうとする芸能人と、それを追う記者がいたり。機内は混沌を極めていた。
でも私は、映画の内容よりも、夢の中との差異を探してゆく。
通路は意外と狭いし、人は意外と乗る。国内線は170人規模がポピュラーだそうだ。
機長を倒しても副機長がいる。いや、まず倒すなよ。
離陸と着陸は人が行うけれど、空にいる間は基本的に自動操縦らしい。
そして意外なことに、飛行機にはパラシュートが無いらしい。人は高度4000メートルを超えると身体が耐えられないけど、飛行機は高度10000メートルを飛ぶからだ。それに、離陸着陸のタイミングが一番事故が起こり易いけど、その間にパラシュートで飛び降りられるなら不時着した方が安全なんだとか。ちなみに、この離陸着陸の時間は「魔の11分間」と呼ばれているそうだ。
いやぁ、飛行機に関する豆知識が増えてくなぁ!
「この飛行機は、ただいまからおよそ20分で着陸する予定でございます。ただいまの時刻は午前8時30分、天気は晴れ、気温は5度でございます。着陸に備えまして、皆さまのお手荷物は、離陸の時と同じように上の棚など、しっかり固定される場所にお入れください」
映画が終わりを迎える頃、ふと隣を見ると、ボロボロ泣いてるカズミの姿があった。
あ、こういうの弱い人なんだ。へぇ、可愛い。と、一瞬思ったけども。メタメタのギャグコメディのどこにそんなに泣く要素があったんだよ?でも、コメディ作品の劇場版ほど本気で泣かせに来る映画もないってのもこの世の真理だ。
今流行りの、高音男性ボーカルのバンドがエンドロールに流れ、劇場が明るくなったので、二人で外に出る。あのバンド、私も寝る前によく聞いてるんだけど、最近出た曲はこの映画のタイアップだったんだね。「Fortune」。知らなかった。さすが、売れっ子だね。
ぐぅーっと伸びをして、
「面白かったねぇ」
と言う。あんまり内容は頭に入ってこなかったんだけど。
「今度、ドラマの方もDVD借りて来て見てみようかなぁ」
「うん、面白かったぁ……」
彼は目元を拭う。
「泣いてたね」
「……泣いたわぁ」
「カズミは、飛行機って乗ったことある?」
「いや……あ、今度初めて乗る」
「お、どっか旅行?夏休みだから?」
「うん。夏休み初日から北海道にね」
……おっと……?
「じゃあ、羽田から新千歳までかな?」
何だこの違和感満載な質問。
「そうそう、一回東京まで行くんだ」
「家族で?」
「ん……まぁ、家族……かな」
あ、家族って言うよりはファミリーって感じかな?
「カズミくんのファミリーって何人ぐらいなの?」
「えっと……200人ちょっとかな」
200人!
「みんなで行くの?」
「いや、半分ぐらいだよ。夏休みに旅行行く組と、冬休み組がいてね。事務所……家に誰もいないと困るからね」
事務所って言ったね。
そういう仕事にも夏休みとか冬休みってあるんだ。ちょっと面白いな。
困るってのは……つまり、他の組が戦争しに来たりするのを警戒してる訳かな?ただ単に仕事が回らなくなるってことかね?まぁ、そこら辺は触れないでおくけど。
「お土産、楽しみにしてるねっ」
ここまで情報を引き出せたら上々だろう。
お土産は実は要らないんだけど。
私も行くし。
「うん、帰って来たらまた遊ぼ」
私は、ニッコリ笑って頷く。
「あ、アレルギーとかある?」
とか聞かれて。
「ん、ないよ。カズミは?」
「一応ない。好きな食べ物とかある?」
「塩辛」
「塩辛……」
その反応はどっちだ?塩辛食べられる人か?ダメな人か?
「あ、うん、俺も塩辛好きだよ」
よし、合格。
「ちなみに、カズミは何が好き?」
「僕はね、何でも食べます」
雑食系男子だった。
うーん、じゃあ、何でも作れないとなぁ。お料理のお勉強も練習もしないとな。塩辛だけあれば満足する人とか、アルコールばっかのおじさんとは違うもんな……ん?お勉強かぁ。うーん、専業主婦になったって、結局お勉強は一生付き物なのかもしれないなぁ。認識を改めなければ。
そう言えばよ、何が好きかって話の流れだとね、とっても気になってたことがあるんだ。塚本先生に騙されて以降ずっとね。
「そう言えばさ、カズミってさ、河合衣子ちゃんって……知ってた?」
可愛いと思う?って聞く勇気はなかったですね。ごめんなさい。
「いや、今日初めて見た」
よし、勝った。何に?
彼は、やっぱり今日も家まで送ってくれた。
「ありがとう、楽しかったよ」
「ううん、こちらこそ、誘ってくれてありがとう」
そして、手を振って、私は玄関に入った。
「ただいまぁ」
「おかえり。あら、今日はご飯食べて来なかったの?」
「うん!今日の夕ご飯は?」
「〆鯖」
「おおお!やったね!」
「お父さん、今日は遅くなるみたいだからちょっと待ってね」
「はーい」
時計は六時頃を指していた。部屋に入ってノートを広げる。「書き終えた私は、お風呂に入って、棒付きアイスを片手にテレビを見ていた」から、昨晩の夢と今日のデートについて綴っていく。後で読まれることが分かっていて初デートを記録するなんて、恥ずかしくて変にムズムズする。
書き終わると、スマホを開く。カズミからメッセージが入っていた。
「今日はありがとう」「楽しかったよ」
あー、ニヤニヤしちゃうなぁ。表情筋が痛くなりそうだ。
「こちらこそ、ありがとう」「私も楽しかった」
送ってからしばらく迷って次のメッセージを打つ。打ったは良いものの、少し送るのを躊躇う。でも、下唇を咥え込んでニヤニヤを堪えようとしてる私を自覚したから、送信ボタンに親指を触れた。
「一実、好きだよ」
送った画面をしばらく見ていたけれど、玄関が開く音と、
「ただいまぁ」
というお父さんの声が聞こえて、画面を暗くする。一度、画面を撫でる。それから、部屋のドアを開けて〆鯖を食べにリビングに降りて行った。
〆鯖を食べながら「家族で夕飯食べるの、久しぶりな気がするなー」と思う。
「あ、そう言えばさ」
この前の火事の話をしてなかったことを思い出した。
「その家の人が学校に来てね」
あ、菓子折りの話はしない方が良いな。持って帰って来てないから。
「お礼言ってったの」
「あらぁ、良いことしたのね」
「えへへ」
ごちそうさまでしたー、と手を合わせて、食器をシンクに入れた。
お風呂に入って、部屋に戻ってスマホの画面を見ると、チャットグループに丹羽さんからメッセージが入っていた。
「午前十二時に枯れ椿」
飾り気の全く無い淡白なメッセージに、短く返す。
「了解」
明日も、三十分前ぐらいに塚本先生が迎えに来てくれるだろう。
あ、新規のメッセージが入った。
「俺も、夢叶のこと、大好きだよ」
「ふへへ」
スマホをベッドに放り出す。
あーあ、幸せだなぁ。
スマホの上で少しだけ指を運動させて、画面を閉じた。ベッドに寝転がって部屋の電気を消す。今頃、彼のスマホには、
「知ってる」
って表示されているだろう。
さあ、やることはやった。寝よう。
三度目の七月二十二日を生きる為に。
そして私は目を閉じて、夢の世界に立っていた。映画を観たおかげで、前の夢よりも地面と景色がハッキリくっきりしていた。
どうやら今回の夢は、空港から始まるようだった。
私は、塚本先生と丹羽さんと一緒に空港に来た。少ない荷物を預けて、金属探知機を潜る。
機内に入ると、カズミがいた。薄紫に近いピンクっぽいシャツに、ジーンズと白黒のスニーカー。デートの時にコーディネートした服装だった。
「あれ?何でいるの?って、塚本先生も!」
「あー、うん、ちょっと事情があってね」
カズミが塚本先生を軽く睨む。
え、もしかして嫉妬してるのかな?私と旅行してるからジェラっちゃってるのかな?あはっ、可愛いんだけど!どうしよ!
「彼が一実くんか」
丹羽さんが呟く。
「確かに、ちょっと池面太郎に似てるな」
池面太郎の顔は知ってたっぽいです。
「そんなことより」
塚本先生が話を遮る。
「そんなこと?教師が生徒連れて旅行してることが『そんなこと』ですか?」
あ、なんか険悪な雰囲気だ。
「ああ『そんなこと』だ」
あ、火に油注いでる感じだ。
「ムツゴロウ先生を見なかったか?」
「…ムツ先生に、何の用ですか?」
私は丹羽さんにアイコンタクトで、
「言っちゃっても良いんですかね?」
と聞く。丹羽さんは、
「言わない方が良いかも知れない」
と返してくる。でも、塚本先生はそんな私達のやり取りにも気付かず、
「その反応は、何か知っていると見て良いな?」
ドラマの刑事みたいなこと言ってる。あんまり格好付けすぎないでよ。ヤクザに喧嘩売るつもりなの?
「通してくれ」
狭い通路で、カズミを押し除けて通ろうとする。
「悪いですけど」
周りの席に居た人間が、一斉に立ち上がる。卒業生起立、みたいだ。
「ムツ先生の邪魔はさせません。何を知って、何をしようとしているのかは知りませんが、ムツ先生の邪魔をされると僕らも困るんです」
組にお金が入らないからかな?確かに一億円は大赤字だ。
「ムツ先生がヘマをしないように見張り、不確定要素を排除する為に僕らはここにいます」
格好良いけど、悪役ポジションなのか……残念だな。
「二代目!」
隣に居る厳つい男がカズミを呼ぶ。カズミが、泣きそうな表情になる。
「やれ」
「仰せのままに」
大男達が、私達を捕縛せんと飛びかかって来る。
「ちょっと、何すんの!女子高生をそんな風に扱って良いと思っ……ちょ、どこ触ってんの!」
どこを触っているのかと聞かれれば、後ろで組まされた腕を抑え付けられてるだけなんだけど。まぁ、身体の前面を全て床に触られてはいた。
「その女の子は手荒にするなよ」
カズミが言う。
「はい」
いや、返事だけやん。全然優しくする気配ないやん。
そのまま、腕をロープでグルグルに縛り付けられる。椅子に座らせられて、シートベルトを締められた。ついでに口にガムテープを貼られる。自力じゃ脱出不可能だ。
「お前ら、何をどこで知ってここに来たのか知らねぇけどな」
怖い大人の人が怖い顔をする。
「まぁ良えわ」
こういう時は縮こまるに限る。
「拷問ってのは『手』で『考』える『問』いって書くじゃろがい?それはよ、拷問する側が頭で考えることを放棄してんのか、拷問される側に頭で考えることを放棄させてんのか、どっちなんだろうな?」
待って本気で怖っ!何それ!この人の殺し文句なのかな!?
「皆さま、今日もご利用くださいましてありがとうございます」
待ってくれよ!拷問されて死ぬの!?墜落して死ぬの!?どっちにしろ命は無さそうだね!頼むから離陸しないでほしいな!
「この便の機長は池面太郎。私は客室を担当いたします、河合衣子でございます。まもなく出発いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください。飛行時間は一時間三十分を予定しております。それでは、ごゆっくりおくつろぎください」
映画の台詞がコピペされる。そして、飛行機が離陸する。離陸した飛行機の中を、目出し帽を被った男が走っていく。操舵室の扉を蹴破った音と、何かギャーギャー声が聞こえる。そして、機内アナウンスが流れた。
「この飛行機はジャックした。繰り返す。この飛行機はジャックした」
ああ、始まった。
「この飛行機には、エラ・ジョンソンが搭乗しているな?」
エラちゃんのボディーガードらしき人が私の横を通り過ぎていく。さすがはプロ、冷静な表情だ。
「身代金を要求する。二億だ」
遠くで、ボディーガードが何か言った様な声がする。
「円だ」
ああ、この前と同じやりとりがあったのか。
しばらく、ボディーガードの声のみがうっすら聞こえる。
この後はどうなるんだっけ?あ、私が人質になったパターンしか体験してないから、どうなるのか分からない。でも、多分ボディーガードは人質の解放を要求するだろう。あ、でも空の上だから、解放はできないか。手を出すな!的なこと言うのかな?
「良いだろう」
いや、ずっとマイクに向かって話すんかい。
「パラシュートがある」
解放する気だ。
「計25人分だ。足りるだろう?」
25人分?多いな。と、思っていたら、周りがザワザワし始めた。
「こんなの台本にあったか?」
「いや、間違いなくアイツのアドリブだ」
ハイジャックって台本とかあるんだ。
「本当に逃す気か?」
「そんなことしたら全部無駄になるだろ!」
屈強な男達が腰を浮かせ始める。すると、すぐさま機内アナウンスが流れる。
「大丈夫です。私に考えがあります」
ムツ先生の声だ。
…一体何が起きている?
私の横を、エラちゃんのボディーガードが戻っていく。そして、エラちゃんファミリーの脱出が始まった。
「おい!止めろ!死ぬぞ!」
金木組の構成員が焦り始める。
「パラシュートを扱うのにどんだけ訓練が必要か知ってるのか!」
エラちゃんのお父さん、お母さん、兄弟、執事、召使い、カメラマンはじめ取材班が次々と飛び降りていく。しかも何故か、プロっぽい人に抱えられていく。ドアに近付くのが怖いのか、構成員は誰も止めに行かない。通訳の人が、エラちゃんに話しかける。
「パラシュートを扱うのにどんだけ訓練が必要か知ってるのか!」
を、訳しているようだ。訳し終わると、通訳さんも飛び降りた。それを聞いたエラちゃんは笑顔で、
「アイ ノー(知ってるよ)」
と答えて、躊躇なく飛び降りた。ボディーガードに背負われて。私だって、これくらいの英語は聞き取れる。リスニングの成績は悪くないもんでね!
うーん、でも、確かに、50人までは行かずともかなりの数だ。それが、全員居なくなった。
ムツ先生が、目出し帽を脱ぎながら、ゆっくり歩いてくる。歩いて来て、ハッチを閉めた。
「今はもう4000メートルを超えた。人間が耐えられる高度じゃない」
何の話だ。と、目で訴えるけれど、ムツ先生は私を見ない。
「飛び降りたくば、まだパラシュートは残っているが、オススメしない」
「何の話だ」
お、やっと聞いてくれた人がいた。金木組の構成員の一人だ。
「彼らには、事前に脅迫状を送っておいたんだ。北海道に行く途中の飛行機をジャックするから、パラシュートの訓練をしておきたまえ。とね」
……は?
「パラシュートの訓練にどのくらい時間がかかるかって?300時間だそうだ」
えっと……丸二週間ぐらい!?
「でも、彼らは自分達が訓練するんじゃなくてインストラクターを雇うことにしたみたいだ。脅迫状を送ってから今日までの期間を考えれば、妥当な判断だろう」
一番妥当なのは、旅行をキャンセルすることだと思うけどな……テレビが動いちゃったりしてて難しいのかなぁ?
「何でこんなことをした!お前の借金は」
「金なんてどうでも良い!」
ドスの効いた声だった。
「もう疲れた。ウチの機械だって、宝の持ち腐れだ。売り払ったって1億にはならないが、多少の保険がかけてある。今どこかに避難してる両親はその金で暮らすさ。まぁ、本人達に避難してる自覚はないけどね。騙す様な形になって心苦しい」
「……何を言っている?」
「俺の目的は一つ」
機内が静かになり、ムツ先生が機首に向かって歩みを進めるコトン……コトン……という靴の音だけがやけに大きく響く。狭い通路に入った先生は、こちらを振り返った。
「金木組への復讐だ」
鳥肌が立った。
「ここには構成員の半分が居るな?組長の息子もいる。……さて、この飛行機が墜落したら、どうなるでしょうか!」
「……うあああああ!」
今まで静かに聞いていた金木組員が、ムツ先生に飛びかかった。それを、空手三段が迎え撃つ。通路が狭いせいで、1人ずつしか挑めない。でも、さすがに全員は相手にできないんじゃないかな?と、思っていたけれど、すぐに、倒れた人が積み重なってバリケードの様になってしまった。これじゃあ、ムツ先生の方に近付けない。後から来た構成員が、バリケードを除こうと躍起になっている内に、機体がガクッと揺れた。機内アナウンスのノイズが聞こえる。
「もうそろそろ俺の家だ。この飛行機はそこに目掛けて墜落する。お前らはもう終わりだ」
「うらあああああっ!」
構成員の一人が遂にバリケードを突破したが、通路に入る前に吹き飛ばされた。
「もう、この飛行機は落下を始めた。間に合わない」
一人がムツ先生に殴りかかったけれど、その拳がムツ先生の顔面に届く寸前で身体が上に浮いた。
自由落下の開始だ。
私も、シートベルトがあるから浮かないものの、目から溢れる涙が目の前を浮遊しているのが見える。
怖い。
恐い。
死んじゃう。このままだと死んじゃう。でも、どうしようもない。ああ、失敗だ。どうにもできなかった。地面が見えないからいつ辿り着くのか分かんないって言うのは詰まる所私の身体が焼く前のハンバーグみたいにペチャンコなミンチになって炎の中に突っ込まれて美味しくないハンバーグになってしまうのがいつなのか分かんなくていつまでこの恐怖に耐えて居れば良いんだろうって疑問に思ってるのは多分一瞬なんだろうけど何か永遠に思えたりしてる内に走馬灯的なのが流れたりするのかなと思ったけどそんなの流れてくれないから走馬灯ってのは人間が今までの人生の中からピンチを脱する為の手段を模索する為のシステムなんだって何かの漫画か何かで聞いたことがあるなってのを思い出したと言う事は私の精神はこの時点で生存を諦めたのだと自覚して嫌だそんな絶望的な人生の終わり方なんてしたくない誰か助けてくださいこれだったら拷問された方がマシなんじゃなかろうかどうせ問われたって出てくる答えは夢で見ましたってそれだけなんだからずっとやってれば怖い大人の人達だって諦めてくれるかもしれないしでもそんなの分からないし私はこの飛行機に乗った時点で搭乗した時点で生きて帰れないことがどうせ確定してるんじゃないかなあれもしかしてこれが夢の中だったりしますかね夢の中に居て今まで夢の中だって自覚できたことがないんだからそれぐらいの幸運はあっても良いんじゃないかな無心論者でしたが今年から私ちゃんとクリスマスとか楽しみますしほら彼氏できたから昨年度までみたいに恋人達をヘイトしたりすることもないですしどうですかね先生達にタメ口きくような無礼もできれば控えますんで神様仏様悪い条件じゃないでしょうそんなこともないですね私が悪うございましたさようならああああああああああああああああああああ
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ベッドから落ちた。
目が覚めた。
「いったぁ……」
打った腰が痛い。でも。
「……生きてる……」
それだけで私には充分だった。
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